遺船を漕ぐ   作:雨守学

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第2話

「わぁ! エアコンがある!」

 

家に上がって早々、最上はエアコンに食いついた。

 

「なんだか涼しいと思ったんだ。けど、急にどうしたの? 先生、ボクが散々言っても買わなかったじゃないか」

 

「あぁ、ちょっと事情があってな。買ったのではなくて、買って貰ったんだ」

 

「えー? 誰に?」

 

「大淀だ」

 

そう答えると、最上は頬を膨らませて、俺を小突いた。

 

 

 

 

 

『遺船を漕ぐ』

 

 

 

 

 

「ふんふんふふ~ん」

 

陽気な音楽にノり、大淀はハンドルの上で指を躍らせていた。

 

「ご機嫌だな」

 

「当然です。やっと霞ちゃんがその気になってくれたのですから」

 

「また条件を出して来たらどうする? 勉強机にエアコン、ベッドの次はなんだ?」

 

「その時はその時です。お金で解決できることなら、なんだってしますよ」

 

「自分の金ではない事をいいことに……」

 

結局、霞の里親は見つからず、霞を除いた駆逐艦達は社会に出始めた。

取り残された霞は、やはり俺しか頼る者がいなかったのか、条件付きで引き取られることを承諾した。

その条件が、勉強机やらエアコンやら――とにかく、それらを用意しろとのことであった。

 

「我が儘なお嬢様だ」

 

「おそらくですけど、素直に引き取られることが恥ずかしいのだと思います。仕方なく引き取られた。そう言うことにしたいんじゃないですか?」

 

「面倒くさい奴だ」

 

「そこが可愛い所でもあるんですけどね」

 

「そうかね……」

 

海軍本部の敷地に入ると、車は徐行しながら、霞の居る施設へと向かっていった。

 

 

 

海の見える会議室。

そこに、霞はいた。

 

「よう」

 

俺の挨拶に、霞は不機嫌そうな表情を見せた。

 

「では、よろしくお願いします」

 

「あぁ」

 

大淀が出て行き、俺は霞に向かい合うようにして椅子に座った。

 

「エアコン、設置したぜ」

 

「……ベッドは?」

 

「もうじき来る。多分、明日あたりに届くんじゃないかな」

 

「そう……」

 

「次は何を用意したらいい?」

 

冗談交じりにそう言ってやると、霞は大きくため息をついた。

 

「あんた……馬鹿でしょ……? 私がこんなに無茶苦茶言っているのに、嫌にならない訳?」

 

「お前だって、素直に嫌だと言えば良かろう。そう出来ないのは、本当は悪くないと思っているからだ。だが、拒否した手前、恥ずかしいんだろ? 素直に引き取られることがさ」

 

大淀の言っていたことが図星だったのか、霞は少し怒るようにして、そっぽを向いた。

 

「別に……そんな事思ってないし……。それに、あんただって、一緒に生きようだなんて言っちゃったものだから、引くに引けないんでしょ……?」

 

「まあ、それもあるな」

 

「誰も責めないわよ……。だから……別に私の事なんか……」

 

どうしてこいつはこうも……。

 

「俺がお前と暮らしたいと思った。お前の里親になりたいと思った。それが一番だ」

 

「…………」

 

「別に信じてもらわなくてもいいよ。それを信じたいがために、俺を試しているのかもしれないが……」

 

「…………」

 

「それで、次は何をすればいい?」

 

今度は真剣に言ってやると、霞は観念したように、先ほどとは少しだけ違ったため息をついた。

 

「もういいわよ……。分かった……。私も素直になるわよ……。あんたの家で世話になるわ……」

 

「そうか。よし、決まりだな。これからよろしくな」

 

握手しようとした俺の手を、霞は軽くはじいた。

 

「勘違いしないで。あくまでもこれは私が独立できるまでの関係でしかないんだから。仲良しこよしをするつもりはないわ」

 

「……そうかい。まあ、とにかく、決まりだ。大淀を呼ぶぜ」

 

「ふん……」

 

こうして、俺は正式に霞の里親となった。

 

 

 

帰りは大淀に送ってもらい、ついでに鳳翔のところで飯を食うことになった。

 

「鳳翔さんのお店、一度も来たことが無かったので、気にはなっていたんです」

 

「なら都合がいい。今日は客もいないだろうから、伸び伸びと昔話が出来るだろうよ」

 

店の扉を開けると、そこには困った鳳翔の顔があった。

 

「あ……先生……。それに大淀さん……」

 

「おう。どうした? 浮かない顔をして」

 

「え、えぇ……実は……」

 

その時、トイレの扉が激しく開き、そこから最上が飛び出してきた。

 

「最上?」

 

「ん~……はれ……? 先生……?」

 

酒に酔っているのか、最上はヘロヘロであった。

 

「抑えるようには言ったのですが……」

 

