遺船を漕ぐ   作:雨守学

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第6話

雨が傘を打つ。

あきつ丸の傘は新品なのか、綺麗に水を滑らせていた。

 

「あきつ丸……」

 

振り向いた俺を見て、あきつ丸は固まった。

 

「貴方は……」

 

俺の事を呼んでおいて、あきつ丸はまるで予想外であったかのような表情をしていた。

その様子を見て、俺の中で一つの仮説が立った。

あきつ丸はおそらく、「勉さん」という別の人物を呼んだのだ、と。

きっとそうだと思い、俺は肩に入っていた力をそっと抜いた。

 

「その様子だと、人違いだったみたいだな」

 

そう言ってやると、あきつ丸は返事をするわけでも無く、ただただ、俺の目をじっと見つめていた。

白い肌の中に突如と現れるその瞳の色に、俺も思わず見とれてしまっていた。

それはつまり、互いに目が合っていることであるのだが、俺はそんな事にすら気が付いていなかった。

思ってもいなかった。

それほどに、見とれていた。

自分の世界に入り込んでいた。

人で非ざる存在ではあるが、あえてこう表現したい。

とても人の目とは思えないほど、美しい瞳であると。

 

 

 

 

 

 

『遺船を漕ぐ』

 

 

 

 

 

 

海軍本部でのバカンスから数日。

俺は霞と共に、――動物園へ来ていた。

 

「どうだ、覚えているか?」

 

「いえ……。この動物も初めて見るわ……。でも、名前は知ってる。私が夢で見たものと違うけれど……」

 

「そうか……」

 

俺たちは今、霞と共に、俺と愛美との思い出の場所を巡っている。

というのも、アルバムの事もそうであったが、霞の記憶と実際の光景が違うことに気が付いたのだ。

あの時はたまたまであると思っていたが、最近になって、その事が際立って目立つようになっていた。

名称など、耳で聞くようなものに齟齬は無いのだが、目で見るものに関しては、夢で見たものと違うようであった。

 

「愛美の部屋は、夢で見た通りだったのだけれど……」

 

霞の持つ愛美の記憶や体験が確かなものであるからこそ、奇妙な事だと思える。

 

「にしても……」

 

遠くに目をやる。

 

「先生ー! こっちにサーバルキャットいるよー! 可愛いよー!」

 

叫んでいるのは最上で、隣で恥ずかしそうにしているのがあきつ丸だ。

 

「なんであいつらまで……」

 

二人を誘ってはいない。

霞と二人、もしくは大淀でも誘って記憶を辿ろうと思っていた矢先、何処で仕入れたのか、俺たちがここにいることを嗅ぎ付け、やって来たらしかった。

 

「先生ってばー!」

 

「うるせぇぞ最上。そっちはそっちで勝手にやってろ。アホ」

 

「アホって言ったー!? 聞こえたからねー!?」

 

「ったく……。悪いな霞」

 

「あんたは悪くないわよ。無視しましょう。無視」

 

「そうだな」

 

「あ、ねぇってばー!?」

 

 

 

最上たちとは距離を置いていたが、結局向こうから無理やりこっちに合流してきた。

 

「酷いや先生。ボクを置いて動物園なんてさ」

 

愛美の記憶をたどっていることは言っていない。

言う必要も無かったし、言ったら言ったで、協力するだとかなんだとか言ってくるだろうと思ったから、あえて言わないのもあった。

霞的には、静かに記憶をたどりたいだろうしな。

 

「はぁ……ったく……」

 

最上だけならまだしも……。

 

「…………」

 

あきつ丸は目が合うと、俯いてしまった。

結局あの日、俺が見つめ合っていることに気が付いたのと同時に、あきつ丸は「失礼します」と言葉を残して、足早に去って行ってしまった。

引っかかるものはあったものの、呼び止めるほどの事でも無かったので、今日まで接点を持つことはなかったのだが……。

 

「あんた、いくらこいつが好きだからって……ストーカーなんじゃないの?」

 

「失礼な! 先生はそういう積極的な女性、好きだもんね」

 

「どうかな」

 

「ほら、否定はしない」

 

最上は嬉しそうに笑うと、あきつ丸の背を押して、俺に向かせた。

 

「まあ冗談はさておき……実は、あきつ丸がどうしても先生を紹介してほしいって言うからさ」

 

「俺を?」

 

「うん。あきつ丸は凄いんだよ。先生の作品、ぜーんぶ読んでるんだ。しかも、なんと先生がイベントで出したことのある同人誌まで持っててさー。話には聞いていたけれど、まさか持ってる人が実在するとはね」

 

同人誌。

確かに学生の頃、作ったことはあるが……。

あれは全く売れなかったし、俺ですら取っておいてはいないのだが……。

 

「本当なのか?」

 

