遺船を漕ぐ   作:雨守学

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第11話

怯え、震える体を、あなたは優しく抱きしめてくれた。

 

「大丈夫。大丈夫だよ」と。

 

どれだけ救われたか。

どれだけ安心したか。

 

 

 

「これは運命だったの……。きっと私は……この為に……あなたに出会う為に……生まれて来たのだと思う……」

 

何故、あなただったのだろう。

 

「だから、泣かないで……。あなたと出会えて、私はとっても幸せだった……」

 

何故、あなたではなかったのだろう。

 

「私を……忘れないでね……」

 

何故――。

 

「あきつ丸……」

 

 

 

 

 

 

『遺船を漕ぐ』

 

 

 

 

 

 

今にも、雨の降りだしそうな天気であった。

 

「あ、司令官!」

 

青葉は昨日と同じ格好で、――霊園の入口に立っていた。

 

「おう……って、お前……どうした、その頭……」

 

青葉の髪は乱れていた。

目元も擦ったように赤くなっていたし、こりゃ……。

 

「お前、まさか寝てないのか……?」

 

「はい!」

 

元気よく返事はしているが……。

若いとはいえ、このテンションを維持できるのは本当にすごいものだ。

 

「そんなに大変だったのか。佐伯の事を調べるのは……」

 

「はい。何しろ、想像以上……というよりも、想定外の事がありまして……足取りを掴むのに苦労しました……」

 

「想定外?」

 

「はい……。実は、司令官の通っていた大学に連絡を取ってみたのですが……その……在学していなかったとされていまして……」

 

在学していない……?

 

「馬鹿な。そんなはずはない」

 

「えぇ、おかしいと思いまして、『佐伯ゆうみ』という人物の痕跡を探しては見たのですが……どうにも『佐伯ゆうみ』という人物が、そもそもこの国に居たと言う記録もなくて……」

 

「存在しない……ということか……?」

 

「あくまでも、そういう事になっている……ようです……」

 

「いや、まさか。何かの間違いだろう」

 

そうは言っても、青葉は顔色一つ変えなかった。

 

「……佐伯ゆうみ……であってるよな?」

 

「はい、あってます」

 

「マジで在学記録が無かったのか?」

 

「住民票どころか、戸籍も、何もありませんでした」

 

何もない……。

 

「どういうことだ……? まさか、偽名だった……とか……?」

 

「いえ……それはありません。現に、佐伯さんを古くから知っている、同級生とされる人物とコンタクトが取れたのですが、『佐伯ゆうみ』という名で間違いはなさそうでした」

 

存在はしていた。

だが、情報が無い。

 

「一体全体……何がどうなっているんだ……」

 

「……これはつまり、『佐伯ゆうみ』という人物は、何者かによって、その存在を消された……ということです」

 

「存在を……。そんな事、出来るのか?」

 

「個人レベルではまず無理でしょう。国が大きくかかわるのなら別ですが……」

 

国……。

そんな大規模な話になるのか。

 

「……問題はここからです。確かに、『佐伯ゆうみ』は存在しないこととされていました。しかし、『佐伯ゆうみ』らしき人物の記録は見つかったのです」

 

「佐伯らしき人物……?」

 

「これは……その……『司令官の為になること』ではないので、詳しいことは話せませんが……とにかく、『佐伯ゆうみ』がその存在を抹消され、新しい人生を歩んでいる可能性があるという情報を掴みまして……」

 

また、俺の為にはならない事か……。

俺個人と何の関りもないように思うが……。

青葉は慎重に、言葉を選びながら続けた。

 

「何と言ったらいいのか……その……あ、戦後初めて青葉とあきつ丸さんが出会ったのがこの――霊園でして……って言うのは説明しましたよね……。えーっと……その時、あきつ丸さんが……知り合いの軍人が眠っていると……だから……調べていた情報も行き詰っていて……」

 

イマイチ言葉がつながらない青葉。

眠くて頭が回らないのか、それとも……。

 

「……すみません。ちょっと……整理しますね……」

 

そう言うと、青葉は目を瞑り、考えを巡らせた。

そうしている間にも、雲はより一層厚くなり、風も冷たくなっていった。

 

「青葉」

 

「は、はい」

 

上着を脱ぎ、青葉に着せてやった。

 

「寒かろう」

 

