遺船を漕ぐ   作:雨守学

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第4話

「最上、いい加減機嫌をなおしたらどうなんだ」

 

呆れた口調で言ってやると、最上は顔を背けた。

 

「ボクを放って鈴谷とデートするだなんて……」

 

「デートではないし、お前も来たらいいと言っているだろう」

 

「鈴谷は絶対、先生と二人っきりが良いんだよ。それに、そう言う問題じゃないし……」

 

「参ったな……」

 

あれから数日。

約束通り、鈴谷と遊ぶ日を迎えた。

その事をSNSか何かで知った最上が、朝から押しかけて来たのであった。

 

「最上、あんたいい加減にしたら? 結局どうしたいのよ?」

 

「霞ちゃんまで……。でも、そうだなぁ……。ボクは先生の恋人になりたいんだけど、どうかな?」

 

「ですって。なってあげたら?」

 

「馬鹿言え」

 

何度も遊びに来ている最上に、さすがの霞も慣れたのか、最近では二人での会話も見てとれる。

 

「霞ちゃんはいいの? 置いて行かれてさ」

 

「別に。最近はずっと一緒だったし、色々な手続きとか、私の関係で大忙しだったし、そろそろ羽を伸ばしてもらわないと」

 

「霞ちゃんは優しいね」

 

「たまには一人になりたいだけよ……」

 

それが本心なのかは分からないが、霞は度々、俺の心配をしてくれていた。

 

「ありがとう霞。小説、昨日完成したんだ。俺の部屋にあるからな」

 

「ん、分かったわ」

 

まるでおやつでも取りに行くかのように、霞は小走りで俺の部屋へと向かっていった。

 

「さて、俺はそろそろ出なきゃいけないが、お前はいつまでそこで根を張っているつもりなんだ?」

 

「抜いてくれるまで?」

 

「じゃあ抜いてやる。そら」

 

持ち上げると、最上は全体重をかけて、抵抗した。

 

「重っ」

 

「失礼な! これでも普通の女の子に比べて痩せている方なんだよ!?」

 

「かもな。むしろ痩せすぎなくらいだ。お前はもっと食った方が良い」

 

「……先生はもっとふくよかな方が好き?」

 

「どっちでもいい。お前のように我が儘を言わなければな。そら、立たせるぞ」

 

最上を立たせ、乱れた髪をなおしてやった。

 

「我が儘を言う人は嫌い……?」

 

最上はしおらしくそう聞いた。

 

「別に嫌いではない。面倒くさいなとは思う」

 

「先生は面倒くさそうな人好きでしょ? ボクはどうなのさ?」

 

「お前は面倒くさ過ぎだ。マジで時間ないから、行くぜ」

 

鞄を背負い、玄関へと向かう。

途中、鏡越しに最上の姿を見て、俺は思わず立ち止まった。

 

「何て顔してんだ」

 

「先生、本当に行っちゃうんだね……。酷いや……」

 

「別に、ただ遊びに行くだけだろ。お前、大淀が来た時もそうだったが、ちょっと重いぜ」

 

「体重は軽いけどね……」

 

「フッ、確かにな」

 

今一度、最上に近づき、頭を撫でてやった。

 

「なにさ……。そんなんじゃ機嫌なおらないよ」

 

「知ってるよ。俺はお前の事、誰よりも良く知っているつもりだからな」

 

「だったら、行かないでよ……」

 

「そうしないのは知っているだろ。お前も俺と同じように、俺の事をよく知っている。そうだろ?」

 

最上は俯くと、小さく頷いた。

 

「お前の中の俺がどんな奴かは知らないが、酷い奴でないことを祈るよ。行ってくる」

 

今度は振り向かず、家を出た。

しばらく歩いたところで、最上に袖を引かれた。

 

「途中まで一緒に行くか?」

 

最上は返事をするわけでも無く、ただそっと手を握った。

 

 

 

 

 

 

『遺船を漕ぐ』

 

 

 

 

 

 

途中のバス停で最上と別れると、すぐにメールが入って来た。

『浮気は許さないからね』

恋人になったつもりはないのだがな。

いずれにせよ、鈴谷だろうが最上だろうが、愛美以外の女である限り、それは浮気になってしまうのだろうがな。

 

「浮気……か……」

 

もし、愛美がここに居たのなら、最上と同じように、鈴谷と出かけることに不満を言ったであろうか。

『私の関係で大忙しだったし、そろそろ羽を伸ばしてもらわないと』

ふと、霞の言葉が思い起こされた。

あの一件以来、霞の言葉一つ一つに、愛美の影を見るようになった。

愛美だったら言いそうなことを、霞は全て言ってのけるのだ。

やはり魂を継承しているあいつは、自ずと愛美の行動を模してしまっているのであろうか。

記憶もはっきりしているし、もしかしたら、あいつ自身が愛美に――。

 