あきつ丸は小さく頷くと、鞄から一冊の本を取り出した。

いや、本というにはあまりにもお粗末な作りの、まるで修学旅行の冊子のような、薄く、どうしようもないものであった。

だがそれは確かに、俺の――いや、「俺たち」の作ったものであった。

 

「どこでこれを……」

 

「陸軍に居た時、頂いたもので……す……」

 

陸軍。

もしこれを持っている者がいるとすれば、それを作った仲間たちか、もしくは、数少ない購入者か。

いずれにせよ、陸軍に居るような奴が身内や購入者にはいなかったように思うが。

 

「先生のファンなんだよね? 酔っ払った時に会ったけど、まさかあきつ丸がそんなにファンだとは思ってなくてさー。ちゃんと説明できてなかったんだよねー」

 

ちゃんと説明できていなかった、か。

ちゃんとした説明をしたのがいつかは知らないが、あきつ丸が一度、あの雨の日に一度、俺と出会ったことを最上に説明していないのが引っかかった。

まるで、初めて会うかのような、そんな態度で臨んでいる。

 

「――という感じでさ、ボクの特権で先生に会わせてあげようと思って。ただ、特権とは言え、会社の力を使うのはいかがなものかということで、偶然を装って連れて来た訳さ」

 

「どういう訳だ……」

 

「あんた、絶対こいつに会いに来ただけでしょ……」

 

「どうかな」

 

俺の真似をすると、最上は嬉しそうに笑って見せた。

さっきから思っていたが、なんだか機嫌良いな、今日のこいつ。

 

「さて、後は若いお二人に任せて、ボク達は動物ふれあいコーナーにでも行こうか」

 

そう言うと、最上は霞の手を引いた。

 

「ちょ……放しなさいよ!」

 

「先生の同人誌、見たくない?」

 

最上がそう言うと、霞は大人しくふれあいコーナーへと向かっていった。

 

「行っちまったな」

 

「そうであ……ですね……」

 

「無理しなくていい。最上にするように話したらどうなんだ」

 

そう言ってやると、あきつ丸は少し驚いた後、肩の力を抜いた。

 

「では、お言葉に甘えさせていただくであります……」

 

緊張をほぐしてやったつもりであったが、あきつ丸から何か語り掛けてくるわけでも無く、沈黙が続いた。

聞きたいことは山ほどある。

だが、確証のないものばかりであったため、聞くのは失礼だと思い、俺も何も言えずにいた。

思えば、ほぼ初対面だ。

急に二人っきりにされて、何か話せという方が無理があるだろう。

共通の話題があれば……。

いや、あるか。

 

「俺の同人誌を持っていた奴って、どんな奴なんだ?」

 

「どんな奴……とは……」

 

「いや、あれを持っているのは限られるから、身内なのかと思ってな。ただ、陸軍にそんな奴いたかどうか……」

 

「自分も持ち主までは……。倉庫を掃除した時に出て来たものを頂いただけなので……」

 

「そうか……」

 

再び沈黙。

倉庫にあったもの、か。

何故陸軍の倉庫にあったのだろうか……。

 

「しかし、お前も物好きだな。俺の小説が好きだなんて」

 

そう言ってやると、あきつ丸は申し訳なさそうな表情を見せた。

 

「嘘であります……」

 

「え?」

 

「貴方の小説が好きだということ……嘘なのであります……」

 

俺がショックを受ける前に、あきつ丸は慌てて訂正した。

 

「い、いえ、決して小説が嫌いだとかそう言う意味ではなくて、好きな事は本当なのでありますが……なんというか……好きだから……ファンであるから貴方に会いたいと言ったのが嘘でありまして……。いや……うぅむ……どう説明したら良いものか……」

 

悩むあきつ丸。

だが、何を言いたいのか、俺には何となく伝わっていた。

 

「つまるところ、俺に会う口実にしたという訳だろう。最上を騙して」

 

「騙す……。いえ、そうでありますな……。騙してしまいました……。貴方に会う口実に、たまたま持っていたこの本を使ってしまったのであります……。申し訳ない……」

 

たまたま持っていた、か。

 

「そこまでして、俺に会おうとしたのは何故だ?」

 

あきつ丸は何か話そうとした後、躊躇い、閉口してしまった。

 

「話しにくい事なのか」

 

「いえ……というよりも、信じていただけるかどうか……」

 

普通は信じられないもの。

 

「「夢」の事か?」

 

あきつ丸は先ほど以上に驚いた表情を見せた。

 

「――そうなんだな」

 

「何故……それを……」

 

「実は――」

 

確証を持てたからこそ、何もかも包み隠さず、あきつ丸に話した。

継承の夢の事、霞の事、愛美の事――愛美のところであきつ丸が反応を見せたため、あきつ丸にかかっている疑惑の事も話した。

 

「――以上だ。お前が俺に会おうとしたのも、それが関係しているのではないか?」

 

「そう……かもしれません……。自分が貴方に会おうと思ったのは、夢が原因なので……」

 

「どんな……夢なんだ……?」

 

