機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
公海に乗り出した戦艦《プラトン》の廊下にて。
ロディニア級なる脱走兵側で独自に用意した戦艦であるとはいえ、
やはり技術系統が同じであるからであろう、
廊下の様子は《フレイヤ》の内部とも大きくは変わらない。
そこにいたのは、ホルローギンともう1人。
年齢的には若いと見えるが、恰幅のいい男性が立っている。
「まさか……大西洋連邦との協約に助けられるとは」
そんなことを言われてホルローギンは、
「元々、物量的には勝ち目のない相手ですからね。オスマンくん。
夜襲ゆえに状況が整うのが遅れると期待していましたが……
ほとんど効果はなかったことからも窺えることですよ。
彼らは強い。私たちが思っている以上にね」
などと、あの開いているのかいないのか、
パッと見ただけでは分からぬ細い目のまま、答えるのである。
そんな中、
「ホルローギンさん」
と彼を背中から呼び止める声がした。当然振り返る。
「どうかしましたか?……リョウさん」
「いえ、その……」
胸元でギュッと握られたリョウの拳に、
2人の男の目がいく。
「……クールカ隊長の、病状?について」
と、リョウは自信なさげに尋ねた。
「病状?」
なんてオスマンまで聞き返す。
ホルローギンはオスマンの方を一瞥した後で、
「あぁ……あの方は、皆さんにはお話していませんでしたね」
などと語り始める。
「……流行り病の類ですよ。
ラクス・クラインを蝕(むしば)んでいるものと同じだとか。
まあ、皆さんは予防注射も受けていますし、
いざとなれば、治療設備も整っていますし。
クールカ隊長自身、極力皆さんの接触しないようにされています。
ご安心を」
表情を曇らせたオスマン。ただ、
「いえ……そうじゃなくて」
そうリョウに聞き返され、ホルローギンは細い目を丸くした。
「……クールカ隊長ご自身について」
腰に両手をかけるホルローギン。
そのまま悩んだようで、少しばかり、頭を下げた。
「早期なら……治る病ではあるのですがね」
その限定が何を意味するか、分からないリョウではなく……
「クールカ隊長の場合は……発見が遅れたもので」
「……着きました」
という声に、眠れるリョウの意識が覚醒する。
右横にいたノエルは改めてネクタイを締める仕種をしている。
左の窓より外を見れば、橙色に染まった空の下、
虫に食われたように穴だらけか錆(さび)が目立つ四角い建物が並ぶ、
トリポリの旧市街が広がっている。
尻が後部座席のシートの端より少し溢(あぶ)れる程に、
だらしない体勢で眠っていたリョウへ、
「行くぞ?」
などとノエルは声をかける。
「……あぁ、はい」
リョウは応じて直ぐに、左手で頬か口角の辺りを撫でたところ、
唾(つば)だか汗だかで濡れていた。
サッと拭ってから、手首を返して車のドアを開けた。
車を降りれば、そこは道路側。しかし、走ってくる車はない。
リョウが空き缶が転がる汚れた道に足を下ろして、ドアを閉めたとき、
「……ご武運を」
などと言い残した運転手──フェルディナンド・ドナウアー。
屈強なドイツ人の男であるが。
リョウが2、3歩ばかし引き下がると、車は動き出す。
フォルクスワーゲンのニュービートルなどという、
傷付いた街には不釣り合いな可愛らしいドナウアーの車が走り去れば、
障害物が消えて、リョウの視界に右手側の景色が現れる。
左も右も大した違いはないが。
ノエルは迷う様子なく、堂々たる姿勢で、一件の建物の方へ。
そこは恐らく昔は鉄道駅だったのだろうて。
三角形屋根の下、突き出た櫓(やぐら)のような2階に、
1階はドアがない代わりに階段を舌のように出して、
中の吹き抜けの空間を晒(さら)している。
さて、ノエルは、階段の2段目辺りに足をかけたところで、
振り返り、リョウを見た。
何も言いはしなかったが、早く来いと言いたげで。
慌てて小走りに駆け寄るリョウ。
その足が階段の1段目にかかったとき、より奥の様子が見えて。
見えたのは改札らしき4列ばかりの衝立(ついたて)。
横の箱は、運用されていれば駅員がいる場所であるが、
当然おらず、ボロボロの屋根の穴から夕陽が覗くだけ。
改札も機能していないから、通り過ぎようと、止めるものはない。
そのまま歩いていくと……
「……えっ」
と思わず声上げたリョウ。無理もない。
改札を抜けて20歩とか、更に地下へと抜ける階段があり、
近付いていけば、下が見える。その景色が異常だった。
何せ、戦艦《プラトン》の廊下並みの清廉な空間が、
そこに広がっていたのだから。
突然、振り返る。
地下へ続く階段の途中にて立ち止まる彼女を背中から、
「……どうかしたか?リョウ・ナラ」
そう呼び止めるのは、斜め向きに立ち、
階段の下より見上げるノエルであって。
「いえ、今……銃声が……」
ノエルの方へ振り返るリョウ。ノエルも真っ直ぐに向き直った。
ポケットに両手を突っ込んだ体勢こそ変わらねど。
しばし思案した後に、ノエルが出した回答はこう。
「……近くに軍事施設がある。そこの音だろう」
リョウは少し顎を引き、若干だが首をも傾げた。
「何にせよ……俺たちには関係のないことだ。いいから、来い」
ノエルはそう言い残し、階段下は右の方へと歩いて行ってしまう。
「あァッ!」
と慌てて、階段を下るリョウ。ドタドタと音が鳴るのも気にせずに……