「夢を見るの」
愛美は唐突に、そう言った。
「夢? どんな夢?」
「戦う夢。私は船で、たくさんの飛行機が飛んでて、撃ったり撃たれたり……。あれはきっと戦争なんだわ」
「誰と誰が戦争しているんだ?」
「分からない。人間同士ではあるのだけれど……。面白いのはね、その船に、私が乗っているのよ」
「愛美が? 変な夢だね」
「私に乗る私がね、たくさんお話してくれるの。勉さんの話よ。私はその私が好きだったし、その私も私の事が好きだったみたい」
「俺はそのどっちを愛していたのだろうね」
「私に乗る私でしょ? だって、私は船なんだもの」
「そんな筈はない。夢とは言え、心外だ」
俺が拗ねる真似をして見せると、愛美はとても嬉しそうに笑った。
「ふふ、ごめんなさい。でも、とっても不思議な夢でね? この前なんか、私に乗る私から聞いた勉さんの事が、正夢だったことがあるの」
「例えば?」
「例えば……この前貰って来たって言うキャンプの……ふふっ、いえ、やっぱりやめておきましょう」
「なんだよそれ。気になるじゃないか」
「ふふ、言ってもいいけれど、勉さんの弱みを握ったのだと思って、まだ言わないでおくわ」
「そんなの握ってどうするんだ?」
「いざという時に使わせてもらうわ。我が儘を通すときとか」
「いつも言っているし、叶えてやっているだろう」
「そうでした。ウフフ、もうこの話は終わりにしましょう。ね、つーくん」
「だからお前、その呼び方は……。ったく、都合のいい時だけ……参ったぜ」
嬉しそうに笑う愛美。
こんな小さな日常も、その時の俺にはとても、大切に思えていた。
『遺船を漕ぐ』
「ん……」
目を覚ますと、そこには顔があった。
「うぉ……!?」
驚き、寝ぼけ眼を擦ってみると、その顔の正体が分かった。
「あきつ丸……?」
あきつ丸はニコリと笑うと、カーテンを開けて、朝日を部屋に取り込んだ。
ふと時計を見ると、早朝も早朝、朝の七時であった。
「お前、なんで俺の部屋に……」
「霞殿に起こすよう言われてきたのであります」
「その霞はどこに?」
「朝食の準備をするため、台所に。なんでも、鳳翔殿に料理を教わったので、振る舞うとのことであります」
なるほど、それであきつ丸も呼ばれたという訳か。
「分かった。着替えるから、部屋を出てくれないか?」
そう言って立ち上がっても、あきつ丸は動かないでいた。
「その前に、一つだけお尋ねしたいことがあります」
「なんだ?」
「自分を避けているのは……何故でありますか……?」
その目は、俺を責めるというよりも、悲しみに暮れていた。
「避けているつもりはないがな」
「嘘であります……。ここ最近、ずっと会えない日が続いているのは、避けているからでありましょう……?」
俺が答えないでいると、あきつ丸は続けた。
「愛美さんの事、忘れようとしていると聞きました……。自分はその為に……避けられているのでしょうか……?」
「…………」
「だとしたら――」
「――何の関係がある?」
「え?」
俺は厳しい目を、あきつ丸に向けた。
「確かに俺は愛美を忘れようとしている。だが、それがお前と何の関係があると言うんだ?」
「それは……」
あきつ丸は閉口した。
「言えないよな。何故かは知らないが、お前は愛美や継承の艦娘の事について話せないようだ。その辺りの確認が取れない以上、お前と愛美は何の関係もないと言える。違うか?」
あきつ丸を避け続けても、いずれはこうなることは分かっていた。
だからこそ、あきつ丸を真の意味で避けるには、愛美の記憶そのものを否定せざるを得なかったのだ。
あきつ丸が真実を言えない以上、それは成立するのであった。
「避けていると思うのは勝手だ。だがな、元々俺は、お前と仲良しこよしするつもりはないんだ。俺のファンであることは嬉しく思う。ただ、それだけで、それ以上はない。これだけははっきりさせておこう」
あきつ丸は何か言いたげであったが、それ以上は言わなかった。
「霞と仲良くしてくれて感謝している。これからも仲良くしてくれると嬉しい。だがそこに、俺はいなくていい」
「…………」
「着替えたいんだ。出て行ってくれるか」
背を向け、あきつ丸が去るのを待った。
その間、俺はとても気分が悪かった。
自分のエゴで、あきつ丸を傷つけてしまった。
愛美を忘れようとしている俺に反し、記憶を強めるあきつ丸を――機密を知ることの出来ない苛立ちを――それらすべてをぶつけてしまった。
あきつ丸は何も悪くない。