「貴方と夫婦でいる夢であります……。最初こそは、誰の夢なのか、一緒に居るのが誰なのか分からず、不思議な夢を見るものだなと思っていただけでありました……。しかし、貴方をお見かけしたあの日から、ぼんやりとではありますが、一緒に居る人の顔が見えて来たのであります……」

 

霞と同じだ。

霞も、俺を見たその日から、俺を夢に見るようになったと聞く。

 

「ある日、その人が「雨野勉」という名前であることが夢で分かって、その名に聞き覚えがあって、この同人誌を引っ張って来たのであります。夢の中の人は実在するかもしれない……。不思議な事でありますが、そう思いました。そして、貴方の事を調べました。小説家であることはすぐに分かりました……」

 

「最上が酔っ払った時に会っただろう。気が付かなかったのか?」

 

「似ている……とは思いました。しかし、夢の中ではぼんやりとであったので……確証はなかったのであります……。先生と呼ばれている貴方が、雨野勉であることは、まだ知りませんでしたし……」

 

確かにあの時、あきつ丸は俺の目をじっと見つめていた。

あれはそういう意味だったのか。

 

「雨の降ったあの日、貴方の後ろ姿に「雨野勉」を見ました……。自分は思わず、夢と同じように名前を呼んでしまいました。しかし、貴方は振り向いた。そして、その顔をみた瞬間、貴方が「雨野勉」であることを、直感したのであります……」

 

「それを確かめるために、俺に会いに来たのか……?」

 

「小説家であるのなら、最上殿が知っているかと思いまして……。聞くと、担当であるとの事でしたので……」

 

そこで知った、という訳か。

 

「最上には話していないのか」

 

「話して信じてもらう自信が無かったのであります……。それに、最上殿は貴方に好意を抱いているようですし……。自分が貴方と夢で夫婦であったから、気になるから会ってみたいだなんて、言えません……」

 

確かにな。

何も知らずに聞いただけでは、変に思われそうな内容ではあるし。

それにしても、最上はあきつ丸に霞の事を話していなかったのか。

酔った勢いで言いそうなものだが、そこはしっかりしているのだな。

 

「…………」

 

話の区切りがついたのか、あきつ丸は黙ってしまった。

だが、本題はここからだ。

 

「お前、継承の艦娘なのか……?」

 

あきつ丸は一点を見つめたままで、答えることはしなかった。

 

「愛美の事を知っているな……?」

 

同じく、答えない。

 

「あきつ丸……」

 

あきつ丸は立ち上がると、遠くから歩いて来る最上たちに手を振りながら、俺にしか聞こえないような声で言った。

 

「いずれお話いたします。今はまだ、その時ではないのであります」

 

あきつ丸の目が、俺を見つめる。

そして、微笑んで見せると、まるでそれが今応えられる精一杯の答えであるとでも言うようにして、小さく言った。

 

「その時まで、待っててほしいの。「まーちゃん」からのお願い」

 

まーちゃん。

「つーくん」に対して、愛美自身が勝手に名乗っている、おねだりの時に出る、一人称であった。

 

 

 

その後は四人で園内を回ったが、あきつ丸は以前と同じように、俺の前では少し恥ずかしそうにしているのみであった。

あれが演技であるのだとしたら、相当な役者だと思うほどに、違和感も何もなかった。

だが、少し変わったことがある。

それは――。

 

「霞殿は勉さんのどの小説が好きなのでありますか?」

 

「『銀座のマー坊』かしら」

 

「あれは勉さんの自信作でありますからな。同人誌にその原型である『トウケイ都物語』という作品がありまして――。後でお貸しいたします」

 

「本当? だったら、私もこいつの落書きを持っているから、交換しましょう?」

 

「落書きでありますか? 興味あるのであります」

 

霞とあきつ丸が、いつの間にか意気投合していた。

俺の小説が好きであるという共通点がそうさせたのか、はたまた愛美の魂がそうさせているのかは分からないが、とにかく急接近であった。

 

「二人とも仲良くなって良かったね。ボクたちも負けてられないよ」

 

そう言うと、最上は俺の腕に引っ付いた。

 

「おい」

 

「いいじゃないか。キスした仲だし。あれから冷静になって考えたんだけど、ボクと先生、とんでもないことしたよねって。一線を越えたって感じかな?」

 

あぁ、だから今日、こんなに機嫌がいいのか。

 

「キスしたくらいで恋人気取りか? おめでたい奴だな」

 

「な……!? 女の子にとってキスは重要な事なんだよ!? それも、一回目と違って、あんな濃厚な……」

 

そこまで言って、最上は顔を真っ赤に染めた。

 

「初心だな」

 

「先生にだってそういう時期があったでしょ……。というか、愛美さんが最初で最後の人なのに、経験豊富なプロ気取りなのもどうかと思うけれど……」

 

「まあ、それもそうだな」

 