 

 

待ち合わせの十五分前と、少し余裕のある時間で考えていたが、鈴谷はすでに到着していたようで、合流した頃にはご立腹であらせられた。

 

「先生、女の子を待たせるとかさいてー」

 

「悪い。いや、待ち合わせ時間にはまだ余裕があるだろ」

 

「それでも鈴谷は待ったんですけど~?」

 

「分かったわかった。なんかで埋め合わせしてやるから、それで勘弁してくれ。何が欲しいんだ?」

 

そう聞いてやると、いつもなら調子よく喜んだものだが、今日は違った。

 

「別になにもいらない。そう言う意味で言ったわけじゃないし……」

 

「じゃあどんなつもりなんだ?」

 

「んー……なんていうか、怒ってみたかっただけ。デートに遅れた男を叱る女って、やってみたかったんだよねー」

 

「なんだそりゃ……」

 

「でも、早めに来てくれたのは、ちょっち嬉しかったよ、先生。えへへ、今日は鈴谷といっぱい遊ぼうね」

 

そう言うと、鈴谷は腕に引っ付いた。

 

「おい」

 

「いいじゃん。今日はちゃーんと大人っぽい服装にしてきたし、どっからどう見ても恋人同士だよ。パパ活には見られないって」

 

「そういう問題じゃないが……」

 

そんなやり取りをしていた時であった。

ふと、誰かの視線を感じた。

 

「先生? どうしたの?」

 

「いや……」

 

見渡すが、俺たちを見ているような奴はいなかった。

最近、こうして誰かの視線を感じることがよくあった。

 

「気のせいか……」

 

「なになに? 誰か見てた? まあ、鈴谷艦娘だし、可愛いし、見られちゃうよねー」

 

「そうだな」

 

「ちょっとはからかってよ。照れるじゃん……」

 

「照れると大人しくなるから楽だなってさ」

 

「何それ!? 酷くない!?」

 

 

 

街を歩くと、多くの者が鈴谷に声をかけたり、写真を求めていたりした。

 

「今日は控えめな服装だったけど、やっぱりバレちったかー」

 

「相変わらず人気者なんだな」

 

珍しい光景ではない。

鈴谷は艦娘の中でも、所謂広報活動を仕事にしている。

メディア露出の多い吹雪たちと比べ、その活動は控えめではあるが、この街ではちょっとしたスターのような存在であった。

 

「そんな人気者と肩を並べて歩く男がいるって言うのに、ちっとも噂にならないんだから不思議だよねー」

 

「マネージャーか何かと思われてるんだろ」

 

「こんなに引っ付いているのに? 腕組んだりして」

 

「テレビではそう言うキャラだろ。お前はさ」

 

「先生、見てくれてるんだ。ローカル番組なのに。うれし!」

 

「たまたま目に入っただけだ」

 

「またまたー。えへへ、でも、テレビよりも実物の鈴谷の方が可愛いっしょ?」

 

「どうかな」

 

それをどう捉えたのかは分からないが、鈴谷は嬉しそうに笑って見せた。

 

 

 

それからはいつものように遊んで回ったが、珍しいことに、鈴谷は何かを強請ることをしなかった。

 

「珍しいじゃないか」

 

「鈴谷だってもう子供じゃないんだし、先生をカモにしているように思われるのは嫌だし……」

 

「散々カモにしてきた口が言うか?」

 

「なんなら返すし。今まで奢ってくれた分」

 

「別にいいよ」

 

あの一件があって、気を遣ってくれているのだろうな。

まあ、そっちの方がありがたいが、気を遣わせ過ぎるのもな。

 

「そう言えばさ……」

 

鈴谷は周りを確認すると、小さな声で言い直した。

 

「そう言えばさ、霞ちゃんの事、もがみんから聞いたよ。奥さんの記憶がどうとか……」

 

「あぁ……まあ、色々あってな。大淀の方でも調べてもらっているが、上の方が相手にしてくれないらしくてな」

 

大淀によると、やはり信じられていない様子で、ただの偶然か、はたまた俺の頭がおかしいと思われているようであった。

まあ、そうだよな……。

 

「奥さんの記憶って、そんなにはっきりしてるの?」

 

「最近だと、愛美の言いそうなことを自然に言いやがるくらいだ。本当、愛美を見ているようで……」

 

そこまで言って、俺は閉口した。

鈴谷は察したのか、話題を変えてくれた。

 

