機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
間もなく、この《ケトゥ》は顔を上げた。
といっても、視認できた者がいたかは定かでないが。
ただ、そのパイロット──ハツメは傍受していた。
正確な位置は特定できないものの、
おおよそサンタクルス城辺りにて。
『ドバド少尉より、レェ・アモン特任大佐に報告します。
至急救援を』
敵を警戒してビルの影には一応隠れつつ、
城の辺りまで一気にズームした。
見れば、城壁の辺りにて、陽炎(かげろう)のごとく、
微かシルエットが浮き出ているのが見えた。
何かがいる。
だが、《ケトゥ》の武器では、そこまで攻撃が届かない。
『……アモンだ、報告ご苦労』
『……ハッ』
返答後、間もなく陽炎が顕現する。
暗い緑色をしたボディは否が応にも目立った。
何せ背景は真っ白な壁であるのだから。
さて、姿を現すは《GAT-SO2R NダガーN》。
フェイズシフト装甲などが追加されているのだろうが、
元は結構古い機体で。
少なくとも7年前にはその存在が確認されている。
突然の登場に、アデリー・ガル両隊は動揺したらしく、
『何だよ、アレェ!』
とか声を上げた者がいたり。
恐らくは、
ミラージュコロイドでは音とバーニャの点火が隠せないことから、
それよりかは姿を現して意表を突いた方が、
離脱に際して効果的との判断によるのだろう。
現に、ハツメでさえ、その瞬間に一時思考が停止してしまった。
次に、ガルの、
『何をしている!ヤツを攻撃しないか!』
という命令が、彼女の思考をも蘇らせるが、
その間、2、3秒程度、完全に手が停まってしまっていた。
ミラージュコロイドも万能ではない。
よくよく見れば、違和感に気付かれてしまう。
それは先程の《NダガーN》の場合もそうならば、
《ケトゥ》とて同じ。
「……キャッ!」
と声を上げるのは、勿論攻撃されたからで。
飢えた狂犬のごとく、
4本足の姿で噛みついてきたのは《ワイルドダガー》。
鋭いビームの牙が、《ケトゥ》の首を切り裂く。
そのまま、交尾でもするかといった具合に馬乗りになると、
滅茶苦茶に牙を《ケトゥ》に突き立てる。
見えない相手を舐め回すみたいだった。
ただ、見えない以上、コクピットの位置が分からないのがネックで、
致命傷を与えられない。
結局、割って入る形で、
別の《ケトゥ》が《ワイルドダガー》の脇腹に体当たりし、
そのまま向かいのビルの影に消えていき、
続いて同じビルの奥より煙が上がるのが確認された。
間もなく、ハツメの耳に味方の《ケトゥ》のパイロットから、
『まだ膜は破られてないかぁ?ハツメェ~』
なんて下品なジョークが飛んでくる。
が、ハツメの耳には届かないといった様子。
『こりゃ大分開発されてんなぁ~』
なんて笑う相手だが、ハツメは尚も反応しない。
さて、ミラージュコロイドが解け、
斑点のように穴だらけになって横たわる、
ハツメの《ケトゥ》のコクピットにて。
彼女はただレーダーが捉える所属不明のモビルスーツの接近に、
目を奪われていた……
──ほぼ同日。
アガレスの『帝都』クロディロポリス(旧ファイユーム)にて。
砂漠の広がるエジプト地域とは思えぬ、水車の回る田園風景。
そんなところに停まっている、白のポルシェ・718ケイマン。
その車内は後部座席に腰かける男。知っていよう。
他ならぬ『氷原の狼』ホルローギン・バータル、その人であるから。
今日は旧態然としたザフト・ブラックの軍服姿ではなく、
紺のジャケットの下、青白いシャツを着て、
赤いネクタイを絞めている。
また、口元にうっすら円形を描くようにヒゲが生えている。
そんな彼の隣に、
「……失礼」
といって、丁度今乗ってきた。
「……いえ」
なんて会釈を返すホルローギン。
そんな彼のコメカミに当てられたのは、
拳銃──コルト・ガバメントである。
首を曲げたまま、動かないホルローギンへ、
「大西洋連邦軍……ジョージ・T・E・オートゥール少佐だ」
といい放つ、隣の人物。
「……『ナイルの神』に繋ぐ。受けとれ」
右手で銃口を押し当てる、オートゥールの左手には今、
スマートフォンが握られていた……