それで鳳翔は困った顔をしていたのか。

 

「何やってるんだ馬鹿……。鳳翔、悪いが水をもらえるか?」

 

「あ、はい」

 

「大丈夫ですか? 最上さん……」

 

「大淀さん……? どうしてここに……? あ……もしかして……先生とデートしてたの……!?」

 

「デ、デート?」

 

「何言ってるんだ……。ほら、座れ」

 

「いいよ……大丈夫……。ボクの事は放っておいて……大淀さんと楽しみなよ……」

 

そう言うと、最上はカウンターに伏せ、そっぽを向いた。

 

「お水です」

 

「悪いな。ほら、これ飲んでろ。全く……。悪いな大淀」

 

「い、いえ……」

 

「今日は奢らせてくれ。霞の里親が決まったお祝いだ」

 

「霞ちゃんの里親、決まったのですか?」

 

「あぁ、俺だ」

 

その知らせに鳳翔も喜んでくれて、店内は一気にお祝いムードに包まれた。

酔いつぶれている一人を除いて……。

 

 

 

閉店時間も迫って来たのもあって、俺たちは解散することになった。

 

「いや、悪いよ鳳翔」

 

「いいんですよ。今日は私が持ちます。その代り、霞ちゃんとお昼でも食べに来てください」

 

「それはもちろんそうさせてもらうが……。今日の分は本当……」

 

「しつこい男は嫌われますよ。私が良いと言ったらいいのです。先生にはいつもお世話になっていますから」

 

「お言葉に甘えたらいいじゃないですか。私も先生にここで何度か奢ってもらう予定ですから」

 

「大淀、お前まで……。分かったよ……。ちゃんと元を返せるくらい来てやるから、覚悟しておけよ」

 

「腕を磨いて待っていますよ」

 

そう言うと、鳳翔は嬉しそうに笑って見せた。

 

 

 

酔いつぶれた最上を大淀が自宅まで送ってくれるとのことであったので、任せることにした。

 

「すまない……」

 

「どうして先生が謝るんですか」

 

「いや……そうなんだが……」

 

最上は人の気も知らず、後ろの席でぐっすりと眠っていた。

 

「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

 

「いや、こちらこそ」

 

「霞ちゃんの件も、本当に感謝しています。私も時折顔を出して、何かお手伝い致しますので。必要とあらば呼んでいただいても結構です」

 

「そうか。助かるよ」

 

「そうじゃなかったとしても、時々でいいので、こうして食事にでも誘っていただけたら嬉しいです。一友人として」

 

一友人、か。

本当、艦娘の友人が増えたものだ。

 

「あぁ」

 

「では、これで。霞ちゃんの件はまた連絡いたします。今日は本当にありがとうございました。おやすみなさい」

 

「おやすみ。気を付けてな。最上を頼んだ」

 

「はい!」

 

大淀はクラクションを短く鳴らすと、最上の家の方へと走っていった。

 

 

 

翌日になると、早速大淀から連絡があり、向こうはいつでも送る準備があるのだと伝えてきた。

 

『先生の予定はいかがでしょうか?』

 

「うちはいつでも歓迎できるぜ。霞に色々用意しろと言われてから、最低限のものは揃えたつもりだ」

 

『そうですか。霞ちゃんの方もいつでもいいとのことです。とは言え、早く先生の家にお世話になりたいのか、なんだかソワソワしていますが』

 

「そうなのか?」

 

『えぇ。荷物ももうまとめ終わっていましたし、いつでもって感じです。ああは言っていますけど、先生の事、嫌いじゃないんだと思いますよ』

 

そんな態度、一ミリも感じなかったが。

 

「とにかく、うちはいつでもいい。霞の好きなタイミングで来てくれていいと、伝えてくれないか?」

 

『いいのですか? 霞ちゃんの事ですから、これから~とかありえますよ』

 

「まさか。まあ、それでも構わんがな」

 

そんな話をしたのが今朝で、お昼を過ぎた頃には、大淀の言っていたことは現実となり、俺の耳へと届いたのであった。

 

 

 

夕方。

シャワーを浴びていたのもあり、出迎えに時間がかかってしまった。

 

「すまない」

 

「遅いわよ……。何呑気にシャワーなんて浴びてるの? しかもこんな時間に……。まだ夕方じゃない……」

 

開口一番にこれか。

しかしまあ、よくしゃべるようになったもんだ。

 

「昨日話しただろ。ベッドが来たんだ。組み立て式で大変だったぜ。おかげで汗まみれでな。そんな状態で良ければ早く出迎えられたのだがな」

 

そう言ってやると、霞は嫌そうな表情を見せた。

 

「先生すみません……。まさか海軍本部まで許可を出すだなんて思ってもいませんでして……」

 

「いや……俺も迎えられると言った手前な……」

 

大淀は申し訳なさそうに、手土産を渡した。

 

「荷物運ぶの手伝うよ」

 