「あとさ、先生、奥さんにつーくんって呼ばれてたのマジ?」

 

「あ、あぁ……マジだ」

 

「ヤバくない? つーくんって、可愛すぎなんですけど!」

 

ケタケタ笑う鈴谷に、再び閉口する。

 

「あ、ごめんね。つい笑っちゃった。でも、そっかぁ。鈴谷も先生の事、つーくんって呼んじゃダメ?」

 

「駄目だ」

 

「まあ、そうだよねー。めんごめんごー」

 

「あぁ……」

 

変な空気が流れる。

 

「先生、怒ってる?」

 

「え? いや、別に怒ってないが」

 

「本当? なんか鈴谷、イヤなこと言っちゃったかなって……」

 

「大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけだ。怒っているわけじゃない」

 

そうは言っても、鈴谷は不安な表情のままであった。

 

「この前の事、まだ気にしてるのか?」

 

「うん……」

 

「あれは俺が悪かったって」

 

「そうじゃなくてさ……。やっぱり鈴谷は、先生に迷惑かけてばかりなんじゃないかって思っちゃって……」

 

「最上ほどじゃないだろ」

 

「でも、もがみんと居る時の先生の方が、鈴谷と居る時よりも楽しそうだから……」

 

「そうか?」

 

「もがみん、いつも先生の話をするんだよね……。その話の中の先生は、とっても楽しそうで……もがみんも楽しそうだし……」

 

「最上が勝手に着色しているだけだろ」

 

見えている世界は、人によってそれぞれだしな。

最上には俺がどう映っているのかは知らんが、少なくとも鈴谷には――。

 

「お前は俺といてつまらないか?」

 

「え……?」

 

「昔、母親に「自分が他人に対して思っていることは、他人も自分に対して思っている」と言われたことがある。俺は未だに、その言葉を信じているんだ。だから、他人に対して思ってほしいことは、自分でも思うようにしているんだ」

 

その意味が分かったのか、鈴谷は俯いてしまった。

 

「お前はどう思っているんだ?」

 

「鈴谷は先生といて楽しいよ。でも、先生が楽しいかは……やっぱり分からない……」

 

「俺がどんな反応をしたら、お前は満足なんだ?」

 

冷たい言い方だった。

流石の鈴谷も、少しムッとしていた。

 

「やっぱり先生は鈴谷と居て楽しくないんじゃん……」

 

「そんなことはない」

 

「そんなことあるよ。いつまでたっても鈴谷の事子ども扱いするし……。もがみんには大人の扱いする癖に」

 

「俺がいつ最上に大人の扱いをしたんだ」

 

「鈴谷だってお酒飲めるようになれば、もがみんみたいに……」

 

最上みたいに、か……。

 

「お前は俺に、最上に接するように、自分に接してほしいと言っているのか?」

 

鈴谷は答えなかった。

ただ、それは近いが正解ではないというような感じであった。

 

「大人として接してほしいのか?」

 

鈴谷は答えない。

が、今度は拗ねるようにして唇を尖らせた。

正解……というよりも、認めたくなかった正解、という感じか。

 

「多分、最上の言っていることは、結構盛られていると思うぜ。あいつは酒弱いし、むしろ子守りをするように接しているからな」

 

「じゃあ、お姫様抱っことか、お泊りとか、全部盛られてる話ってこと?」

 

「お姫様抱っこにお泊りか……。間違っちゃいないが、普通に酔ったあいつを介抱したのと、押しかけて勝手に泊まり込まれただけだ」

 

「でも事実なんしょ?」

 

詰めてくる鈴谷。

最上と同じくらい面倒くさいことになって来た。

 

「お前もしてほしいのか?」

 

「そうは言ってないし……」

 

「なら、来たらいい」

 

「え?」

 

「泊りに来たらいいだろ」

 

「いいの?」

 

「構わん。最上よか、迷惑は掛からんだろうしな」

 

そう言ってやると、鈴谷は一瞬喜んだような表情を見せた後、一気に赤面した。

 

「って! 駄目っしょ! 男の一人暮らしに女の子ってさ! っていうか、もがみんも同じように……!? いくらなんでもフランクすぎるよ!?」

 

慌てふためく鈴谷。

いつもは男を手玉に取ったように振る舞ってるくせに、いざとなるとこうも……。

 

「落ち着け。霞がいる。それに、俺は別に最上やお前に手を出したりしないよ」

 

「あ、そっか……。っていうか、手出さないの?」

 

「出すかアホ」

 

「出してもいいのに」

 

「出したら出したで、お前はきっと慌てふためいて、結局何も出来ずじまいで終わりそうだぜ」

 

