隷属者の喜遊曲~私が凡人から無能になるまでのお話~   作:丸焼きどらごん

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最終話:トリリア・アルフレインズは無能である

 まるで廃屋のような建物の中で、半ば朽ちたテーブルをはさんで私は"元"取引相手の男に借りていた物を突き返した。相手はそれを受け取ると、テーブルに用意していた酒の瓶から、実験器具のようなガラス容器に酒を注いで無駄に優雅な動作で飲み干す。それを私にも勧めてくるが、何に使われた器具かも分からないので辞退した。

 

 男が口を開いた。

 

「君は私が思っていたより無能だったようだな。今日から凡骨トリリアでなく、無能のトリリアと名乗ってはどうかね?」

「ほほっ! あらいやだ、もともとの名前も自分で名乗った覚えはありませんわ。その腐った脳みそ、ほじくりだして差し上げましょうか?」

「いや、君は不器用そうだから結構だ。やるなら自分でやるから、おかまいなく。……ところで無能(ノンマン)トリリアよ、存命おめでとう。君は一年のいう残された寿命の中で見事、自分の命を守り切ったよ。代償は大きかったようだがね。……いやはや、まさかそんな有様で帰ってくるとは思っていなかった。だが私のオーダーを殆ど遂行出来なかった無能っぷりを発揮した君には、ふさわしい末路といったところかな?」

 

 心底面白がっているような顔でこちらの癇に障ることばかり言ってくるのは、私が旅に出る原因を作ったカースド構成員の一人であるアノマンだ。もうお客様ではないので「様」なんてつけてあげないわ。呼び捨てで十分よ。

 全ての元凶は私の体を弄繰り回してくれて狂愛のバルディシュトという男だけど、そいつはもう死んでいる。そのため私の恨みは全てバルディシュトの師匠でもあったこの男に向かっていた。

 

「トリリア、この男は殺しても構わないか?」

「構うわ馬鹿。後が面倒なのよ」

 

 私だって本当はそうしてやりたいけど、そうもいかないので口だけで我慢しているのよ。だっていうのに、さっきからずっと殺気を放っている青年……デュフォンときたら。私のために怒るところは評価してあげるけど、その短絡的な思考は本当に治してもらいたいので躾のために蹴りを入れて頭を冷やしてやる。

 

「あの、あの、トリリアさん。暴力はよくないと思います。もっと、お淑やかに……」

「初対面で人の腹を刺してきた子のセリフではないわね」

「ひょへんははい」

 

 おずおずと服を引っ張ってきた"少女"に対しては、その白いほっぺたを片方引っ張って伸ばしてやる。ガリガリすぎて思ったように伸びないのが残念ね。

 この子……セルカ……もね……。せっかく私好みの容姿だっていうのに、なんだってこんなことに。殺された妹の面影を追うあまりに女装癖に目覚めるとかどういうことなの。このトリリア様が慈母のごとき寛容さでボロボロのみすぼらし~い服を買い変えてやろうとしたっていうのに、女物の下着と服を指さされるとか予想できんわ。ちょっとは私の気持ちを考えなさいよ。

 そして恐ろしく似合っているのが怖い。うっかり目を離したら、スラムとはいえここに来るまでに二、三度誘拐されかけていたものね……。

 まあ呪具にされていた影響でごりごり寿命が減っているらしいから、残りの人生好きに生きるといいわ。私に償った後でね。

 

 

 償いをさせるために同行を許した二名を見て遠い目をしていると、笑いを隠し切れないアノマンが何か言ってきやがったわ。

 

「ふむ、愉快な連れが出来たようだな」

「愉快に見えるならあなたの目は腐っていますね。というか余計な口開かないでくださいます? あなたの喋り方、少し前に不本意ながら関わってしまった魔族にそっくりで虫唾が走るんですよね」

「ふむ? 魔族とは、また珍しいモノに出会ったようだな。この指針はよかったら君に差し上げよう。代わりにどんな経験をしてきたか話を聞きたい」

「いえ、もう使わないので不要です。話もしたくありません」

 

 私は再度手に握らされた"ノンマン"探しの呪具を突き返し、もう用は無いとばかりに席を立ち背を向けた。

 ……が、それで大人しく帰してくれる相手でもないのは分かっていたわ。ささやかな抵抗ってやつよ……。

 