ただ、一友人として関係を案じてくれただけなのだ。
それを俺は――だが、今はそれが――。
そんなことを考えている内に、あきつ丸はいつの間にか、部屋を出て行っていた。
今日は青葉と会う約束になっている。
お礼をしたいのだと、軽く食事にでも行くものだと思っていたが、動きやすい服装で来てほしいと言われたものだから、只事では済まなそうであった。
「あ」
部屋を出たところで、霞と鉢合わせた。
何処で手に入れたのか、見慣れないエプロンと三角頭巾をしていた。
ベタだな。
「おはよう。あきつ丸が起こせなかったって聞いて、私が直々に起こしに行こうと思っていたのよ」
その手には、フライパンとお玉が握られていた。
どうやって起こそうとしたのか、容易に想像できる。
しかしあきつ丸の奴、変な嘘をつきやがって……。
「そうだったのか。しかしお前、どうしてそんな格好しているんだ?」
お陰で知らない体でいなくちゃいけない。
「これ? ふふん、それは見てのお楽しみよ! こっち来なさいよ!」
俺の手を引く霞。
だが、あきつ丸がいることを思い、俺は立ち止まってしまった。
「ちょ、どうしたのよ?」
「いや……」
あきつ丸を避けているということもあるが、あんなことを言ってしまった手前、膝を合わせて飯を食うなど、していいものなのかと思った。
「どうしたって言うのよ? なんだか顔色が……」
俺が答えないでいると、霞は俺の顔を覗き込んだ。
「もしかして、体調悪いの……? ご飯、食べれない……?」
心配そうな表情の中に、少しの悲しみが混ざっていた。
「いや……大丈夫だ」
「本当? 大丈夫?」
「あぁ、寝起きなもんで、ぼうっとしてしまっただけだ」
「そう。良かった。ねぇ来て、朝食作ったの。鳳翔さんに教わったのよ?」
見るまでのお楽しみ、なんて言っていたのにも関わらず、早くもネタバレをしたところを見ると、本当に食べて欲しい一心で作ったのだろう。
そんな霞に負けて、俺は居間へと足を踏み入れた。
朝食は、小振りのおにぎりがいくつかと、豆腐とわかめの味噌汁、焼き鮭に卵焼きに酢の物にひじきの煮物に――朝食にしては豪華なメニューであった。
気合の入りっぷりが見てとれる。
「全部手作りよ。凄いでしょ? これはね――」
興奮気味に説明する霞。
料理の完成っぷりも然ることながら、ウキウキなのかノリノリなのか、とにかくテンションの高い霞に、俺はほっこりした気持ちになった。
「本当に美味しそうでありますな」
「しかし、急にどうしたんだ? 朝食を振る舞おうだなんて」
「私も何か貢献したいと思って。ただあんたに世話になるのもね」
「気を遣わせたか」
「そんなことはないわ。私のエゴよ。それに、最初の頃、鳳翔さんにあんな態度取っちゃったし、なんとか接点を持ちたかったのよ」
だからこの前、一人で……。
何と言うか、成長したな、本当……。
まだ出会って浅いけれど、お父さん感動しちゃうぜ。
「まあいいのよそんなことは。とにかく、食べちゃってよ。冷めないうちに」
「そうだな。いただきます」
「いただきます」
手始めに卵焼きを食った。
なるほど、こりゃこの前食った鳳翔の店の味とよく似ている。
「ど、どう……?」
「美味いよ」
「美味しいであります」
「本当? 良かった……。あ、他のも食べて。美味しいと思うから……」
恥ずかしそうに、それでいて不安そうに、俺たちの食事を見つめる霞。
『勉さん……美味しい……? 味付け、少しだけ失敗しちゃったのだけれど……』
あきつ丸が居るからか、余計に愛美の記憶がチラつく。
考えれば、中々に凄い状況だ。
愛美の記憶を持った奴が、ここに二人もいるのだから。
あぁ、駄目だ……。
愛美を忘れようとしているのに、どうしてこんなにも……。
「本当に美味しいよ霞。これはどんな味付けをしたのかな」
「それはね?」
今は「霞の」作ってくれた料理に集中しよう。
そう思い、味噌汁を一口含んだ時であった。
その味が、愛美の作ってくれるものと同じで、俺はとうとう参ってしまった。
食後、飯を作ってくれたお礼と言っては何だが、後片付けを俺とあきつ丸で担当することになった。
相当苦戦したのか、食材が細かくシンクに散らばっていたり、家の中にある皿を全て使っていたりしていた。
「…………」
「…………」
二人に会話はない。
それどころか、あの一件以来、目も合わせていなかった。
「ん……」
あきつ丸が声を漏らす。
何やら皿を持ってうろちょろしている。
仕舞う場所が分からないのだろうか。
「……その皿は棚の二番目だ」