「試してみる?」

 

悪戯に笑う鈴谷。

テレビだか漫画だか雑誌だか――それはともかく、何かの真似事なのか、鈴谷は太ももをチラつかせた。

悪戯な笑いが恥じらいに変わるのを見計らい、こっちも仕掛けてやった。

 

「ああ、いいぜ。家に来いよ。今日、あいついないからさ。朝まで二人っきりだ」

 

「え、マジ……? 朝までって……何する気?」

 

「男女が二人、屋根の下。やることは一つだろ」

 

横目で見た鈴谷の表情は、固まっていた。

 

「フッ……訂正する。慌てふためくんじゃなく、固まる、だな」

 

そう言ってやると、鈴谷は冗談だと理解したのか、ほっとした後、少しムッとした表情で俺を小突き、ついでにクレープを奢らせた。

 

 

 

結局、鈴谷に奢らされる日となってしまった。

空は夕焼けに染まっていて、俺たちは家路を急いでいた。

 

「結局、いつもと変わらん日だったな。お前がピーピー泣いていたのは、一体何だったのか」

 

「先生がそう仕掛けたんじゃん。案外奢らされるの好きとか? ドM~」

 

「可愛い奴に何かを奢るってのは、男の性分であり、喜びでもあるんだ」

 

「かわっ……。性分じゃなくて、養分っしょ……」

 

「フッ、上手いこと言うじゃないか」

 

「どうも……」

 

可愛いと言われると、露骨に照れて、口数が少なくなる。

鈴谷を静かにさせる算段は、徐々に形になっていた。

 

「ね、先生。今日、先生の家、行ってもいい?」

 

「構わないが。泊るのか?」

 

「ううん。夕食、作ってあげようと思って。たくさん奢って貰ったし、お礼」

 

「料理できるのか?」

 

「出来るし! 鳳翔さんに教えて貰ったもん」

 

「鳳翔に? そりゃまた珍しいな」

 

「花嫁修業ってやつ? 鈴谷だって、ただ遊んでるだけじゃないんだよ?」

 

「そうだったのか」

 

花嫁修業か。

そう言えば、艦娘が結婚したっていう報道は、まだ聞いたことが無いな。

恋人になったってのは聞いたことがあるが。

 

「男はまず胃袋から掴むんだって」

 

「なるほどな。掴まれない様に注意しないといけんな」

 

「どうかな~? 鈴谷の虜になっちゃうかもよ~?」

 

「それも一興か」

 

そんなことを言い合いながら、途中のスーパーで買い物を済ませ、再び家路についた。

 

 

 

家の明かりは消えていて、誰もいない様に思われたが、霞の靴は玄関に置かれたままであった。

 

「お邪魔しまーす。早速台所借りちゃうねー」

 

「おう」

 

霞の部屋には……いない。

居間にもいない。

俺の部屋……に居た。

ベッドで眠る霞。

小説を読んでいる内に、寝落ちでもしたのだろうな。

 

「霞。起きろ、霞」

 

「んぅ……」

 

「ただいま」

 

「ん……お帰り。寝ちゃっていたわ……」

 

「そのようだな。俺の小説、退屈だったか?」

 

「そうじゃないわ。昨日、夜更かししたから……。小説はすごく面白かった」

 

「そうか。ありがとう」

 

時計を一瞥する霞。

 

「夕食の準備、しないといけないでしょ……。手伝うわ」

 

「あぁ、その事なんだが」

 

「ん」

 

抱き上げてくれと言うようにして、霞は両腕を伸ばした。

 

「どうした?」

 

「分かってるんでしょ……」

 

霞は時折、こうして甘えることがあった。

本当、時折だが。

 

「分かったよ。よっと」

 

今朝の最上と違い、やはり軽いもんだ。

 

「降ろすぜ」

 

「台所まで」

 

「はいよ」

 

部屋を出て、台所へ入った時、霞はやっと異変に気が付いた。

降りようとしたところで、鈴谷に気が付かれた。

手遅れであった。

 

「霞ちゃん……へぇ、ふぅん、そうなんだ。二人だと、そうなんだぁ~。ふぅ~ん」

 

霞をからかうというよりも、鈴谷は俺をからかっているようであった。

だが、霞はそうは思わないだろうな。

その予感は的中して、俺は霞に思いっきりひっぱかれた。

最上もそうであったが、何故怒りの矛先が俺なんだ。

 

 

 

霞の機嫌がなおった頃、鈴谷の飯も完成した。

 

「じゃーん! 鈴谷特製のオムライスと手作りコロッケだよ!」

 

