機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神 作:申業
ソフト帽に顔を隠して、トレンチコートに身を覆い、
ソファーベッドに横たわる。
帽子の隙間にコートの隙間、
あるいは肘掛けの上に置かれた足の靴と足首の間から、
露出する黒い肌。
口元には涎代わりにタバコを垂らし、
胸元には拳銃であろうか?それらしい膨らみが見て取れる。
そんな彼を、
スーツ姿の若者が4、5名、緊張した面持ちで見つめている。
そんな彼らに向け、一人の老人が口を開いた。
「イタリアには……こんな諺(ことわざ)がある」
振り返るか、向き直った若い衆。
「……『チェスが終われば、王様も歩兵も同じ箱に帰る』と。
何も怯えることはない。
そこにいるのは、我々と同じ、ただの人なのだから」
「でっ、ですけど……」
「警戒することと……やたらに怯えることは違う。
その男には利用価値がある。
少なくとも今は、そんな顔を向ける相手ではないと知れ」
そう言われては、皆反論出来ないと見えて押し黙る。
そのうちに、ベッドの男が寝返りを打ち、
合わせて帽子が逸れて、
帽子の陰と黒い肌という闇の中、左目が開いた。
一筋の光が漏れるように、金色の瞳が輝いて見えた。
それからスッと口から、濃い息を吐き出したかと思うと、
煙に紛れてぽとりと何かの落ちる音がした。
やがて煙が去ると共に、ソファーベッドの向かい側、
テーブルの上のガラス製とおぼしき透明の灰皿の上、
まだ燻(くすぶ)るタバコがひとつ、置かれていた。
「……アモンよ」
マントでも脱ぐみたいに、サッとコートを払いのけ、
揺れた拍子に、傾いた帽子が真っ直ぐ頭に填(は)まる中、
その男──レェ・アモンは足を床に下ろし、
愛用の拳銃(S&W M500)を右膝の上に置いた。
首をやや傾げ、帽子の縁に目元を隠す。
「葉巻はやるか?」
「……ああ」
そう答えるアモンの口からは、まだ暗い息が漏れている。
「誰か、渡してやれ。キューバ葉の葉巻がそこの棚の二段目にある」
「はっ……はいィィッ」
慌てて、駆け寄る者が一人。
別の一人などは、ポケットからライターを取り出す。
「間もなく……ザフトの使いが来る。
事前交渉はフィロパトルとかいう女だったが、
次は軍事的な話になる。別な人間が来ることだろう。
アモン……オランで戦ったときのことを、話してくれ。
君には、暴れられるだけ暴れてこいと命じた。
その君の実力に対して、奴等はどうだったか?
奴等に、かの自称『神』を、倒しうる力があるか……否か」
そう語られる間にも、葉巻は口に、火は葉巻に、煙は外気に……
「今の奴等に……それはない」
話す傍ら、拳銃のシリンダーを出し、戻すを繰り返す。
そこには今、1発の弾丸が込められていた。
店を出たときの俺も、似たようなもので。
腰に下げたホルスターに手を突っ込み、
拳銃(P220 Elite Dark)のグリップを触りながら、
一番下にくる弾が、
見えるか見えないか──といっても、見ちゃいないが──という、
くらいに弾倉を出したり、戻したり。
その度に、僅かに触れる薬莢(やっきょう)の、
あの金属特有の冷たさが、妙な安心感を俺に与える。
トリポリの夜は、6月にしては蒸し暑く。
しかし、部屋の中よりはいくらかマシだろう。
人の熱気に加えて、香辛料やら果物やらの臭いが、
寄って集(たか)って鼻を苛(いじ)めてくる。
店を出てからも、燻(くゆ)らす煙が鼻に障(さわ)る。
先程、アルメイダが吸っていたタバコの臭いが。
入れ違うように、アルメイダは店の中へ入っていった。
マアトもアレハンドロもこれに付き添う。
「お疲れさまっす」
「ああ」
なんて、アレハンドロとは言葉を交(か)わしたが。
そのまま2歩とか3歩とか、
砂を被ったアスファルトの大地を踏み締めて、
何とはなしに振り返る。
ドアガラスより、中の様子は粗方(あらかた)窺えたが、
ガラスというフィルター越しに見えた世界は、
どこか……輪郭がぼんやりとしていた。
顔もテレビのモザイク処理みたいに、よくは見えなくて。
損傷した数百年前とかの絵画を鑑賞しているような感慨があった。
例えば、レナルド・ダ・ヴィンチの『最期の晩餐』がごとき……
機動戦士ガンダムSEED C.E.81 ナイルの神
(前半戦・終了)