背中越しに、そう言った。
「あ……ありがとうございます……」
「いや……」
沈黙が続く。
「あの……」
「なんだ……?」
「お皿、拭きます……」
「……じゃあ、頼む」
あきつ丸が隣に立つと、二人の間に緊張感が生まれた。
皿を洗うのも、皿を拭くのも、何だかぎこちなくなっていた。
長い長い沈黙が続く。
やがて、最後の皿に差し掛かった時、俺は小さく、それでいて精一杯の力を込めて言った。
「さっきは……悪かった……」
最後の皿を、あきつ丸に渡す。
それを受け取り、拭き始めたその表情を、俺は確認することが出来なかった。
「その……お前に当たっちまったんだ……。色々考えることがあって……。傷つけるつもりはなかったんだ……」
あきつ丸は何も言わない。
「避けているのは……本当だ……。霞の為に愛美を忘れなきゃいけないと思っていてな。お前は……その……愛美の影が濃いと言うか……。お前を見ていると、あいつを思い出していけないと言うか……」
何も応えない。
「ごめんな……」
初めてあきつ丸に向く。
その表情は、今にも泣きだしそうなものであった。
「あきつ丸……」
「良かった……」
「え……?」
「自分……てっきり嫌われたのかと……」
そう言うと、とうとうあきつ丸は泣き出してしまった。
「き、嫌いという訳ではない……。ただ……」
そこまで言って、俺は肩を落とした。
「ただ……怖いんだ……。お前という存在が……」
「自分が……?」
「あぁ……。愛美はもう帰ってこない、あいつの事は忘れよう。そう思っていても、お前の中に……愛美を見つけてしまって……。あいつが帰ってくるんじゃないかって……思ってしまうんだ……」
「勉さん……」
「俺は今を、霞と共に生きなければいけない。あいつもあいつ自身として、今を生きようとしている。俺はそれを全力でサポートしたいと思っている。だから……」
あきつ丸は少し複雑そうな表情で、俺を見つめていた。
「理解してくれとは言わない。恨んでくれてもいい」
「いえ……そんな……」
沈黙が続く。
「ねぇ、片付け終わった?」
霞が外行きの恰好をして、台所に現れた。
「お、おう……。今終わったところだ。お出かけか?」
「うん。買い物よ。あきつ丸とね。あんたも来る? あ、予定あるんだっけ?」
「あ、あぁ……」
「聞いてよあきつ丸。誰と会うのか教えてくれないのよ? デートなのかしら?」
あきつ丸は少し困ったような表情で、笑って見せた。
「まあどうでもいいけど。行きましょうあきつ丸」
そう言って手を取ると、あきつ丸と霞はそそくさと家を出て行った。
仲いいな、本当。
「…………」
青葉とは、十駅先の――駅で待ち合わせをしている。
住んでいるのは俺の家の近くだと聞いているが、何故わざわざこの駅で待ち合わせるのか。
それと、今日青葉と会うことは、本人の意向で、誰にも言っていない。
その意向というのも謎で、良く分からないまま、今日を迎えている。
「しかし、広い駅だ」
中心都市の駅であるため、様々な目的を持った人々でごった返している。
待ち合わせ場所を決めているとはいえ、これだけの人だかりで青葉を見つけられるものだろうか。
「隙あり!」
声と共に、腕を掴まれる。
帽子で顔は見えないが、青葉であることはすぐに分かった。
「おはようございます、司令官!」
「おう、おはよう。良く分かったな」
「えへへ、実は、家を出るところからずっと見ていたんですよ。気が付きませんでしたか?」
笑顔で言う青葉。
まるで悪意のないその笑顔に、俺はゾッとした。
「そ、そうなのか……。声をかけてくれればよかったものを……」
「それは駄目です。司令官と青葉が会っていることは、誰にも内緒なんですから」
「前にも聞いたが、何故内緒なんだ?」
「それは秘密です。とにかく、駄目なんです……」
急に声のトーンが低くなった。
何か隠しているかのように、青葉は目を逸らした。
「……まあいい。それで、どこに行くんだ?」
「あ、はい! えーっとですね……」
青葉はバッグを開けると、ガイドブックを取り出した。
付箋がしてあるページを捲ると、俺に見せた。
「ここです! ――島!」
――島、聞いたことがある。
首都圏近郊最大の無人自然島である場所だ。
「行けるものなのか。そんな簡単に」
「えぇ、船も一時間おきに出ていますし、海水浴も出来るくらい、人気のスポットなんですよ」
それは果たして、無人島と言えるのだろうか。
「そこに連れて行ってくれるのがお礼なのか」