「いえ、大丈夫です。これだけですから」

 

大きなスーツケースが一つ。

その中にあるすべてが、霞の私物であるようであった。

 

 

 

「ここだ。お前が俺を刺した部屋」

 

「愛美の部屋でしょ……。変な言い方しないで……」

 

霞には愛美の部屋をあてがった。

 

「言われたものは全部用意した。何か足りないものがあるなら、随時言ってくれ」

 

「分かった……。とりあえず出て行ってくれる? 荷ほどきするから……」

 

「霞ちゃん! これからお世話になるのにそんな態度は……!」

 

「いいよ、大淀。分かった。壁にかけてある時計あるだろ。それが7時になったら居間に来てくれ。飯を食いに行く」

 

「あんたが作るんじゃないの?」

 

「そうしたいが、急な話であったのでな。鳳翔に店を開けて貰う事にした」

 

「鳳翔さん……?」

 

「店をやってるんだ。この近くでな」

 

「そう……」

 

「じゃあ、あとでな」

 

部屋を出ると、再び大淀が謝って来た。

 

「いいんだ」

 

「しかし……」

 

「会話が長続きしてきただけでも御の字、だろ?」

 

「そうかもしれませんけど……。先生は優しすぎます……」

 

「まあ、周りにも迷惑かけてくる奴がたくさんいるからな。慣れたもんだ」

 

最上とか最上とか、最上とかな。

 

「お前も鳳翔の店で飯を食っていくか?」

 

「いえ……私は本部に戻って今日の報告書を書かなければいけませんので……。手続きもしなければいけませんし……」

 

「お前も大変だな……」

 

大淀は何かに追われるようにして、本部へと戻っていった。

 

 

 

7時までは時間があり、霞の邪魔にならない様にと自室にこもって趣味程度の小説を書いていると、なんと霞は自ら俺の部屋へとやって来た。

 

「入るわ……」

 

「あ、あぁ……どうぞ……」

 

正直、一緒に生活しても、用事がない限り話をすることは難しいと思っていたから、ここに来たのは本当に驚いた。

 

「大淀は?」

 

「帰ったよ。仕事が残ってるんだと」

 

「そう……」

 

霞はベッドに寄り掛かるようにして座ると、部屋を見渡した。

 

「こっちの部屋の方が良いか?」

 

「別に……何処だっていいわ……。施設より何倍もマシだし……」

 

「そんなに酷かったのか?」

 

「毎日毎日、態度が悪いだとか、決められた時間に風呂に入れだ何だってうるさかったわ……。自由に部屋の出入りも出来なかったし……」

 

「そりゃ、お務めご苦労さん。ここじゃあ、風呂も態度も自由にしていいぜ。もちろん、この部屋にも自由に入っていい」

 

「そのつもりよ」

 

どのつもりだ。

しかし、よくしゃべるなこいつ。

仲良しこよしは嫌だとか言っていたはずなのに。

まあ、それを言ったら、きっとこいつは二度と話しかけてこなくなるだろうから、言いはしないが。

 

「今、何してたのよ?」

 

「ん、あぁ……趣味程度の小説を書いていたんだ。暇な時にちょっとな」

 

「ふぅん……。それは見ても大丈夫なやつなの?」

 

「大丈夫なやつ、とは?」

 

「原稿は見せられないんでしょ? 趣味程度のやつは、見てもいい訳?」

 

「構わんが、面白くないぜ。人形遊びみたいなもんだからな」

 

「面白いかどうかは読者が決める事よ。あんたじゃないわ」

 

そう言うと、霞は俺の書いている小説を取り上げ、読み始めた。

立派な考えを持った読者だ。

 

「小説、好きなのか?」

 

「別に……普通よ……。愛美があんたの小説を好きだったから、私も読んでいただけ……」

 

「俺の読んだことがあるのか。愛美と居た時期から考えると、デビュー作くらいか……。アレは全然売れなかった。おもしろくなかっただろ?」

 

「ちょっと黙ってて……。今読んでるんだから……」

 

それから霞は、読むことに夢中になったのか、一言も話さなくなった。

俺はと言うと、取り上げられて続きを書くことも出来ず、だからと言って部屋を離れることも出来ず、ただただ机の模様をなぞることしかできなかった。

 

 

 

「ふぅ……」

 

7時前になると、ようやく読み終わったのか、書きかけの小説を俺に返した。

 

「続きはないの?」

 

「書いている途中だったんだ」

 

「そう……」

 

残念そうにする霞。

 

「……面白かったのか?」

 

そう問いかける俺に、霞は恥ずかしそうに頷いた。

 

 

 

鳳翔の店に向かう途中も、霞は俺に良く話しかけた。

急な好意的な態度。

最初こそは驚いたものの、分かったことが一つだけある。

 

「他に書いた小説は無いの?」

 

「ある。読んでみたいか?」

 

「うん」

 

「じゃあ、帰ったら渡してやる」

 

霞は、俺の書く小説が好きなようであった。

愛美も俺の小説を大変好いてくれていたし、今の霞と同じように、書いたものをなんでも読みたがるところがあった。

霞のつんけつんけした態度に忘れていたが、こいつには愛美の魂が少なからずとも存在しているんだよな。

その影響かも知れない。

 

「ちょっと……近いわ……。暑苦しいったら……。もっと離れて歩きなさいよ……気持ち悪い……」

 

「…………」

 

本当に愛美の魂があるんだよな?

