機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
アモンに連れられ、ノエルらがドアの奥へと入っていくと、
そこは大広間へと繋がっていた。本当に大きな部屋だった。
頭上には装飾品が剣山のように垂れ下がる、豪勢なシャンデリア。
四方の壁に写し出された雄大な大自然の映像は、一目には、
その部屋がサバンナと窓一枚に仕切られているだけであるがごとく。
「……結婚披露宴でもやるのかと、いいたくなる場所だろうが?」
入り口にてアモンが苦笑がちに語る横で、
リョウは勿論、流石のノエルも驚きを隠せずに。
「あれが……見えるか?」
首を振るアモンに、ノエルの視線が移ろう。
見開いた両目を細めたノエルは、間もなくその口を横に伸ばした。
透き通った川の流れにも似た、
空色の雅(みやび)やかな絨毯(じゅうたん)を、
100歩ほど歩いた先。何か赤い染みが見えた。
少し黒ずんだ、枯れた赤色。
「……あそこで撃たれて、それっきり起きてこない」
アモンが一人離れていく背中の奥で、リョウの表情が曇った。
ノエルはアモンの背中を目で追っていた。
部屋の中央へと向かって歩くよう見えたアモンの足取りは、
およそ目的地まで半分といった距離まで差し掛かったところで、
若干の軌道修正が行われた。右斜めに動いたのである。
そのうち、右手側に現れた丸テーブルに手をかけたかと思うと、
アモンは屈み、
テーブルクロスに隠れる形で、二人の前から姿を消した。
ノエルが2、3歩ばかり前に出て、テーブルとテーブルの隙間から、
姿をと覗き見れば、当のアモンは無論しゃがんでおり、
隣に白いヒモで型どられた人のシルエットがあった。
頭部とおぼしき突き出た円の右上辺りに、
溢(こぼ)したように飛び散った、赤黒い染みを残しながら。
「仕事の成功を……喜ぶ暇もなかったろう」
アモンが呟く。ノエルやリョウに聞こえたかどうか。
さて、テーブルの上には、ネームプレートが置かれていた。
ノエルがそれを人名と察したのは、入り口付近にて、
『Re Amon(レェ・アモン)』のプレートを見つけた為。
当然、アモンが今いる場所のプレートにも目がいく。
角度の問題ですべてを読み通ることは出来なかったが、
少なくとも『Hārūn(ハールーン)』という下の名前は読みとれた。
そんな中、ノエルより後ろのリョウ、その更に後ろにて、
先ほど飛び出してきた、あのズボラ髪の女の口が動いた。
「『モーセとアロンは、主の命じられたとおりにした。
彼は杖を振り上げて、
ファラオとその家臣の前でナイル川の水を打った』……」
「……『川の水はことごとく血に変わり、川の魚は死に、
川は悪臭を放ち、エジプト人はナイル川の水を飲めなくなった。
こうして、エジプトの国中が血に浸った』」
フェイ・デ・カイパーはそこまで読み上げると、
静かに本を閉じた。
それは緑色の表紙が特徴的な、手帳ほどの小さな本だった。
彼女の顔にかけられた白いヴェールが、風に揺れている。
腰かけた、サバクトビバッタのごとき黄色の電車、
車両の開かれた窓より、砂と共に吹き荒ぶ風によって。
車両と車両とを繋ぐ、前後のドアには、2人ずつ警官が立っていたが、
フェイの言葉に反応はなく。
「『旧約聖書』ですか?」
そう尋ねるのは、向かいの席に腰かけた、鳥籠を抱く少年だった。
彼女ら2人の他に、車両に客はない。
「……『タウラート』と呼ぶそうよ。この辺りじゃ」
本は間もなく、フェイの胸元への押し込まれることになる。
チャードルと呼ばれる、頭まですっぽりと覆われた、
ムスリム的な黒いマントを着た、彼女の胸元に。
「へー……」
……そんな話をしていると、前の方にいた警官がフェイに歩み寄り、
「……間もなく、ゴシェンです」
と囁く。
「ファクスと呼びなさいよ」
「そう呼べと……あの方から仰せつかっておりますので」
「……あっそう」
不機嫌そうに応じるフェイがおかしいのか、少年が微笑む。
あれほど煩(うるさ)かった、あの白い鸚鵡は、今度は鳥籠の中、
静かに眠っていて。
「そう、警戒なさいますな。
我々、『明けの砂漠』はザフトの皆様を歓迎いたします」
「……10年前のことは、水に流すと?」
「バルトフェルド議長は、辞職という形で誠意を見せてくだされた。
ムーサー様はそれまでのことは忘れて、ザフトと協調すると、
お誓いになられました」
帽子のツバに手をかけつつ、警官の男は頭を垂れた。
顔を下げたままに、
「……憎しみからは、何も生まれぬと」
小声で噛み締めるようにそう呟く男に、フェイの目が泳いだ。
「そう……ね」