「ほら。それってどうなのさ? 童貞捨てたての男が粋がっているようで、何だかなぁ」

 

「キスくらいで舞い上がっている奴に言われたくはないな」

 

「じゃあいいよ。次の段階行くかい? ボクは構わないけど?」

 

「次ってお前……」

 

その時、遠くの方で若者の笑い声が聞こえた。

見ると、サイが交尾をしていて、その様子に若者が盛り上がっているようであった。

 

「ああいう事か?」

 

「間違ってはいないけど……。むぅ、もういいよ……。なにさ……。嬉しかったのに……」

 

拗ねる最上。

放っておこうかと思ったが、あまりにも悲しそうな顔をするものだから、俺は思わず笑ってしまった。

 

「なにさ……」

 

「悪い。そんなに落ち込むことないだろうと思ってな」

 

「だって……先生がボクの気持ちを受け入れてくれたって思ったら、嬉しくなっちゃってさ……。なのに、先生はそんな事無かったって言うか、ボクじゃなくてもそうしたみたいな態度だし……」

 

「お前だからこそ、そうしたんだけどな。感謝してるし」

 

「……そこはもうちょっと揶揄うとかさ」

 

「揶揄ったら揶揄ったで、落ち込むだろ。未だにどうすりゃ正解なのか、俺には分からん。プロじゃないし」

 

「最後の一言みたいにさ、嫌味みたいなこと言っちゃうから、ボクが落ち込むんじゃなくて?」

 

「そうかもな」

 

最上は頬を膨らますと、再び拗ねてしまった。

尤も、今度は悲しいというよりも、怒っているようであるが。

 

「ん、霞とあきつ丸は同人誌に夢中だな。最上、俺はホワイトタイガー見たりして回ってくるが、お前も一緒に回るか?」

 

最上は俺を一瞥した。

白けたその目が、差し伸べられた俺の手を見て、少し不満そうな目に変わった。

 

「……うん」

 

そして、不貞腐れた子供のような返事の後、絡めるようにして、手を握った。

 

「しっかり握るもんだな」

 

「恋人つなぎって言うんだよ。覚えておいたら?」

 

「そうか。俺からも教えたいことがあったのだが、なんだったっけか。何とかヒロインって奴……。お前のような奴の事を言うのだが……。あぁそうだ。チョロインだ」

 

「そういうのが余計だって言うんだよ」

 

そう言うと、最上はより一層手を強く握り、嫌がらせするように引っ付いて見せた。

 

 

 

結局、ただ単に動物園を楽しむだけになってしまった。

最上とあきつ丸は車で来ているようで、帰るのに便乗させてもらおうかと思ったが、どうやらスポーツカーらしく、乗ることが出来ないとのことであった。

 

「じゃあボクたちはここで。またね、先生」

 

「おう」

 

「勉さん、霞殿、今日はありがとうございました」

 

「こちらこそ、霞の面倒見てくれてありがとな」

 

「あきつ丸、今度は家に来なさいよ。約束通り、こいつの落書き見せてあげるから」

 

それを聞いて、あきつ丸は俺をチラリと見た。

 

「俺は構わないぜ」

 

そう言ってやると、ホッとした様子で微笑んで見せた。

 

「では、お言葉に甘えさせていただくのであります。お伺いさせていただく時の連絡は……」

 

「こいつの携帯電話に掛けたらいいわ。ほら、ボケっとしてないで連絡先交換しなさいよ」

 

「あ、あぁ……」

 

あきつ丸と連絡先を交換する。

ただでさえ登録者の少ない連絡帳に、艦娘の名前ばかり登録されてゆく。

本当、不思議なもんだ。

 

「ありがとうございます。また連絡致します。では、今日はここで失礼いたします」

 

霞は珍しく、あきつ丸に手を振り、送った。

 

「俺たちも帰るか」

 

 

 

帰りの電車内で、霞はこれでもかってくらいに、俺に話しかけた。

 

「――でね、同人誌を正史とするならば、マー坊が言っていたあの言葉の意味が、ちゃんと繋がるのよ。描写の中では分からないみたいな感じだったのだけれど、やっぱり主人公の事が好きだったってことよね」

 

「あぁ、それは……」

「言わないで! あんたが言っちゃったらそうなるから! 考察するのが楽しいのであって、答えはいらないわ!」

 

霞の奴、珍しく興奮しているな。

興味のある話題の時だけ、早口になる奴みたいだ。

こっちはあきつ丸の謎だったり、最上の相手だったり、霞の記憶祖語だったりでぐったりしているのに。

だが……。

 

「それで?」

 

「ここからが面白いのよ。私はね、ずっとタイターが――って思っていたのだけれど、あきつ丸はね?」

 

霞が楽しそうで、何だか嬉しい気持ちになる。

俺と居る時ですら、こんな笑顔を見せることは少なく思える。

良き友人が出来たと言えば聞こえはいいが――。

 

『いずれお話いたします。今はまだ、その時ではないのであります』

 