「まあ正直言うと、青葉の為です。司令官と過ごしたい青葉の為」
正直すぎるな。
だが、好感が持てる。
「あ、でも、船代は出しますよ? お昼だって、ほら、作ってきましたし。ご馳走とまではいきませんけど……駄目ですか……?」
「いや、十分だ。十分すぎるくらいだ」
「あは、良かった。じゃあ、早速行きましょう!」
そう言って手を取る青葉。
強引なところは鈴谷と似てはいるものの、何と言うか、親戚の子供に懐かれたような、そんな感じがして、悪い気はしない。
移動の電車で、青葉はこれでもかってくらい、話をし続けた。
「それでですね?」
「あ、青葉……そろそろ静かにしないか? 乗客も増えて来たし、声もデカいからさ……」
「あ、すみません……。えへへ、司令官とお話出来るのがうれしくて、つい……」
俺と話せるのが嬉しい……か……。
そう言ってくれるのは嬉しい。
嬉しいのだけれどな……。
何と言うか、時折見せる狂気というか、俺は青葉をあまり知らないのに、青葉は俺の事をよく知っていて……それが恐怖というか……。
「島に着いたら、お昼にしましょうね。司令官の大好きなコロッケ、サンドイッチにしてきましたから。えへへ」
鳳翔から聞いていたのだろうが、やっぱりゾッとするぜ……。
――島へのチケットを買い、船に乗り込んだ。
海水浴のシーズンではないためか、乗客はそんなに多くは無かった。
「デッキに出ましょう」
青葉に連れられ、二階のデッキに出る。
「あれが――島です!」
「あれか。結構近いな」
「船で十分弱で着いちゃうみたいです」
船の形状を見て、もっと航海距離が長いように思っていたが、遊覧船であったか。
「司令官」
「ん?」
向くと、写真を撮られた。
「かっこいいのが撮れました! 次は手すりに寄り掛かって、海を眺めてくれませんか?」
「あ、あぁ……こうか?」
「あぁ、そうです!」
連写する青葉。
そんなに撮っても、同じように思うが……。
「はぁ、かっこいいです……。やっぱり司令官は司令官ですねぇ……」
「どういう意味だ……」
「青葉、司令官がそうやって海を眺めて、青葉に話しかけてくれる姿がとっても好きでした……」
ん?
「そりゃどういうことだ?」
そう聞き返すと、青葉はハッとして慌てだした。
「あ……い、今のは忘れてください! その……妄想です! 妄想! そういう妄想をしたことがあるって事です!」
「妄想って……。そ、そうか……ハハハ……」
現実と妄想の区別が出来なくなるほど、自分の世界に浸ってしまっているという事だろうか……。
こりゃ、いよいよもって怖くなって来たぞ……。
島に上陸すると、青葉は子供のようにはしゃぎだした。
まあ、ずっとはしゃいではいるのだが、特にな。
「あは、いいところですね! あ、砂浜! 司令官、こっち来てください!」
「お、おう……」
青葉を追うところで、一枚撮られる。
「砂浜を走る司令官……かっこいいです!」
「そ、そうか……」
「次は島の探索をする司令官の写真を撮りましょう! 自然豊かなところが、この島の魅力の一つなんです! さあ、行きますよ~!」
「ちょ、走ったら危ないぜ」
「大丈夫です! こう見えて、運動神経抜群ですから!」
「そうかもしれないが……」
まるではしゃぐ犬に引っ張られている気分だ。
悪い気はしないけれども。
俺も十五年くらい若かったら、あんだけ一緒にはしゃげるのだろうけどな。
若さ、か……。
「司令官、早く早く~」
「こちとら三十路のオッサンだぜ。気を遣ってくれよ」
「何言ってるんですか、全然若いですよ! 海軍の三十路は、そんなこと言いませんでしたし! 負けてますよ?」
海軍と比べられてもな。
だが。
「俺を煽ってるのか?」
「司令官、意外と負けず嫌いでしょう? 青葉、知っているんですからね」
誰からの情報だ。
「よく知ってるな。よし、その挑発、乗ってやるよ」
そう言って、俺は駆け出した。
そして、青葉を抜くと同時に言った。
「島の展望台まで競争だ。勝った方が売店のアイスクリームを奢るんだぜー!」
「あ! なんですかそれ! ずるいです!」
青葉は急いで俺を追いかけた。
「挑発したお前が悪いんだぜ!」
我ながら、何をはしゃいるのだろうと思う。
だが、なんだろう。
青葉に対しての恐怖心みたいなものよりも、青葉に振り回される楽しさが、今は勝っているように思える。
この感じは、なんだろう。
「待て~司令官~!」
「お!? もう距離を詰めてきやがった! やっぱ若いなぁ……」