「い、いえ……! そんな……! 司令官こそ、お体を大事にしてください! 青葉は平気ですから!」

 

そう言う青葉の格好は、昨日が暖かかったのもあって、薄着であったのだ。

 

「俺も平気だ。それよりも、お前の格好を見ているだけで、こっちまで寒くなってしまう」

 

そう言ってやると、青葉は俯き、上着で顔を隠した。

耳まで赤くなっているところを見ると――いや、無粋か。

 

「……ありがとうございます」

 

青葉はしばらくそうした後、考えがまとまったのか、顔を上げた。

 

「……情報が行き詰って、青葉は原点に戻ることにしました。司令官の同人誌が陸軍にあったこと、そして、その持ち主が『佐伯ゆうみ』であり、現在はあきつ丸さんが所有していること……。あきつ丸さんは司令官の同人誌を『処分品の中にあった』と言っていましたが、本当にそうなのか……。もし、あきつ丸さんが何かしらの嘘をついていて、本当は『佐伯ゆうみ』からこの同人誌を貰っていたのだとしたら……」

 

確かにその可能性はある。

特に、あきつ丸が嘘をついている可能性に関しては、大いに。

同人誌に挟んであったという写真を俺に隠していたし、そもそも、処分品の中にあった、どうでもよい同人誌に挟んであった写真を、何故大事そうに持っていたのか。

俺の小説にそこまで興味が無かったように思えるのに、夢で見た雨野勉という名が、同人誌にあったのを覚えていたし……。

 

「戦友が眠っているというあきつ丸さんの証言を元に、――霊園に来ました。もしかしたら、その戦友こそが、『佐伯ゆうみ』なのではないかと。しかし、墓標に刻まれていた名は『柊木紫』という全くの別人でした……。そう……『別人』……だったんです」

 

まるでなにかあると言うようにして、青葉は強調した。

別人……か。

別人……。

 

「……佐伯は存在しなかった。『佐伯ゆうみ』「は」存在しなかった……。だが、『佐伯ゆうみ』らしき人物は存在している……!」

 

「そうです。『柊木紫』こそ、『佐伯ゆうみ』だったんです。彼女は、『柊木紫』という名に……言うならば別人に成り代わっていたのです!」

 

 

 

俺たちは、その『柊木紫』の墓の前に行き、青葉の持ってきた線香を供えた。

 

「『柊木紫』は、ちょうど『佐伯ゆうみ』の消息が不明になった頃、陸軍へ入った記録があります。家族構成や出身地などは、偽装されたものを国に登録されているようで、追うことは出来ませんでした……」

 

「では何故、佐伯とそいつが同一人物だと分かったんだ?」

 

「写真です。――病院という場所で撮られたという」

 

「写真……?」

 

「こちらです」

 

青葉の見せてくれた写真には、小さな女の子が病院のベッドの上でピースをしている姿が写っていた。

 

「ここです」

 

その写真の隅。

そこに小さく写っていたのは――。

 

「佐伯か……!?」

 

「そうです。実は、戦時中に『柊木紫』は、この――病院に入院していたのです。亡くなったのも、この――病院とのことです」

 

写真に写る佐伯の表情は、なんとも言えないものであった。

 

「『柊木紫』がここに入院していたことは、すぐに分かりました。病院に問い合わせたところ、この写真一枚だけが残っていたようで……。念のため、先ほど話に出ました、佐伯さんの古くからの友人に見せたところ、間違いなさそうでした」

 

「あぁ……そうだろうな……」

 

写真を見て思い出す。

そうだ。

こんな顔をしていたのだ。

 

「戦後になると、お見舞いにあきつ丸さんが来ていたそうです。それも、頻繁に……」

 

「では、やはり……」

 

「はい……。『佐伯ゆうみ』はあきつ丸さんと繋がりがあり、同人誌も、『佐伯ゆうみ』から貰ったものの可能性が高いです……」

 

全てが繋がった。

あきつ丸と佐伯の関係。

だが、当の本人は……。

 

「一足遅かったという訳か……。もし生きていたのなら、あきつ丸の継承と、愛美のことが分かったかもしれないのに……」

 

そう呟く俺に、青葉は何やら言いたげにしていた。

 

「青葉?」

 

青葉は口を開かない。

言いたいのだが、言えない。

それは、俺の為にならないから。

というところか。

 

