機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
「いやぁ~、今夜は『星が綺麗』……だぜ。ルイス」
そう語るのは、《フレイヤ》に残ったワイリー・スパーズ。
自身の車椅子を押すルイス・ハビエルに振り返り、そう告げる。
「はい、はい……そうですね。スパーズさん」
「えらく他人行儀だなぁ、おい。俺が……」
「口説いてるって言うなら、『月は綺麗ですね』だから。
夏目漱石に謝れ……あと、私、既婚者だから」
言い返され、ばつが悪そうに向き直り、後頭部を触るワイリー。
とはいえ、ハビエルは車椅子を押し続けてはいるのだが。
「知ってるよ。冗談だろうが。ジョーダン」
「セクハラ」
「……悪かったよ。ちょっと言ってみただけじゃんか」
そんなところで会話が途切れる。
月光ないしは星灯りに照らされた廊下に響く、小さなタイヤの摩擦音。
「てかよ……俺が心配することじゃないけどさ」
「何さ?」
「連絡とか取ってんの?旦那さんと」
ハビエルは即答しなかった。
「……取ってないな?」
「しょうがないでしょ。流石にここから本国に連絡とかほぼ無理だし。
ジブラルタルとか、デカいとこにはあるらしいけど」
「……あっそう」
また押し黙って、摩擦音が響くこと、数秒。
とある部屋の灯りが見えたときだった。
「点いてんな。電気……あそこは確か……」
部屋を指し示すワイリーであるが、その右手の中指には、
第一関節より先はなく。
「ラグネルんとこ……女の子の部屋よ。スケベ」
「……そんな意味で言ってねぇっつーの」
サッと手を下ろすワイリー。
「……呑みに行かなかったんだな。あのラグネルって娘(こ)は」
「この国だと未成年になるから、だそうよ」
プラントは15歳で成人となる。
恐らく、コーディネイターという人種ゆえの身心の強靭さ故であろう。
その点、ナチュラルが大多数派の、このオランにおいては、
いや、そもそもアフリカ共同体政府においては、
18歳を成人としており、ラグネルはその意味で未成年になる。
「……真面目だねぇ」
「アンタと違ってね」
その点にワイリーは反応しない。ただ、
「……ラグネルだけか?」
「いいえ。パーディも体調悪いからって残ってるわ。
……まあ、本当はお兄さんがいて嫌だからでしょうね」
「ああ……大隊長の、ね」
オラン攻略に貢献した大隊長の一人ポンゴ・ラドクリフは、
パーディことパーディタ・ラドクリフの17歳年長の異母兄である。
「……まあ、複雑だよな」
ワイリーは左手で額のバンダナを引っ張り、目元を隠す。
「もしかして、だけどよ?」
「何さ?」
「……アレハンドロも残ってたりするか?」
ワイリーのそんな問いに、ハビエルは首を傾げた。
「何でアレハンドロの話になんのよ」
「いや、まあ……ね」
「……普通に呑みにいってるし」
ワイリーは何も言わなかった。それでハビエルは気付いたらしい 。
「……隠し事、下手か」
さて、噂のアレハンドロはというと、例の店にて、
「……いや、俺、未成年だからさ。ゴメン」
なんて言って勧める踊り娘(ビンタンとは別人)を追い返していた。
彼の座るところは、テーブルを介して、他に3つの席があり、
右手側にはヴァイデフェルトが、左手側にはダイが腰かけ、
向かいにある椅子には誰も座っておらず、
その先、カウンターに座る俺の背中と婆さんが見えていた。
「呑み過ぎじゃないかな?……ダイくん」
そう嗜めるヴァイデフェルトの視線の先、
×印に1664の文字が上書きされたグラスにて、
正に浴びるようにビールを呑むダイの姿はあった。
ただし、ダイにヴァイデフェルトへ貸す耳はないと見えて。
テーブルに3本の缶、足下には空になったのが4、5本ばかし転がり、
顔を真っ赤にしたダイは、
そのうちにグラスに注ぐのも面倒になったと見えて、
今度は直接缶に口をつけて、一気呑みした。
「……ダイくん!」
ダイは粗っぽくテーブルに缶を叩きつけると、
ようやくヴァイデフェルトの方を向き、
「何を騒いでる!俺なら平気だ。
聞いての通り、ちゃんと呂律も回ってる。
ナチュラルならまだしも、コーディネイターの体が、
ちょっと酒呑んだぐらいで乱されてたまるか!!
……オマエこそ、愛しの副長はあそこにいるんだ。行けばいいだろ?」
「それは……」
目を伏せたヴァイデフェルト。ただ、すぐに顔を上げた。
「ダイくんだって、副長のこと、尊敬してるんだよね?」
「……いや、昨日の今日で目が醒めた。あの人は大したことない」
この発言にはアレハンドロも目を見張った。
「俺には分からないね。万年、副長のあの人を……
どうして、皆、持ち上げるのか!」
目のやり場に困ったヴァイデフェルトが目線を上げると、
ダイの金色をした髪の生え際が、黒くなっていることに気付いた。