隷属者の喜遊曲~私が凡人から無能になるまでのお話~   作:丸焼きどらごん

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02:トリリア・アルフレインズはクインテッドである

 そこは真っ白な部屋だった。潔癖なまでに白で統一されたその一角は立方体で、壁と床、天井があるのみで家具の一つもない。

 しかし突如として、その白を侵すものが現れる。

 

 華奢ながら人一人分の重みを感じさせる重量が、液体を纏っているような濡れた音と共にどちゃっと部屋の真ん中に倒れこんだ。見ればそれは若い女のようで、長い黒髪が顔と体を覆い隠すように広がっている。しかしよく見ればその髪の下にある体はどこかおかしい。それが何かといえば、あるべき場所にあるものが無いのだ。

 

 女は四肢を失っていた。

 

 腕があった場所、脚があった場所。そこからは止めどなく生命を循環させるための液体が零れているが、それも何かがおかしい。……赤ならば、痛々しくも普通だろう。しかし女の体からは赤、青、緑、黄色と、およそ人体から()づるはずのない色の血液が流れていた。そしてそれらは交じりあい、女の体の下で黒へと変色する。

 

「は……あっ……ぅあ……」

 

 女が喘ぐように空気を求めて口をパクつかせる。だがその表情に苦痛は無く、どこか夢見がちで恍惚としたものだ。

 健全な精神を持つ者がそれを見れば、眉をひそめて不気味がるだろう。だが新たにこの場に現れた者にとって、それはとても素晴らしい光景らしかった。

 

「ああ、やっと、ここまで来た! 偉いよ! 僕の愛しい人! がんばったね!」

 

 白の部屋に現れたのは若い男。目元こそ髪に隠れて見えないが、口元は顔が裂けんばかりの笑みに歪んでいる。手には鋏のようなものを持っているが、その大きさが尋常ではない。鋏は男の背丈ほどもあったのだ。

 さらに言うならば、鋏には腐った肉片がこびりついている。同じく鋏にくっついている乾ききった薄い皮膜は肉の腸詰に使われるものによく似ているが、いったいなんの皮だろうか。

 ともかく鈍い鉄色のそれはとても切れ味が悪そうで。こんなもので何か切ろうとした日には、刃の切れ味だけでは何も切れまい。力任せに潰し切るのがせいぜいだろう。……しかし男はその切れ味の悪そうな鋏の刃をひらき、女の首にあてがった。

 

「さあさあ仕上げだよ! これで君の美しい頭を切開して脳みそに術式を刻み込んだら、繋げて戻して【属性】の仕込みは終了さ! あとはくっつけるだけ! 一年も、待ちくたびれたよ! でも君と過ごす時間は! とても! 甘くて楽しくて素敵だった! これが終われば、もっともっと僕と睦めるよ! 思う存分、心ゆくまで! 愛し愛されて互いに中身を味わいつくして絡めあおう! きみもそうしたいだろう? おもうだろう!?」

 

 答えなど求めていないのか、男の言葉はどこまでも一方的で身勝手だ。しかし女は茫洋とした瞳で気持ちのよさそうな表情を浮かべ、わずかに身じろぎするのみである。頷いたようにも見える従順なその様に、男……呪術結社カースドの一員である”狂愛のバルディシュト”は歓喜に体を震わせた。

 

 

 バルディシュトは【属性】を三つ保持するトリオと呼ばれる存在だ。そしてその属性は【再生】【色欲】【混沌】。

 

 一年前、バルディシュトに捕らわれ非人道的な実験を繰り返された闇商人トリリアは、現在彼の幻惑の魔法の術中であった。

 

 

 皮を剥がされようが、肉をそがれようが、骨を砕かれようが、苦痛は全て快楽に変わり強い刺激で思考は溶ける。主人(バルディシュト)から与えられる全てが幸福であり、もはや自分が何者かも覚えていまい。

 これは呪術を行使する際に対象が正気を失わないようにするための、バルディシュトなりの配慮であった。全ての施術が終わったら魔法は解除するつもりでいる。何故なら魔法で愛されるなど興覚めもいいところだからだ。

 本人に記憶は残るが、その感覚は長い夢を見ていた程度のものに留まるはずである。

 

 【再生】持ちのバルディシュトはその恩恵により、伝説に謳われる上位魔法にも迫る威力の回復魔法を使うことができる。それに加えて彼の呪術である「白匣」という限定的な状況下では、人一人死なせないことなど造作もない。そのためこの一年、トリリアは呪術のために体を無残にもてあそばれようと、彼女個人の許容範囲を超える【属性】の付与という無茶が行われても、まだ狂わないまま生きている。

