機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
後に調べて分かったことだが、コルドバとオランに時差は存在しない。
右も左も白地に青か黄色を挿した清楚な建物が並ぶ、
そこ──旧ユダヤ人街は、
昼間なら陽光に照らされて澄んだ世界として現れるのであろうが、
夜となってはどうにも暗く、
外灯と家が漏れる光が、蛍火のように微かに色をつけるだけであった。
そんな街、
大型トラックならつっかえてしまいそうな狭い石畳の路地を、
ネクタイを雑に緩めながら歩む男の姿があった。
ジャケットは脱いで、鞄(かばん)よろしく肩に乗せている。
青白いシャツはボタンの一番上を外しており、
また、一々抜き取るのが面倒なのか、タバコを口角に押しやって、
口付けするように尖らせた口の先から煙を吐き出すと、
タバコをまた口の中央に戻すという器用な真似をしてみせたり。
しかし、そのうちに上手くやれなくなって、溢(こぼ)してしまった。
地面に落ちたタバコを、前に出た左足が踏み潰してしまう。
「……チッ」
舌打ちしつつも、拾わんと屈む男。
……そんな男の背中で、カチッという金属音が聞こえた。
「アンドレイ・ココフ、だな?」
後ろからそう伝えられた声は、男にもの……だが、比較的声は高い。
また告げる声に力はなく、やや震えてさえいる。
「……あぁ?」
何て振り返れば、紅葉がごとき赤茶けた髪の毛が目について。
「テメェは、確か……シーザー・ルチアーノのとこにいた……」
「ヴィーノ・デュプレだ。一緒に来てもらう!」
「つまり……セベク・アガレスはザフト脱走兵を受け入れた……と?」
「そういうことになります」
「……なるほど」
そう言うと、男は突き出た顎(あご)をスッと撫でた。
そのモーションは髭(ひげ)を引っ張る仕草に見えたが、
そこに髭はない。モミアゲと繋がって、
頬髭だか顎髭だかが輪郭を隠すばかりに生えていながらに、
何故か中央の顎だけ何も生えていないのである。
それがこの男──クラウス・ゴトウダのもう1つの特徴といえよう。
「我々は……間に合わなかった、という訳ですか」
向かいに腰かけた人物が、顔を手で覆い、クシャクシャに握り締める。
顔を下げるに合わせて、両耳のあのイヤリングが揺れる。
ゴトウダは、
「……初めからセベク・アガレスは我々と結ぶ気などなかった、
と考えるのが正確でしょう」
などとコーヒーを飲む片手間に応じる。
「バーテルソン司令……ファッマ・ガンバリは、
やはり最初からムーサー側に派遣すべきだったようだ。
現に、『明けの砂漠』ムーサー・カリーアッラーフは我々を、
敵と結ばんとした二枚舌外交と見て警戒を強めている」
そう語りつつ、ゆっくりとコーヒーカップをテーブルに置く。
「最善手とは言いませんが、私のスタンスは変わりません。
変えません。
武力に訴えかけるやり方など……ベターであってもベストではない」
「……否定はしませんが」
どうぞとゴトウダが手を出せば、
「あぁ」
とコーヒーカップに手をかけたバーテルソン。
「やはり……ザフト脱走兵と大西洋連邦、そして、ナイルの……
いや、『ネイキッド・アームズ』というべきでしょう。
彼らに一定のパイプがあったと言えます。
《ダーティ》の件は既に『オバマ』攻略戦以前に、
ヴィトー・ルカーニア司令より報告されていましたが」
語るゴトウダ。全く、忙しない人物である。
話しつつ、目前のノートパソコンを弄っている上、
目が画面の恐らく中央辺り、次いで時間の表示されている端の部分、
そして時たまにバーテルソンの顔ないしは周囲、
更にカーテンの片手ほどしかない小さな隙間より見える、
外の景色と、数秒のうちに視点はバタバタと切り替わり、
そして、その間も会話を途切れさせることをしないのだから。
「……『円卓会議』、または参謀長の野心の顕(あらわ)れでしょう。
決断を急ぎすぎた節もある。
脱走兵の撤退はそれ以上に早かった訳であるが。
こちらも準備不足ではあるが、南米ゲリラに蜂起の用意があった。
鎮圧に……早くとも半年はかかるでしょう。
この間、大西洋連邦がバスティーユを捨てて、
我々まで敵に回すことは、まずないと言っていい。
今、我々がすべきは北アフリカ仕置の口実を元に、
大陸の連邦勢力の駆逐でありましょう。そこは間違いない。
アガレスと組む方が楽だったのは事実ですが、
ひとまず『明けの砂漠』を取り込めれば、大義名分にはなる」
「……脱走兵はどうなるのです?」
「北アフリカ制圧への派遣で、
本国が手薄になった時期を狙ったのでしょうが、所詮この程度。
貴方やヴァレフスキ司令が警戒した程の敵ではなかった訳です。
イベリア半島で動けば、西ユーラシア連邦が黙っていない。
東ユーラシア連邦とのアラスカを巡る衝突を考えれば、
西との関係悪化は大西洋連邦とて望むところではありますまい。
そうなれば、脱走兵の味方は、現状『アームズ』のみ。
非ロゴス系のウォルター・サトクリフが、
残党の盟主たるグレース・イスラフィールに従う理由もない」
そこまで話したところで、作業は終了したとみえて、
ノートパソコンを閉じたゴトウダ。
「つまりは……」
下唇をうっすら噛むバーテルソン。
「……アガレスを倒す。これが当面の目的となりましょう」
やや傾いた己の眼鏡をゆっくりと押し上げるゴトウダ。
「戦争は避けられぬと?」
「えぇ……ご覚悟ください。
貴方は間もなく、最高評議会議長として、
事に向かうのですから」