 

 

 

少なくとも、今の俺と霞を繋ぐものは、小説しかないと理解したところで、鳳翔の店に着いた。

 

「いらっしゃい、霞ちゃん」

 

霞は会釈すると、席に着いた。

 

「店、開けてもらって悪いな……」

 

「いえ、霞ちゃんが来ること、楽しみにしていましたから」

 

「……休みだったの?」

 

「えぇ。でも、霞ちゃんがくるって聞いて、居てもたってもいられなくなってしまったの」

 

そう笑う鳳翔に、霞はどこか恥ずかしそうに俯いていた。

 

「好きなもの食え。遠慮するなよ」

 

「そのつもりよ」

 

「そうかい」

 

と言いつつも、霞は無難にナポリタンを一品だけ頼んでいた。

遠慮しているのか、はたまた小食なのか。

 

「先生はコロッケ定食でいいですか?」

 

「あぁ」

 

「コロッケ定食って……。あんた、よくそんな組み合わせで食べられるわね……」

 

「愛美にも同じことを言われた。普通に合うだろ。コロッケと米」

 

「ありえないわ……。ナポリタンとご飯を一緒に食べるくらいあり得ない……」

 

「ナポリタンと米は合うだろ」

 

「合わないわよ……。気持ち悪い……」

 

俺たちのやり取りに、鳳翔は目を丸くしていた。

 

「どうした?」

 

「い、いえ……。その……何と言うか……。お二人とも、仲がいいなって……。いつの間に仲が良くなったのですか?」

 

「仲良くないわ……」

 

「話しかけてくれるようになったっちゃなったが、仲は良くないな」

 

「そ、そうですか……」

 

まあ、俺も不思議には思っている。

俺の小説を読みたいってのがあるから、仕方なく話しかけてくれているのかもしれないが、それにしたって、やけに突っかかってくると言うか、無視すればいいものをまあ拾う拾う。

 

「…………」

 

突っかかり方は愛美とは違うが、愛美もよく俺に話しかけて来ていた。

俺があまり話さないもんだから、そうしてくれていたのかもしれないが。

もしかして、霞もそうなのだろうか。

 

 

 

飯を食っている間も、鳳翔は霞に話しかけていた。

だが、霞はどこか居心地の悪そうと言うか、答えるので精いっぱいだという感じであった。

 

「そう言えば、デザートに杏仁豆腐があったはずだわ。ちょっと取ってきますね」

 

鳳翔が暖簾の先に消えると、霞は小さくため息をついた。

疲れたように、肩を落としながら。

 

「……それ食い終わったら、出るか?」

 

霞は小さく頷くと、ナポリタンをモムモムと食い始めた。

啜らないのはマナーなのか、はたまた出来ないのか。

愛美がそばだとかうどんだとかを啜れないと言っていたから、霞も同じなのかもしれない。

 

 

 

デザートの杏仁豆腐は、タッパーに入れて持たせてくれた。

 

「悪いな鳳翔」

 

「いえ、またいらしてくださいね」

 

「あぁ」

 

「霞ちゃんも」

 

「うん……」

 

鳳翔に見守られ、俺たちは店を後にした。

 

 

 

鈴虫の鳴き声のする土手沿いを歩いて帰ることにした。

特に意味は無かったが、霞は文句も言わず、ただ黙って俺の後をついてきた。

 

「…………」

 

「…………」

 

あれから霞は一言も喋ってこないでいる。

鳳翔との会話につかれてしまっているのだろう。

変に気を遣わせてしまったな。

 

「ねぇ……」

 

振り向くと、霞は土手下のベンチに座っていた。

 

「ちょっと……休憩させて……」

 

「疲れたのか?」

 

「色々とね……。分かってるんでしょ……」

 

何が、とは聞かなかった。

少し距離を置いて、ベンチに座る。

空には大きな月が出ていて、霞はそれを、じっと見つめていた。

 

「鳳翔は悪気があった訳じゃないんだぜ。お前に気を遣って……」

 

「分かってるわよ……。だからこそ……疲れるの……」

 

そうだろうな。

霞のようなタイプは、哀れに思われるのを嫌う。

鳳翔にそんなつもりはないだろうが、気を遣われるってのは、そう言うことだと受け取る奴もいる。

鳳翔はそれが分からない。

だが、それが普通だ。

決して悪い事ではない。

霞もそれを分かっている。

分かっているからこそ、尚更疲れるのだ。

 