 

「完ぺきに仕上がった自分を見て、君はどう思うかな! 君はつまらない人間だから、僕がいちから教えて愛でて僕だけに塗りつぶしてあげる! 今の君も素敵だけど、お人形はいらないもの! 僕とおそろいの【色欲】【混沌】に、【繁栄】【癒し】【雷】! どうかな!? とっても悩んだんだよ!? 君を着飾る属性に妥協はしたくなかったからね、集めるためにちょっと苦労もしたんだ。でもそれも君への愛がなせるわざ! 僕の愛は真摯でしょう? すてきでしょ? いっしょにドロドロに溶け合おう。それに美しさには強さも必要さ! 強い雷魔法を覚えて僕を助けてね! そしてそして僕が痛くなったら心も体も癒してほしい。そしてそしてそして! どこまでも繁栄しよう僕と君の二人の楽園で!!」

 

 言い切ると、バルディシュトはトリリアの首を鋏でねじ切った。

 

 

 

 

 白い部屋に、極彩色と濃い黒色が深く滲んで染みてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ねボケェ!! くっそがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! この、この! 死にさらせ変態!!」

 

 私は目の前に転がった変態を、靴が汚れることも気にせず何回も踏みつぶした。

 ちなみにその変態だが、体の中心から真っ二つになって臓物や血液、汚物を巻き散らかしながら死んでいる。正直臭いし汚い。

 

「ねえ、もう死んでるわよ?」

「わかってます! でもこうしないと私の気が済まないの!!」

「そう。まあ、止めはしないけれど」

「ありがとうございます!」

 

 手近な椅子に腰かけて退屈そうに顎に手をつきこちらを眺めているのは、大きな鎌を背負った赤髪の少女だ。髪の毛を二つ結びにしたくりくりとした目元が愛らしいが、その愛らしい容姿に反して膂力は私などとは比べ物にならない。なんたって、ひょろいとはいえ大の男を綺麗に両断出来るんだから。

 魔法を使った感じではなかったし、もしかして【斬撃】とか【剛力】持ちかしらね。もしくは【破壊】か、ちょっとひねって【分解】か。

 以前から顔だけは知っていたけど、こうして話すのは初めてだ。たしかカリュオンに取引に行ったとき、カミラ様の後ろで静かに付き従っていた子だわ。名前はエシュリーンだった……かな?

 なんでもこの変態、命知らずにも狂信会カリュオンのリーダーであるカミラ様のコレクションから【属性】を盗んだらしいのだ。つまり彼女のおかげで私は助かったわけだが、エシュリーンは別に私を助けたわけでなく単に粛清をしに来ただけである。

 偶然万歳! 私ったら運命に愛されてるぅ!

 

「あ、そういえばカミラ様のコレクションは付与されたうちのどれですか? 今後もよいお付き合いがしたいですし、すぐにお返しします。代わりと言ってはなんですが、もし全部でしたらノンマンになるのは流石に嫌なので何か属性のストックがあれば買い取りたいのですが……」

 

 う~む。こうしてさらっと「属性狩り」という違法行為から発生する【属性】の売買を話せるあたり、改めて考えてみなくても私ってもう完全に裏の人間よね。たまに商人としての伝手をあてにされて、【属性】関連の仲介人なんかもするし。

 自分が対象になるのは嫌だけど、知りもしない赤の他人が属性をはがされることに何の感慨も感じていない証拠かしら。

 

「ああ、そのこと。返却は不要よ。薄汚い男の手垢のついた属性なんて、カミラ様にはふさわしくないもの」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。その男を殺した時点で、あたしのお仕事は終わり」

 

 ……カミラ様がブチ切れた時の姿を知ってるから多少リスクがあってもすぐ返す気でいたのに、これは予想外だわ。

 

「え、ええと。では、その、この度は偶然とはいえ助けていただき、ありがとうございました。今度素敵な魔石の装飾品をそろえて訪ねさせていただきますね。もちろん、お値段は割り引かせていただきますわ」

 

 それを言うと、エシュリーンは髪の毛を結っているレースがついた可愛らしいリボンをいじりながら「ふうん」と、少し嬉しそうに笑った。

 

「楽しみにしているわ。髪飾りを多めにお願いね」

「もちろんです」

「……じゃあ、あたしはこれで」

 

