機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
到着の翌朝、フレイヤ大隊は、
オラン県メルス・エル・ケビール市に滞在していた。
日本でいうところの鎌倉のような、
一方を海、残り三方を緩やかな丘に囲まれた地形は、
西暦時代から軍港の役割を担い続ける要因となっている。
もっとも、少々小高い程度の丘では、
歩兵の進路は妨害できても、
戦闘機・モビルスーツを阻む力なぞ持ち合わせてはいないが。
埠頭に停泊する《フレイヤ》の甲板の上からは、
前には深い青に染まる海、
後ろには人影のない浜と海岸線の奥に見える背の低い石垣、
それから、うっすら砂を被った街が見えていた。
「……フフフフッ、フゥ~ン」
とかなんとか、鼻唄混じりに、
甲板の端の放から釣糸垂らすダイの姿がある。
軍服姿には不釣り合いなヨレヨレのパナマ帽なんて頭に乗せて。
しばらく待っても魚なんて釣れやしないが、
ダイの鼻唄が止んだ頃合いでもって、
「えい……」
などとふざけて、彼の帽子にチョップをかまし、
「……なんか釣れてた?」
そう笑うハビエルの姿はある。
振り返り、見上げれば、ハビエルの後ろにはシージーもおり、
体をやや斜めにして顔を出した彼は、
ダイが目を合わせると手を振ってきた。
「まだ10分程度……気が早いというもので……」
「やっぱ釣れてないじゃん」
なんて背後から更なる声。
呆れた様子で前に向き直るダイの後ろから、
枕のように両手を首の後ろに宛てて、アレハンドロが歩いてくる。
「この辺……魚なんているんすか?そもそも」
ハビエルを向いて、アレハンドロがそう言い、立ち止まる。
「……いるんじゃないの?知らないけど」
「いないっすよ。多分……浜の方でも釣りやってる人いないし」
「……そういう問題?」
ダイの釣竿に動きがないことは確かである。
「ところで」
「うん?」
「……ファンク小隊の話っすけど」
アレハンドロの腕が降りる。両手ともポケットに突っ込む。
「微妙……っすよね」
「……そうねぇ」
ぼんやりとシージーが見つめる中、
アレハンドロとハビエルと、2人ともに表情がやや固くなる。
「……ムーサーとか、言ってましたっけ?
西ユーラシア連邦に亡命中の『明けの砂漠』指導者の名前は」
シージーの問いに、頷くハビエル。
「民族自決なんて叫んでいる相手と、
俺たちが仲良く出来るんすかねぇ……
実質、侵略者みてぇなもんなのに。
まして、『明けの砂漠』っていえば、
バルトフェルド隊以来の反プラントじゃないっすか」
「外交革命って、言葉もあるからねぇ……
それをどうにかするのが、私たちの仕事になる訳よ」
「……呉越同舟ってヤツですか」
苦笑するアレハンドロ。
「まあ……最高評議会がアガレス側にも人を派遣したみたいよ。
ファッマ・ガンバリとか言ったかな。
約10年前、当時のアフリカ共同体政府相手に、
色々と交渉していたとかいう、中々スゴい方みたいよぉ~」
とは、ハビエルの言。
「そんじゃ……もしかすると何もしない内に話が着いたりして」
アレハンドロは笑うが、
「そういうの……捕らぬ狸の皮算用って言うのよ」
なんて皮肉ったハビエル。
同じ頃、ダイの竿にも動きがあった。
「おッ!」
と最初に声を上げたシージーに、
アレハンドロとハビエルも視線をダイに移す。
確かに引き揚げられた釣竿の先には、魚がいた。
ホワイトシーブリーム。コイ科の、名前通り、白い魚である。
細長い釣糸に引き揚げられた姿は割に大きく見えたが、
甲板の上に叩きつけられた体は、一向に動く気配がない。
「……え?」
声を上げたシージーに対して、
アレハンドロは顔をしかめ、ハビエルは顔を手で覆った。
「……死んでんだよ。コイツ」
動かないブリームを見つめていたシージーの目線が上がり、ダイに。
「多分……水質汚染が原因でな」
ダイは振り返らず、海辺を見つめている。
よく見てみれば、海面にはビニール袋やペットボトルが浮いている上、
深い青色の海は、深いところまでは見渡せない。
「……業は深いか」
そう言うと、ダイはゆっくりと立ち上がった。
──こんな彼らの耳に、交渉に失敗したファッマ・ガンバリ議員が、
遺体となってプラントに送り返されたという、
ショッキングなニュースが伝えられたのは、この2日後のことだった……