「悪かったな」

 

「なんであんたが謝るのよ……」

 

「一応な。本当は悪いとは思っていない。そう言うのがお前は嫌いだろう? ただ、一応な。言わなかったら言わなかったで、印象悪いだろ」

 

「……そういう態度が嫌いな奴もいると思うわ」

 

「知ってるよ。だから俺には人間の友達がいないんだ」

 

月が雲に隠れると、冷たい風が吹いた。

 

「……それでも、あんたを好きでいる人はたくさんいるわ」

 

「何だ? 気を遣ってくれてんのか?」

 

「事実を言っただけよ……」

 

「そうかい……」

 

月が再び顔を出す。

その明かりの中で、霞は俺の方に目を向けていた。

よく見ると、綺麗な瞳をしている。

 

「どうした?」

 

「あんたと居ると……なんだか……」

 

「え?」

 

「……何でもない」

 

ベンチから降りると、霞は家の方へと歩き出した。

それから家まで、霞は振り向きはしなかったが、俺が遅れると、少しだけ歩みを緩めてくれていた。

 

 

 

霞が風呂に入っている間に、大淀から連絡があった。

 

『どうですか? 霞ちゃんとの生活……。何かご迷惑をおかけしていませんか?』

 

「いや、今のところは大丈夫だ」

 

今までの経緯を説明してやると、大淀は大変驚いたというような声をあげた。

 

『そんなに喋っていましたかあの子!』

 

「やはり、そんなにってほどなのか」

 

『先生凄いですよ! やっぱり好かれているんじゃないですか?』

 

「どうかな……。好いているのは俺の小説だってことは分かるが……」

 

『それでも凄いです。きっかけなんて、今まで誰もつくれませんでしたから』

 

きっかけ、か。

俺はたまたま運が良かっただけなのだろうと思うがな。

 

「そっちはどうなんだ? 忙しいのか?」

 

『山は越えました。後は、先生にもご協力いただかないといけない書類もありますので、時間がある時にでもお伺いしたいのですが』

 

「構わない。脱稿も済ませているから、暇人だ」

 

『では、明日はいかがでしょうか?』

 

「構わんが、お前は平気なのか? 休まなくて。ここ最近、毎日のように会っているような気がするが」

 

『明日は仕事ではなく、先生の友人として、プライベートとしてお伺いさせていただきます。書類はついでです』

 

そう言うと、大淀は何がおかしいのか、くすくすと笑った。

 

「時間は?」

 

『お昼ごろには』

 

「分かった。では、明日」

 

『はい。おやすみなさい』

 

「あぁ、お休み」

 

電話を切ると、今度は鈴谷から変顔の写真が送られてきた。

次の休日に遊ぼうとの文面と共に。

 

「フッ……何やってんだこいつ」

 

返信してやろうとした時、最上から電話がかかって来た。

渋滞してるな。

 

「もしもし?」

 

『先生。こんばんは』

 

「おう。どうした?」

 

『今、電話してたでしょ? 大淀さん?』

 

「ん、あぁ。そうだ。実は、霞が今日から家に来ていてな。その件だ」

 

『霞ちゃん、今日からなんだね。そっか。じゃあ……いいかな……』

 

「いいかなって、何がだ?」

 

そう言った時、電話の向こうで、トラックの通り過ぎるような、重たい音がした。

その音は、窓の外からも、同じように聞こえていた。

縁側の雨戸をあけてみると、そこには少し困り顔の最上が立っていた。

 

 

 

風呂から出て来た霞に声をかけてから、家を出た。

 

「よう。どうした、こんな時間に」

 

「出てこなくても良かったのに」

 

「そうはいかんだろ。近くまで来ているのに」

 

「ごめんね」

 

「いいよ。で、何か用事か?」

 

「用事って程の事でもないんだけどさ……」

 

最上はどこか、話しにくそうにしていた。

 

「ここではなんだ。家に入ったらどうだ?」

 

「あ、いや……霞ちゃん居るし……」

 

「二人で話した方が良いことなのか?」

 

「まあ……そうかな……。うん……そうかも……」

 

どうも煮え切らんな。

 

「分かった。すぐ近くに公園がある。そこで話そう」

 

「うん」

 

 

 

夜の公園。

と言っても、そこまで大きなものではなく、サラリーマンなどが休憩に使うような、小さなものであった。

 

「よっと」

 

ベンチに腰掛ける。

最上は少しだけ離れて座った。

 

「昨日はごめんね。皆が盛り上がってるのに、あんな態度で……」

 

「いつもの事だ。むしろ、大淀に謝っておけよ」

 

「今度お詫びに行くつもりだよ」

 

「そうか。しかし、一人で飲むなんて、珍しいことしたな」

 