「コロッケとオムライスって……どういう組み合わせよ……」

 

「え、変かな?」

 

「オムライスとハンバーグなら、まあ分かるけれど……」

 

鈴谷は俺を見る。

 

「俺は好きだけどな。この組み合わせ」

 

「知ってる。先生の好きなもの作ったんだもん」

 

今度は霞が俺に目を向ける。

そういうこと……とでも言いたげに。

 

「……とにかく頂こう。いただきます」

 

鳳翔に習ったというその料理は、鳳翔のものと違い、形こそは褒められたものではないが、味付けは完璧であった。

 

「どう?」

 

「美味い! 鳳翔のと違って、味つけを濃くしたのか」

 

「うん。そっちの方が好きっしょ? 鈴谷知ってるんだ~」

 

「こりゃ美味い」

 

「へへ~ん、良かった。んじゃ、鈴谷も食べよ。えへへ」

 

霞も美味いと感じたのか、ただひたすら黙々と食べ続けていた。

確かにこりゃ、魅力的だ。

 

 

 

飯も食い終わり、俺たちは居間でテレビを見ながらくつろいでいた。

 

「しかし、美味かった。正直侮っていた」

 

「鈴谷だってやるときはやるっしょ。先生と一番遊んでるのは鈴谷だもん。何が好きで、どんなのが喜ぶか、ぜーんぶ知ってるし」

 

得意げに笑う鈴谷。

霞はそれに、どこか不満げに見えた。

愛美の記憶があるというのなら、やはり思うところがあるのだろうか。

今の今まで、霞が嫉妬するようなことは無かったように思うが。

 

「霞ちゃんも美味しかったっしょ。鈴谷が先生の奥さんになったら、毎日食べられるよ」

 

「そうね。それでもいいんじゃない?」

 

呆れたような、まるで娘がパパと結婚するのだと言い出したのを聞いた母親のような、そんな言い方であった。

それでも鈴谷は――

 

「だって~先生。この際だし、鈴谷と結婚しちゃう?」

 

――と、呑気であった。

霞はそれにも呆れ、どこか苛ついていた。

そして、俺を睨んだ。

また殴られそうだから、機嫌を取っておくか。

 

「お、ほら霞。ここ、記憶にあるか?」

 

テレビには、愛美との初デートで訪れた大きな海浜公園が映っていた。

 

「――海浜公園? 初めてデートで行ったところよね」

 

「そうだ。ほら、あの橋の上で、好きな作家について語り合っただろ」

 

「え? あんな橋だったかしら? もっとつり橋みたいな橋じゃなかった?」

 

「いや、あんな橋だ。つり橋って、そんなところ行った覚えはないぜ」

 

「いや、でも……。確かに、好きな作家について話したことは夢に見たことあるけれど、あんな橋だったかしら……」

 

それからも、テレビに映る公園の風景に、霞はまるで初めてみるかのような反応を見せた。

一番の思い出の場所だと愛美も言っていたし、記憶に強い風景だと思うのだがな……。

 

「多分、曖昧なのは、愛美があんたとの会話に夢中で、風景なんてあまり見ていなかったからなのかもしれないわね」

 

「そうだと嬉しいものだがな」

 

確かに会話に夢中で、風景などはじっくり見なかったものだが。

愛美も俺も、初めてのデートで緊張して、ずっと下ばかり見ていたしな。

 

「懐かしいな」

 

「うん……」

 

あの頃はまだ、愛美も元気であった。

あの眩しい笑顔は、今でも――。

 

「ちょっとちょっと~。鈴谷の前でイチャイチャしないでくれませんかね~?」

 

「イチャイチャなんてしてないわ……。あんただって、先生先生って……。最上といいあんたといい、こいつの事好き過ぎでしょ」

 

「好っ……きだけど……。好き過ぎってほどじゃないし……。それを言うなら、霞ちゃんだって抱っこされちゃってさー」

 

「あれは別に……」

 

「先生、鈴谷も抱っこ~」

 

「おい」

 

「してあげたら? 大きい赤ちゃんの為に」

 

「赤ちゃんじゃないし!」

 

霞と鈴谷。

あまり接点が無かったが、何とか仲良くやれそうで良かった。

こうして真っ向からからかい合えるってのは、霞と仲良くできる奴の特徴なのかもしれないな。

 

 

 

時間も遅くなってしまったので、鈴谷を送ることになった。

 

「今日はありがとうな。霞もどこか楽しそうであった」

 

「ううん。鈴谷こそ、ありがとう。楽しかった。先生は……どうかな?」

 

「俺も楽しかったよ」

 

「そっか……。えへへ、そっかぁ」

 