あぁ、分かった。
久しく感じていなかったこの感じ。
こりゃ、あれだ。
「はい! 司令官確保です!」
「はぁ、はぁ……捕まっちまった……。って、そういう……はぁ、はぁ……競技じゃなかっただろ……」
「あ、そうでした。でも、捕まえましたし、追いついたって事で、アイスは奢ってもらいますからね!」
「なんだそりゃ……。まあ、いいけどさ」
「やったー! えへへ」
恋愛感情だとか、損得勘定をなしにして付き合える関係。
友達って奴だ。
俺は青葉に対して、友達のような感情を抱いているのだ。
それからは写真を撮られながら、島を巡った。
とても小さな島であるのか、一時間もあれば全て回ることが出来た。
「一通り回りましたね。そろそろお昼にしませんか? ちょうど高台に来たことですし」
「そうだな。あそこの机が空いてるな。そこで飯にしよう」
高台は開けていて、昔に使われていた展望台が、ひっそりと佇んでいるのみであった。
「はぁ~、歩きましたね」
「流石のおてんば娘もお疲れのようだな」
「いえ、全然! 今のは、堪能したなぁ~っていうため息です!」
本当、若いぜ。
「じゃあ、お昼にしましょう。じゃーん! 青葉特製、司令官が大好きな物ばかりを詰め込んだスペシャル弁当です!」
随分名前の長い弁当だ。
しかし、名に負けぬスペシャル感が、確かに見てとれた。
「本当に俺が好きなものばかりだ」
「えへへ、青葉のリサーチ力をなめては困りますよ!」
いや、なめてはいない。
何故なら、鳳翔や他の奴らに言っていない俺の好物が、弁当の中に入っていたからだ。
「どうぞ召し上がってください」
「あぁ、いただきます」
とりあえず、メインのコロッケサンドを食ってみる。
「うぉ! 何だこりゃ!?」
「え……ま、不味かったですか……?」
「その逆だ! 滅茶苦茶美味い! こりゃ、コロッケは手作りだろう? しかも、まさかとは思うが、ソースも自分で作ったのか!?」
「良く分かりましたね。流石です!」
「流石なのはお前の方だ。いや、これは大変だったろう?」
「そんなことないです! 司令官の為と思えば、何のそのです!」
俺の為……。
「…………」
「司令官?」
「ずっと思っていたのだが、お前、どうしてここまで俺の為に出来るんだ?」
「え?」
「俺に……その……俺のファンだってのは知っているが、そこまで熱心になれるのはなぜだろうと思ってな」
「重い……ですか?」
「いや、そういう事ではなくて……。ただの疑問というか……。出会って間もない奴に、そこまで熱心になったことが無くて……その……なんだろう……」
言葉を選びながら話すのは苦手なものだから、俺はとうとう黙ってしまった。
「……そうですよね。そう思いますよね」
青葉は立ち上がると、俺の隣に座り、海を眺めた。
「でも、青葉、誰でもこうやって熱心になれるわけじゃないんです。貴方だから、司令官だから、ここまで熱心になれるんです」
「俺だから……。何故、俺なんだ?」
確か、一目惚れだと言っていた。
それが理由なのだろう。
だが、青葉はそう言わずに、黙り込んでしまった。
「青葉?」
そして、何か決意したような目を向けると、小さな声で語り始めた。
「海を……」
「え?」
「海を眺める貴方が、好きでした……」
先ほどの妄想の話か?
「その瞳も、その声も――貴方の全てが好きでした……。何よりも……」
海風が青葉の髪を揺らす。
俺を見つめるその瞳は、とても澄んでいた。
「青葉に乗ってくれる貴方が――青葉に話しかけてくれる貴方が、とっても好きでした……」
「お前に……乗る俺?」
その時、ふと、霞の言葉を思い出した。
『愛美はね、「私に乗って眠る」のが好きだったみたいで、お昼休憩の時によく……』
遠くの船が、汽笛を鳴らす。
青空には飛行機が、雲を作りながら飛んでいた。
船、飛行機。
『私は船で、たくさんの飛行機が飛んでて、撃ったり撃たれたり……。あれはきっと戦争なんだわ』
戦争の夢。
『艦娘が見る夢には、人間の艤装を受け継いだ艦娘の見る夢とそうではない艦娘の見る夢があります』
戦いの夢。
『夢を見るの』
「夢……」
青葉を見る。
その瞳には、うっすらと涙が溜まっていた。
「青葉にとって貴方は、とても特別な存在なんです……。それが何故なのか、今は言えませんけど……」
妄想。
その言葉で片付くほどの話ではなさそうだ。
青葉は何かを隠している。
おそらく、隠させているのは海軍だろう。
だとすると、その隠し事に、俺を想う気持ちが絡むのは何故だ?
