機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
《マッド》の刃が自身の下へと降り下ろされると分かった瞬間、
もうシージーは動く気力はなかった。
異常な速さ。回避が間に合うとは思えなかった。
……死ぬ、と。
悟った肉体は1秒を驚異的な遅さでもってシージーに伝え、
必死に助かる選択肢を用意させんとしたが、
肝心の体の動きが鈍すぎて、まるで意味を為さない。
ただ遅いだけ。ただ長いだけ。
何の対処法も浮かばない。何の行動も生まれない。
体から力が抜けた。
あぁ……終わった。俺の人生なんて、こんなもんかぁ……
母(かあ)ちゃん、俺、全然ダメだったわ。ごめん。帰れない。
大体、こんなときに思い付くのが母ちゃんとかよ。
だっせぇ人生だよな。
せめて、可愛い女の子の一人でも浮かべば……まだマシなのにさ。
「……畜生」
シージーの手がレバーから落ち、瞼すら落ちた瞬間に、
彼を乗せた黒き《Im/AーP》もまた、力なく膝を落としていた。
ただし、右膝だけ……
「……おッ!?」
シージーという男の、およそ止まったような時が静かに動き出す。
首はまだ胴体に繋がっている。傷もなければ、血も出ちゃいない。
状況を把握するより先に、機体の右腕が切り落とされた。
だが、コクピットではないから。パイロットに痛みはなくて。
続けて機体の上を《ガイア》が飛び越えるのが見えた。
モビルアーマー形態にすらなっていない、
ビームライフルを撃ちかけ進む《ガイア》の姿が。
「ラグネル……さん?」
直後に確信して知った。
右膝に負った傷は、ビームによって削られた跡があったから。
そうか、あのとき……
ラグネルの《ガイア》がビームライフルを撃ち込んで、
俺を助けてくれたのか、と。
そうか、よかった。お陰で命を拾った。
体勢を崩したことで、《マッド》の刃が反れたのだろう。
片腕は失ったが、そんなの大したことじゃない。
本当に危なかった。だから……
「今の見たか?ダイ!……今、ラグネルさんが!」
褒めてやりたかった。自慢したかった。
懐疑的だった、どこぞの臆病者に。
ラグネルは信じられる仲間だと。信じた俺が正しかったと。
自然と口が動いた。自然とダイの方を向いた。
向いて……しまった。
『後ろが、見えてないのかァァァ!!!』
ダイの絶叫に、ようやく《マッド》に視点を戻したときには……
頼みの綱であった《ガイア》は、
旋回するように動いた《マッド》の刃にビームライフルを刻まれ、
数歩、後退する途中。
ダイの援護射撃は、《マッド》には当たらなくて。
だから、シージーは……最後まで言わせてもらえなかった。
『……シージィィィ!』
ダイは叫んだが、不思議とシージー自身の口から声は出なかった。
ハリケーンのごとく旋回し、
迫る《マッド》に対して一言も発することはなく、
ただ、手裏剣のように投げつけられた例の日本刀によって、
人間でいう鳩尾(みぞおち)の辺りを貫かれる。
これはコクピットから見ると、上部の辺り。
刃の下部がシージーの頭頂から鼻の辺りまでを貫通しており、
これが所謂(いわゆる)、致命傷……
シートに叩きつけられたシージーの頭は、妙に軽い音を響かせた。
それは死の痛みによるものか、
はたまた先程嘆きに端を発する不甲斐なさ故か。
息絶えたシージーの眼から、涙の粒が滴ったのだという……
「糞野郎ォォ!」
瞬時に復讐せんとダイは、ビームブーメランを投擲するが、
ようやく止まった赤い竜巻は、見もせずにこれを切り落とした。
同時に、モビルアーマー形態に変形した《ガイア》が、
頭部に生えた角を頼りに突撃を行ったが、
ブーメランに対応したのと、こちらも同時ぐらいのタイミングにて、
斜めに伸び上がるような変則的な蹴りによって挫かれてしまう。
次にまた回るように動いた《マッド》は、
そのジャックナイフでもって《ガイア》への攻撃を試みる。
この間、勿論ダイの《Im/AーP》も動いて、
《マッド》にビームガンを撃ち込んだが、
何とマントによってビームが弾かれてしまったのである。
「……ならば!」
と、《ケトゥ》を殺ったときにでも出来たのであろう、
マントの穴を狙って狙撃しようとするが、
やはりミラージュコロイド。そう上手く当たらないで。
《マッド》の続く《ガイア》への攻撃に際して、
ラグネルも首だけ曲げて、ビームの角を細長く伸ばし、
返り討たんとしたが、こちらもダメで。
《ガイア》がこう反撃の軌道より、
僅か下へ的確に刃を潜ませた《マッド》は、
そのまま半歩ばかり踏み込み、首をはね飛ばしてしまった。
《ガイア》はモビルスーツ形態に戻りつつ退避。
ダイも、
「……クッ!」
と舌打ちを漏らすばかりで、引き下がるしかなかった……