「いいのか? 話を聞かせてくれたら、属性を植え付けたノンマンを二人分受け取れなかった件に関しては何も言わないつもりだったが」

「一人はお送りましたしあげくその子と結婚までしくさりましたよねそしてもともとはあんたの弟子が元凶であって私は何も悪くありませんけどねぇ!? あと【混沌】の一名についても輸送中の不手際なので私の責任ではありません!」

「ああ、そうそう! 君が縁を結んでくれた妻は元気だよ!」

「それはようございました!!」

 

 もう二度と取引などするものかと誓った相手という事もあって、口調など取り繕う気もおきない。かろうじて"ですます"がついているのは私の理性の勝利というか、職業病よね……はぁ。

 

「唾棄すべきカースドの走狗が……!」

「ややこしいからあんたは黙ってなさい」

「ぐ!?」

 

 今にも武器……戦闘時は魔法によって長く伸び固く強化される爪を構えようとしたデュフォンを、今度は蹴りでなく"鎖"をひっぱって黙らせた。その鎖は現在デュフォンの首に巻き付く鉄の首輪に続いている。その鎖のもう片方は、私の左手首の鉄の腕輪。

 …………ここに来るまで、人の目が痛かったわ。私は飼うなら飼うでセルカみたいな子がよかったのに! なんでこんな駄犬を飼わなきゃいけないの!

 それもこれも全部、あの魔族のせい。そしてもとをただせば旅をする原因を作ったこいつ、アノマンのせいよ……!

 

 

 

 ……いいわ。せっかく話を聞いてくれるって言うのなら聞いてもらおうじゃない。

 

 

 私が凡人から無能になるまでの話をね!

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔族ゲルデンドとの戦いは時間にしておよそ半日に及んだ。ゲルデンド自身にたどり着く前に立ちふさがったのは狼、熊、馬、豹、烏賊、鹿、猿などに近い姿をした魔物たち。そのいずれもが体に元々その魔物が持っていなかったであろうなにかしらの異形を備えており、それも全てゲルデンドが属性について研究する傍らで生まれた副産物らしかった。

 何が悲しくて物語の勇者よろしく自分のような商人が、こんな化け物どもを相手に戦わねばならないのかと……闇商人トリリアは嘆きながらも、やらねば死ぬと前衛に立って戦うデュフォン・ラグレイルを必死に補助し戦場を駆けた。

 

 デュフォンは直情的で思慮が足りず迂闊なところがある男だったが、それに関してはトリリアが指示を与える形で補った。そうとなれば能力だけはサルバシオンに所属していただけあってそれなりに……否、純粋な地力だけならば優秀と言って差し支えないデュフォンは強い。トリリアの【癒し】で強化された治癒魔法での回復あってこそだったが、戦況は徐々にだが人間側に傾き始めていた。

 しかし敵は本人曰く何百年も生きているらしい狡猾な魔族。そう簡単に勝たせてくれるわけもなく、上手い具合にデュフォンの陰に隠れ攻撃をやり過ごしていた目障りな回復役(トリリア)を、そう長く放置してくれるはずもない。

 

 結果として、トリリアは自分に残しておいた【癒し】と【繁栄】の属性を戦闘の最中に奪われることとなる。

 

 それを成したのは当然、ゲルデンドの作品の一つである"生きた呪具"であるノンマンのセルカ。トリリアの腕を預かり逃げていた彼だったが、術者の命には逆らえなかったのかその足を再び戦いの場へと向け、戻ってきてしまった。

 だがセルカはもともと妹を人質にとられていたからこそ、ゲルデンドに従っていたのだ。躾と呪いによる束縛はあれど、その妹はすでに死んでいるのだとゲルデンド自身が認めていたため、セルカにこれ以上ゲルデンドに従う理由があるわけもなく。……その反発心が、ひとつの現象を引き起こした。

 

 ゲルデンドの持つ【属性】を起因とする呪術により、セルカの中で濾過、変換が成され"魔力"へと形を変えたトリリアの【属性】が術者たるゲルデンドでなく、もとの持ち主であるトリリアに還元されたのである。

 

 そのため属性こそ失ったものの、多くの魔力を手に入れたトリリアは最後の賭けに出る。自身が長年愛用してきた魔銃に込める弾丸に、術式も何もかも無視し魔法という形すら取らず純粋なエネルギーとしての魔力を詰め込んだのだ。

 そしてデュフォンが魔物の群れを抜けゲルデンドに肉薄したその陰に隠れる形で接近し、喉元にその弾丸を叩き込んだ。

 

