機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
「実際には、なってみなきゃ分からないことですが……」
予防線を張るみたいに、俺はそんなことをルカーニアに述べた。
「うちの隊には……アレハンドロ・フンボルトという男がいて」
どうしてアイツの名前が浮かんできたのか、自分でも分からなかった。
ただ、瞬(まばた)きをした、そのときに、
ふとアイツが昔に言った言葉が、あるいはそれを語るアイツの顔が、
目の奥に広がる暗い闇の世界のどこかに浮かび上がってきていた。
【俺はアンタに……】
「……アイツは宣言したんです。俺に勝つ、と」
「『勝つ』?……オマエにか?」
ルカーニアが俺を持ち上げるように言うのが不思議だった。
ユニウス戦役のとき、俺にそれなりの功罪が出来たことは事実。
だが、このルカーニアという男は、
先の『オバマ』での戦いで俺が啖呵(たんか)を上げなければ、
きっと俺を新型機のパイロット程度にしか認識していなかった……
ハズであるというに。
「はい……生意気なヤツでした。
士官学校で学んでる途上のいち候補生のくせをして……」
目を閉じれば思い出せそうなものだったが。
あの学舎(まなびや)の光景も。
俺がアレハンドロのタイマンに乗った『教育的指導』も。
案内役のマユ・ヴァイデフェルトも。
あの頃、まだ黒髪で陰気そうだったダイ・フーディーニも。
その頃からまるで変わらぬパーディタ・ラドクリフも、
サマンサ・スクリーチも……ジョーン・ウェールズも。
マイク、シージー……
なんて、感慨に耽(ふけ)る為じゃなくて。
「アレハンドロは……真面目な生徒ではありませんでした。
とりあえず単位は取得すればいい、ぐらいの感覚でやってたり、
ナイフ技能や拳銃の扱い方なんて講義じゃ、
教員に何の意味があるんだって突っかかったり、
……まあ、そういう背伸びしたところのあるヤツでして」
おいおい、合コンでもしてんのかよ、って。
連れてきた女の子紹介してんじゃねぇんだよ、って。
大体、男じゃねぇか、って……
そんな風に自分に突っ込み入れていたら、笑いそうになった。
「ただ……アイツには知恵があるんですよ。それだけ」
「どんな知恵だ?」
「何ていうべきか。状況に適応する知恵とでも、いいましょうか……」
──遡ること、『オバマ』攻撃前夜。モビルスーツデッキにて。
そこには、ひと一人が通れる程度の狭い橋がかかっており、
橋と地面の距離は十メートル強、
登れば丁度、モビルスーツの胸元辺りと向き合う構図になる。
「……こりゃ、スゴいっすねぇ」
なんて声を漏らしたのは、隣にいたアレハンドロ。
「そんなに珍しいか?」
「モチロンっすよ……教科書でしか見たことないっすから。
まんま《フリーダム》じゃないですか。これぇ……」
話題になっていたのは、目前に立つ一体のモビルスーツ。
《ヴェスティージ》である。
続いてアレハンドロが、多少こちらに顔を寄せたかと思えば、
「ここだけの……話にしてもらえますか?」
と囁(ささやく)く。
「……なんだ?」
それから、少し微笑みがちに続ける。
「……誰もいないときに、ちょっと乗ってみたんすよ」
「おい」
と言ったが、こちらも冗談っぽい言い方で。
するとアレハンドロは、1歩後ろに下がり、
「まあ、聞いてくださいよ……」
と嘯(うそぶ)いた。
左手を押し出すようにこちらに振りながら。
ただ、そこから先は、アレハンドロも多少冷静な顔つきになった。
「正直、難しい機体っすね」
「難しい?」
「はい……機動力とかは申し分ないんですが……
いや、てか良すぎるっていうか、その……
ピーキー過ぎるんすかねぇ。体がついていけないんすよ。
……始めてモビルスーツに乗ったとき以来っすよ。
速すぎて怖いなんて思ったの」
俺は《ヴェスティージ》を見た。ぼんやりと、であるが。
「副長だって……内心、やりにくいって思ってんじゃないっすか?」
そんな言葉に、アレハンドロの方を見ると、
わざとらしく腕組みをしていた。
俺はフンと鼻を鳴らすように笑うと、ゆっくりと息を吐いて、
軽く地面を蹴った。そこは無重力空間だ。勝手に体が浮く。
あとは少し向きさえ調節すれば、
モビルスーツの方へと向かっていってくれる。
その最中、振り返らずに言った。
「……乗らない訳には行かないだろ?それでも」
数秒後、アレハンドロは呟くこととなる……
「……おっとなぁ~」