「まあ……ちょっとね……」

 

ちょっと、か。

そのちょっとって所に、今回来た意味も含まれていそうであった。

とにかく、今は最上が話したいように話させてやろう。

 

「その……さ……。先生は……その……あ……霞ちゃんとは……どう? 上手くやっているの?」

 

「まあ……何とかやっている。俺の小説が好きみたいで、ちょっとした趣味で書いている小説も読みたがるんだ。さっき出る時も、読んでいいか聞かれた」

 

「そうなんだ。意外だね」

 

「愛美が俺の作品を好きだって知っていたから、あいつも読んでいたらしい。どうも艦娘にだけは好かれるな。俺の作品」

 

「そこそこは売れてたってきいているよ」

 

「そこそこ……か……」

 

実際は全然売れなかったのだが、担当者が話を盛ってくれたのだろうか。

 

「そっかそっか……。うん……。上手くやっているんだね……。良かった……」

 

そんなことを聞きに来たのではないはずだ。

本題に入ればいいものを、何を渋っているのだろうか。

 

「…………」

 

「…………」

 

静かな時間が流れる。

 

「それで、今日はどうしたんだ? そんな話をするために、ここに来たわけでもあるまい」

 

「あ、うん……そうだね……。そうだよね……うん……」

 

再びの沈黙。

冷たい風が、何処からか空き缶を拾ってきて、カラコロと鳴らしていた。

 

「あの……!」

 

急な大声に、俺は思わず肩を強張らせた。

 

「あの……さ……! せ……先生は……! その……大淀さんと……ボク……どっちが……あの……その……」

 

「お前と大淀……?」

 

「うん……。ボクと大淀さん……」

 

「お前と大淀のどっちが……なんだ……?」

 

「どっちが……その……どっちが~……あぅぅ……」

 

最上は顔を赤くすると、俯いてしまった。

 

「最上?」

 

「ごめん……ちょっと待っててもらっていいかい……?」

 

「あ、あぁ……」

 

何やら落ち着かない様子の最上。

顔が赤く、少し汗ばんでいる。

そして何よりも、勇気を振り絞るような、そんな緊張感がある。

 

「…………」

 

この感じ……俺は知っている……。

あの日……愛美もそうだった。

愛美もこんな感じで、何やら話題を切り出しにくそうに……。

そうなると、俺の思うそれが正しいとなると、最上の言う、大淀と最上のどちらかというのは……つまり……。

 

「よし……!」

 

何かを決意したように、最上は顔を上げ、俺に向いた。

 

「先生……あのね……」

 

間違いない。

最上は……こいつは俺に……。

 

「ボク……先生の事が好きなんだ……!」

 

 

 

月が雲に隠れると、風は次第に冷たくなっていった。

 

「言っちゃった……うぅぅ……」

 

恥ずかしそうにする最上とは対照的に、俺は平生を保っていた。

 

「……何か言ってよ先生。どうして冷静なのさ……」

 

「いや……まぁ……何と言うか……そう言われるだろうと思ってな……」

 

「なんだよそれ……。もう……」

 

蹲る最上。

そう言われるだろうとは予想できたが、対処法が分からない。

どうしたもんかな。

 

「ずっとさ……」

 

「…………」

 

「ずっと……モヤモヤしてたんだ……。大淀さんが来て……なんか……イライラしちゃうと言うか……嫉妬って言うのかな……?」

 

嫉妬。

そういや、大淀の事となると、いつも怒っていた。

そっちの意味だったのか……。

俺はてっきり、最上を疎かにしたってのが……。

いや、或いは同じなのか……。

 

「お酒を飲んでもモヤモヤは晴れなくて……。大淀さんと先生は、毎日のように会っているし……。日に日に仲良くなっているようでさ……」

 

否定はしないが、別に大淀にそう言う気持ちを抱いているわけではない。

だからと言って、最上にそう言う気持ちがあるかと言われれば……。

 

「分かってるよ……。先生にそういう気持ちが無いって……。先生は愛美さんに一途だし……。でも……やっぱり気持ちは伝えたかったんだ……。モヤモヤが晴れるかもって……」

 

「……晴れたのか? モヤモヤ……」

 

最上は首を横に振ると、膝を抱えた。

 

「……俺は別に、大淀とお前を比べてどうこう言うつもりはないし、お前の気持ちに応えるのは……難しいと思っている……」

 

「…………」

 

「ただ……まあ……なんだ……。お前の事は嫌いではないし……お前の気持ちを理解してやりたいとは思っているよ」

 

「本当……?」

 

「あぁ……。だからと言って、何が出来るのかは分からないがな……」

 

最上とは、これからも変わらずに過ごしたいと思っている。

最上はそうではない。

だからと言って、それ以上の関係になるつもりは無いし、どうしたものかな。

 

「先生にとって……ボクってどういう存在?」

 

「どういう……。ビジネスパートナーで、一友人で……」

 

