機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
実を言えば、こうなることは分かっていた。
いや、言い当てていたという方が正確だろうか。
時計の針を巻き戻して、
ヴィトー・ルカーニアのいた、あのホテルを覗いてみるとしよう。
なお、スコルツェニーの電話はこの頃にはもう終わっていた。
「交渉なんてやろうったってよォ……
んなモン、上手く行く訳がねぇんだよ」
なんて顔を真っ赤にしてゲラゲラ笑うと、
コップの底を何度もテーブルに叩きつけるルカーニアの姿。
試しにコマチの方を見てみたが、
目を伏せ、何ら反応を示す様子はない。
「……セベク・アガレスがプラントと交渉なんてよぉ。ンクッ」
「お詳しいんですね?『ナイルの神』とやらに」
「詳しいィ~?」
前屈みになるルカーニア。顔は下向いて見えない。
「……知らん方がおかしいだろう?」
急に声のトーンが変わって。枯れた声でルカーニアがそう言う。
「神様と呼ばれる前の、フッ、
ただの航空機バカだった時代のヤツも含めて、よぉーくな」
顔は見ていないが、
話の間際にクイッと上がる口角と表情が目に浮かぶようだった。
「……ヤツは天才だったよ。昔から」
「天才?」
「あぁ……天才だった」
グラスを握る手が、
それは人が息絶え、力を失う様を彷彿とさせるような、
脱力と共にグラスより離れて、テーブルの奥へと消えていった。
「……まあ、そんな思い出話なんかしたって、意味はねぇが」
ウウッとうなり声を上げたかと思うと、
背もたれに体を預けて上体を起こし、
と同時に両足をも振り上げて、荒っぽくテーブルを蹴り飛ばす。
不自然に右半分だけ前に突き出るテーブルと、
反動により後方へと押し出されるルカーニアの回転イス。
「オマエは……何を相手にしているか、気付いているんだろォ?」
同意はしなかった。
「てめぇ……言ったじゃねぇか。
傭兵部隊『ネイキッド・アームズ』。
まあ、傭兵とは言いながら、
ご存知、ロゴスの盟主グレース・イスラフィールの私兵だ。
……おい、まさか?
ロゴスなら7年前に滅んだハズだなんて、バカ言わねぇだろうなぁ?
少し考えりゃ分かるだろう?何で摘発できたんだ?
……簡単な理屈だ。ヤツは組んでやがった。デュランダルの野郎とな」
「やっぱり……そうだったんですね。通りで……」
「……ほぅ?」
ルカーニアは笑っている。
「《デスティニー》のデータと……月面にあった機体が消えていた。
機体の方はあの混乱の中で、誰かが奪ったのだろうけども……
データを盗むとしたら……」
「……イスラフィールはタヌキだ。
スパイの一人二人、そりゃデュランダルの側に置いていただろうぜ。
現に、こんなモンが……」
ルカーニアがそう言うと、動いたのはコマチ。
足早にルカーニアの元まで歩み寄ると、
彼のノートPCを一度閉じ、ゆっくりと小脇に抱えて、
更にそそくさと俺の方まで駆け寄ってきた。
俺の前でこれを開き、見せると同時、
「……『ナイルの神』の指揮下にて確認された」
なんて言うのはルカーニア。
対して、俺は……言葉を失った。
何せ、画面は先程から、変わっていないのだから。
《GAT-X142 マッド》。
赤いボディと、アクセントとして配されたブラックという、
禍々(まがまが)しいカラーリンクをしたソイツの顔は、
悪魔の角のごとく屈折したV字のアンテナといい、
目付きといい、よく似ていた。
血の涙を流しているような、目の下のY字を描くデザインも、
ギリシャ文字のͲ(サンピ)とϡ(サンピ)を組み合わせたような、
黒きアイシャドウとして残っているし。
口元から膝小僧の辺りまで、ボロ切れのようなマントに隠れ、
見えていない箇所もあるが、
たまたま露出していた右腕には、
パルマフィオキーナの後続モデルが配備されたとおぼしき、
不自然な凹みが確認できた。
翼も《デスティニー》そのままで……
「よく覚えときな……
俺たちが戦っているのは、『デュランダルの遺産』だってことをよ」
さぁ、時計の針を戻して。
オラン県オラン市オラン・エス・セニア空港は、
本来なら航空機が居並ぶ飛行場に、
今日はモビルスーツが列を成す蟻の群れのように立ち並ぶ。
一目では数え切れぬ程の《ウィンダム》、《ワイルドダガー》ら、
雑兵の先頭に立っていたのが、ソイツだった。
「……レェ・アモン、《マッド》、出る」