隷属者の喜遊曲~私が凡人から無能になるまでのお話~   作:丸焼きどらごん

3 / 10
03:トリリア・アルフレインズは生き延びたい

「ああ……なるほど。彼は随分と丁寧に術式を仕込んだようだな。しかしその維持には術者が定期的に細かな調整をしなければならない。となれば、当然体が持たないだろう。特に君みたいな凡庸極まりない器では」

 

 言われた言葉の内容がはじめ理解できず、なんとかかみ砕いて自分の中に落とし込むのに数分を要した。飲み込んだ後は、絶望感を伴った辛気臭いため息が幽霊のように口から這い出ていく。

 ちなみにその間、目の前の緑髪と身に着けた多くの呪具が特徴的な男性は優雅に紅茶をたしなんでいた。それだけならばまだいいが、無駄に心地よさそうな家具に体重をあずけ最高のくつろぎ空間を演出している。とても来客中の態度ではない。

 ……でもこの方はそういう人だし、むしろ直接対応してもらってるだけ幸運なのよね……はぁ……。

 

 落ち込んでいるのを隠しもしない私の前で、それをまったく気に留めない男二人が会話している。一人は今回、目の前の男性に取次ぎを頼んだ相手だ。バルディシュトの糞に私を紹介してくれさったアノマン様である。

 

「申し訳ありません、コンフーロ様。弟子の不始末でお手間を取らせます」

「それは別に構わない。せっかくだし面白そうだから、経過観察したいし」

「ああ、ですね。では不始末の責任を取って、私が責任をもって取り組みます」

「……そうか? 私も暇ではないから、それなら後で報告だけしてくれアノマンくん。結果が気になる」

「御意に」

「はいちょっとお待ちくださいませ」

 

 あまりにも普通のトーンの会話だったからつい聞き流しそうになったけど、これ聞き流しちゃダメなやつ! 敏腕商人トリリアちゃんを舐めないでもらいたいわ! っていうか聞き流したら多分私、ここに来た意味ない!! ひるんで流されちゃだめよ!

 

 

 

 

 ああ……もう何度思ったか知れないけれど、本当に本当に本当に、なんで私がこんな目にー!

 

 

 

 

 私は忌々しき変態の研究所から抜け出した後、まず取引途中だった案件の処理に走り回った。一年も、しかも何の前触れもなく姿を消したのだ。当然取引相手は怒っていたし、私の信用はガタ落ち。……実際、いくつかの取引先に今後の仕事を断られてしまった。違約金もかなり支払ったし、大損だわ。

 バルディシュトの研究所から金になりそうなものは持ち出したけど、ほとんどの物がうっかり高威力で放ってしまった私の雷魔法で消し炭になってしまったし……踏んだり蹴ったりよ。

 

 しかも、あの変態に無理矢理増やされた属性よ【属性】!!!!

 

 【混沌】と【色欲】はともかく、【癒し】【繁栄】【雷】は今後の人生勝ち組コースとしてはなかなか良いものだと思ったわけよ。だけど、とんでもない!

 

 まず【雷】。体が常に帯電していて、うっかり人に触ろうものなら痺れさせてしまう。それに密かに自慢だった私の美しい黒髪が、全然まとまらなくてばっさばさ! 無理やりひっつめて縛ってるけど、これじゃおばさんじゃないの! 「え、トリリアさんってもう適齢期過ぎてるからおばさんですよね? たまに自分のこと美少女とか言ってますけど(笑)」とか言ってくれた仕事仲間に制裁を下すにあたっては役立ってくれたけど……。もちろん死なない程度にね、死なない程度に。こう、びりびりっと。……にしても、ほんっと腹立つ! キィィ!! 何万リビの香油を使ってこの美しい黒髪を維持してきたと思ってるの! 長い髪の毛は手入れが大変なのよ!

 

 次は【混沌】! ……商談のまとまりが異様に悪くなった。

 私がどんなに言葉を尽くして説明しても、相手が理解しないのよ。しかも大事な場面に限って猫が乱入してくるだとか、それならまだ可愛い方で違法賭博の材料として捕らえた闘魔獣が逃げ出して襲ってきたりとか、犯罪者と教会の人間との追いかけっこからの乱闘に巻き込まれたりとか……! 

