機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
どうやってるのか、厳密なところは知らない。
闇の中と呼ぶに相応しい空間にあって、落ちていく感覚だけはっきりと、
自分の身に振りかかる、何とも言えぬ気味悪さ。
アリジゴクの巣へと引きずり込まれる、アリになった気分だ。
アリジゴク……とは違うかもしれないが、
そのうちに、あのビフロンスが後ろから刃物でも押し当ててきて、
後ろでまた「お兄ちゃん」がどうのとか宣(のたま)うんじゃねぇかと。
そんな想像力が働き、そして次には、
【十中八九、レェ・アモンが来る。
『独弧求敗』といやぁ、てめぇも聞かねぇ訳じゃあるめぇ?
ジェイナス・ビフロンスみてぇな奇術師とは訳が違う。
最強の強化人間、今の戦場で最強の兵士って噂もある。
それを抑えられるかって聞いてんだ】
そう力説したヴィトー・ルカーニアの顔が過(よぎ)る。
……勝てるだろうか?ヤツに。
オランでは、《ゲルググ》で、今は《ヴェスティージ》と、
機体が違うことを抜きにしても。
模擬戦の《デスティニー》が中途まで見せた、俺も知らぬ力。知らぬ技。
対応出来るだろうか?そもそもヤツは……
時系列が前後するが、このことにも触れておかねば……トリポリにて。
一時は60万人程度には人口もいたオランが、
北アフリカの混乱事情にかき回され、寂れた漁村と成り果てる中、
トリポリはまだマシだったといえる。
砂塵舞う市街地に、青信号を待つ列が出来る程度には車も走っているし、
我々がオランを発った頃よりは時間帯が早いこともあるが、
街には灯りが残っていたのだから。
「……行ってしまうの?アモン」
そうスーツケースを引きずるレェ・アモンの後ろ姿を呼び止めたのは、
あのズボラ髪の女性だった。
「ああ……そういう契約だったからな」
振り返るアモン。その拍子に、頭の上で帽子が傾いて。
「ネイト・アガレスとの個人的な契約だ。死んでも留まる理由はない」
「ネイト様は……生きておられるのだぞ?」
「意識が戻っていない……どのみち、あれではビジネスにならない」
帽子を被り直す為、下に顔を向けるアモン。
トリポリの夜風は冷たかった。そして、激しかった。
風に飛ばされぬよう、山高帽を右手で上から押さえつけたアモン。
両の腕を絡ませ、
「契約上とはいえ、主人を置いて自分は帰るつもりだと?」
そう詰問する女には、帽子のツバの下から覗かせたアモンの眼光が、
無言の圧力を与える。
小バカにしたように、口を横に開いて笑っていた女の表情に、
恐怖の色が浮かぶのに、1秒もかからなかった。
それだけの迫力を持っていた、というべきだろうか。
拳銃をノエルの額へ押し付けたときと同じか、それ以上の。
「……とうに、筋は通した」
右手が気持ち降りた気がして、共に垂れた帽子が両目を隠す。
「セベクにも、ヤツにも……オマエにもな。レネネト」
女──レネネトは黙っていた。
振り返り、進み出したアモン。10メートル程度先に、
一軒ぽつりと建った家……というよりは掘っ立て小屋といった場所。
彼の向かう先は、そこであるらしい。
スーツケースのタイヤ部分が砂に絡まり、
砂塵を巻き上げるのも気に止めず、進むアモン。
その背中が、レネネトの視線から小屋を見えなくした瞬間に、
「連れて行ってよ。アモン……私たちも」
アモンの足が止まる。
「ネイトは、ネイトは……まだ9歳なのに……なのにぃ」
アモンは振り返らない。だから見えていなかったろうが、
しかし、レネネトの両眼は潤んでいた。
それはもう、彼女の目にアモンの背中が二重に見える程度には。
「私はエジプトで生まれた。
名前は、父がつけた。死者を養う神様の名前だって。
父は、ファラオの遺品を展示していた博物館の館長だったから。
もしかしたら、私に仕事を継がせたかったのかもしれないけど……
私、そんなの興味なくて。家を飛び出して。
それから……お店で働いたり、彼氏が出来たり振られたり、
色々あったけど、今、この状況になって……思うのは……」
ここに来てようやく、アモンの顔がレネネトへと向けられる。
「何ゴチャゴチャ言ってやがる。意味が分からねぇな。要するに何だ?
俺にどうしろってんだ?」
「連れて行って……ください」
崩れるように両膝を地面へと着けた。
「私の子なの。あの子は。ネイトは……」