それ以上でも、それ以下でも……。

 

「…………」

 

最上……か……。

 

 

 

初めて最上と出会ったのは、愛美が死んで数日後の事であった。

 

「どちら様だ」

 

まだ悲しみに暮れている俺の家に、見た目が高校生くらいのガキが訪ねて来て、俺に名刺を突き付けて来たのだ。

 

「――出版の最上です! 先生の担当である佐藤……のアシスタントになりました!」

 

「はぁ……そうかい……。で、佐藤さんは? 一人で来たのか?」

 

「あ、はい! 一人でいいだろうって……。あんたが面倒見なさいって……」

 

担当の佐藤。

電話でしか接したことが無いが、やっぱり俺って舐められてるんだな……。

 

「そうか……。ここではなんだ、上がって行けよ」

 

「は、はい!」

 

それから最上との日々が始まった。

 

「先生、来たよ。原稿、どう?」

 

「あぁ……。ちょっとな……」

 

「ここのところずっと缶詰だね……。洗濯物も溜まっているし……」

 

愛美が死んでから、家事なんてロクに出来ていなかった。

 

「よーし、先生の作業が捗るように、ボクが家事、頑張っちゃうぞ!」

 

「出来るのか?」

 

「一人暮らししてるんだよ? 先生よりは出来るさ」

 

「そうか。じゃあ……頼んでいいか?」

 

「任せて!」

 

缶詰の時は、最上は泊りがけで家事をやってくれた。

 

「先生、今日は終わりにして、ご飯でも食べに行かない?」

 

「あぁ……構わん。何を食うんだ?」

 

「鳳翔さんがお店を開いたんだ。そこで食べよう」

 

「鳳翔? この前言っていた艦娘の?」

 

「うん。鳳翔さんのご飯、美味しいんだよ。この近くにお店を構えたんだって。行こうよ」

 

いつだって、俺に気を遣ってくれた。

 

「終わった~……」

 

「お疲れ様、先生」

 

「あぁ、お前もな」

 

「えへへ、本になるの楽しみだね」

 

「そうだな」

 

 

 

思えば、たった一年ではあるが、その一年の間に、いつだって最上がいた気がする。

最上がいるのが、当たり前な気がする。

 

「先生……?」

 

俺にとってのこいつは……少なくとも、この一年間で思ったのは――。

 

「お前は……無くてはならない存在だった……」

 

「へ?」

 

「愛美が死んで、小説を書くことしか出来なかった俺に、お前はいつだって家事をやったりしてくれて、支えになってくれた。あれが無かったら、今頃俺は、普通に死んでいたかもしれん」

 

最上は少し恥ずかしそうに、俺の言葉を待った。

 

「思えば、愛美が死んでしまった時点で、俺は生きる気力を失っていたんだ。けど、お前が来てくれて、それは変わった。まあ、それでも死のうとしてしまったのは……本当に申し訳ないと言うか……」

 

「…………」

 

「とにかく、そう言う存在だ。俺が今あるのも、お前のお陰だと思っている。ありがとう、最上」

 

「先生……」

 

「正直、お前の気持ちには応えられないし、お前がこれから俺をどう思うか……どういう存在になるのか、それは俺には決められない。ただ、俺はこれからも、お前には今のままの大事な関係でいて欲しいと思っている。我が儘なことであるし、お前から嫌われてしまうかもしれない……。それでも、お前が正直に伝えてくれた分、俺も正直でありたいと思っている」

 

俺はじっと、最上の目を見つめた。

こんなにもじっと最上を見たことが無かったから、いろんな発見が俺の中にあった。

 

「これからは、お前が俺にしてくれた分、お返ししていきたいと思っている。足りないかもしれないし、お望み通りの事は出来ないかもしれない。それでも、俺は精一杯頑張るからさ。だから――」

 

その言葉の先は言えなかった。

言わせてもらえなかった。

唇が離れると、最上は小さく笑って見せた。

 

「その気持ちが、ボクは一番うれしいよ。それだけで、全て報われるくらい、嬉しかったよ」

 

「最上……」

 

「先生……」

 

「お前……そうは言っても、キスしてるじゃないか。全然報われてないじゃないか」

 

「これは……おまけだよ。関係ないキス」

 

「関係あり過ぎるだろ……」

 

「えへへ、ごめんね。でも、これで借りが出来たね。キスしちゃった分、先生にお返ししなくちゃ」

 

最上は少し顔を赤くして、微笑んだ。

そう言うことか……。

 

「ね、ボクのキス、どうだった?」

 

「子供みたいだった」

 

「えぇ!? おかしいな……。むぅ……次は絶対大人のキスするから、覚悟してよね」

 

「するな、アホ」

 

俺が笑うと、最上も嬉しそうに笑った。

 

「さて、そろそろ帰るぞ。送ってってやる」

 