 これが二番目に困った。毎回こんな調子じゃあ、この先商人としてやっていけない。私だったら取引のたびに危険を呼び込む商人なんて、絶対に関わりたくないもの。今の私だけどな!!

 

 でもって、次。植え付けらえた中でもまだましというか、当たりの属性だと思ってた【繁栄】!!

 すぐに何かしらの影響が出るとは思っていなかったけど、これは間違いなく私を商人として成功させてくれると確信していた。……なーのーにー!! これについては、属性同士の相性ってものを嫌ってくらい思い知らされたわ!!

 

 たちの悪いことに【色欲】との相乗効果で、異様にモテるようになったのだ。しかも生命力と性欲強そうなやつらばかりに。

 ほーっほっほ! これって子供いーっぱい産んで子孫繁栄させろってことかしらぁぁぁ? ……………………ふざっけんじゃないわよ! そんなこと望んでないっつーの!! 私の理想はいつか純真無垢な年下美少年を篭絡して可愛い娘と息子に囲まれることなのよぉぉぉぉ! 金がどんだけあろうと人間的に魅力があろうと、美しくない脂ぎった中年に用は無いわ!! お金は私がいくらでもかせぐし、人間性は私が丁寧に可愛がって育てるもの! 美少年を!

 

 娼館でも行って抜いてろよ極細腸詰肉どもが!! って追い払っても執拗なまでに言い寄ってくるし追いかけてくる。最悪なのが今まで仕事は仕事と割り切ってた取引先でまで、何人かが厭らしい目で見てくるようになったことね。可愛く美しい可憐な美少女トリリアちゃんですからね、今までだってそりゃ性的な冗談でからかわれることはあったわよ。だけど相手も私の商人としての価値を理解してるから、冗談にとどめていた。なのにいきなり「妾にならないか? 正妻でも構わんぞ」って何。その貧相な棒と玉ぶっ潰すぞ。

 

 

 ヤバイ、このままじゃ私の仕事が【属性】に殺される。あんな目にあったってのに、【属性】ときたら恩恵どころかまたしても私の前に障害となって立ちふさがろうってわけ!? 冗談じゃないわよ!!

 

 

 唯一まともなのは【癒し】だけって……。いやもう、本当に勘弁して。しかもエシュリーンが言い残した不穏な言葉も気になるし……ううう……。

 

 

 

 そう思って、全部の面倒ごとを片付けてへとへとになりながらカースドに接触し、無理言って長たるコンフーロ・ハロウズ様に面会願ったらこれよ。エシュリーンと同じく彼は私を見て「一年と持たない」という評価を下した。……何が持たないかって? 

 

 

 

 

 

 命よ。

 

 

 

 

「属性というものを、人という種が宿せる数は最高で五つ。それを超えると、たとえどんなに属性に愛されている人間でも死ぬだろうな。…………今のところは」

 

 はい、物騒。私知ってますからね? 「五個までじゃつまんなくない? もっとつめちゃえつめちゃえ~」ってノリでカースドの人が人体実験してゴロゴロ死なせてるの知ってますからね。無邪気か。本人達的に邪気がないところが一番怖いわ。

 

「まあ……あれだ。割愛するが、要するに五つの属性など君には過分だということだよ。えーと、ドドリアくん」

「トリリアです」

「そうか。それで経過観察についてなのだが……」

(絶対に覚えられてない……そしてとても大事な部分を割愛された気がする……)

 

 そしてお願いよ。私に人間としての興味が無いことは理解したわ。でもですね、だからってあんまり物みたいに扱わないでくれません!? ある程度は我慢しますけど、私はモノ言わぬ素材じゃないんですよ! いだだだだだだ! 話すついでに呪術の痕跡を確認するのはいいけど、人の関節はそっちに曲がるようには出来ていませんからね!? 

