機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
マーシャル・オートクレールの唇より涎が漏れる。
部屋には彼の他に3人。例によってホルローギン・バータル、
ボディガードのトゥーッカ・マンニッコの2名。
ただし、異なるのはバータルの向かい側、
先日ならノエルが腰かけていた場所に、1人の女性が。
テーブルの上にはチェス盤と、片や白、片や半透明の駒。
「……チェックです。バータルさん」
「おや、私の負けですか」
笑いながら、前から後ろへ髪を撫でるホルローギン。
「お強いですなぁ。もう3連敗ですよ……お恥ずかしい。
これでも私も、指揮官の端くれなのですがね」
そう笑うバータルへ、
「机上の空論という言葉もあります。
ナポレオン・ボナパルトも、チェスは弱かったと言います。
一概に論じる者でもないかと」
そう優しく応じる彼女は、小さな丸眼鏡を鼻に乗せており、
話の合間にこれに触れて、少し持ち上げた。
「ほう、そうですか、そうですか……」
頷きがちに向き直るホルローギン。視線の先はドアの方へ。
「……君もやるかい?トゥーッカ」
「いえ。生憎、駒の動かし方も知りませんので」
「そうか、残念だなぁ……」
目線をオートクレールに移すホルローギンであるが、
オートクレールは前述通りの有り様で、
「……起こしたら、何と言われるか」
とオートクレールの側へ片手をあてつつ、向かいの女性に述べる、
ホルローギン。
「すみませんなぁ、殿下にご用事にも関わらず……」
「いえいえ。突然お伺いした私の方こそ、無礼千万というもので」
頭を垂れる女性。
「……『ナイルの神』の使いと言いますのも、楽ではありませんなぁ。
ミズ・ムニン」
「いいえ。良いのです。もう十分に……お世話になっておりますので」
「……そう言ってもらえれば、私としても有り難い」
そう語る男は、古びたメタリックな足を擁する黒きソファー椅子の上、
肘かけの下から細長い白杖が覗く。
「トリポリ陥落は……まったく残念なことでしたが」
その部屋のドアにも、ボディガードが立っていた。
それは女性で、しかもリーゼントスタイルの茶髪。
ハンバーグみたいに頭に乗った、大きなポンパドールが目を引く。
彼女は見るからに呆れたという様子で、耳回りの毛を掻きながら、
コンサートかショーにて、退屈した観客のように、
欠伸(あくび)をしては、目を潤ませている。
そんな女を、椅子に腰かけた男が呼びつける。
「……カトリーナ」
「あぁ?」
顔を傾け、
見下ろすように睨み付ける女──カトリーナ・スティーヴィンズ。
カーン・カーァの部下だった女である。
そんな彼女に動じる様子はなく、どころか見向きもせずに、
男は告げる。
「お客様にコーヒーを入れて差し上げろ」
「……何で俺がァ?」
「おい!」
椅子の男の傍らで控えていた、年若いとみえる青年が、
そうカトリーナを睨み返すが、
椅子の男がこれの前に手を出して制する。直後、
「……私が、やりましょう」
そう窓辺に立っていた、てっぺんハゲで髭面の男が、
古代ローマのトーガなる上着に似た、
大きな暗い黄色のローブを引き摺りながら、ソファー椅子の背後へ。
「悪いな。ギボン……疲れていように」
「……お構い無く」
黒いコーヒーサーバーのボタンを押すと、紙コップが落ちてきて、
閉め忘れた蛇口みたいにだらだらコーヒーが滴(したた)り落ちる。
隣には、昔ながらのラッパみたいな拡声器より音を出す、
レコードプレイヤー。
落ちる音が止む頃に、静かに針をレコードの上に置いた。
踵(きびす)を返して、紙コップを手にソファー椅子のある方へ。
背後では、フランツ・ヨーゼフ・ハイドン作曲の、
名曲『神よ、皇帝フランツを守り給え』が流れ始める。
「……どうぞ」
腰を折り曲げ、ゆっくりテーブルの上にコップを置くギボン。
「ありがとうございます」
と答えつつ、お辞儀をすれば、
鼻に乗せた丸眼鏡が少しばかり下がった。
それと同時ぐらいに、ゆっくりと腰を上げたソファー椅子の男。
例の青年がその身に手を添えんとしたが、またも制された。
そして、
「改めて……ミズ・フギン。
我々、ヤン・クールカ以下、クールカ隊、この場にいる13名すべてが、
貴方と貴方の『神』を、歓迎致します」
そう、男は語るのだった……
焦点の合わない彼の目は、フギンとやらを見てはいなかったが。