「いつか、全てをお話出来る日が来ると思います。今は、青葉が妄想で暴走しているってことで……手を打ってほしいです……」
隠していることは確かだと言っているようなものだ。
言いたくても言えないとも言っている。
「……あぁ、分かった。だが、一つだけ聞いてもいいか?」
「はい……何でしょう……?」
「何故俺を、司令官と呼ぶんだ?」
青葉は少し考えた後、真剣な表情で答えた。
「貴方が、青葉の司令官であるからです」
その瞳に、嘘偽りはなかった。
それからは島を離れて、近くの観光名所を巡ったりした。
「司令官、撮りますよー!」
「おう」
「はい、チーズ! あは、いい笑顔です!」
結局、青葉はあれ以上を語ることはしなかった。
いや、或いは語れないのかもしれない。
それでも、青葉は俺に何かを伝えようとしていた。
おそらく、今回俺と青葉が会うことを秘密にして欲しいと言ったのも、この為なのだろうと思う。
だとするならば、青葉の知っている秘密を知っている人物……延いては秘密を俺に隠している人物が、俺の近くにいると言うことだ。
ここまでくれば、バカでもわかる。
そいつの正体は――。
「青葉」
「はい、なんですか?」
「俺ばかり撮ってても仕方がないだろう。お前も撮ってやるよ」
「えー? 青葉はいいです。自分の写真持ってても、それこそ仕方がないですし」
「じゃあ、一緒に撮らないか?」
「え?」
「誰かに撮って貰うか、自撮り? で撮ってみるか」
そう言ってやると、青葉は急に慌てだした。
「そ、そんな! いいですよ! 青葉は……その……司令官と一緒になんて……」
「嫌なのか?」
「そうじゃなくて! 青葉なんかが……司令官と写真を撮っていいものかと……。だって司令官は、司令官ですし……。青葉なんかとは立場が……」
司令官司令官と聞いてきたが、一体何の司令官なのだろうか。
青葉の司令官ってのは、比喩とかそう言うのではなくて、本当の――とにかく、偉い立場の人間であるのは、今の様子から見てとれる。
「立場の違う奴と遊んでいる時点で、今更な気もするがな」
「そうかもしれませんけど……」
青葉は、近くのガラスをチラチラと見だした。
なるほど、そういう事か。
「自分に自信が無いのか?」
図星なのか、青葉は俯き、小さく肩を落とした。
「青葉、撮っても、撮られることはなくて……。可愛くないし……」
「俺だってかっこよくはないぜ」
「司令官はかっこいいです! とても!」
そこまで熱を持って言われると、恥ずかしいものだな。
「嫌ならいいんだ。ただ、せっかくだと思ってな」
「せっかく……?」
「せっかく友人になったんだしってさ。俺とお前が……その……妄想ではどんな関係だったのかは知らないが、今こうしている俺とお前は、一友人であるのだと、俺は勝手に思っているからさ」
「友人……。青葉と司令官が、ですか?」
「嫌か?」
「い、いえ……! 逆に……いいんですか? 青葉と司令官が友人で!」
「そう言うつもりで、そういう接点が欲しくて、俺を誘ってくれたんじゃないのか?」
そう言ってやると、青葉はぽろぽろと涙を流し始めた。
「お、おいおい……」
「ごめんなさい……。青葉、嬉しくて……」
「だからって泣くやつがあるか……。ほら、ハンカチ……」
「ありがとうございます……」
青葉は俺のハンカチで涙を拭き、鼻をかんだ。
鼻をかむあたりが、なんとも青葉らしいと、出会って短い期間ではあるが、そう思った。
「司令官の言う通りです……。そういう接点が欲しくて誘いました……。でも、司令官から言ってくれるなんて思ってなくてぇ……」
再びビービー泣く青葉。
しかしまあ、どんな理由であれ、よく艦娘を泣かせてしまうものだな、俺は。
「写真、一緒に撮ってくれるか?」
青葉は涙を拭くと、鼻を垂らしながら、満面の笑みを見せて「はい!」と答えた。
駅に着く頃には、もうすっかり夕方であった。
青葉とは、会ったことを誰にも見られたくないとのことであったので、現地解散となった。
「ん……メッセージか……」
青葉からであり、そこには今日のお礼と、一緒に撮った写真が添付されていた。
目の下を赤くした青葉と、それをからかうようにして笑う俺が写っていた。
何枚か撮ったが、青葉的にはこの一枚が良かったという事だろうか。
「フッ……」
色々思うことはあったが、純粋に楽しかったな。
鈴谷や最上と遊ぶのとは違って、変に意識しなくていいと言うか、本当に親戚の子供と遊んでいる気持ちであった。
「あれ、先生?」
噂をすれば何とやら。
振り向くと、最上と鈴谷がいた。
買い物をしてきたのか、ショッピングモールの袋を手に下げていた。
「どこか行ってたの?」
「あぁ、まあちょっとな……」
「ふぅん、まさか、女じゃないよね?」
女ではあるが、最上の言う女とは、違う意味を持つのだろうな。
「駄目だよ先生。先生には、鈴谷がいるんだからさー」
そう言うと、最上は鈴谷の背中を押して、俺に寄らせた。