 

 

 今回カースドの長たるコンフーロ様に取次ぎ願ったのは、呪術の事は一番の専門家に聞くのが手っ取り早いと思ったからだ。あとカースド謹製の、属性を引き剥がす呪術が込められた道具を買い取るのも目的ね。カースドは内向的な組織柄のわりに各人自分の研究最優先の変人ばかりだけど、それでも部下の不始末は長の不始末。それを種に少しでも良質な品を安く買いたたきたかったというわけよ。

 でも、まずい。この人、経過観察とか言い始めた。アノマン様も私が引き受けるとか勝手に話し進めてるし。これ予想するに「面白そうだから死ぬまで観察させてー」ってことでしょ。待て待て待て。こちとら実験に必要な貴重な物資を提供してんでしょーが。他の塵芥(ちりあくた)の実験動物と一緒にしないでいただきたいわ……! これじゃここに来たの、完全に裏目じゃない!

 

 焦った私はついつい早口で言葉をはさむ。

 

「あのですね、私は死ぬ気なんてこれっぽっちもありませんの。どんなにお金大好きな私でも、いくら積まれたって自分の命を商品には出来ませんわ」

「……何か勘違いしているようだね。アノマンくん」

「はい」

 

 心底面倒くさそうな顔をされた。そして説明が部下に投げられた。……ううっ、こっちは怖いの我慢して言ってるのになんておざなりな対応……! いや、勘違いなら勘違いで言葉を挟んだ私が悪いの……かしら?

 

 

 

 ま、まあいいわ。裏の人間に気持ちを左右されてちゃ闇商人としてダメダメね。心を強く持つのよトリリア。まずは説明を聞きましょう。情報を得なければ。

 

 その後説明を引き継いだアノマン様が説明してくれたのは以下の内容だった。

 

 ひとつ。私の体は五つの属性を宿すにはどう考えても容量? 不足。このままでは長くて一年しか体がもたない。限界が来た場合、良くて魔物のような何かに変貌。悪くて死ぬらしい。…………いやどっちも悪いわ! これは属性数を許容範囲内……私の場合はもともとのデュオに収めれば問題ないようね。まあ、解決策があってよかったわ……。

 

 ふたつ。属性を五つに保ったままでそうならないためには、定期的なメンテナンスが必要なこと。が、それが可能だったバルディシュトはすでに死亡している。研究資料がすべてバルディシュトの頭の中であるため、引継ぎも不可能。個人の研究は非常にデリケートなものらしく、他の者が再現するにはそれなりの時間と手間がかかる。

 しかし最終的に無理をした個体はいずれ崩壊するとのこと。……私は狂愛のバルディシュトの何人目かの花嫁(おもちゃ)だったようだ。似たようなことされた子は、もう何人も死んでるってわけね。

 まあここまで聞いたら、属性を体から引き剥がす選択肢以外存在しないわ。

 

 みっつ。落とし穴。

 一年もの時間をかけて呪術で定着させた属性は、そう簡単に剥がせるものではない。裏で出回っている既存の物ではまず不可能。これに関しては惜しみなく財産を放出しコンフーロ様から高級品を買った。それでも剥がすには条件がいるようだ。クッ。

 

 よっつ。よしんば属性を剥がせても、宝玉状態では維持できない。誰かの体に入れないことには帰巣本能のように、また私の体に戻ってしまうとのこと。これについては属性の売り買いの仲介人もしていた私としては、譲渡もしくは売買する伝手はばっちり! ……って言いたいところだったんだけど……ね……。

 

 

「属性を植え付ける相手はノンマンに限られる」

「嘘でしょなんで!?」

 

 あまりのことに、私はつい感情的に叫んでしまった。あらやだ、いけないわ……。商人としてあるまじき事よ。

 

「ッ、失礼。ですが、それはなぜ?」

 

 すぐに呼吸を整えたが、心臓はドクドクと脈打っている。

 ……ノンマンなんかに属性を植え付けて、それが教会に、周囲の誰かにばれたらどうなると思う……? 下手したら周り全てが敵になる。ノンマンとは、それほど世間一般の人間にとって見下すべき者たちなのだ。

 

(あ、でも属性があれば差別はされないのかな……? ……いや、でも! どっちにしろ”ノンマンに属性を植え付けた”私に対する評価が底辺になることは間違いないわ! 属性簒奪の疑いと神聖な【属性】をノンマンに植え付けた心理的嫌悪感が私に向くのは必至!! 冗談じゃない!!)