「うん。えへへ」

 

寄り添う最上を捌きながら、家まで送ってやった。

 

 

 

されたとはいえ、キスしてしまったことを愛美に懺悔しながら、家に戻った。

 

「ただいま」

 

「お帰り……」

 

霞は少しムッとした表情で俺を迎えた。

というか、迎えてくれるんだな。

 

「何処まで行ってたのよ……遅いわ全く……」

 

「悪い」

 

何をそんなに怒っているのかと思ったら、霞の手には、俺の小説が握られていた。

 

「あんた……これ途中じゃない!」

 

「え?」

 

「未完成なのはさっきの奴だけじゃなかったの!?」

 

突き付けられた小説は、愛美が死んでしまって、書かなくなった未完成のものであった。

 

「信じられない! せっかくいいところだったのに、どうして未完成のまま他の作品に手を付けたのよ!? ありえないったら!」

 

「わ、悪い……。いや……何と言うか……忙しくなってしまってな……。長い間手を付けていなかったから、続きを書く気になれなくてな……」

 

「書いて……」

 

「え?」

 

「今すぐ書いて! 続き!」

 

「今すぐって……。そんなに気になるのか?」

 

「気になる! だって……!」

 

そこまで言うと、霞は閉口して、俯いてしまった。

 

「だって、なんだ?」

 

「……だって……その……お……かったから……」

 

「え?」

 

「……面白かったから! もう……! いいから書きなさいよ!」

 

「わ、分かったよ……。ったく……。久々だから、読む時間をくれ」

 

「さっさとしてよね……ふん……」

 

俺が読んでいる間、霞は部屋を離れず、俺が書き始めるのを待った。

帰ってきてそうそうこれだもんな。

だが、悪い気はしない。

俺の小説を待ってくれている人がいるというのは。

愛美も俺の小説を楽しみにしてくれていたし、まるで――。

 

「……なに?」

 

「いや……。よし、書き始めるぜ」

 

霞と愛美……か……。

 

 

 

霞は俺が書き始めても、黙ってそれを待った。

この感じが、愛美の居た頃と似ていて、気が付くと小説を書くことに夢中になっていた。

 

「ふぅ……」

 

一呼吸おいて時計を見ると、なんと日付が変わっていた。

 

「うぉ!?」

 

霞はというと、俺のベッドで眠っていた。

 

「霞」

 

「んぅ……なに……?」

 

「悪い……。すっかり夢中になっていた……。今日はもう部屋に戻れ……」

 

「うん……」

 

虚ろ虚ろしている霞。

 

「起きられるか?」

 

「大丈夫よ……」

 

そうは言っても、体を起こしては、すぐにまたベッドに伏せてしまっていた。

 

「……連れて行くぜ。よっと」

 

抱きかかえてやると、その体は物凄く軽かった。

いつもは最上を持ち上げているから、そう感じるのかもしれないが。

 

「ほら、着いたぜ」

 

ベッドに寝かせてやると、霞はむにゃむにゃと何か口を動かしていた。

どんな夢を見ているのやら。

 

「…………」

 

しかし、奇妙なもんだ。

こいつといると、何だか愛美との生活を思い出してしまう。

性格は全然違うし、見た目はもちろん、口癖も違う。

仕草や好物は重なるところがあるものの、それを抜きにしても、愛美の姿がチラついてくる。

 

「これも、魂を受け継いだ事と関係があるのだろうか……」

 

そもそも、魂を受け継ぐってどういうことなのだろう。

というか、魂ってものが存在していること自体、驚くべき事実だが……。

 

「んぅ……ん……」

 

穏やかな寝顔の霞。

初めてみるその姿でさえ、どこか愛美を思い出させる。

小説だってそうだ。

あんなに夢中になって書いたのは、愛美がいた頃以来だ。

あの頃も、上手いこと乗せられて、徹夜までして書いたものだった。

 

「ん……早く……書いてぇ……」

 

「……こいつ、夢の中でも要求してやがる」

 

呆れたもんだぜ。

 

「さて……お望み通り続きでも書きに行くとするか……」

 

霞と愛美。

二人は似たところはあるが、別人であることは事実だ。

俺がまだ愛美を忘れられないから、重ねてみてしまうのかもしれないしな。

最上のキスでさえ、怒られるわけもないのに、勝手に罪悪感を持ってしまっている。

 

「ねぇ……続き書いてぇ……」

 

まだ寝言で要求している霞。

 

「分かってるって」

 

霞と愛美は別人だ。

そう、別人なはずなのだ。

 

「続きぃ……私……読みたいのぉ……」

 

別人な、はずなんだ――。

 

「『つーくん』……」

 

「……え?」

 

「つーくん……続き……書いてよぉ……ねぇ……」

 

『つーくん』

それは、愛美が俺に甘える時、小説を書いてくれとせがむ時に出る、俺のあだ名であった。

 

――続く

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