その時とは、一体いつなのだろうか。

何故今、それを言うことが出来ないのであろうか。

霞と仲良くなることはいい事なのだろうが、それが何だか、俺を追い詰めてきているように思えて、少し怖くなった。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

 

「ん、あぁ……すまない……」

 

「でね?」

 

 

 

夕飯を作る気力もなく、少し癒しが欲しくなった俺は、久々に鳳翔の店を訪れた。

 

「あら先生、丁度いいところに」

 

「あっ!」

 

客のいない時間帯を選んだつもりが、一人だけ、中学生だか高校生くらいだかの女の子が座っていた。

 

「あ、きょ、今日はもう帰ります! こここ、これ! おつりはいりませんから! では!」

 

そいつはお金を置くと、逃げるようにして去って行ってしまった。

 

「まずかったか?」

 

「いえ、どうしちゃったのでしょう……。ちょうど、先生のお話をしていたところなんですよ。ファンで、先生がここに通っているのを聞いて、私から話を聞きたくて来たと……」

 

俺のファン……か。

 

「一応聞いておくが、そいつは艦娘か?」

 

「良く分かりましたね。艦娘の青葉さんですよ」

 

やはりそうか。

もはや俺の小説を読んでいるのは艦娘しかいないのではなかろうか。

しかし、青葉か……。

どこかで聞いた名だが……。

 

「あぁ、そうか。思い出した。大淀のところで情報を集めているっていう……」

 

確か、あきつ丸が愛美と関係している可能性があると突き止めた奴だったか。

 

「青葉さん、本当に先生が来たものだから、びっくりしちゃったのかもしれませんね」

 

「そりゃ悪いことしたな……。今度来たら、俺のつけで何か奢ってやってくれないか?」

 

「フフ、分かりました」

 

席に座ると、鳳翔はおしぼりと卵焼きを出してくれた。

 

「頼んでないぜ」

 

「サービスです。青葉さんが注文していたのですけど、帰ってしまったので」

 

「俺はだし巻き卵派だぜ」

 

「知っています。青葉さんもそうなんですって」

 

「なら、気が合うな」

 

おしぼりで手を拭き、いつものセットを頼んだ。

 

「改めて……先生、お久しぶりです」

 

鳳翔なりの嫌味だ。

 

「悪かったな。来れなくて」

 

「今日はお一人ですか?」

 

「あぁ。霞の奴、帰って早々小説を読み直すって聞かなくてな。置いてきたんだ」

 

「霞ちゃん、先生の小説、本当に好きなんですね。でも、読み直すって、何かきっかけでもあったのですか?」

 

「あぁ、それがな――」

 

今日あったことを、全て鳳翔に話した。

鳳翔は最上と違い、事情を全て知っている。

口の堅い奴であるから、大淀も話しているようであるし、大体の事は知ってくれていた。

 

「じゃあ――という事ですか?」

 

「そうなんだ。それで――」

 

しかしまあ、本当に聞き上手というか、話していて苦が無い。

一人で抱え込もうと思っていた事も、鳳翔の手にかかれば、全て吐き出してしまう。

いつもは聞き役であるから、話を聞いてくれる存在ってのは大事だ。

他には大淀くらいしかいないし、酒を飲みながら気楽に話せるこの場所は、本当に貴重だった。

 

「なるほど、だからここに来たのですね」

 

「癒されに来たんだ」

 

「こういう時にしか来てくれないだなんて、拗ねちゃいますよ?」

 

「悪かったって」

 

何度も行こうとは思っていた。

しかし、霞はあまりここが好きではないようであったし、控えていたのだ。

そんなことを鳳翔には言えないし、俺は罪を背負うことにした。

 

「なんて……。本当は霞ちゃんの為なのでしょう?」

 

「え?」

 

「この前の様子で、なんとなく分かりました。私のようなお節介は、あまり好きじゃないみたいですね」

 

なるほど。

鳳翔の方が、役者が上だったようだ。

 

「霞は別に、お前を嫌っているわけじゃない。ただ、社交的になれない自分に嫌気がさして、避けてしまってるんだ」

 

「分かっています。だから、今はただ待とうと思います。私が受け入れようとするんじゃなくて、霞ちゃんから私を受け入れてもらえるように」

 

「悪いな……」

 

「いえ。でも、先生が来なくて寂しかったのは、本当なんですよ?」

 

そう言うと、鳳翔は冷酒を持って、両手で掲げた。

 

「付き合ってくれますよね?」

 

「いいのか? 飲んでしまって」

 

「今日はもう先生でおしまいです。なんなら、暖簾を仕舞ってきましょうか?」

 

そう言い、悪戯に笑う。

鳳翔から子供っぽい笑顔が零れると、俺はどうも弱っていけなかった。

 

「店の酒、全部飲んでやるよ」

 

「それは大淀さんがやってくれるそうですよ。お酒の強い大淀さんが」

 