最初こそは疑っていたが、それは鈴谷自身、どこか楽しめていないのがあったからなのだろうな。

今は純粋に楽しんでくれているからこそ、俺が楽しんでいることを実感できているのだろう。

 

「鈴谷、鳳翔さんに比べてまだまだだけど、もっと上手になるからさ、また先生に食べてほしいな」

 

「あぁ、楽しみにしている。その分、俺も稼がないとな」

 

「別に奢って貰う為にしてるんじゃないよ!?」

 

「そうか?」

 

「そうだし……。だって鈴谷、ただ先生と……」

 

鈴谷は閉口すると、足を止めた。

 

「どうした?」

 

「先生、鈴谷ね、花嫁修業してるじゃん」

 

「あ、あぁ……今のところ、料理を鳳翔から教わっているという以外、知らないけどな」

 

「料理以外はこれから頑張るつもり。でさ、先生、今奥さんいなくて、霞ちゃんもいて、それでいて仕事もしなくちゃいけなくて、大変じゃん? もし鈴谷がさ、なんでもできる様になったら、手伝えるじゃん? 助かるじゃん?」

 

「そうだな」

 

「でさ、鈴谷は先生と遊びたいし、一緒に居て楽しいと思えるじゃん? お互いにメリットがあって、文句ないじゃん? 霞ちゃんも、それでいいって言ってたじゃん?」

 

鈴谷は俯いたまま、「じゃん?」という語尾に強弱をつけながら、まるでクイズのヒントを出しているかのように、察しろとでも言うように、何かを待っていた。

 

「何が言いたい?」

 

「……ここまで言っても、分からないの?」

 

顔を上げたその瞳に、うっすらと涙が浮かんでいた。

それは悲しいとか悔しいとか、そういう涙ではなく、勇気を出した結果、溢れてしまったというような感じの、涙であった。

 

「す、鈴谷がっ……先生のお嫁さんになったらさ……いいんじゃないかって……い、言ってるんだけど……」

 

そう言うことか。

最上の時と違って、特に赤面することも無く、ただただ言うものだから気が付かなかった。

 

「俺にプロポーズしてるのか?」

 

「そ、そうじゃな……くはないかもだけど……。その……先生がそうしたいなら、そうしてもいいよって話で……。別に鈴谷は……鈴谷は……」

 

鈴谷は胸にあてた手をぎゅっと握った。

 

「鈴谷は……そうした方が良いんじゃないかって……思う……」

 

その握られた手の力が抜けた時、鈴谷はぽろぽろと涙を流した。

 

「何を泣いてるんだ」

 

「分からないよぉ……」

 

涙を拭いてやる。

白く、柔らかい頬に触れた時、若いなと思ってしまった。

 

「泣き虫な嫁は募集してないぜ」

 

「泣き虫じゃないし……。ただ……胸がきゅって……そしたら……泣いちゃって……」

 

分からなくもない。

愛美も俺に告白をした時、言い終えてから、涙していたしな。

 

「こんな事、初めて……。鈴谷……どうしちゃったんだろう……」

 

それが恋だとか、誰かを強く想う気持ちなのだと、鈴谷自身、気が付いていないのかもしれないな。

一緒に居たいだとか、友達以上でありたいと願うその気持ちが、こうして昇華することも珍しくは無い。

ましてや艦娘だ。

経験が浅い部分も多いだろうしな。

 

「その気持ちを別の誰かに持てた時、同じように泣いてやれ」

 

「先生は?」

 

「気持ちは嬉しいが、俺に嫁は必要ない。生涯、愛美だけだ」

 

「……そっか」

 

長い沈黙が続く。

それをかき消したのは、聞き覚えのある陽気な歌声であった。

 

「フフ~ン、歌詞が~分からない~。歌詞が~分からないよ~」

 

「あれ、もがみんじゃない?」

 

「本当だ……」

 

その横。

困った顔で最上に肩を抱かれている女。

そいつにも、見覚えがあった。

 

「あれ、先生に鈴谷だ!」

 

「最上、お前酔ってるな?」

 

「うん。鳳翔さんのところで飲んできたんだ。いやぁ、盛り上がっちゃって。ね、あきつ丸」

 

月明りに照らされた白い肌。

澄んだ瞳が、俺を見つめていた。

 

「あ……この前の……」

 

「あきつ丸……」

 

「え~? 何々? 知り合いだった? 先生、また艦娘捕まえたんだ……。浮気だよ!? っていうか、鈴谷とこんな時間まで何してたのさ!?」

 

突っかかる最上。

それを抑えようとする鈴谷に反し、あきつ丸は俺を見つめ続けていた。

吸い込まれそうな瞳。

 

