機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
翌朝のこと。そこは《フレイヤ》のモビルスーツデッキ。
俺は整備士トロ・サンタンデールと談笑していた。爽やかな朝だった。
どこからか流れてくる風は程好く冷えて心地良く、
モビルスーツの背丈よりも少し高いばかりの、
高所に配された円形の窓より、皮肉な程に透き通った青い空が見える。
わたあめのような白い雲も時折顔を出す。
並んだ窓の1つには、離れすぎていて詳しくは見えなかったが、
何らかの鳥が羽を休めているらしかった。
……まあ、だからといって、状況はけして良いとは言えないが。
そりゃ、高いところはよく見えるさ。
何せ、ここに並べられた連中に、真っ直ぐ立っているヤツなんて、
今は1機もいないのだから。
例えば《アビス》は、休日に寝転がる父親を彷彿とさせる、
腕を枕に脇腹が上を向く姿勢となっていて、
切り落とされた腕を、現在隣で復元しているところ。
また首を落とされた《ガイア》には、
あの犬みたいなモビルアーマーの頭を接合中。
首無しのボディが四つん這いで立っている姿など、
尻を向けられているようで気分のいいもんじゃない。
その他、顔を潰された《セイバー》の修理している角の方では、
ワイリー・スパーズを乗せたとおぼしき車イスを、
恐らくダスティン・ホークであろうという後ろ姿の男が押さえている。
さて、俺たちはというと、
隻腕の《ヴェスティージ》が地に横たえられた傍らにいた。
「これ……提案なんですけど」
サンタンデールの言葉。
「何だ?」
「……クトゥルフは、しばらく片腕だけにしませんか?」
クトゥルフ──お気付きとは思うが、あのビームガトリングのことで。
「……修理パーツが足りないのか?」
「いいえ……多少形状が変わっても構わないということでしたら、
ほぼ同機能の武装を再配備することは可能です。
ただ、元々、機体の17パーセント相当という超重量兵器です。
実証テストでも、
右腕部から本武装およびエネルギー供給器等々を排除した場合、
6.66パーセント程度の動作性能の向上が確認されていますし」
俺はポケットに突っ込んでいた右腕をゆっくり抜き取り、
空気中に頬杖をつくように、その手で右頬に触れた。
無言でそう動かした、俺の姿がいくらか恐ろしかったと見えて、
「いっ……いかがでしょう?」
そう、サンタンデールの態度に顕れる。
「……アイデアとしては、悪くないが」
直後、後方より聞こえた足音に振り返る。
すると、そこにはヴァイデフェルトの姿があって。
「おう」
と手を上げれば、彼女は頭を垂れた。
ヴァイデフェルトの立つデッキの入り口から、
《ヴェスティージ》が置かれた場所は比較的近く、
恐らくは10メートルとか。15メートルもはあるまい。
ただ、目的は俺ではないと見えて、
ヴァイデフェルトはこちらには寄って来なかった。
その際……あの『オバマ』での戦いのこともあるからか?
心なしか、彼女の表情は硬かった。
俺はすぐにサンタンデールの方に向き直り、
「アイデアとしては悪くないと思う。あとは使ってみないことにはな」
などと返すのだった……
──ジブラルタルより、その報が伝えられたのは、その日だった。
ラドクリフ大隊はオルランド・マッツィーニから、
トライン大隊はダグ・バーテルソンから、それぞれ命令を受けた。
まあ、その実……参謀長の指示だったとの噂も流れたが。
さて、その指示が、協力してティンドゥフを攻略せよとのこと。
なお、両大隊がオラン攻略に入った頃に、
ジブラルタルよりモーリタニア方面を経由して、
カロル・ヴァレフスキ傘下のイナバ・シゲル大隊が、
既にティンドゥフへ入っていた。
加えて、ティンドゥフより敗走してモロッコ領のウジダにいた、
これまたマッツィーニ傘下のバルドル・リュメル中隊が、
残存戦力にしてジズ5機、アルジェリア領のトレムセンに入っており、
これと合流の後、南下してティンドゥフへ向かう、
というのが両大隊に下された指示であった。
トレムセンからティンドゥフまで、
移動距離にして1000キロメートル強にもなる遠方であるが。
……その間、ようやく傘下のホーク小隊と合流したフレイヤ大隊は、
オランにて待機せよ、との命がヴィトー・ルカーニアより下っていた。