「参ったぜ全く」

 

だが、悪くない。

むしろ心地よいくらいだ。

 

 

 

酔いも回り切り、互いに心地よくなる頃、鳳翔はカウンターを離れて、隣に座っていた。

 

「たまにはこっちに来たくなる時もあります。癒してばかりでは、私も疲れてしまいますし……」

 

そう言って、伏せる鳳翔。

酔うと弱気になる癖があるのは前々から気が付いてはいたが、今日はかなりキているな。

 

「お疲れさんだな」

 

「お店を持つことが夢ではあったのですけれど、どうも私は、女なんだなと思うことがあるんです」

 

「皆がお前に相談するから、か?」

 

「そうなんですよ……。別に私、恋愛なんてしたことないのに……。殿方と手を繋いだのだって、まだ……」

 

そこまで言って、鳳翔は顔を伏せた。

ほんのりと赤く染まった小さな耳が、全てを物語っている。

 

「恋愛か……。最近、そんな話ばかり聞くように思う」

 

「先生が聞いていると言うことは、私も聞いているという事なんですよ?」

 

「最上と鈴谷だろ。あの二人は隠さないからすごいよな」

 

「私がそう仕向けたんですよ。積極的な方が先生は喜ぶ作戦です」

 

「いい作戦だな。それを考えた奴は、俺の事を良く知っている」

 

「お得意様らしいですよ。その人の」

 

鳳翔は顔をあげると、ため息交じりに言った。

 

「私も恋愛と言うものを知ってみたいものです」

 

「お前からそんな言葉が出るとはな」

 

「どういう意味ですか? それ……」

 

子供のように、頬を膨らませる鳳翔。

多分、怒り方をよく知らないのだろうな。

 

「どういう意味でもないさ。ただ、お前の場合、知りに行くよりも、勝手に知りそうなもんだと思ってな」

 

ますます分からないというような顔の鳳翔。

 

「いい女だから、すぐに言い寄られるだろうって事だよ」

 

そう言ってやると、鳳翔は赤面するわけでも無く、平生のまま、小さく返した。

 

「でも、先生に言い寄られたことないです……」

 

「え?」

 

「え? あ……」

 

時間にして、数秒の沈黙。

俺たちはお互いに目をぱちくりしながら、見つめ合っていた。

 

「……それも作戦の内か?」

 

その意味に、その深い方の意味に鳳翔は気が付いたのか、はたまた単純に恥ずかしかったのか、今日一番の赤面をそこで見せてくれた。

 

 

 

鳳翔が色んな意味で限界になったので、会計を済ませ、そそくさと店を出た。

 

「暑い……」

 

それは、今日が熱帯夜だからという訳ではなく、俺も鳳翔と同じで、限界であったからだった。

 

「俺って、マジで押しに弱いのかもな……」

 

最上の「童貞捨てて粋がっている」感というのは、案外間違っていないのかもしれない。

その内、コロッと心変わりして、誰かの手に落ちてしまいそうだ。

いや、或いはもう――。

 

 

 

「ただいま」

 

帰ると、霞は自室のベッドで眠っていた。

ただ、散乱している小説を見る限り、寝落ちしたらしい。

 

「しょうがないな」

 

本を片付け、ベッドにしっかりと寝かせてやった。

 

「夢中になってくれてんのは嬉しいが、風邪とか引かれたらと思うと、ヒヤヒヤするぜ」

 

眠っている霞をみて、俺は急に愛おしく感じた。

俺と愛美の間に子供はいなかったが、居たらきっと、こんな気持ちになるのかな。

 

「鳳翔と変な感じになって、意識しちまってるのかな……」

 

今日は色んな事があったのにも関わらず、最後の最後で鳳翔に全て上書きされたように思う。

あきつ丸の件があったのにも関わらずだ。

 

「…………」

 

そう言う意味で言えば、さきほどの鳳翔の事もそうだが、俺の中で愛美に対しての気持ちというのが、薄れて行ってしまっているのかもしれない。

愛美を好きな気持ちはまだ健在であると思ってはいる。

それでも、死を決意したあの時や、最上に言い寄られた時に断れたあの時と違い、気持ちは揺らぎつつある。

 

「愛美……」

 

愛美を愛している。

だが、このままでいいのかと思うこともある。

いつまでも愛美を追い続けても、いくら魂を持っている存在がいたとしても、愛美は帰っては来ないのだ。

 

「本当の決別の為には、やっぱり……それに代わる存在が必要なのかな……」

 

ベッドに伏せ、霞の寝顔を眺めた。

 

「俺はどうすりゃいいかな……愛美……」

 

誰かが答えてくれるはずもなく、俺はそのまま目を瞑り、眠ってしまった。

 

 

 

その日、俺は夢を見た。

それは、学生の頃の記憶であった。

同人誌を制作した仲間たちと、打ち上げをしているところであった。

 

「全然売れなかったな」

 