 弾丸は魔族の喉をえぐるにとどまらず、デュフォンが使用した魔法との相乗効果でかなりの威力を発揮。その結果、魔力の壁で身を守ったデュフォンとトリリア、そして皮肉なことに魔族の加護で守られていたセルカを除き…………村一つ分ほどの土地面積をもつ遺跡群の何もかもが吹き飛ばされ、古の遺跡は更地と化した。

 

 表向きはこの遺跡消失に関する記録は、原因不明の案件として歴史の闇に消えることとなる。

 

 

 

 

 ……とまあ、そんな具合にそれなりに激しい激戦を潜り抜け魔族を倒し勝利を手にしたトリリアだったのだが……。

 

 

 ただでは死ななかった魔族にひとつの呪いを受け、せっかく手に入れた膨大な魔力も…………その一撃限りで元となった【属性】も残さず、綺麗さっぱり霧散してしまったのである。

 

 

 

 一世一代の闇商人トリリアの大博打は、命というチップは守りきったものの大損で終わる結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、となるとやはり属性の魔力への転換という興味深い事象は魔族の【属性】あってこそのものだったというわけか。君が手にした魔力は、一回限りの奇跡だったと。……その魔族はコンフーロ様のように、他者もが使える術式への昇華は出来なかったようだな」

「もーそんなこたぁどうでもいいのよ……あいつ死んだし……それよりこちとら大損よ……。【癒し】を取られたから、結局腕も完全には治らなかったわ……【繁栄】も無くなっちゃったし……」

 

 本格的に口調を繕う気力も無くなってきた。私はもうほとんど動かすことが叶わない右腕を撫で、底が知れないと噂の海よりも深いため息をつく。

 戦闘中にセルカが腕持ったまま戻ってきちゃったものだから、慌てて【癒し】を奪われる前にかろうじてつなげるまでは出来たのよ。でも機能は殆ど死んだようなものでピクリとも動かせない。……これを元通りに戻すには、他の【癒し】属性かそれに準じる属性持ちの回復術師を見つけて依頼するしかないわ。そのためにもやはり、お金が必要。

 

「たっぷり償ってもらうわよ」

 

 言いながら睨みつけるのは、首輪という物理の鎖でつないだ狗と罪悪感と依存という見えない鎖で繋いだ狗。このトリリア・アルフレインズ様の下僕たちよ! あーっはっは!

 ………………………………はぁ………………………………………………要るけど要らない…………。

 

 

 私の気なんて知りもしないで、下僕その一、"元特殊部隊サルバシオン"デュフォン・ラグレイルが自信満々の表情で鼻息荒く胸を拳で叩く。

 

「もちろんだ。不本意とはいえ生まれ持ったアトリ様の祝福を別の属性に入れ替えてしまったのだから、俺はもうアトリ教にもサルバシオンにも戻れん。ならば俺に新たにアトリ様との繋がりを与えてくれた貴女に仕えよう。もちろん信仰そのものを失うつもりはないが」

「仕えるなんて言うなら、私の仕事に文句言わないで欲しいものね……」

「それは無理な相談だ。呪いの強制力があってなお、今こうして忌々しいカースドの前で己を抑えているので精いっぱいでな。トリリアの命令が無ければその男の首はもうすでにその辺に転がっている」

「ほほう、それはそれは、怖いことで」

「中途半端な……!」

 

 デュフォンが言う呪いとは、今現在私とデュフォンを繋ぐ鎖の事だ。これはもともとデュフォンが私を逃がさないために使用した拘束魔法だったのだが、魔族ゲルデンドは死に際にそれに対してひとつ呪いをかけた。その際にデュフォンの鉄の腕輪も首輪の形へと変化している。

 

 

『愚かな奴隷には、鎖で繋がれた姿がお似合いだ。そして無垢となった君へは、私に勝ったご褒美を。では望んだ形とは違うが、私は一足先に無垢へと還ろう。ごきげんよう』

 

 

 負けたくせに上から目線で言い残した魔族は最期、笑顔だった。……世の中にはどうしたって理解できない相手がいるのだと思い知ったわよ……。そうやって理解出来ないことを凡人って言うんだったら私は凡人でいいわ……今は凡人どころか無能だけどね……ふふ……。

 そしてゲルデンドにかけられた呪いとやらだけど、どうも私はデュフォンに命令できる権利を得たらしい。だけどその代わり、この鎖はどちらかが死なない限り外すことも壊すことも出来ないんだとか。拘束魔法の魔道具は一級の呪いの品に変化していると、アノマンに保証までされてしまったわ。