 

 必要のないリスクは避けるべき。そのためにも、私は何故相手がノンマンでなければならないのか聞かねばならない。

 

 

 

 

 しかし、世は無常である。

 

 

 

 

「バルディシュトの呪術は本人みたいに粘着質なのだ。その粘着質な呪術付きの属性がノンマン相手にどう定着するか気になる」

「好奇心か!!」

 

 結局全部お前らの都合ー!! 敬語かなぐり捨てたわ! 

 

 ああ、もうこれだから趣味人の集まりは! 訂正! これだから悪趣味人の集まりはぁぁぁぁぁ! コンフーロ様に至っては何故かいつの間にかいないし! え、珍しい薬草の情報が手に入ったから出かけた? 自由か!!

 

「……ッ、ま、まあそういうことでしたら経過観察? については飲みましょう。私が対象ではありませんものね。どうぞお好きに、存分に元ノンマンを観察ください。高級な呪具も多少値引いていただけましたし、今回とても貴重な情報を提供していただけましたし……それのお代と思えば……」

 

 もとはテメェらの身内のせいだけどな!! 言いたい。言ってしまいたい。

 

 でも、駄目よ。駄目よトリリア! ここで相手を怒らせてはいけないわ。私はか弱き乙女。相手は頭おかしいけど厄介で強い、そして何より大事なお客様……!

 ま、まあ、あれよ。ノンマンなら誰もが属性なんて喉から手が出るほど欲しいはず。ばれないように慎重に、最悪属性をくれてやったあと気分は悪いけど殺して証拠隠滅して……いやこれはこいつらの研究対象だから駄目か。まあとにかく、属性を押し付けるだけならすぐにすみそうね! 引く手数多は間違いない! そうと決まればさっそく残す属性を選別して……。ああ、どうしよう。うまく思考がまとまらない。

 

 うんうんうなって今後の予定を頭の中で組み立てる私だったが、そこにアノマン様の不吉な言葉が投げかけられる。

 

「ああ、それと最後に一つ。属性を与えるノンマンは、私の【運針】が導いた先にいた者のみにしてくれ。その条件をのまない場合、先ほど渡した呪具は没収だ。使い方も教えない。そうそう、【運針】を活かして作った指針の振り子をあげよう。それの導きによって探すといい」

「は?」

「なに、これで探すと研究にぴったりの対象が見つかりやすのでね。まあ運とついてはいるが、私のは大したものではないのだが。運針は裁縫用語だって知っているか?」

「え、あ、はあ知ってますが……針の運び方のことですよね……」

「そうだ。ひと針ひと針丁寧に縫うように、完成へと私を導く。良質な材料を扱う君の元にもこいつが最初いざなってくれた」

「はあ……」

 

 人の属性の説明や認識なんざ今どうでもいいわよ。肝心なことはそれじゃない。

 

 え、え、ちょっと待って私、気の抜けたような返事をしている場合じゃない! こ、これは……え、まさか冗談よね? え、待って待って。なんか怪しい針のついた鎖を渡さないで。一見値打ち物だけど要らない。要らないってば! 握らせんじゃないわよ!

 

「行商で旅慣れた君には期待しているぞ」

「え゛」

 

 同時に握らされたのは、普段使わぬプロパーテ大陸"全土"の地図。アノマン様はその地図を広げて、振り子をぷらぷらさせ親切にも使い方をレクチャーしてくれた。そして「ね!」と笑う。殺したい。

 

 

 

 こうして手ごろなノンマンで済ませる気満々だった私は、翌日古臭い振り子に導かれて広大なプロパーテ大陸へと足を踏み出すのだった。

 

 可憐な美少女商人トリリアちゃんの大冒険、始まるよ☆

 

 

 

 

 

 属性ってやっぱりクソだわ。

 

 

 

 

 

 




※コンフーロ・ハロウズさんは企画主催者のとぅりりりりさんの公式キャラです。




ありがたいことに柴猫侍さんから可愛らしいドットアイコン風トリリアを頂きました。
可愛い……すごく可愛い……!細部までとても丁寧に描いてくださってます。再現率がすごい。
【挿絵表示】

柴猫侍さん、この度は素敵なイラストをありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。