誰かが言う。

声に覚えはあるが、誰だったか、顔すら覚えていない。

 

「そういや雨野、お前の小説、佐々木先輩が凄い批判してたぜ」

 

佐々木先輩。

そういえば、そんなOB居たっけ。

 

「俺もそれ聞いた。雨野の小説で全体のバランスが崩れてるって。まあ、確かに、ちょっと異質だもんな。今回のテーマ「恋愛小説」ってのには、ちょっと無理があったと言うか、お前の世界観が出過ぎててなぁ」

 

実際にそういう批判があったか、今では思い出せない。

ただ、評判が良くなかったのは事実であった。

 

「あの……」

 

俺を呼ぶ誰か。

女の声であるが、とても小さく、オドオドとしている。

 

「私は……好きです……。この作品……」

 

「――。そうか、お前は優しいな」

 

名前をはっきりと思い出せない。

顔も、ぼんやりとしている。

だが確かに、俺はこいつを知っている。

後輩で、消極的な奴で、いつもオドオドしていて……。

いつだったか、俺の夢をそいつに話したこともあった。

 

「小説家になりたいんだ。評判は良くないけれど、俺は俺の小説を書きたいと思っている。誰のものでもない、俺の小説だ。」

 

「カッコいいです……。もしデビューしたら、私がファン一号を名乗ってもいいですか?」

 

「もちろんだ。お前だけだもんな。俺の小説をよく言ってくれるのは」

 

「そんなことは……。きっと、ここには居ないだけで、世界にはもっと居るはずです」

 

「だといいな。その為には、もっともっと書かなきゃな。いつか、お前が俺のファン一号であることを誇れるくらいの小説家になってやる。約束だ」

 

小指を差し出し、古典的な約束をするものだと、自分でも笑ってしまったのをよく覚えている。

 

「はい、約束です」

 

小指を絡めると、そいつは微笑み、そして、俺の名を呼んだ。

 

「勉さん」

 

 

 

翌朝になると、そんな夢も「懐かしい夢を見た気がする」程度に忘れていた。

 

「あんたの小説、昨日で半分くらい読み返しちゃったわ」

 

「その結果、寝落ちしてたけどな。俺に徹夜するなとか言っておいて、お前もそう言う傾向あるぜ」

 

「別に私は丈夫だし」

 

「それでも心配だ」

 

そう言ってやると、霞は何やら小さくなった。

 

「心配してくれるのね……」

 

「そりゃな。朝食の準備をするから、お前はテレビでも見てろよ」

 

「私も手伝うわ」

 

「そうか? じゃあ、卵かき混ぜてくれないか? 卵焼きにする」

 

「分かった」

 

素直に従う霞。

そういや最近の霞、やけに話しかけてくれるようになったな。

手伝いも積極的にするようになったし。

あきつ丸ともああして交流できていたところを見ると、結構成長したのかもしれないな。

 

「ねぇ、聞いていい?」

 

卵をかき混ぜながら、霞は聞いた。

 

「ん、なんだ?」

 

「あんたにとっての私ってさ、どういう存在なわけ?」

 

「どういう存在?」

 

「なんか、あるでしょ。友達とか、そういうの……」

 

「友達であって欲しいのか?」

 

「そうは言ってないでしょ。ただ……気になって……」

 

どういう存在、か。

それを考える以前に、俺は霞が何故そんなことを聞いてくるのか気になっていた。

今まで俺という存在は、愛美の代わりであり、霞が独立できるまでのお世話係みたいなものだと思われていただろうから、俺にとっての霞という存在に、特別名前を付けてこなかった。

霞にとっての俺であり、俺にとっての霞は無くて良いはずであった。

 

「何故そんな事を聞くんだ?」

 

「別に……気になっただけっていってるでしょ……」

 

ここでなんて答えるのが正解なのか、俺は考えた。

その正解の先に、霞は何かを求めている。

 

「逆にお前はどう思っているんだ?」

 

「私はいいの。あんたの答えを聞きたい」

 

そう言うと、霞は溶いた卵を置き、俺をじっと見つめた。

真剣な目であった。

 

「あんたは私に愛美を見ている。でも、私は愛美じゃないし、本当にそうなのか、最近では怪しくなってすらいる……」

 

それを聞いて、何となくではあるが、霞が何を言わんとしているのか分かった。

 

「もし……もし私の中に愛美がいなかったら……勘違いや間違いであったのなら……あんたは私を……霞という存在を……どう受け止めてくれるの……?」

 

それは単なる疑問ではなかった。

それは救いを求める声であった。

 

「……そういや最近、俺はずっと、お前に愛美の記憶がはっきりと存在しているのか、確かめるような事ばかりしてたな」

 

霞は俯き、視線を逸らした。

 

「何故お前がそんなことを言うのか、何となくではあるが、分かるよ。だからこそ謝りたい。ごめんな」

 

