機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
接吻は、そう長くは続かなかった。
口と口とが触れ合ったままに、字に起こすなら、
「……ごほっ」
とでもいったような声を、パーディが上げたものだから。
何を言っているかは定かでないものの、
彼女の動かした腕が、アレハンドロにその意味を教える。
慌てて口を離して、体を遠ざけ、
「……わりぃ」
なんて顔を背けるのだから。
パーディの手は、彼女の脇腹……包帯の上を押さえていた。
ポケットに手を突っ込み、物憂げに窓の方に向くアレハンドロだが、
その実、窓に写るパーディを見つめていただけのことで。
間もなく、脇腹を見下ろしていた彼女の目線が上がっていき、
窓ガラス越しに目が合った……ような目線に。
「んッ」
との声、といっても咳払いと大差ないような物音であったが、
そんなものを漏らすアレハンドロに、
窓に写るパーディの顔が笑う。
それも、目が大きく開いて、ほうれい線の寄った、嫌な笑顔で。
「……へっ?」
アレハンドロも目を細めて、少々呆れたような顔つきになり、
向き直ってみるが、
当のパーディは我関せずとばかりに正面を向き、
丁度、ハンドルに手をかけたところだった。
「車、出すけど?」
「おう」
「何かやっとくことない?」
「ねぇよ」
「じゃあ、出すね」
「……運転、変わろうか?」
「嫌」
「はっ?」
「うちのムーちゃんにキズつけられた困るし」
「……車に名前つけてんのかよ」
「悪い?」
「悪くはねぇけど、バカっぽいじゃん?」
「はぁ?」
「……オモチャに名前つける子供みたいでよ」
「いいじゃん?呼びやすいもん」
「ムーヴコンテなんて、長げぇ名前でもねぇだろ?」
「かたいじゃん?何か」
「……気分の問題かよ」
「とにかく……運転は自分でやりますから」
「……へいへい」
「不満かよ」
「オマエの運転荒いじゃん」
「……別に、置いて帰ってもいいんだけど?」
「はいはい、俺が悪かったですよー……クソッ」
そこまでダラダラ言い合っていて、
アレハンドロがそっぽを向き、そこから更に数秒。
横でパーディの声を殺した笑い声。
釣られるようにアレハンドロもフッと鼻を鳴らし、向き直る。
「何だよ……元気そうじゃん?」
「……タフなのよ。私って意外とね」
「どうだか……」
そう言いつつ、パーディの横顔を見つめるアレハンドロの顔は、
彼女の目元にあるものを見つけていた。
「……ハサン先輩のときもさ、
ちょっと泣いたぐらいで皆心配し過ぎなんだもん。
まあ、お陰でオペレーターの仕事休めて助かったけど。
あっ、これ、皆にはナイショよ?」
パーディの顔は笑っていた。顔自体は。あるいは口元は。
「サムのことだって……ショックで、とかすれば、
休ませてくれるかなぁ……とかいって」
アレハンドロは答えない。生まれる妙な間。
「もう……何よ?人の顔まじまじ見てさ」
「……別に」
体を窓側に向け、頬杖をつくアレハンドロ。
そのまま背中で語り始める。
「下手だよな……オマエ」
「……えぇ?」
「……化粧がよ」
アレハンドロは窓越しにパーディを見ている。
窓に反射するパーディの顔ははっきりとは見えない。見えないが……
「ひどくない?これでも……」
頬を伝う一筋の涙が、
ボヤけた窓ガラスという画面上にも、確かに確認できて。
「頑張ってんのに……」
パーディは向き直った。
正面で真っ直ぐとアレハンドロの顔を見つめていた。
微笑んでいた。涙を流しながらも。目を真っ赤にしながらも。
「頑張る必要なんかねぇよ……」
パーディのハンドルに置かれた左腕を掴んだ、アレハンドロの右手。
「……こんなことぐらい、俺を頼ってくれよ」
「うるさい……」
アレハンドロの腕を振り払うパーディ。
「……セクハラだからね。さっきのキスと合わせて」
ハンドルを強く握り直すと共に、気持ち前傾姿勢になるパーディ。
「チクられたくなかったら、私に運転させることね」
「……なんだよ、そりゃあ」
「いいから」
「人の好意/厚意(こうい)を何だと思ってんだか」
「ありがた迷惑って言うじゃん?」
「情けは人のためならずとも言うんだぜ?」
「……要するに自分が得するって話でしょ?それ」
「だから、人助けと思ってよぉ?」
「人助けだと思って、人助けされるとか……イミフなんだけど」
「変わればいいんだよ。とにかく」
「嫌だって言ってんじゃん」
「……だぁ、もう」
振り返るとアレハンドロ。
「……俺が変わってやるって言ってんのに、
わかんねぇヤツだな!おい!」
「必要ないって……アンタの助けなんて」
真剣な顔つきで見つめ返したパーディだが、すぐに表情が緩んで、
「……ダイッッッキライ」
と笑った。
「あぁ……俺もだよ」