「分かったよ。言えないのだろう?」

 

そう笑ってやっても、青葉は安心しなかった。

それどころか、何か伝えたいという意思が、目に宿ったままであった。

 

「…………」

 

青葉の言いたいこと。

その正体を俺はきっと知っている。

だからこそ、青葉は何も言わないのだ。

だからこそ、訴えて来ているのだ。

 

「青葉……」

 

もし、それが分かるのだとしたら、きっと、この瞬間なのだろうと思う。

青葉の話を聞いた、この瞬間なのだろうと思う。

なにか、青葉の情報の中に、ヒントがある。

だが、それが何なのか……俺には……。

 

「……愛美さんは」

 

青葉はたまらず口を開いた。

 

「青葉の調べた中に、愛美さんは、一切出てきませんでしたね……」

 

確かに愛美は出てこなかった。

それどころか、佐伯の話ばかりで……。

 

「佐伯……」

 

ハッとした。

だが、もしそれが正しいのだとしたら、あきつ丸の行動の意味が分からなかった。

 

「理由は分かりません」

 

俺の考えを読んだかのように、青葉はそう言った。

 

「しかし、そう考えれば、辻褄があうのです」

 

「どの辻褄があうんだ?」

 

「それは……」

 

青葉は閉口した。

そこに、俺の為にならない何かがあることだけは分かった。

 

「青葉」

 

「はい……」

 

「お前は何かを隠そうとしている。だが、何かを伝えようともしている。俺の為にならなくとも、気が付いて欲しいことがあるのだと、お前は思っている」

 

青葉は答えない。

 

「だから、そんなお前だからこそ、俺はただ、お前に問う。ただ問うだけだ。答えなくてもいい」

 

一呼吸を置いて、俺は問うた。

 

「あきつ丸は嘘をついている。本当の継承は愛美ではなく、佐伯ゆうみだ」

 

青葉は静かに、首を縦に振った。

その事実は、俺の中に多数の疑問を――或いは疑いを生んだが、青葉の力いっぱい握られた拳と、涙をこらえる姿に、それ以上の事を聞くことは出来なかった。

 

「……ありがとう」

 

顔を覗き込むのは野暮だと思い、俺は青葉の乱れた髪を優しく撫でてやりながら、――霊園を後にした。

 

 

 

青葉を家に送ってやった後、俺は考えをまとめるために、家路の途中にある公園へと足を運んだ。

いつもの――煮詰まった時、よくここに来ていたのだ――人気の少ないベンチに向かうと、そこには最上が座っていた。

 

「あ……」

 

俺を発見すると、すぐに目を逸らし、俯いてしまった。

 

「よう。隣、いいか?」

 

「……うん」

 

最上の隣に座る。

ベンチは古く、二人も座ると、流石に少しだけきしむような音がした。

 

「これも必要な経験か? 煮詰まった時の練習にってさ」

 

「…………」

 

「今のは煽ったんだぜ。怒ってるわけじゃないよ」

 

そう言ってやっても、最上は委縮しているようであった。

静かな時が流れる。

 

「謝って欲しいか」

 

「え?」

 

「仲直りしてほしいか」

 

最上は何も答えず、再び俯いた。

 

「師弟関係、か……」

 

ベンチに腰掛け、雲に覆われた空を眺めた。

どんよりとしていて、まるで最上の気持ちを表しているようであった。

 

「お前は、どうして俺に弟子入りしたんだ?」

 

何十回とした質問だった。

いつも答えは曖昧であって、未だにどうして、本当に分からないでいる。

 

「ボクは……先生の作品が好きで……」

 

そう言った後、最上は閉口した。

そして、膝を抱えると、本音を零した。

 

「……本当は、先生の事が大好きだったから。師弟関係だったら……ずっと一緒に居られると思ったから……」

 

最上らしからぬ、弱弱しい声であった。

隠してきたのか、気が付いていかなかったのか――とにかく、本音であることは間違いなさそうであった。

 

「不純だな」

 

「不純だよ……」

 

ある意味では、純粋なのかもしれない。

最上の気持ちは、今もなお、変わっていないのだから。

 

「師弟関係などではなくとも、俺はどこにもいかない」

 

「でも、人のものにはなってしまったじゃない……」

 

「鈴谷の事か?」

 

最上は小さく頷いた。

 

