機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
ハビエルが優しげに伝えるが、ダイの表情が変わらない。
「何?……情報はもっと秘匿(ひとく)しろとでも言う気?」
そう不機嫌そうに言おうとも同じで。
「いえ……アレハンドロについて、なんですが」
嫌な予感がしたのだろう。ヴァイデフェルトの表情が曇る。
「CICのルアクが立ち聞きしたそうです。先日の戦いの前に。
アレハンドロが隊長に直談判(じかだんばん)するところを」
ハビエルも、大概勘のいい女である。直ぐに状況を理解した。
「モビルスーツ乗り換えてって話?」
「はい」
「通りで……隊長が私の命令だなんて息巻いた訳ね」
ニヒリスティックな笑みを浮かべつつ、
ハビエルは、左の袖に右腕を捩(ね)じ込む。
「アレハンドロは、戦死したアデリー隊長と面識があったようで、
北アフリカ戦線で敵方の大型モビルアーマーが猛威を振るっていると、
聞いていたようで。
……実際には、《ドヌ・ゾド》なるモビルアーマーを想定し、
ワイリー先輩と共に敵の虚を突く作戦だったとか」
「まあ、それは、あの赤いヤツ……《マッド》だっけ?」
そんなハビエルの投げかけに、急遽頷くヴァイデフェルト。
「……だったから、計画はおじゃんだった、と」
「はい」
「なるほどねぇ」
音として聞こえるぐらいの鼻息を漏らしつつ、
ハビエルが瞬(まばたき)きをする。そんな次の瞬間。
「いいんですか?……副艦長は、それで」
ダイがそう問うのである。ヴァイデフェルトは顔を逸らした。
「……どういう意味?」
ハビエルは笑っている。今度は要領を得ないといった様子で。
「副艦長を蔑(ないがし)ろにしたという意味で……」
ダイの深刻そうな顔つきと対照的に、ハビエルは笑顔のまま。
「別に隊長のが格上なんだから、仕方なくない?」
「……アイツは、隊長なら騙せると思ったに違いありません。
その後の《マッド》対策の失敗を見ても、
アレハンドロひとりの杜撰(ずさん)な計画だったことは明らかです。
あんな勝手なマネ……許すつもりですか?副艦長」
んーとか、うーとか、文字で表記するのは難しいが、
鼻息でもってそう応答していたハビエルは、間もなくこう反論した。
「終わったことを責めても仕方ないっての……
もうお昼だし。とりあえず、ご飯食べに行きましょうか」
昼過ぎ、オランに雨が降った。
天気予報の伝える降水確率20パーセントをアテにして、
傘のひとつも持たずに出た俺に婆さんが笑って教えてくれた。
この街じゃ、20パーセントは高確率だと。
傘を貸してくれると言ったが、悪いからと断った。雨はそう強くない。
これがシャワーなら、俺はきっと勢いを強めるだろう。
雨粒が体へ滴る度に、誰かに指で撫でられたような感覚がする、
嫌な雨の降り方だった。
雨音よりも俺の足音の方がいくらか大きいぐらいに響く街には、
人陰はほとんどなく。
仮に向かいから足音が近づいてこようと、
相手さんは傘を障害物にして顔を隠してしまうのだから、
とりつく島もないとはこの事。
両手をポケットの奥にしまい込んで、潤んだアスファルトを踏む。
無意識のうちに、体は下を向いていた。
……どれぐらい歩くのだろう?5分とか、10分とか。
足が雑草を踏みつけていたとき、顔は断崖絶壁を見下ろしていた。
そう高さはない。
埠頭(ふとう)を3つばかし挟んだ先に《フレイヤ》が見えている。
何メートル離れているかはしれないが、ここから見たのでは、
女神の名を冠した大戦艦もまるで玩具(おもちゃ)みたいだ。
ふざけて手を翳(かざ)し、開いた指をグッと折り畳んだ。
まるで玩具を握り潰すみたいに。
「風邪……引きますよ?義兄(にい)さん」
不意にそんな声が背中側からして、傘が頭上に突き出される。
白濁したビニール傘だ。弾いた雨の痕跡が傷跡のように残る。
「……いつから、俺の後ろにいた?」
向き直ると、ダスティンは笑って、
「いつからだと思いますか?」
なんて聞き返すから、それ以上は問わなかった。
「言っときますが、ここから飛び降りたら死にますよ?流石に」
「んなもん、見りゃ分かる」
「うまく海上に着地すりゃ別ですがね」
……着地じゃなくて着水だろうと、口に出すのはどうにも面倒で。
「……別にやりゃしねぇよ」
俺は傘から飛び出て、数歩引き返した。道路端にはバイクが一台。
真っ赤なSUZUKIの文字が目を惹く、黒のGSX250SSカタナである。
振り返ると、
「僕だってバイクくらい乗りますよ。いいでしょ?」
そう誇らしげに見つめ返すダスティンの姿。
「……乗ります?」
鍵をハンドベルのように揺すって見せるダスティン。
「いや、いい……歩いて帰れるさ」
……後から考えれば、
ダスティンのヤツ、バイクはどこから持ってきたとか、
バイク移動なら傘はどこに入れていたのかとか、
気になる点がいくつか浮かんできたが、あえて聞かなかった。