機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
「……そこまではよかったんすけどねぇ」
苦笑いがちに、シチューを口に運ぶアレハンドロの姿があった。
「結局、負けちゃったんだ?」
向かいで頬杖をつき、嫌みっぽく笑うハビエル。
「はい……いやぁ~、やっぱ副長強くって」
そうは言いつつも、どこか嬉しそうなアレハンドロに、
ハビエルの表情も優しげなものへと転じる。
ただ、続く、
「……ある意味、よかったっすよ。信じていいんだ、って気分というか。
これで、副長の強さを再確認できた、みたいな感じで」
というアレハンドロのうつ向きがちの一言には、
ハビエルも複雑な表情を覗かせる。
「ハードルって、高い分だけヤル気でるじゃないすか?」
そう悪童のように笑うアレハンドロであるが、
向かいに座る鷲鼻の女は、
持ち前の鼻を撫でる素振りで口元を隠しつつ、
物憂げな表情でアレハンドロを見つめていた。
「ハードル……そうね。確かに」
さて、この二人が腰かけていたのは、食堂内でも比較的奥の方。
アレハンドロは入り口を背にしていた。
ハビエルは人の出入りを見ていた。見えていた。
入り口側の席でラグネルとヴァイデフェルトに何か力説中のパーディ、
券売機の前でワイリーと談笑するダスティン、
お気に入りらしきマアト・クィルを引き連れて退出するアルメイダ、
それから……今、入ってきたダイを。
【弱点とかないんですかぁー?副長って】
負けたってのに笑って言ってくるアレハンドロの満足そうな顔が、
妙に頭から離れないまま、俺は自室に戻り、シャワーを浴びていた。
熱いシャワーだ。浴室は湯気に覆われ、壁の鏡は曇っていく。
「弱点……か」
あのビンタンとか言う女も、そんなことを言っていたなと思い出す。
【ローランは確か、足の裏が弱点だった。面白いと思わない?
あんなスゴいヒーローに、そんな弱点があるなんて……
だから、知りたいのよ。アナタの弱いところも】
つくづく嫌いなタイプの女であるし、
何より俺の前でローランを持ち出す辺りが……
ただ、そういった心情を抜きにしても、
俺はあのとき、返す言葉を持たなかった。
弱点……弱さ。言い換えれば、何を恐れているか、ということだろう。
となると、──全く以て不本意ではあるが──ヒントになる言葉が、
あるにはある。言ったヤツが、いるにはいる。
【人は死に直面した瞬間、思うことは恐怖しかなくなるのに】
……そんなことを嬉々として語っていた、例の強化人間とか。
俺が半分ぐらい死にたがっているとか、適当言ってやがったな。
ふざけたヤツだった。俺のことをお兄ちゃんとか呼びやがったり、
部下だか何かを自分の子どもだと語り始めたり。
多くはどうでもいいこと、取るに足らぬことであったのだが、
一言だけ、妙に引っかかる台詞があった。
【いつまで……死に損ねる気?】
生き続けるではなく、死に損なうと。
変な言い方だが、妙にしっくりくる。
定命(じょうみょう)……とか言うんだっけか?
人間の終わりは決まっているらしい。そういう考え方があるという。
俺の場合、死は……怖くはなかったな。ただ、それは、
【厚い鉄の壁を一枚隔てしまえば……「死」はどこか遠くに……
殺しているという自覚も、殺される恐怖も……
不思議なものだ。忘れてしまっているのだから。
だからこうして、平気な調子で話せるんだろうなぁ……】
そうヤン・クールカが語った通りかもしれない訳で。
ならば、本当は怖いのか?では、
【フィリップ・マーロウが言ったろう?
『撃っていいのは、撃たれる覚悟のあるヤツだけだ』と】
そう語ったレェ・アモンの、マーロウの『覚悟』とは?
あのときは俺も、
【アンタの望むものは、ここにはない】
なんて息巻いたが、ヤツが本当に望んでいたこととは?
……考えたところで答えは出ない。
ただただ、多くの人間の言葉が頭を駆け巡った。
脳が、まるで空気を入れすぎた風船のように、
破裂してしまいそうだった。
いや、派手な爆発でないだけで、穴ひとつぐらい出来たかもしれない。
温度が上がりすぎた熱湯を、冷水に切り替え、
今度は低すぎる温度に、肌を刺されたような痛みが襲う中で、
空気──つまりは、列記したような様々な言葉が、
もう頭の中から離れてしまっていたのだから。
最後に残った、あるいはそれから先に思い当たったのは、
こんな一言。
【また……守れなかったね?『お兄ちゃん』】