「そんなこと言ったら、俺は元々愛美のものだ。ずっとそうだった。お前がよく知っていることだ」

 

「屁理屈だよ……」

 

「かもな」

 

最上は膝を解くと、俺をじっと見つめた。

少しムッとしているところを見ると、いつもの調子を取り戻したらしい。

 

「先生の作品が好きなのは本当さ……。先生のような小説も書きたいし、弟子入りは本当に嬉しかったし、やめるつもりもない。けどね……」

 

最上の表情が崩れて行く。

あぁ、これは――。

気が付いた時には、もう既に遅く、大粒の涙が零れ始めていた。

 

「あんなに怒ることないじゃないかぁ……うぅ……」

 

あまりにも予想外な事に、俺は思わず笑ってしまった。

 

「スマンスマン。いや、その……」

 

「分かってるよ……。先生は……ボクの事を思って怒ってくれたんでしょ……? 厳しい道だって……教えるために……」

 

やはり分かっていたか。

 

「けど……それ以上にボクは先生の事が好きなんだよ……。小説家の道が厳しくても耐えられるさ……苦労する覚悟だってできてる……。でも……先生に突き放されるのは……耐えがたいよ……」

 

それを聞いて、俺はハッとした。

突き放される。

それが、怒られたからだとか、絶縁だとか、そういう友情ごっこ的なものではない事に気が付いたからだ。

裏付けるように、最上は続ける。

 

「小説家を諦めろだとか……厳しい道だとか……そんなことはどうでもいいんだよ……。ただ……ボクが唯一先生と繋がれる道を……断ち切らないで欲しいんだ……」

 

最上にとって小説とは、俺と繋がる唯一の道。

本人の意思以上に大切なものが、最上にはあるのだ。

そりゃ分からないはずだ。

 

「どこまでも不純で、どこまでも純粋だな……」

 

「…………」

 

「けど、この前のは怒って当然だ。それは分かるだろ?」

 

最上は何も言えずに、俯いた。

 

「それでも……お前の道を断ち切ろうとしてしまったのは、悪いと思っているよ。ごめんな、最上……」

 

「先生……。うぅぅ……ボクも……ごめんねぇ……うぁぁぁ……うぅぅぅ……」

 

「フッ……泣くな。鼻出てるぜ」

 

ハンカチを取り出した時、ふと、青葉の涙を拭いたものだと思い出す。

最近、よく泣かせてしまうと思ってはいたが、今日だけでもう二回、それも、二人目だ。

 

「俺が泣かせてしまうのか、お前たちがよく泣くのか」

 

「うぅっ……何の話……?」

 

「いや、なんでも」

 

 

 

結局、最上を泣き止ますのに時間を費やし、考えをまとめるという当初の目的を果たすことが出来なかった。

 

「送ってくれなくても良かったのに」

 

「女が一人泣いて歩いていたら、変な目で見られるだろう」

 

「先生が泣かせたみたいに思われちゃうんじゃない?」

 

「実際にそんなものだろうよ」

 

そんな事を話しながら、最上の家に差し掛かった時であった。

 

「――っ!」

 

思わず足を止める。

向こうさんも、同じように。

 

「先生?」

 

最上は、俺の視線の先に居る奴を発見すると、そいつの方へと駆け寄っていった。

 

「あきつ丸、どうしたのさ? こんな所で」

 

あきつ丸は俺をじっと見つめたまま、動かずにいた。

無論、俺も同じだった。

 

「あ、ふふ、そっかそっか。先生、あきつ丸が先生に用事だって!」

 

「「え?」」

 

俺もあきつ丸も、最上の謎の気遣いに、思わず声を漏らした。

 

「じゃあね、あきつ丸、先生!」

 

何を勘違いしたのか、最上はそそくさと、俺たちを残して家へと入っていった。

 

「…………」

 

気まずい時間が流れる。

 

「……よう。久しぶり、という体でいいのか?」

 

「……どうでありましょうな」

 

あきつ丸の、いつもの謙虚な感じは無く、ただただ冷たい態度であった。

珍しい。

だが、昨日のアレを見てしまっては、そんなこともかすんでしまう。

 

「最上殿が見ておいでです。とりあえず、ここを離れましょう」

 

そう言って歩き出すあきつ丸。

なるほど、確かに最上がカーテンの隙間からこちらを見ていた。

角を曲がり、最上の視線が外れてから、あきつ丸は言った。

 

