機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
「少し下がらせたぐらいで、まるで勝利したような物言いですね」
フェルディナンド・ドナウアーは笑っていたが、
その表情から醸(かも)し出される、余裕のなさを隠し得なかった。
無理に上げた口角の隣で、
歯軋(はぎし)りを起こす真っ白な歯が並ぶ。
「こんなもの……最後っ屁(ぺ)でなくて、何だというのです!」
後ずさった足が、前に出る。
足元には、ごく短いながら電車道が出来上がっていたが、
ドナウアーは気付いているのか、いないのか。気に止める様子はない。
両腕ががっしりと《アビス》のシールドを掴んだ。
ライスボールでも握るみたいに上と下から。
穴は腕にもある。証明するように光を放ち始めた。
『……じゃなけりゃ、何だって?』
アレハンドロは……笑っていた。
ただに、その声を聞いただけでも、
あの頭に来る程嬉しげで、どこか間抜けなあの笑顔が、
目に浮かんでくるように。
笑っていた。下品にも、鼻から吐息が漏らしながら。
『分かりきったこと、聞くなっての……』
放たれたビームが上も下も、シールドの繋ぎ目を目指して、
空中で屈折、矢のごとくに降り注ぐも、
あまりに小さな隙間であり、
枝葉の先から微かに滴(したた)るばかりの朝露(あさつゆ)みたく、
侵食すれど、繭(まゆ)の中の幼虫を傷付けるには至らない。
『ただの、露払(つゆはら)いさ』
その時になってようやくドナウアーは敵の意図を知った。
《アビス》のシールドが開く。花みたいに。
それから、中の腕が掲げる形で上へ伸び、
《ドヌ・ゾド》の太い右腕を掴んだ。
シールドは背中側にも開けていた。
当然、下から掴んでいた左腕がビームを放ち、《アビス》を襲う。
しかし、瞬間、事もあろうに《アビス》は、
ミサイルを盾に光線を防いだ。
誘爆し、散らばったビームが背中側から首やら胸やらを傷つけようと、
コクピットまでは当たらなかった。大した幸運である。
『……Cabrán(カブロン)!』
別に見ちゃいないが、
ニィッと笑って中指立てるアレハンドロを容易に想像できる。
振りほどこうと《ドヌ・ゾド》は腕を揺らすが、
意外にそうすぐに済む話でなく、その手が剥がれたときには、
もう避ける暇がなかった……
陸に上げられた魚が、その腹を地面にぶつけて跳ねるように、
スラスターに火がついて、飛び上がった《ガイア》の体。
背中のウィングが、ブレイドになっていた。
それは、《ネグロガイア》が、《ガイア》であった頃からの武器。
本来はビームを展開しているが、このときはしていない。
必要ない。むしろ邪魔であったから。
『やれェ!ラグネルッ!』
あのダイが叫んでいた。
数日前、つまらぬ意地で彼女を無視し、
半ばシージーを死に追いやったことを、今は忘れてしまったように。
《ガイア》の刃が迫る。
《アビス》の腕を振りほどいたことで、その勢いで、
皮肉にも《ドヌ・ゾド》のボディが《ガイア》の方を向いた。
「私が……ねぇ……」
ドナウアーの表情から笑みが消えたとき、出てきたのはそんな言葉で。
最期の悪足掻(わるあが)きと、腹のビーム砲を起動させた。
だが、間に合わない。先に《ガイア》が飛び込んでくる。
ブレイドが容赦なく《ドヌ・ゾド》の頭部を切り裂く下で、
引きずり出された腸(はらわた)みたいにズルズルと、
ビームが拡散、大地を派手に抉(えぐ)った。
ただし、下は砂。
ぽっかりと穴が空いたところで、風が全てをチャラにする。
何分、《ガイア》は勢いが乗りすぎていた。
絡みをほどき、無防備になった《ドヌ・ゾド》は、
勢いに押されて体を仰(の)け反らせていく。
コクピットの天井部分だけを派手に削り、吹き飛ばした。
風がコクピットの中へ流れて、中にいる人を外へと追い出した。
《ドヌ・ゾド》という高層ビル以上の高所から、
放り投げられた人間の末路など、語るまでもない。
ただ、《ガイア》のコクピットにいたラグネルだけが、
その最期を見ていた。聞いていた。
「絶景哉」
と嘯(うそぶ)いて、落ちていく男の姿を。
その男は、帽子を被っていた。ハンチングってヤツだ。
それが風に巻き上げられて、何故だか《ガイア》の方に寄っていく。
モビルスーツの視点から見れば、豆のように小さなもの。
モビルスーツの大きな手、その指先が撫でるみたいに振り払うと、
もうどこを探しても、
フェルディナンド・ドナウアーの姿は見つけられなかった。