「もう、もがみん酔い過ぎだよー」

 

「鈴谷! 先生と何してたのさ!?」

 

「え~? うーん……内緒! でも、先生がね?『鈴谷(の作ったご飯)、美味しいよ』って」

 

「えぇ!? 先生、鈴谷とヤったの!?」

 

「おい。下品なこと言うな」

 

「どうなのさー!?」

 

最上の奴、最上級の面倒くさいモードになっているな。

まだゲボ吐かれていた方が面倒がない。

いい感じに酔っぱらうと、いつもこうだからな……。

 

「最上殿、そのくらいにしておくであります」

 

「むぅ……」

 

「申し訳ございませんでした。ささ、最上殿、帰るでありますよ」

 

「うん……。先生、ちゃんと言い訳用意しててよね……」

 

まだまだ吠える最上を連れて、あきつ丸は最上の家の方へと消えていった。

 

「何だったんだ……」

 

「ね。って言うか、いつの間にあきつ丸と仲良くなったんだ」

 

「元々仲が良かったわけじゃないのか?」

 

「まぁね。あきつ丸って、陸軍の出だから、あまり海軍とは仲が良くないっていうか、同じ艦娘でも、関わることが少なかったからさ」

 

「そうなのか」

 

海軍以外にも艦娘がいたことの方が驚きだ。

 

「っていうか、もがみん凄い酔ってたね。先生が浮気してるんじゃないかーって。もがみん、絶対先生の事好きだよ」

 

「どうかな」

 

最上が俺に告白したことは知らないのか。

まあ、言わんよな。

 

「どうする? 鈴谷と浮気、しちゃう?」

 

「するかアホ」

 

「だよねー。でもさ、先生」

 

「なんだ?」

 

「鈴谷、先生の事は諦めないから。気が付いちゃったんだ。先生にお嫁さんが必要なんじゃなくて、鈴谷に先生が必要なんだって」

 

笑顔を見せる鈴谷に、俺は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

自分の気持ちにすら名前を付けられなかったような奴が、急に成長したように思えたからであった。

 

「鈴谷のご飯、美味しかったでしょ? 鈴谷は先生の事、なんでも知ってるんだから。だから……」

 

鈴谷は近づくと、耳元で囁いた。

 

「鈴谷みたいなのが食べごろだって思ってること、知ってるんだからね? 鈴谷、と~っても美味しい自信あるよ?」

 

俺は全身に鳥肌が立つのを感じ、鈴谷から離れた。

 

「アハハ! 先生焦り過ぎ~」

 

「馬鹿なこと言うな」

 

「めんごめんごー。でも、先生がその気なら、いつでも言ってね? 待ってるからー!」

 

そう言うと、鈴谷は駆け出した。

 

「あ、おい!」

 

「大丈夫、もう家近いからー。またね、先生!」

 

確かに近いようで、二三軒先のマンションへと消えていった。

 

「ったく……」

 

鈴谷の吐息の残っていそうな左耳に触れた。

 

「ったく……クソ……」

 

少しでも心をかき乱されたことに、俺は男として、情けなく思った。

そう、男として。

 

 

 

家に帰ると、霞が俺の部屋でアルバムを見ていた。

 

「お帰りなさい」

 

「ただいま。アルバムを見ていたのか?」

 

「うん。あんたと愛美のアルバムをね」

 

写真には、在りし日の俺が写っていた。

 

「夢に見た記憶ばかりだろ」

 

「そのはずなんだけど……」

 

「何かおかしい所でもあったのか?」

 

「うん……。写真を見ても、ピンとこないのよ。なんというか、この写真に写っている場所に行ったのは確かなんだけど、写真の風景に見覚えが無いのよね」

 

「見覚えが無い? 行ったのは確かなんだろ?」

 

「私の夢に見た風景と若干違うのよね……。ほら、この大きな銅像。私の夢に見たものと形が違うのよ」

 

「かなり印象深い銅像であったが、そんなことあるのか?」

 

「うーん……」

 

まあ、愛美の記憶を継承しているとはいえ、夢だしな。

愛美自身も記憶があいまいなところもあったであろうし、ピンとこないのもあるだろう。

しかし、やはり不思議なもんだ。

何故霞が継承後の記憶を持っているのだろうか。

まさか、死んだ愛美の魂が憑依した……とか?