「自分に、話があるのではないですか?」

 

 

 

寒空の下で話すのもなんだと、適当にカフェでもと提案すると、あきつ丸は個室の居酒屋を指定した。

行きつけなのだと、話をするにはもってこいの場所なのだとのことらしい。

 

「立派な店だな」

 

確かに、話をするにはもってこいだ。

厨房やトイレまでは遠く、襖のある個室。

時間も時間であるから、俺達以外に客もいないようであった。

 

「何を飲まれますか?」

 

「おすすめは?」

 

「日本酒でありますな。銘柄はいかがいたしますか?」

 

「てんで疎いんだ。お前のと同じものを貰おう」

 

「では」

 

あきつ丸は聞いたことのない銘柄と、それに合うつまみを注文した。

酒とつまみはすぐに出て来て、あきつ丸がお酌をしてくれた。

 

「乾杯は無しでお願いできますか? 縁起が良くないと、教えられましたゆえ」

 

「あぁ、分かった」

 

俺たちは視線を合わせると、何も言わず、猪口の酒を一気に飲み干した。

 

「飲みやすいな」

 

「からすみと一緒にどうぞ。良く合うのであります」

 

「どれ……。うん、美味いな」

 

「お気に召したようで」

 

そう言うと、あきつ丸は嬉しそうに笑った。

美味い酒。

美味いつまみ。

美人の女。

男にとって、これほどの娯楽はないだろう。

だが、それ以上に俺は、違和感を感じざるを得なかった。

今日のあきつ丸は、「あきつ丸」なのだ。

最近見せていた「愛美」ではなく、「あきつ丸」であったのだ。

 

 

 

しばらくすると、酔いが回ってきた。

どのタイミングで話を切り出そうかと考えていると、それを読み取ってか、あきつ丸の方から問いかけて来た。

 

「今日……」

 

顔をあげ、あきつ丸を見た。

同じくらい酔っているはずなのに、あきつ丸の顔は白く美しいままであった。

 

「亡くなった、知り合いの軍人の墓参りに行って来ました……」

 

まぎれもない、柊木の――いや、佐伯の墓だ。

 

「墓には既に、線香が供えられてました。命日でも無いし、友人や親族もいなかった人でありますから、大層驚いたものであります」

 

俺は何も言わなかった。

 

「線香の火は新しく、供えた者がまだ近くにいるのだと、自分は周りを見渡してみました。すると、霊園の出口の方で、二人の男女を見たのであります。片方は青葉殿でありました。もう片方は……」

 

そう言うと、あきつ丸は俺を見つめた。

その目に、感情は無かった。

 

「どうやら青葉殿は、自分を裏切ったようでありますな……」

 

あきつ丸は淡々と語り、時折酒に口をつけた。

 

「あきつ丸」

 

「はい」

 

「お前は、一体何者なんだ? 何が目的なんだ?」

 

「……それを聞く前に、勉さん、貴方が何を知っているのか、お聞かせ願います」

 

「……分かった」

 

俺はあきつ丸に全てを話した。

青葉から聞いたこと、佐伯との関係、そして――。

 

「お前が愛美でなく、佐伯の魂を継承しているのではないか……そう疑っている……」

 

話の区切りだというようにして、俺は酒を飲み干した。

 

「……なるほど」

 

再びあきつ丸の目が、俺を見つめた。

 

「……先ほどから、勉さんは、自分の事を「愛美」とは呼びませんでした。二人っきりであるのにも関わらず。それは、自分が愛美殿の魂を継承していないと、心の奥底で確信しているからではありませんか? 疑いではない。これは、確信から来る追及なのであります」

 

「それはお前も同じだろう。あれだけ見せていた愛美の影を、一度も出さなかった。――霊園での俺たちを見て、自分の正体がばれたのだと確信したんだ」

 

「気まぐれかもしれません。それとも、愛美殿にご執心の勉さんに、あきつ丸が嫉妬している、とか」

 

「そうでないことは分かる。自分では気が付かないのだろうが、顔に出てるぜ」

 

あきつ丸は咄嗟に顔をさすった。

だが、すぐに気が付いたらしく、退屈そうな表情を見せた。

 

「……もういいだろ。これ以上は、お互いの粗探し大会になってしまう」

 

「それはそれで興が乗りそうでありますが」

 