「ちょ、もがみん……」
「送ってあげてよ。ボクは一人で帰るからさ。じゃあ!」
「あ、おい」
最上は振り向くこともせず、駅を飛び出していった。
あいつ……。
「先生……」
「よう」
あの件から、鈴谷とは会っていない。
メッセージでやり取りはしていたものの、いつものテンションとは違い、どこかぎこちなくなっていた。
「買い物、していたのか?」
「う、うん……。洋服とか……色々……」
「そうか」
沈黙が続く。
「荷物、持つよ。重いだろ」
「い、いいよ……。悪いし……」
「今更何を遠慮してんだ。ほら」
手を差し出すと、鈴谷はその手を握った。
「鈴谷?」
「荷物は大丈夫……。その代り、手……握って欲しい……です……」
顔を真っ赤にする鈴谷。
「フッ、何故敬語なんだ?」
「……うっさいし。いいから……送ってくれるんでしょ……?」
「あぁ」
手を握り返してやると、鈴谷はそっと、俺に寄り添った。
陽が沈みかけていて、空は徐々に夜に飲み込まれつつあった。
「あれから体調はどうだ?」
「平気。生理も終わったし」
「そうか」
今の時間を楽しむように、鈴谷はゆっくりゆっくり、歩いていた。
手を取られている俺も、また然りであった。
「この前はごめんね……」
「何が?」
「追い出しちゃって……。鈴谷、恥ずかしくなっちゃって……気が付いたら……」
「まあ、仕方ないだろ。とは言え、その事を忘れるほど、テンパっていたんだな」
「そりゃ……そうっしょ……。先生だって興奮してたじゃん……」
「生理現象だ。あんな事されて、何も起きない奴の方が男として疑うぜ」
「素直じゃないんだ」
「そう言うもんだ。男って奴は」
「あっそ……」
鈴谷はつまらなそうにそっぽを向いた。
繋いだ手は、固く握られたままだ。
「ね、先生……」
「なんだ?」
「あのさ……あの時さ……鈴谷が生理じゃなかったら……ぶっちゃけシてた……?」
そっぽは向いているが、耳は真っ赤に染まっていた。
「……かもな。襲われたようなもんだし」
「そうじゃなくて……」
鈴谷は立ち止まると、ゆっくりと視線を合わせた。
「先生は……鈴谷とシたいと思ってる……? 鈴谷と……恋人になりたいって……思ってる……?」
その質問に、俺はすぐに答えることが出来なかった。
「もがみんがさ、言ってたんだよね……。自分はフラれたって……。先生が奥さんを忘れて、それでももがみんの告白に応えなくて……。だから……諦めたんだって……」
確かに、俺もそう言われた。
だが、あいつはきっと――。
「鈴谷も……同じ……?」
「いや……」
「じゃあ、違う……?」
俺が答えに困っていると、鈴谷はそっと俺を抱きしめた。
「もがみんが諦めたのなら……先生を好きな人は……もう鈴谷だけだよ……?」
「鈴谷……」
「諦めたもがみんの為にも……鈴谷のものになった方がいいじゃん……。そうしたら、誰も苦しまないじゃん……」
「それは……」
「ダメ……?」
答えられないでいると、鈴谷は表情を崩していった。
「鈴谷も……もがみんと同じなんだね……」
とうとう、涙が頬を伝う。
俺は慌てて弁解した。
「そうじゃない! ただ、そんな理由でお前と恋人になってはと思ってだな!?」
「へ……?」
「最上の為だとか、誰かの為だとかじゃなくて……単純に……お前を好きだから恋人になるのではないと……いけないと思うんだ……」
数秒の沈黙。
日は完全に沈み、夜の幕が半分以上、空を覆っていた。
「……ブフッ」
鈴谷は吹き出すようにして、笑い出した。
「な……!?」
「アハハハハ! いやぁ、先生、マジメすぎっしょ!」
「いや、俺は真剣にだな!?」
「分かってる。でも、まさかそんなことで悩んでるとは思わなくって」
「そんな事ではないだろ。重要な事だ」
「そうだけど。だって鈴谷、先生に振られたと思ったんだもん」
鈴谷は涙を拭くと、息を整えた。
「はぁ~、分かった。じゃあ、こうしよう? 鈴谷、想うよりも想われたい人でもあるし、先生が告白してくれるその時まで、待っててあげる」
「え……?」
「もがみんと違うのなら、鈴谷にチャンスはあるって事っしょ? 先生が鈴谷の想いにはっきり応えられないのは、鈴谷に、他を忘れさせるほどの魅力がないからだと思うんだ。だから、その魅力を培う為にも、今は待っててあげる」
そう言うと、鈴谷はニコッと笑って見せた。
「あ、でも、ただ待ってる訳じゃないよ? 鈴谷の魅力を培うって言うのは……」
鈴谷は俺に近づくと、首に腕を回し、口づけをした。
「先生の中にある、鈴谷の魅力の事だから。鈴谷はもがみんと違って、諦めが悪いからね?」
そう言う鈴谷の表情は、決意と自信に満ち溢れていた。
最上が手を引いた理由が、少しだけ分かるような気がした。
「先生?」
俺は頭を抱えていた。
「どうしたの? それも嫌とか?」
「いや、そうではない……。なんというか……情けなくなってな……」
「え?」
そうだ。
情けない話だと思わないか?
