機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
物事には、陰と陽があるものと、言われる訳だが果たしてどうか。
清廉(せいれん)とした白く幅広のローマ橋に対して、
薄汚れた暗褐色の煉瓦(れんが)が積まれた狭い一戸建て。
車の中、3人が一定間隔を置いて座り、
下手をすれば、吹き込む風の音が搭乗者の声より大きかった、
あのスペースに比べて、
その店は、ひとつのテーブルに対して5個も6個も椅子が並び、
机上には皿の端が飛び出るばかりに料理が乗せられている。
それでも座れない客がいるほどごった返しており、
座っている者もいくらかはパイプ椅子やら風呂場の椅子やらで、
周囲と顔の高さが違っていたりする。
声も大きい。外の音なぞ聞こえやしない。
馬鹿に騒ぐ連中の声が、スピーカー等のノイズよろしく不透明にて、
一人飲みの俺には耳障りにすら感じた。
凍える風の代わりに、香ってくる様々料理の入り雑(ま)じった臭い。
試しに並み居る群衆の合間を目で抜いて、
ドアのガラスから外を見るに、
ルシア・アルメイダとマアト・クィルの横顔が見えた。
そのうちにアルメイダがタバコを口にくわえると、
ガラスの端から手だけが現れ、火の点いたライターを近付ける。
流石のアルメイダも、煙を吹きかけては可哀想と思ったのだろう、
ドアへ背を向け、2、3歩離れていった。
その隙を埋めるように、1歩前に出て、顔を出したのは、
先程の腕の主アレハンドロ・フンボルトで。
マアト相手に笑う彼が、
窓辺で見ていたパーディタ・ラドクリフに睨まれていようとは、
気付いていないと見える。
慌てて向かいのルアク・パームシットが、何やら宥めている様子。
ただ、俺の場所からは何を言ってるかまでは聞こえない。
同じテーブルに腰かけたラグネル・サンマルティンが、
俺に気付いて見つめ返す。
笑えばいいものを、まるっきり無表情であるから妙に気味が悪く、
逃げるみたいに顔を逸らした。
ため息をコップの内に押し込め、
例によりノンアルのビールを流し込む。
あては、シャワルマとかいうパンの肉詰めみてぇなヤツだ。
要領はバーガー系と同じ。
細く刻まれて中に挟まれた、薄緑やら紫色したサラダが、
口の端から溢(こぼ)れていく。
慌てて左手をコップより剥(は)がし、口元を覆った。
親指を折り曲げ、掌と口の合間に入れ、
唇の隙から覗く紫玉ねぎの一切れを、口の中へと押し込む。
「……意外と可愛いところがあるのね?副長さん」
隣の席に腰かける女。スカートの端は押さえつつも、素早く。
椅子の揺れる様に目を取られ、座る女の腰辺りを一瞥したところで、
俺は、側に置いたままになっていた右手の厚みより、
細くしか残っていなかったコップのビールを、
オーバーリアクションにも振り上げて、喉の奥へと流していった。
空になったガラスコップを、やや荒っぽくテーブルに戻せば、
そんな俺の左腕に、女の右腕が伸びて、
真っ直ぐに伸びた4本の指が、くすぐったいぐらいに二の腕を撫でた。
「やっぱり軍人さんて、スゴい腕よね」
そう話しながら、左手をも添える女。
「太い腕が好きなら……ボディービルダーとでも、付き合えばいい」
「嫌よ。ああいう人種は、体のケアとか五月蝿(うるさ)くて、
腕枕もしてくれないのよ?」
「……もう付き合った後かよ」
呆れて顔を背けつつ、左腕を上げて後ろ髪を掻く。
手を振り払ってやるつもりが、尚一層引き寄せやがった。
「あとあと、こういうナチュラルな感じの筋肉の方が好き。
なんかー、ボディービルの人って、ちょっと太すぎてやだー。
腕なのか、太股(ふともも)なのか……わからなくなっちゃう」
「……知るかっての」
今度こそ振り払い、背を向け、横顔で店内を見渡した。
幾人かはこちらを見ており、目を合わせると逸らしやがる。
特にひどいヤツが二人。
目を逸らす瞬間に、鼻を押さえて笑うザイロ・モンキーベア。
それと、目が合うなり、満面の笑みでサムズアップした、
ワイリー・スパーズ。
空のコップをフルスイングで投げつけてやりたかったが。
「あら、ワイリーさんだっけ?あの人……
ダメなのよ。この辺りで、あんなサインしたら」
そう笑いながら、両肩に手を置く女。
「おい、通訳……やたら馴れ馴れしいが、
たまたま現地スタッフを募集しただけで、自分もクルーて顔すんなよ。
オマエは……」
右手が後ろから伸び、俺の口を覆った。
「……アンジェリカて、言ったでしょ?」