「顔がそうは言っていない」

 

今度は確認もせず、あきつ丸は大きくため息をついた。

 

「あきつ丸……」

 

「……確かに自分は、愛美殿の魂を継承しておりません」

 

「……何故、嘘をついた。何故、俺に近づいてきた」

 

あきつ丸は、昨日見せたような鋭い目で、俺を睨み付けた。

 

「貴方の人生を……滅茶苦茶にする為であります……」

 

そして、深く目を瞑ると、何かを思い出すようにして語り始めた。

 

 

 

目が覚めた時――この世に生を受けた時、目の前にあったのは、女性の悲しそうな顔でありました。

汚れ、顔のいたるところに傷があり、血が流れておりました。

鼻腔に広がる火薬の臭い。

焼けた木々からの輻射熱。

刺す様な多くの視線。

殺意。

自分はただ、怯えることしかできませんでした。

何が起きているのか、ここはどこなのか、自分は誰なのか……。

呼吸は乱れ、体は震え、命を乞うように、天を仰ぎました。

その手を掴み、震える体を包み込んでくれたのが、佐伯ゆうみでありました。

 

「大丈夫。大丈夫だよ」

 

その言葉、そのぬくもりに、自分はどれだけ救われたか、言葉で表すことが出来ないほどであります。

 

 

 

以前、貴方にお話ししたことは、ほとんどが事実であります。

陸軍は、深海棲艦の存在を海軍より先に知っておりました。

攻撃を受けた為です。

陸軍の救護班であった父を持つ佐伯ゆうみは、攻撃があった日、父親との面会の為に、――陸軍基地に訪れておりました。

そこで不幸にも、攻撃を受けてしまったのであります。

被害は残酷なものであったと聞きます。

その中でただ一人、無傷の女性が、爆心地に裸で眠っているのが確認されました。

それが、佐伯ゆうみだったのであります。

 

 

 

佐伯ゆうみは意識を取り戻すや否や、深海棲艦の存在、居場所、それに対抗する力の事を話したそうです。

誰もが妄言だと思ったそうですが、実際に証言通り、深海棲艦は指定した場所に居ました。

演習という目的で攻撃しましたが、歯が立ちません。

陸軍は半ばやけくそで、佐伯ゆうみを向かわせました。

彼女の造った艤装と共に――。

 

 

 

深海棲艦に勝利し、あきつ丸をドロップした陸軍は、情報漏洩を恐れ、『佐伯ゆうみ』の存在事実を抹消しました。

そして彼女には、『柊木紫』という新たな人生が与えられたのであります。

 

 

 

柊木紫は、拘束されたあきつ丸の様子を、毎日のように見に来てくれました。

 

「貴女を見ていると、自分を見ているみたい。不思議」

 

彼女は決まってそう言いました。

返事がなくとも、彼女は話し続け、陸軍にあきつ丸の拘束を解くよう、交渉していたそうです。

 

 

 

12月の事です。

海軍が深海棲艦の攻撃を受けました。

そして、それに対抗する力を発見し、艦娘をドロップしました。

その艦娘が艤装を使いこなせる事を知った陸軍は、ようやくあきつ丸の拘束を解き、艤装を継承させ、海軍にスパイとして送る計画を立てました。

 

「今日から一緒だね」

 

そう笑う彼女の顔は、どこか悲しそうだったのを覚えております。

自分は、そんな彼女の為になりたいと、彼女の支えになりたいと、心から思ったものであります。

 

 

 

そんな大切に想える人が陸軍を去ったと聞いたのは、自分が海軍に馴染んできた頃でありました。

陸軍曰く、原因不明の病に倒れた、とのことでした。

すぐにでも駆けつけたかった。

しかし、時代がそれを許してはくれませんでした。

 

 

 

再会したのは、戦後すぐの事であります。

――病院、――号室の窓際。

久々に会った彼女は、少しやつれておりました。

それでも、いつも見せていた、変わらぬ笑顔で自分を迎えてくれました。

自分はその日から、毎日彼女の元へと通い詰めました。

何か力になりたい。

彼女の励みになることをしたい。

その想いからでした。

 

 

 

ある日、彼女はとある一冊の本を見せてくれました。

 

「私の宝物なの」

 