鈴谷はこんなにも俺を想ってくれているのに、俺は何を迷っているのだ。
おそらく、俺は最上の事を気にかけてしまっているのだと思う。
あいつの想いに応えられなかったと。
あいつに申し訳ないと。
あんなに尽くしてくれたのに、俺は――と。
けど……。
「先生?」
ここで止まってしまうと、また同じことを繰り返してしまう。
愛美の事や最上の事、それを忘れなければ――好き嫌い、単純な気持ちで臨まなければ、きっと――だから――。
「鈴谷」
「は、はい……」
「やはり待たなくていい。今、ここでお前の気持ちに応える」
「え……それって……」
もう迷わない。
誰も傷つけない為に――。
俺を想ってくれる人の為に――。
「鈴谷、俺は――」
家に帰ると、何故かあきつ丸が出迎えてくれた。
「お帰りなさい、であります」
「おう。霞は?」
「眠ってしまったのであります。だいぶはしゃいでおられましたので、疲れてしまったのでありましょう」
朝も早かったしな。
「それで、お前は? 帰らなくてもいいのか?」
「勉さんを待っていたのであります」
「俺を?」
「はい。今朝のお話の続きをと思いまして……」
今朝の話……。
「俺からすることはもう無いぜ」
「自分からはあります」
そう言うあきつ丸の目は、今朝のものと違い、決意に満ちたものとなっていた。
「なんだ……?」
「勉さんに聞きたいことがあります。もし、自分が全てをお話したら、自分を避けるようなことは出来なくなりますか……?」
「全て……ってのは……?」
「全ては全てです……。自分が継承の艦娘なのか……そして……そこに愛美殿が関わっているのか……であります……」
「……どうだろうな。どっちにしろ、話せないのだろう?」
そう言ってやると、あきつ丸は表情一つ変えず、淡々と答えた。
「もし避けることが出来なくなるのなら、自分は陸軍を裏切ってでも、勉さんにお話しする所存です」
その瞳に、嘘偽りはなく見えた。
「本気なのか……?」
「本気であります……」
「どうしてそこまでして、俺が避けることを嫌う……?」
「それを言ったら、答えを言ったようなものになってしまうのであります」
正直、もうそんなことはどうでも良かった。
あきつ丸が愛美の魂を継承していようがいまいが、俺にはもう関係のない事であった。
俺にはもう――。
だからこそ、逆に、スッキリしてしまおうと思い、俺は言った。
「分かった。言ってみろよ」
だが、それが良くなかった。
あきつ丸は、真剣な表情で言った。
「……自分は確かに、継承の艦娘です。そして、継承元は愛美殿であります……」
そこまでは良かった。
問題は、次であった。
「本題はここからであります……。勉さんから避けられるのが、何故嫌なのか……」
愛美の魂を継承しているから、そう思ってしまう。
そんな単純な答えだと思っていた。
「自分が唯一……いや、本当に魂を継承している艦娘であるから……であります……」
「え?」
言っている意味が分からなかった。
本当に魂を継承している艦娘?
「それなのに、勉さんは霞殿にご執心であります……。そんなのは……耐えられません……」
「どういう……ことだ……?」
そう聞き返すと、あきつ丸は閉口した。
「あきつ丸……?」
そして、言いにくそうに、目線を伏せながら、かすれた声で言った。
「海軍は、勉さんに嘘をついているのであります……」
俺が頭を真っ白にしていると、あきつ丸は畳みかける様に続けた。
そしてそれが、ターニングポイントとなった。
「霞殿は……愛美殿の魂を継承していません……」
――続く