機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
先のオーブ征伐にて難民となり、プラントまで逃れてきた一人。
同時期、難民対策のひとつとして、
ヨーゼフ・スコルツェニー参謀総長が外国人部隊の創設を提案。
円卓会議にて僅差により創設が可決したものの、
反対派の意見も根強い為に、
スコルツェニー自身がその責任を負うこととなった。
こうしてスコルツェニーが募集した新部隊に、
22歳とやや高齢ながら、入隊を決めたのが彼女である。
役に就いてから、もう1年になる。最初はいい商売だった。
無重力となれば、
体が軽くなって作業いくらか捗(はかど)ったような気分がして。
しかも、毎日朝早くに起きて、
試しにモビルスーツが動くか確認して、
あとは試し撃ちしたり、
ゲームのようなモビルスーツのシュミレーションをやったりと。
頭を使う場面などはほとんどなく、
毎日同じ業務をこなせばいいだけだった。
問題はここ2、3ヶ月のことで。
突然、よく知らないジブラルタルなる孤島に飛ばされると、
久しぶりの重力は何やら荷を背負うがごとく苦行となった上に、
緊迫した国境付近、
北や西からは大西洋連邦、東からは東ユーラシア連邦、
南には例の『ナイルの神』の勢力に脅かされるイベリア半島の末端。
日々、緊迫した状況が続いており、夜もゆっくりは眠れない始末。
それでも、アーモリー・ワンの騒動のときには、
プラントにいなくて助かったと思ったものだ。
戦いもすぐに終わったのだ。
きっと本国の復興に充てられて、
スコルツェニーは隊を呼び戻してくれるだろう、
なんて淡い期待もあったりしたが。
結局のところ、『オバマ』出征の強行に伴い、
かえって北西の危機は増すばかり。
何時戦いになるかと身構えた。
それでもジブラルタルなら防衛の方法はいくらもあると、
少しは安心していたものが、
この度、オランまで行けとの命令が下る。
ジブラルタルはどうなるのだ?大体、オランってのはどこ?
文句を言いだしゃキリないが、
それでも《ケトゥ》の性能ならば……
とアテにしたとて意味はなく。
《マッド》の前に希望は脆くも踏みにじられた。
踏み込んだ右足が深くアイのものだった《ケトゥ》の首を潰しつつ、
前へと進み出でる。
「……嫌、嫌ッ!嫌ァァァッ!!」
ハツメの髪は、そう長いものではない。
首の後ろで束ねられてもいる。
だのに、力強く首を左右に振ったものだから、
後頭部のゴムの隙間より、
黒い髪にメッシュとして入れたブロンドが抜け出て、
振るに従い、大きく揺れる。
「嫌よ……どうして、私が!私が何したってのよ!
お金に困ってたから……
稼げるって聞いたから、この仕事に就いただけなのに。
私は被害者。こんな目に遭うような、悪いことなんてしてない!
もう戦闘不能じゃん?殺す必要なんてないじゃん?
あっち言ってよ!あっち言ってェェ!!」
目尻に雫(しずく)ほどの涙の粒が溜まっていく。
「お願いよぉぉぉ!」
震える彼女が肩をすぼめて目を閉じれば、
そこから4、5秒。
最期を悟って目を閉じ、首を折り畳んだハツメ。
「……お願い」
そう言う。鼻が微かに震える程に、小さな声で、結んだ口で。
……さて、そこから1秒過ぎて。
えらく大きく聞こえる心臓の鼓動と、すっかり乱れた自身の息に、
ハツメの瞼(まぶた)がゆっくり上がる。
黒き瞳がヤモリかトカゲかのように素早く動くと、
画面正面に映る《マッド》の姿は、
何故だか自身に背を向けていた。
先程に見た傷だらけの前と違い、
マントの背中側には傷のひとつもない。
次に背中越しで、刃が見えた。
先程はアイを討ち取った、幅広の大剣である。
目前には最初は何もないように見えたが、よく見れば違う。
やはりいるのだ、《ケトゥ》が。
今度は一刀両断とばかりに、顔の真ん中から上半身の辺りまで、
深々と切り裂いた。
透明のボディがグレー一色に戻り、爆発四散。
それから、《マッド》の剣は、
これがまるでジャックナイフのように折り畳まれて、
シールドみたく右腕は肘の部分に収まって、
その手がマントの奥へと隠された。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
目の焦点はぶれ、額からは汗、
髪が濡れた紙のように顔に張り付いている。
どうやら、見逃されたらしい。
またも強烈な風が流れたが、
その奥で、足音が静かに遠退いていくのを聞いた。
「……はあッ」
下を向いたハツメ。
ビルの影になって消えていく間際、1度だけ、
振り返った《マッド》には、はたして気付くことはなかったという。