機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
事実、店から戦艦まで、そう距離はなくて。
何も考えずにぼんやりする時間も、少しなら悪くない。
ワイヤレスのイヤホンをしていた。
申し訳程度に髪の下に耳ごと隠しながら。
聞いていたのは、地元で配信しているネットラジオ。
フランス語らしく、ほとんど何を言っているかは分からなかった。
まあ、人なんかほとんど歩いていない街だ。
怖いぐらいに静まり返った中を歩くよりはいくらかマシ。
音楽でもよかったが、生憎そっちは疎(うと)くてな。
……という訳で適当に聞いていたが、せいぜい意味が取れたのは、
パーソナリティの名前らしき『アンジェリカ』ぐらい。
「……よりによって」
と、俺は思ったのか?言ったのか?証言者がいないから分からない。
なおラジオは二人構成だったのだが、
相手の名前までは分からなかった。
これなら、ダスティンのヤツにバイクを借りるべきだったか?
いや、もうずっと乗ってないんだ。
雨で滑る道なんか走ったなら、どうなることやら……
そう考えているうちに、あの気味の悪い雨が更に勢いを弱めていく。
目的地まで着いたときには、
もう閉まり切らない蛇口からポタポタ水滴が漏れていくような、
小雨(こさめ)も小雨となっていて……正直、気に食わなかった。
自分ではそこまで濡れた自覚はなく、
室内に入ると、進む度に聞こえる滴る音へ驚かされた。
「ズブ濡れじゃないですか!副長」
たまたま通りかかったパーディが俺を呼び止める。
「タオル取ってきます。ひとまず、これ使ってください」
なんて言い残して取って返したパーディ。
さて、彼女がひとまずと置いていったのは、なんとハンカチ。
それも派手めな彼女のイメージに反して、
ワッペンが目を引く、幼稚という意味に可愛いもので。
試しに広げてみたが、片手ぐらいのサイズしかない。
しかも、ワッペンの柄はステラ……星である。
「……気が利いてるよ。まったく」
我ながら無駄に手際よくハンカチを折り畳んだ。
どれぐらいかというと、
「慣れてますねぇ」
なんて後ろで見ていたアレハンドロに言われるぐらい。
「……副長って、意外と女子力高い?」
「そりゃ、俺は14で単身プラントに渡ってきたからな。
大抵のことは自分でやらなきゃ、誰もやってくれなかったよ」
「大変すねぇ」
……アレハンドロの物言いに、違和感を覚えて振り返る。
「……オマエも移民だよな?」
「はい」
……そこから先は、デリケートな部分ゆえ、言葉を詰まらせた。
だが、アレハンドロが人を小バカにしたように、
体を捻って笑うから、俺もふざけて肘でこついた。
「パワハラだー」
「だったらオマエは不敬罪だ」
「いつから俺の親になったんすか!副長!」
「父兄(ふけい)て言いたいのか?……くだらねぇ」
そんな漫談を繰り広げた辺りで、パーディが再登場。
タオルを渡すのだが、場の雰囲気に乗ったのか、
「どうぞ」
と俺に投げつけるのである。コントみたいに。
頭に乗ったタオルに視界を遮られ、すぐには状況を理解できなかった。
しかし、
「アハハ」
なんて呑気に笑うアレハンドロの声に、
おおよその状況を察して、タオルを下に引きながら振り返れば、
パーディが半笑いで俺に頭を下げていた。
「……上司へのイタズラってのは、何ハラになるんだろうなぁ」
「ウラハラ?」
「やかましい」
笑って言うアレハンドロを咎めれば、
「フフッ」
と背後でパーディも笑う始末。
振り返れば、一応頭を2、3度軽く下げて謝る素振りは見せるが。
「俺はハビエルみたいに小言言う気はないが……」
パーディに右手でハンカチを返し、左手を動かし、
適当に髪を拭く。
「……今晩には、ここを発つんだぞ?」
右手もタオルに添えた。
「まあ、いいじゃないっすか。ピンと張り詰めてんのも、
息苦しいですって。脱力も大事っすよ?リラックス、リラックス」
「……オマエに言われると腹立つな」
「タツハラ?」
アレハンドロの足を踏んでやった。
「背に腹は変えられないって言いますし、ねぇ……」
「パーディ……多分だが、言葉の意味、間違ってるぞ?」
「え…………人の性格って、変えようとしても変えられない、
みたいな意味じゃなくてですか?」
訂正しようと振り向いた瞬間、
踏まれた足を抱くように屈んだアレハンドロがボソリ、
「……セニハラ」
と言った為、俺の動きは止められた。
「まあ、パーディの指摘自体は間違いじゃないってことで……」
ゆっくり上体を起こすアレハンドロ。
「……初志貫徹っすよ。副長。やりましょ?模擬戦。
今日こそ、勝ちますから!!」