「……あんたが私の事、心配してくれたでしょ? それで思ったのよ……。心配しているのは、私なのか、それとも、愛美なのかって……」

 

「無論、お前だ」

 

「うん……分かってる……。でも……」

 

その続きは言わなかった。

 

「霞」

 

目線を合わせ、手を取った。

 

「まさかお前がそんな風に思っているなんて、知らなかった。そうだよな。お前はお前だって、俺はずっと言われてきたもんな」

 

「うん……」

 

「俺にとってお前は、かけがえのない存在だよ。愛美抜きにしても、俺はお前を愛おしく思っている。こう言っちゃ、お前は怒るかもしれないが、俺はお前を自分の子供のように思っている。それが正直な、俺がお前に思っていることだ」

 

「それってつまり、どういうことなのよ……?」

 

つまりどういう事。

つまりってなんだ?

それより先があると言うのか?

 

「それに名前を付けると、どうなるっていうのよ……?」

 

そう言われて、俺は初めて気が付いた。

だが、信じられず、思わず聞いてしまった。

 

「お前、俺に家族だって言ってほしいのか?」

 

そうは言っていない、と言いたげに、視線を逸らす霞。

珍しく顔を赤面させ、握られた手をぎゅっと握り返した。

 

「そうか……。いや、むしろ、俺が家族でいいのかって、思ってしまったよ」

 

「別に……勝手にすればいいとおもうけど……」

 

「恥ずかしがるくらいなら、いっそ下手な誘導なんかせず、ストレートにそう言ってほしいと、言えば良かろうに」

 

「あんたが鈍感過ぎて、もっと早くに察してくれれば良かったのよ……」

 

「それもそうだな。悪い」

 

静かな時が流れる。

 

「霞」

 

呼びかけると、霞はゆっくりと視線を合わせてくれた。

 

「『これからも』俺にとっての家族であってくれるか?」

 

霞は答えることをせず、そっと俺を抱きしめた。

 

「霞……」

 

「やっと私を見てくれた……」

 

「俺はずっと、お前を見ていたよ。それをしっかりと伝えられなかったな。悪い」

 

優しく抱きしめてやる。

話しかけてくれるようになったのも、手伝いをしてくれるようになったのも、全ては俺との距離を縮めようと頑張ってくれた証拠だったんだな。

気が付いてやれなかった。

霞の事を理解しているつもりであったが、それはあくまでも、俺の知っている「愛美の魂を持った霞」であって、霞自身ではなかったのだ。

 

「…………」

 

愛美。

俺はお前を愛している。

だが、それ以上に、俺は霞という存在を愛さなければならない。

今までずっと、お前の影を追い続けて来た。

けど、本当の本当に、俺はお前と決別しなければいけない。

霞の為に生きたいと思ったのだ。

家族の為に生きたいと思ったのだ。

 

「霞、俺は決意したよ。もう、愛美の影は追わない」

 

「え?」

 

「これからは、お前と共に生きて行く。お前をお前自身として……一人の家族として受け入れるためにな」

 

霞がそれをどう受け取ったのかは分からない。

ただ、小さく「うん」と言ったのみであった。

 

 

 

そんな決意をした後、俺は頭を悩ませていた。

愛美の影を追わないということは、忘れることと同意なのかもしれない。

つまるところ、今まで浮気になるだなんだと言って自制していたが、それがなくなるという事。

愛美を愛しているからだとか、そう言った理由は使えなくなる。

好きか嫌いか、それが全てになるのだ。

ならば、それを判断すればよいのでは? と思うだろう。

俺も思う。

だからこそ、悩んでいる。

 

「うぅむ……」

 

つまるところ、俺は好きなのだ。

最上も、鈴谷も、あろうことか大淀や鳳翔の事も。

最低だが、愛美が居るからドライでいれたのであって、男としては、粋った野郎以前に、初心な男ですらあるのかもしれないのだ。

それは鳳翔の押しに動揺しているのを見れば納得いくであろうと思う。

もし今、少しでも強いアプローチがあったのなら、俺は何を支えに耐え忍べばよいのか。

そもそも、そんな必要があるのだろうか。

 

「何を考えているのだ俺は……」

 

なんだか情けなくなってくる。

愛美がいなくなった途端、駄目になってしまうのはいかがなものか。

 

「心を強く持て勉……。乗り越えるんだ……」

 

そんなことで心持を強くしようとした矢先、鈴谷からメッセージが届いた。

 

『先生、もがみんとデートしたってマ?』

 

『次は鈴谷とデートしてもらうからね!』

 

「デート……」

 

途端に、今までしてきた最上との数々が恥ずかしく感じられた。

キスくらいで~みたいなこと言っていたが、今からすると、本当、とんでもないことしてたんだなと思う。

 

「いつものように振る舞う自信すら無くなって来たぜ……」

 

いつもなら『今度な』と気軽に返信したものだが、何だかどう思われるのか考えてしまって、しばらく返信ができなかった。

 

――続く

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