機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
この指がスッとあと数センチ、後ろに引かれれば最後……
ノエルの恐怖が目に見えるようだった。
震える足の踵(かかと)が半歩ばかり後ろに下げられると共に、
後退がちに仰け反った姿勢をゆっくり戻すノエル。
その動きに合わせ、当然M500の照準も向けられる。
次いで、拳銃を握る右手に、左手が添えられ、
その上、姿勢も正される。
撃たれる……と、後ろで見ていたリョウにまで緊張が走る中、
ノエルは胸元から素早くパスポートを抜き取り、
右手で写真のついたページを開いて見せる。
「ノエル・ド・ケグといいます。
ザフト脱走兵、マーシャル・オートクレールの使いの者です。
ネイト・アガレス様にお取り次を」
言葉自体は滞(とどこお)りなく発せられた。割に堂々ともしていた。
ただ、少しだけ舌を噛みそうなところがあったのと、
発言後に息の乱れが音として現れていたことを除けば。
「……ネイト様に、か」
男はどこか呆れたような調子で応じた。
直後、後ろのドアが開いて、眼鏡をかけたズボラ髪の女が、
「アモン!ネイト様のご様態が……」
なんて口走りながら飛び出してきた。
「……アモン」
この彼女、ノエルらを見て、慌てて口をつぐんで目を逸らすが、当然、
「ネイト様の身に何か?」
とノエルに問われてしまう。
「……説明する手間が省けた」
そう、黒人の男──ことレェ・アモンは、先程と同じ調子で呟く。
「撃たれたんだよ。ついさっきな」
……《アビス》が被弾してから、10秒程度経過したろうか。
アレハンドロに動きがない。
「誘い込めば勝てるって発想か?」
確かに、《アビス》なら硬い甲羅に身を守られている。
防御力は高かろう。しかし、
「その手、前も使って上手くいかなかったって……覚えてねぇのか?」
《アビス》というモビルスーツの構造的欠陥は、その甲羅にある。
僅かだが隙間があるのだ。形状的に仕方がないのだが。
それは末端、人間でいう臍(へそ)に当たる箇所であるが、
閉じられたシールドの下部にほんの少しだけ隙間があり、
そこに銃口を捩(ね)じ込めば、ぎりぎりコクピットを攻撃できる。
既に実証済みだ。この方法で俺はアレハンドロを下している。
「……機動力だって、《Im/A-P》より高いコイツなら、
同じ芸当が更に簡単に出来る。言いたいことは、分かるな?」
『……どうもぉ~』
アレハンドロの呑気な返答に、つられて笑いそうになる。
『まあ、別に……誘い込もうなんて、考えちゃいませんよ。
俺は女を口説くにも、もっとストレートに行く主義なんで』
「そうかい」
『やっぱ……そこは大胆に行きますよ。大胆にィ!』
宣言通り、《アビス》は飛び出した。
甲羅に守られた魚のような姿で、頭上に旋回している。
「何を考えて……」
ものの試しに魚の尾びれ……もとい、ヤツの足の方を狙撃してみれば、
あっさりどっちかの足が地面へと落ちていった。
しかし、厄介だったのはそこから。
空中で方向転換した《アビス》は、その魚のかぶとがごとき、
ヘッドギアに守られた頭部を突き出すと、
飛び魚みたいにそのまま飛び降りてくるのだから。
「……こちらの正確な位置を探っていたってのか?」
当然、こちらも動く。小走りに右手側へ。
弾丸みたいに飛び込んできた《アビス》は、先も尖ってねぇのに、
勢いだけでビルを突き刺し、破壊してみせた。崩れた豆腐のように。
ただ、俺に言わせれば、それは……
「……そんな体勢じゃ、攻撃手段がそれしかねぇってことだろ!」
さぁ、一本道でヤツとご対面。
またも旋回しながら、こちらへと向かってくる《アビス》。
武器らしい武器は見受けられない。
「オマエなりには、考えたみたいだがな……」
本体より先に、ミサイル2発が発射されたが。
片方はその身を離れるより先に俺が撃ち落として、
もう片方も本体より外れた数秒後、数メートル程度進んだところで、
これまた撃ち落とした。
例によってビームが拡散したが、遠すぎて俺には当たらない。
「……何になるってんだ?こんなことで」
破裂したミサイルが巻き起こす煙、巻き上げる砂やゴミ。
そんなものに紛れて、ヤツの足が飛んできた。今度は左足。
恐らくは、最初に撃ち抜かれた方の足だろう。
勿論、撃ち落とした。
「からかってんのか?アレハンドロ!」
そう思わず語気を強めたときに、《アビス》の姿が現れた。
モーションは変わらない。回って、真っ直ぐに進むだけ。
「泳ぎは、水ん中でしな」
突撃してきたを、左に逸れて避けた瞬間、
『……当たれ!』
との叫びと共に、《アビス》の左腕に胸びれならぬ、
ビームサーベルが形成された。