薄く、ぼろぼろになった本でありました。

そう、貴方が学生時代に作成した、同人誌であります。

彼女はその本に挟まっている一枚の写真を見せて、自分にこういいました。

 

「ここに写っている人が、私の初恋の人なの」

 

若い、大学生くらいの貴方が、そこには写っておりました。

それから彼女は、貴方の事を嬉しそうに語り始めました。

貴方の作品が素晴らしいこと。

小説家としてデビューしていること。

そんな貴方のファン第一号であること。

殊に、ファン第一号であることは、彼女の最大の自慢であるようでした。

 

「こんな状況でも無ければ、会いに行きたいものだけれど」

 

これだと思いました。

その彼を見つけ、会わせてやろう。

そうしたらきっと、彼女も喜ぶであろう。

自分は早速、貴方を探しました。

 

 

 

貴方の事はすぐに見つけることが出来ました。

しかし、貴方は既に誰かのものでありました。

その事実も然ることながら、自分が最大のショックを受けたのは、その誰かが『笹沼愛美』であったことであります。

笹沼愛美とは、海軍に配属になった頃、何度かお話をさせていただいたことがありましたので、面識はありました。

艦娘として活躍していたのも知っております。

ショックだったのは、彼女と笹沼愛美が、同じような境遇であったからでありました。

元艦娘であり、原因不明の病に侵されている。

尤も、笹沼愛美は亡くなっておりましたが……。

これが一般の女性であったのなら良かったのであります。

同じ境遇だからこそ、比較してしまうのです。

何故、彼女ではなかったのか、と。

ファン第一号であり、こんなにも貴方の事を想っているのに、何故彼女は孤独なのか、と。

 

 

 

貴方の現状を彼女に隠さなければいけないと思いました。

知らない方が幸せな事もある。

しかし、彼女は知ってしまったのであります。

自分に内緒で、貴方の事を調べたようでありました。

 

 

 

彼女の容体が悪化したのは、それから三日後の事でありました。

 

「あきつ丸……」

 

喋るのもやっとだという様子でありました。

 

「私……もう駄目みたい……。結局……貴女だけだったね……。私の傍にいてくれたのは……。私を忘れないでいてくれたのは……」

 

握った手は、とても冷たくて、細かったのを覚えております。

 

「でもね……本当はね……私、あの時……攻撃を受けたあの時に、死んでいるはずだったの……。だから……少しの間だけでも……こうして生きられただけでも……神様に感謝しなくちゃいけないの……」

 

その考え方が、彼女の不幸を表していると思いました。

そう考えなければ、彼女の孤独は埋まらない。

彼女は救われないのであります。

 

「それでもね……私の最大の幸福は……生きられたことじゃないの……。貴女がいてくれたこと……。貴女が私を忘れないでいてくれたことが……私の最大の幸福だった……。今もそうよ……」

 

彼女は体を起こすと、私の頬に流れた涙をなぞりました。

 

「これは運命だったの……。きっと私は……この為に……あなたに出会う為に……生まれて来たのだと思う……」

 

大げさだと、笑ってやることもできませんでした。

 

「だから、泣かないで……。あなたと出会えて、私はとっても幸せだった……」

 

そういう彼女の頬にも、一筋の涙が零れておりました。

 

「私を……忘れないでね……」

 

 

 

 

 

 

あきつ丸は話し終えると、ゆっくりと目を開け、俺を睨んだ。

 

「彼女は貴方に覚えていてほしかったのであります……。なのに……貴方は……」

 

「……それが、俺に近づいた理由か? 佐伯を忘れ、愛美に現を抜かしている俺を許せなかった……。人生を滅茶苦茶苦にしてやろうと企てた……」

 

「……彼女の墓参りをする度に、貴方の事がチラつきました。貴方が彼女を忘れて居なければ、結果も変わっていたかもしれないとも思いました。貴方が殺したとさえ……。そんなある日、貴方が霞殿を引き取ったと聞き、この復讐を思いついたのであります。霞殿に笹沼愛美の魂が継承されているから、貴方は引き取った。貴方は亡くなった雨野愛美を忘れられないでいる。これを利用する手は無いと思いました」

 

「では、霞にはやはり――」

 

言葉が終わる前に、あきつ丸は俺に刃を向けた。

 

「今はそんな話をしているのではないのでありますよ……!」

 

「……佐伯そっちのけで、愛美の話をしている俺にムカついたのか?」

 

