機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神   作:申業

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PHASE-05 策謀の海域(1/7)

接吻は、そう長くは続かなかった。

口と口とが触れ合ったままに、字に起こすなら、

「……ごほっ」

とでもいったような声を、パーディが上げたものだから。

何を言っているかは定かでないものの、

彼女の動かした腕が、アレハンドロにその意味を教える。

慌てて口を離して、体を遠ざけ、

「……わりぃ」

なんて顔を背けるのだから。

パーディの手は、彼女の脇腹……包帯の上を押さえていた。

ポケットに手を突っ込み、物憂げに窓の方に向くアレハンドロだが、

その実、窓に写るパーディを見つめていただけのことで。

間もなく、脇腹を見下ろしていた彼女の目線が上がっていき、

窓ガラス越しに目が合った……ような目線に。

「んッ」

との声、といっても咳払いと大差ないような物音であったが、

そんなものを漏らすアレハンドロに、

窓に写るパーディの顔が笑う。

それも、目が大きく開いて、ほうれい線の寄った、嫌な笑顔で。

「……へっ?」

アレハンドロも目を細めて、少々呆れたような顔つきになり、

向き直ってみるが、

当のパーディは我関せずとばかりに正面を向き、

丁度、ハンドルに手をかけたところだった。

「車、出すけど?」

「おう」

「何かやっとくことない?」

「ねぇよ」

「じゃあ、出すね」

「……運転、変わろうか?」

「嫌」

「はっ?」

「うちのムーちゃんにキズつけられた困るし」

「……車に名前つけてんのかよ」

「悪い?」

「悪くはねぇけど、バカっぽいじゃん?」

「はぁ?」

「……オモチャに名前つける子供みたいでよ」

「いいじゃん?呼びやすいもん」

「ムーヴコンテなんて、長げぇ名前でもねぇだろ?」

「かたいじゃん?何か」

「……気分の問題かよ」

「とにかく……運転は自分でやりますから」

「……へいへい」

「不満かよ」

「オマエの運転荒いじゃん」

「……別に、置いて帰ってもいいんだけど?」

「はいはい、俺が悪かったですよー……クソッ」

そこまでダラダラ言い合っていて、

アレハンドロがそっぽを向き、そこから更に数秒。

横でパーディの声を殺した笑い声。

釣られるようにアレハンドロもフッと鼻を鳴らし、向き直る。

「何だよ……元気そうじゃん?」

「……タフなのよ。私って意外とね」

「どうだか……」

そう言いつつ、パーディの横顔を見つめるアレハンドロの顔は、

彼女の目元にあるものを見つけていた。

「……ハサン先輩のときもさ、

ちょっと泣いたぐらいで皆心配し過ぎなんだもん。

まあ、お陰でオペレーターの仕事休めて助かったけど。

あっ、これ、皆にはナイショよ?」 

パーディの顔は笑っていた。顔自体は。あるいは口元は。

「サムのことだって……ショックで、とかすれば、

休ませてくれるかなぁ……とかいって」

アレハンドロは答えない。生まれる妙な間。

「もう……何よ?人の顔まじまじ見てさ」

「……別に」

体を窓側に向け、頬杖をつくアレハンドロ。

そのまま背中で語り始める。

「下手だよな……オマエ」

「……えぇ?」

「……化粧がよ」

アレハンドロは窓越しにパーディを見ている。

窓に反射するパーディの顔ははっきりとは見えない。見えないが……

「ひどくない?これでも……」

頬を伝う一筋の涙が、

ボヤけた窓ガラスという画面上にも、確かに確認できて。

「頑張ってんのに……」

パーディは向き直った。

正面で真っ直ぐとアレハンドロの顔を見つめていた。

微笑んでいた。涙を流しながらも。目を真っ赤にしながらも。

「頑張る必要なんかねぇよ……」

パーディのハンドルに置かれた左腕を掴んだ、アレハンドロの右手。

「……こんなことぐらい、俺を頼ってくれよ」

「うるさい……」

アレハンドロの腕を振り払うパーディ。

「……セクハラだからね。さっきのキスと合わせて」

ハンドルを強く握り直すと共に、気持ち前傾姿勢になるパーディ。

「チクられたくなかったら、私に運転させることね」

「……なんだよ、そりゃあ」

「いいから」

「人の好意/厚意(こうい)を何だと思ってんだか」

「ありがた迷惑って言うじゃん?」

「情けは人のためならずとも言うんだぜ?」

「……要するに自分が得するって話でしょ?それ」

「だから、人助けと思ってよぉ?」

「人助けだと思って、人助けされるとか……イミフなんだけど」

「変わればいいんだよ。とにかく」

「嫌だって言ってんじゃん」

「……だぁ、もう」

振り返るとアレハンドロ。

「……俺が変わってやるって言ってんのに、

わかんねぇヤツだな!おい!」

「必要ないって……アンタの助けなんて」

真剣な顔つきで見つめ返したパーディだが、すぐに表情が緩んで、

「……ダイッッッキライ」

と笑った。

「あぁ……俺もだよ」


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