機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
「アナタは、自分が何であるかなんて……説明できるの?」
ビフロンスは笑う。なおも。
「アナタの大好きな、『ルバイヤート』の詩の中にも、
そんな話が出てくるでしょ?
どこから来て、どこへ行くのか。
死んだ後に世界はあるのかしらねぇ……天国とか、極楽とか、
地獄とか……フフッ」
「何がいいたい?」
「……何でしょうねぇ。一体」
ビフロンスが笑うに合わせて、その体が微かに揺れるのが分かる。
風にそよぐ柳の木みたいに。
「……死んだ人の声が聞こえたこと、見たこと、あるでしょ?」
顔を上げるビフロンス。
奇妙な目だった。最初は赤い目をしていると錯覚しかけたが、
実際は白っぽい銀色の瞳をしていた。
ただ、随分と血走っているもので、
どうにも、
その黒目(厳密には赤い目だが)と白目の位置が、
入れ替わってしまったような印象を受ける。
さて、そんな女の問いは死んだ人間に会ったことがあるか、
だったな。
……答えに困った。是も非も答えにくい。
それらしいことは1度、いや厳密には2度あった。
ただ、俺が以前見たものがそうであったかは分からない。
あるいは、白昼夢、都合のいい幻影であったかもしれない。
ただ、もし、本当に彼女が彼女だったなら……
それは、そういうことになる。
「不思議よね……」
俺の思考を遮るビフロンスの言葉。
「時々いるわ。アナタのような人が。
人は死に直面した瞬間、思うことは恐怖しかなくなるのに。
何故かしら。アナタは違う。アナタは思わない。
私はビフロンス。死者の墓に蝋燭(ろうそく)を灯す者。
人が死に触れる瞬間を何度も見てきた。死者を見てきた。
あの日、あのとき、アナタの生殺与奪は私にあった。
死に直面していた。
その意味を理解できない程、アナタは愚かでもないのに。
アナタは動じなかった。
死ぬのが怖くないの?いや、きっとそうじゃない。
でも半分くらいは……望んでいるんでしょ?死ぬことを」
ビフロンスの方から顔を逸らし、辺りを見渡した。
どこまでも白い世界。宇宙のように広く、限りが見えない空間。
見渡すといっても、見るものは何もない。
「いつまで……死に損ねる気?」
ビフロンスの腕がゆっくり伸びて、俺の右腕を掴んだ。
例の白い拳銃を握る腕を。
続いて、顎(あご)が外れてしまったのかと錯覚するばかりに、
口をデカデカと広げ、
ブラックホールも真っ青な暗闇に支配されたその口内に、
白き銃口を押し込んだ。
カエルを丸呑みにするヘビのように。
次に少しばかり口を狭め、銃身を軽く噛む。
そんな状態でなおも、その口角は上がっている。笑っている。
やがてその手を、拳銃を握る俺の手に重ねて、
そこから一言、
「……お先に」
と、口にものが入っているにしては綺麗な発音で告げると、
引き金に当てられた、俺の人差し指を折り曲げさせ、押し出した。
そのまま、引き金が引けるように。
そうしたらどうなるかなんてのは、
わざわざ語らなくても分かるだろう。
当然のように放たれた弾丸が口の中を通り過ぎて、
後頭部を貫通、勢いそのままにどこかへと飛んでいった。
薬莢の落ちる乾いた音が足下にて響き、
だらしなく俺の手に倒れかかる女の体は、
前からも後ろからも赤黒くベトベトな血を垂らすばかり。
明らかに死んでいる。それは疑いようがない。
少なくとも見た目からは。
だのに、
「……下手な芝居だな」
そんな風な言葉が俺の口をついて出た。
そして、
「……ンフフフフッ」
というビフロンスの笑い声。
いや、文字にすると説明しにくいが、
もっと例えば小さな足音のような、低い音として聞こえてきた。
クネクネと身を捩(よじ)りながら、銃口を吐き出すビフロンス。
そして、陸に打ち上げられたクジラみたいに、
顔から地面へと倒れていった。
何が不気味って、ビフロンスはなおも笑っていること。
俺は……ひとまず、拳銃を体の真ん中辺りに持ってきた。
左手を添える。その後、腕を胸の辺りまで持ち上げ、
そこから改めて下げた……ビフロンスを狙って。
後はもう一度、今度は自分の意思で、引き金を引けばいいだけ。
それで終わる……ような気がした。
約1秒後、ビフロンスの上半身が持ち上げる。アシカのように。
血が滝のように流れる口を再び広げ、左手を前に突き出す。
そして、
「……ヒャアアアアアア!」
なんていうケダモノのような叫び声を上げながら、
飛びかかるビフロンスを、俺は……