 最後の最後で嫌がらせのように、あの野郎。

 

 その呪いが無くても、いやこれも呪いのせいなのかしら。……アトリ教の信仰こそ揺らがないものの、デュフォンは私がノンマンとなってしまったにもかかわらず妙に懐いてきた。ついでに最後の最後で踏ん張ったらしいセルカのおかげで勝てたっぽいので、戦いの影響で吹き飛んだ遺跡から助けてやったらこっちも懐いた。

 でも何故かしら。二人とも見た目は好みの男なのにまったく嬉しくないわ。一人は馬鹿だし一人はもう女の子にしか見えないし。というか馬鹿の方は呪いで逆らえないとはいえ、私の仕事に関してガンガン口だけは出してきそうだし……。いや、本来撲滅対象になる相手を前に我慢してるとなれば呪い様、様様だけど。……いやいやいや何が様様だ。そもそも呪いが無ければこんなところについてこさせるはめになってないっつーのよ。

 

 とにかくこいつらとは、償いのためにこき使ったらさっさとおさらばしたい。

 

 

 その……ためにも!!

 

 

「ああ、もう! いいわ、やってやるわよ! まだまだ人生長いもの。本業は一時活動休止! とにかく優先事項としては、最優先は私の腕の完治! 次に呪いの鎖の解除! ずっとこんな駄犬と繋がれっぱなしは嫌よ! でもって並行して資金調達!」

「おや、属性は買っていかないのかな? いくつか実験用のストックがあるのだが。面白い話を聞かせてくれたお礼に多少は安くしてあげよう」

 

 アノマンの言葉にデュフォンの顔が悪鬼のごとく変化するが、頭をひっぱたいて余計なことを言わないように躾けると私はきっぱりと口にした。「要らない」と。

 

「あの魔族じゃないけど、属性に振り回されるのは当分勘弁よ。しばらくは属性を失った反動と折り合いつけて様子見ね。いろいろ失った反動が混じってて、自分でもまだどんな影響が出てくるのか全部分からないもの。……属性過多による命の危険も無くなったし、上手く指示すればそれなりに強い下僕も出来たし…………しばらくは要らないわ」

「要らない、か。私たちが言えたことではないが、君にとって属性とは便利な道具のようなものなのだな」

 

 言われて頷きかけて、留まる。道具で家畜、属性の事を私は魔族ゲルデンドにそう言ったけれど……。

 

「でも一番しっくりくるのは厄介な隣人かしらね。やっぱり」

「ん?」

「なんでもないわ」

 

 聞こえていなかったらしいアノマンに、特に言い直してやる必要性も感じなかったので軽く流す。

 

 

 

 

 私たちを縛る鎖で奴隷たらしめる【属性】を運命だとか因果律だとか、難しく考える人も居るでしょう。それほどに【属性】の束縛は強くて根深い。

 ノンマンになったからといって、魔族ゲルデンドが言うように【属性】からそう簡単に解放されるわけもなく。宗教の問題だったり他人の属性に巻き込まれたり、どこかで影響を受けるでしょうね。自分に属性があっても無くても、どうやったってこの世界では【属性】に関わらずに生きていくのは難しいのだ。

 ……ならせめて心持としては、迷惑で厄介な隣人って受け止めた方が精神的にはなんだか楽ね。今後も【属性】に対しては利用するための道具として、家畜として躾ける気概で接していくつもりだけど、せいぜい良い近所付き合いをしていただきたいわ。

 

 

 

 難しいことは、考えたい人だけ考えればいい。

 なんだかこれからも【属性】には振り回されるんだろうなって嫌~な予感はするけれど、私は私の道を行くだけよ。

 

 

 

 さあ、それじゃさっさと面倒ごとを片付けちゃいましょうか!

 新たな目的のために、再び旅路へ舞い戻るわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは凡人な私が無能になるまでのお話。

 そしてこれからは、無能な私が栄華を掴むまでのお話。

 

 この窮屈な世界を、私はこうして自分なりに楽しみながら生きていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年後。

 ある人物が個人で楽しむために作曲依頼した曲。それが何処かから漏れて、女商人が主人公のてんやわんやの冒険譚付きで流行ったとか流行らなかったとか。

 

 それもこれも、広い世界から零れたほんのひとかけらの出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隷属者の喜遊曲~私が凡人から無能になるまでのお話~  完

 

 

 

 




主人公が属性と人間に振り回されるだけのお話でしたが、ここまで読んでくださった方ありがとうございました!お粗末様です。
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