 そう言ってエシュリーンは立ち去ろうとするが……最後に振り返って、なんとも不吉なことを言い残してくれた。

 私はそれに虚を突かれてしばらく呆然としていたが、はっと我に返ると鬱憤を発散するように変態の死体を踏む作業を再開した。そんな私の心は、たった今聞いた言葉の内容のせいで荒れ狂っている。

 

「あああああああ! おぞましいわ気持ち悪いわ!! 一年も!! こんな奴のいいようにされてただなんて!!」

 

 少し思い出すだけでも、全身を虫が這いずるような嫌悪感。おかげ、という言葉を使いたくはないけれど、こいつの魔法で正気じゃなかったのだけは幸いだわ。こうして客観的な感覚で記憶を見るだけでも吐きそうなんだからね! っていうか吐いたわよ!! っていうかよく生きてたわね私!? え、大丈夫? いきなり頭落ちたり腕とか脚が千切れたりしない!? ヒィィ! もう本当に最悪よぉ!! なんで私がこんな目にー!

 

 考えてたらイライラしてきた。もう踏み飽きたし、そろそろ処分してしまおう。

 なんだっけ……まだ実感ないけど、今の私って【雷】の属性持っているのよね? だったら私のしょぼい魔法でもこの死体を焼き尽くすくらいできるでしょ。

 

 そう軽く考えて、私は魔法を詠唱する。

 これでも魔法学園の卒業生だもの。今でこそ攻撃手段は魔銃頼りだけど、まだまだなまっていないはず。

 

『雷帝の使者よ来たれ! 五月雨(サミダレ)ル光の剣によりて、我が怨敵を貫き殺すがいい! 死んでっけどな!』

 

 詠唱に思いっきり現在の心境が出たけど、こうしてその時の気分に合わせて文句を変えると効果上がるのよね。さあ雷よ、このド腐れ変態野郎を丸焼きにしてや……って、ええ!?

 

「きゃあ!?」

 

 想定した以上の威力でもって現出した私の雷の魔法は、強い光と衝撃でしばし私の視界を奪う。そして目をあけたとき、目の前には想像とは違う光景が広がっていた。

 

 

「…………うそ」

 

 

 丸焼きどころかわずかばかりの燃えカスを残し……狂愛のバルディシュトの死体は、見事に弾け飛んで消滅していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年前、私は変質者に誘拐された。男の名前はバルディシュト。”狂愛のバルディシュト”だ。

 王都の掲示板に張り出されている手配書で名前だけ見たことあったけど、まさかこんな若い男だったとは……。若いわりに結構な犯罪歴のあるバルディシュト。その師匠であるアノマン様は手配こそされていないが、それだけにどんな経歴を隠し持っているか怖いわね。弟子が死んだとはいえ私は被害者であって直接奴を殺した加害者ではないから、今後もよい取引が出来ればいいのだけど。

 

 ……その前に一年行方をくらませていたことの埋め合わせかー。嫌だわ、まったく。どんだけの損害よ! 信用の回復だってしなくちゃいけない。うんざりする。

 

 まあ、それはさておき。

 

 私は口に出すのもおぞましい方法で、一年をかけて【属性】を体に仕込まれた。なじむように、丹念に。それも五つも! 凡人から一気に超希少なクインテッドよ。一気にお兄様とお姉様を追い抜いたわ。

 もともと持っていた【凡】と【傍観者】は私の体から抜かれた後、どうなったのか知らない。……まさか忌々しい凡人属性からこんな形で抜け出すことになるとは思わなかった。

 

 だけど結果的に五体満足で属性が増えたとはいえ、素直に喜べることではない。どうも不吉な予感がしてならないのだ。

 例えばすぐに考え付く脅威はアトリ教。もともと粛清対象になるようなことはしてるけど、クインテッドともなればまた別よ。不当に属性を奪ったものと勘違いされてサクッと殺されるか、それとも飼い殺されるのか……。どちらにせよバレたらろくなことにはならないでしょうね。傍観者というある意味保険のような属性も失ってしまったし、その反動が怖いわ。

 

 

(いや、やめよう。予感がするなんてあいまいな認識で済ませるのは)

 

 

 だけどしばらく考えて、自分が一つの事実から遠回りしていることに気が付いた。見ないふりをしたいけど、結局は向き合わなければならない。

 カリュオンのエシュリーンが最後に残していった言葉。そのことについて。

 

 

 

 可憐な少女の声が頭の中でこだまする。

 

 

 

『あなた、そのままじゃ一年ともたないわよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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