機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
同じ頃、俺は。俺たちは。
「……クソッ」
《カオス》の残骸を蹴飛ばし、俺は静かに奥歯を軋(きし)る。
そんな俺に声をかけるものはしばらくなかった。
ただ、そのうちに、
『戦艦「フレイヤ」。戦艦「フレイヤ」、応答せよ』
という音声が聞こえだして。
声の主は、持ち前の嗄(しわが)れた声より、すぐに分かった。
アミルカレ・ヴィスコンティ。
ロイヤル・イタリアン部隊の指揮官である。
『ハッ……戦艦「フレイヤ」より、副艦長ハビエルです。何か?』
『先程から、貴隊に動きが見られないが?』
『……いえ』
そこから妙な間があったのを覚えている。
今思えば、ハビエルとアルメイダの間に、
何らかのやり取りがあったと想像できる。
やがて20秒程度経った頃に、
『本艦において収容していた捕虜がモビルスーツを強奪して脱走し、
今の今まで対応に迫られておりました』
『……なるほど』
ヴィスコンティの一言は重かった。
そこから先に多少の沈黙を挟むこととなる。だから、俺は、
「お前らに……
いや、隊長にも、ルカーニア司令にも話しちゃいなかったが」
なんて話を始めた。
広域の電波で、他の隊にも聞こえるように。
「ヤツは……ジェイナス・ビフロンスは、
あの『ネイキッド・アームズ』のメンバーであった可能性が高い。
今の今まで……というか、今だって、確信がある訳じゃない。
だが、ヤツが強化人間で、
それもプラントのデータにあったものより古いタイプ」
『……何で今それを?』
アレハンドロが問う。
「生きている間は、
不確定な情報は状況を混乱させかねないと思った。当然だ。
だが、今、ヤツは死んだ。殺しちまった。
情報はもう引き出しにくい。
こうなった以上、考えられる可能性は挙げておくべきだと思ってな」
『……ハァ』
アレハンドロの返事はこう、呆れたような驚いたようなもの。
「ヤツが……『アームズ』のメンバーだとしたらだ。
今まで、俺たちはヤツが使っていたモビルスーツからして、
脱走兵のバックにいるのが、大西洋連邦だと見ていたが……
もし、ヤツが『アームズ』なら、この前提は一気に覆る。
もし、そうだとしたら……俺たちの相手にしているものは。
……それはもう、ひとつの国とか、そんなレベルじゃない……
かもしれない。全く……悪夢みてぇな話だが」
『……んなこと、今言われても』
なんて小言を述べようとしたアレハンドロを遮ったのは、
思いもよらぬ、あの人物であった。
『……面白れぇじゃねぇか』
思わず瞠目した。
例の魚のヒレみたいなモヒカンを撫でながら、
舌なめずりする男の顔が容易に脳裏へ浮かんできた。
「……ルカーニア司令」
そこから先、俺が言葉に詰まっていると、
『内部より聞こえる音声からして、
第一陣は既に市街戦を展開しているものと思われます。
……完全に出遅れてしまいました。どうなさいます?』
そう、ダイが諭(さと)すのであった。
「……勿論、このまま『オバマ』へと向かう」
しかし、
『いいや……「フレイヤ」にはしばらく待機しておいてもらおう』
「……ハイ?」
『理由はテメェで考えろ。テメェなら分かるハズだ』
ルカーニアはこんな調子で答えをはぐらかす。
『……テメェならな』
妙に嬉しそうなルカーニアに、何となく不快感を覚えた……
さて、当の敵方はというと。
あの《ハイザック・カスタム》は、
今、高層ビルを座椅子代わりにして、腰かけている。
その両手には、あの大きなマシンガン。
いや、マシンガンというよりは、アサルトライフルというべきか。
ブラックライフルことM16小銃によく似た、
見れば見るほど大きなビームライフルである。
そんな《ハイザック》のコクピットには、
ろくすっぽノーマルスーツさえ着ないで座る初老の男。
口扇を振るって踊るジプシー女が描かれた、
青い正四角形型の箱より、白い一本のタバコを抜き出し、口へ。
もう片方の手には、クリッパー製の口紅のような縦長のライター。
ライターの先、紅の代わりに橙色の炎を灯し、
ゆっくりとこちらはこちらで口元へ寄せた。
そうして、歯と歯の間で固定したタバコの先端に、
この炎を灯せば、一瞬赤く染まって、それから黒ずむ。
次にライターの火を消す。
タバコを口に運んだ手で、今度はタバコを口から取り出す。
口から漏れ出す褐色の煙。
数秒、男の顔を覆った煙が晴れる頃、
その手は彼の顎を掻(か)いていた。
こう一服している彼へと、
『……ロコ・オツォ隊長。聞こえるますかね?』
との、ホルローギン・バータルの声が届く。