機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
そんな朝である。コルドバに吹く風もまた涼しく……
場所は、あの旧ユダヤ人街。
四角い窓は、そのものこそ開かれているが、
カーテンにより遮られ、中の様子は風が吹いても見えてこない。
うっすらとした黄色に、黄緑と深緑の枝が互い違いに配された、
その遮光カーテン。
そのうち、窓の縁に止まったスペインスズメの赤茶けた頭が、
暖簾にするようにカーテンを潜って、部屋の中を覗いてきた。
そんなとき、
「……フッ」
と、ノエルがヒモのように細く赤いネクタイを締めていた。
目前には四角い鏡を上に乗せた化粧台、
右手側の壁には黄色いジャケットをかけたハンガー。
ハンガーから外す、
というよりは抜き取るように出したジャケットを、
マントでも羽織るみたいに広げたかと思うと、
右、左と順に腕を通した。それから肩を揺すって微調整。
続いて鏡に顔を寄せた。
まずは正面を向く。次に左側を向いて、やや顎を引けば、
この後、右側を向いた際に、自然と顎が上を向いた。
ちゃんと見ているのか、動きは結構早い。
動くに合わせて揺れる前髪は、左のときは少し浮いて見えた。
右の時は下りて、片目を隠すような構図になった。
やがて正面に向き直った瞬間、ノエルの脳裏に言葉が過(よぎ)る。
【不思議なものですねぇ。貴方という人を見ていると。
時折、御父様のような表情をされたかと思うと……】
それはホルローギンが以前、彼に述べたことであり、
「『母さん』には、似ていないか」
ノエルの顔をそう曇らせるものであった。
そのうち、彼の右腕が髪の刈り上げられた部分を撫でた。
「さてと……」
鏡台の足下を覗けば、そこにあるのは、
黒い盤上に金の文字と装飾が目立つLe Creusetブランドの腕時計。
それが午前7時22分の時刻を示している。
「そろそろか」
左手をジャケットの胸ポケットに突っ込むと、
そこから、親指ほどの小さな鍵を引き抜いた。
鍵を握り締めたノエルは、部屋の中央へと歩いていく。
部屋の中央にあったのは、黒いグランドピアノである。
その為か否か、
近寄る足音もどこかステップを踏むように同一のテンポで奏でられた。
この間に、手の中の鍵は左から右へと受け渡されて。
そうして7、8歩、向き合ったノエルの右手が、鍵盤の上に添えられた。
正確には、鍵盤の蓋の部分であるが。
彼はそこからピアノを……弾くのではなく、鍵盤の下に手をやった。
そのままノックする程度に軽く鍵盤の下を叩けば、微かに音がする。
これを聞けば間違いないと、
そこから更に手探るノエルをスズメが窓から見ていた。
やがてカチッという音がして、ノエルが右手が引く動作をすれば、
そこに引き出しが現れた。
紫色のクッションに拳銃──.44オートマグと弾薬を埋めた引き出しが。
そんな様子が……この小さき鳥を驚かせてしまったらしい。
「ピイイイッ」
と耳障りな声を上げた。上げてしまった。
ノエルも、咄嗟に気が動転したのであろう。
思わず拳銃を抜いてしまった。片手で窓の方に銃口を合わせると、
躊躇なく引き金を引いた。勿論、大きな音がした。
反動も大きく、自然と拳銃がノエルの腕からこぼれ落ちる。
「……ウッ」
と右肩を押さえて踞(うずくま)ったノエル。
……そんなノエルの苦労を知ってか知らずか、
スズメは飛び立ってしまった。
あまりにも咄嗟のことだった為、
弾が入っているかすら、確認しなかったのであろう。
拳銃は空砲、鳥も無傷。後に残ったのは、窓辺に残った羽根の1枚と、
右肩の痛み、そして、
「……大丈夫ですか!ノエルさん!」
とドアの外から叫ぶリョウ・ナラの声だけだった。
21分後……というのは、時計を見れば分かるだろう。
鏡台の側にあった腕時計が、今はノエルの左手に。
そして今、壁も天井も、足下さえも白い廊下に出たノエルの右後ろへ、
リョウがついている。
「……はあ、そんなことが」
とかなんとか言いながら。
「ああ」
などとすまして見せるノエルだが、肩はやはり痛いらしく、
まだ押さえている。
「ただ……殺さなくてよかったですね。スズメさん」
微笑むリョウに、ノエルは足を止めた。
「……ノエルさん?」
右を向く形で振り返ったノエルは、
「そういやオマエも……スズメだったな」
と呆れた調子で言い捨て、前進を再開する。
かえってリョウの方が立ち止まってしまったぐらいで。
「……ああ、機体のマークの話ですか」
そう答えるまで、2秒ぐらいかかった。
ノエルは返答もせずに、歩を進めるだけで。
慌てて駆け足で寄るリョウ。そんなとき、
「俺に守役が務まるかどうか」
なんて言いかけたノエル。
ただ、聞き取れなかったリョウが、
「何か?」
と聞き返したところで、ノエルは教えなかったが。