 

「はぁ、やめやめ。何だか頭が痛くなってきちゃった」

 

「大丈夫か?」

 

「ずっと家で寝ていたし、そのせいもあるから心配しなくていいわ」

 

「そうか」

 

いずれにせよ、分からないことだらけであるし、あの大淀ですら分からないでいるのだ。

俺に分かるわけがない。

 

「そう言えば、あんた、鈴谷と最上から好かれているけど、結局どっちが好きなのよ?」

 

「俺は愛美一筋だ」

 

「そう。でも、愛美もそろそろ相手を見つけて欲しいと思っているんじゃないかしら? 私が思っているんだから、きっと愛美もそう思っているわよ」

 

「お前もそう思っているのか」

 

「愛美がそうしているのかもしれないけどね」

 

「しかしお前、さっき鈴谷が嫁にくるどうたらこうたら言っていた時、苛ついていなかったか?」

 

「それは……なんというか……。私にも良く分からないと言うか……」

 

良く分からない、か。

霞も愛美の魂があるとはいえ、一個人であることに変わりはないんだよな。

本人は否定するだろうが、愛美の意志とは別に、俺に対して思うところがあるのかもしれない。

それがいいものなのか悪いものなのかは置いとくとしても。

 

「そうか」

 

「っていうか、鈴谷が来てるなら言いなさいよね。あんなの見られちゃって……本当……恥ずかしいったら……」

 

「恥ずかしいならしなければよかったろうに」

 

「うるさい! そう出来ないのは知ってるでしょ! もう寝るわ! お休み!」

 

「歯磨いて寝ろよ」

 

「もう磨いてあるわよ!」

 

扉を思いっきり閉じると、わざとらしく足踏みをして、霞は部屋へと戻っていった。

 

「愛美の記憶……か」

 

携帯を見る。

あれから大淀とは会っていない。

電話も、俺の頭がおかしいと思われているという事を言われてから、入ってきてはいなかった。

 

「海軍が唯一の頼りなんだがな……」

 

大淀の方も忙しいし、この問題に注力している暇が無いのかもしれない。

 

「寝るか……」

 

携帯を置こうとしたとき、メッセージがアプリの通知音が鳴った。

鈴谷からのメッセージで、今日のお礼が書かれていた。

 

「えーっと、かきくけ「こ」……た「ち」……「ら」……」

 

未だにフリック入力とかいうのに馴れず、ガラケーと同じような入力をしてしまっている。

 

「こちらこそありがとう……っと」

 

送信すると、すぐにメッセージが入った。

打つの早いな。

そんなことで感心していると、一枚の写真が送られてきた。

使っていいよー……とのメッセージと共に。

 

「あのバカ……」

 

胸元を開けた写真だった。

間髪入れず、メッセージが入る。

 

『もっと過激なのが欲しい?』

 

『いるかばか』

 

『そうだよね。実際に見た方が早いしねー』

 

「えっち~」と呟いた謎のスタンプが送られてきて、俺は携帯を置いた。

 

「はぁ……」

 

最上と違って、鈴谷は何と言うか、そういう目で見てはいけない感じがしていた。

だからこそ、こうも積極的に来られると、男としては――。

 

「とんでもない奴に火がついてしまったな……」

 

開かれたままのアルバム。

その中に写っている愛美が、俺を見ていた。

 

「……違うからな?」

 

俺はアルバムをそっと閉じて、瞑想するが如く、心を落ち着かせてからベッドに入った。

 

 

 

翌朝。

まだ陽も登り切っていないような、そんな朝だった。

携帯電話がけたたましく鳴り響き、俺を起こした。

 

「なんだこんな時間から……。もしもし……?」

 

『先生、おはようございます』

 

「おはようってお前……何時だと思ってるんだ……?」

 

『すみません……。失礼かとは思ったのですが……。早めに知らせた方がよいと思いまして……』

 

「何かあったのか……?」

 

『えぇ、実は――』

 

それを聞いて、俺はベッドから飛び起きた。

 

「それは……本当なのか……?」

 

『おそらく……。確かに海軍に来る前の愛美さんは、何をしていたのか情報が無いのも事実です。隠蔽されていたのかもしれません……』

 

「マジか……」

 

あきつ丸のあの目が、思い起こされる。

 

『確かではないですが、可能性は高いです……。陸軍がもし、本当に海軍よりも先に艦娘の存在に気が付いていたのなら、そこに愛美さんがいたのなら――』

 

信じられなかった。

だが、あきつ丸のあの不思議な感じ。

初対面の俺に対し、あいつは確かに何かを感じ取っていた。

俺も、あいつに目を奪われたのも確かだ。

 

『情報が本当ならば、愛美さんは元陸軍の人間であり、あきつ丸さんは――』

 

あきつ丸――お前は――。

 

『――愛美さんの魂を継承している可能性があります』

 

――続く


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