瞬間、刃が俺の頬を軽く切った。

 

「話しているのは自分であります……。貴方は黙って聞いていればよいのでありますよ……」

 

「……分かった」

 

あきつ丸は刃を向けたまま、再び話し始めた。

 

「最上殿に近づいたのは、貴方の事を知る為でありました。貴方に好意を持っているようで、なんでも話してくれましたよ。恋愛相談なんかもされたりして……。次に、貴方も知っている通り、青葉殿に貴方を調べるよう依頼しました。青葉殿が海軍に依頼され、自分に近づいてきた事は、何度か一緒に過ごす内に分かりましたから、それも利用しようと考えたのであります」

 

俺はそれを聞いて、ハッとした。

あきつ丸が小さく頷く。

 

「そう。自分に笹沼愛美の魂が継承されているのではないかと、疑いを持って貰う為であります。大淀殿はきっと、その事を貴方に言うのだと思ったのであります」

 

自ら情報を海軍に流し、俺の視線をあきつ丸に向けさせたって訳か……。

 

「そこからは貴方の知る通りであります。貴方に接触し、正体を明かした。貴方惑わせ、雨野愛美の事を……あきつ丸の事ばかりを考えさせ、貴方を好きでいてくれる全てを捨てさせ、貴方を孤立させるために……!」

 

そのロジックがうまくいかなかったことは明白だった。

その理由をあきつ丸は語り始めた。

 

「しかし……思いのほか、貴方が霞殿に対する気持ちは強く、自分は幾度もなく振り回されました……。雨野愛美を忘れるのだと聞いたときは、大層驚いたものでありますよ……。自分の計画では、あきつ丸に雨野愛美の魂が継承されているものだと、貴方が貴方自身に思い込ませ、勝手に洗脳されてゆくようにロジックを組んでいたのでありますが、変更を余儀なくされ、貴方に直接継承していることをはっきりと伝える形になってしまいました……」

 

だが、そこに今回の失敗の原因はない。

 

「しかし、それも失敗に終わりました。まさか青葉殿が、貴方と直接つながっているとは、思ってもいませんでした。いや……つながっていたとしても、何故自分を裏切ったのか……そして……何故貴方に情報を伝えたのか……。これだけは未だに分からない事であります……」

 

それに関しては俺も同じ意見であった。

あきつ丸ほどの奴が信頼を置いていたのだ。

青葉は本当に、あいつ自身の言う通り『依頼された仕事は、誰の仕事でも受け、依頼人の秘密は厳守する』という事を信念に持っているのだろう。

現に、『あきつ丸が愛美の魂を継承している可能性』はリークしても、あきつ丸が【依頼】した『雨野勉の調査』は、大淀にリークされていないようであるし。

 

「いずれにせよ、もう終わりなのであります。計画は失敗に終わった」

 

刃から反射した光が、俺の目をくらませる。

 

「最初からこうしておけば良かったのかもしれません……」

 

「あきつ丸……」

 

「死ぬ前に彼女に謝れ……!」

 

「……分かった。だが、その前に約束してほしい……」

 

「聞くとお思いか?」

 

俺は構わず続けた。

 

「命だけは取らないでくれ……。代わりに……俺の目をくれてやる……」

 

「この期に及んで命乞いでありますか……? 誰がそんな事を聞くものか……!」

 

「頼む……。俺には……守らなければいけないものがたくさんあるんだ……」

 

「その中に何故、彼女を入れてあげなかった……! どうして忘れてしまったのでありますか……!」

 

それに、俺は何も言うことが出来なかった。

 

「潔く、死んで償え……!」

 

「頼む……あきつ丸……」

 

「もういい……!死ね……!」

 

あきつ丸が刃を振りかぶり、俺は咄嗟に体を縮めた。

世界が静寂に包まれる。

無音の世界に取り残される感覚。

妻が死んだ時と同じ感覚。

あぁ、これはそうだ。

 

これは、死の感覚――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ではなかった。

 

 

 

俺は恐る恐る顔をあげ、あきつ丸を見た。

今まさに振り下ろされようとされている手が、止まっていた。

あきつ丸も予想外だと言うようにして、手を見つめている。

俺は――俺は何故、その時そう言ったのか、未だに分からないでいる。

ただ、何かを感じたのは確かだった。

 

「佐伯……?」

 

――続く

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