隷属者の喜遊曲~私が凡人から無能になるまでのお話~   作:丸焼きどらごん

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04:トリリア・アルフレインズは生き延びている

 華やかで煌びやか、着飾った紳士淑女の金銀宝石がさんざめく絢爛なる空間。入り混じった酒や香水、葉巻にはたまた水タバコなど……客の出身地も様々なのか、入り混じる香りや匂いも多岐にわたる。

 人一倍嗅覚に優れた少年はその匂いの坩堝にたまらず体をよろめかせ座り込んだ。そんな少年に声をかける者はおらず、ただ邪魔で汚らわしいものを見る目で避けていく。

 少年の前に、何者かが立ちふさがる。それにびくりと肩を震わせた少年は、口と鼻を抑えながらおそるおそる目の前に立った者を確認しようと視線をあげようとした。だがそれは叶うこと無く、頭上に突如のしかかった圧力によって彼の顔面は磨かれた床に勢いよく衝突した。何者かに頭を踏まれたのだ。

 

「!?」

「おい! ここはテメェみたいなガキが来る場所じゃねぇぜ! ……っと、いけねぇいけねぇ。これじゃあ他のおガキ様に失礼だな? 言い直すぜ。ここはなぁ、テメェみたいなノンマンが来ていい場所じゃねぇんだよ!!」

 

 言うと同時に、固い革靴で覆われた足がぐりぐりと少年を踏みにじる。

 

(痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい)

 

 口に出して言ってしまいたい。でもそれをしてしまったら、今以上に痛い目にあわされることを少年は知っていた。だからこそ歯を食いしばったまま、嵐が過ぎ去るのを待つ。

 やがて少年をいたぶっていた男は飽きたのか、ようやく少年の頭部から足をどけた。地面に這いつくばっていた少年はほっと息を吐き四つん這いになって体を起こそうとするが……その瞬間。腹部に熱を感じた。

 

「がッ、は!?」

 

 唾液と胃液が零れ、一瞬息が出来なくなる。どうやら腹を蹴り上げられたようだ。

 蹴られた勢いで今度は仰向けになって倒れると、今しがた少年に暴行を加えた者の全貌がやっと明らかになる。相手は少年の倍もありそうな巨躯の男で、腕など少年の細い胴体と同じほどの太さだ。恰好だけは正装だがサイズが合っていないのかその衣装も盛り上がった筋肉ではちきれんばかり。ジャラジャラと金の装飾品をぶら下げて、男は心底不愉快そうに声を荒げた。

 

「きったねぇなぁ! ノンマンの汚水で俺の靴が汚れたじゃねぇか! アトリ様のご加護が逃げ出しちまうぜ!」

 

 そんな暴言にも、周囲の誰もが異を唱えない。それよりも少年へ向けられる軽蔑の視線の方が遥かに多かった。

 

「あの子、ノンマンなのかい?」

「ああ、そうだ。昔から近くに住み着いてる害獣みたいなもんさ。時々おこぼれを狙って表に出てくる」

「でも珍しいな。私も見かけたことがあるが、まさかこの区域にまで入ってくるなどと。……というか、何故入れたんだ?」

「汚らわしい! 警備の方は何をやってらっしゃるの? 早く私の視界からノンマンを消してちょうだい!」

「今あれを痛めつけてる男が一応警備の一人さ。随分と野蛮な男を雇ったものだが……こういった賭け事の場じゃ、ああいう輩も必要だからね。でも遊んでないで、早くつまみ出してもらいたいものだよ」

「チッ、ついてねぇ! ノンマンなんか見た日にゃあ運気が落ちるじゃねぇか!」

「まったくだな。せっかく【幸運】持ちに祝福してもらってきたってのに台無しだ!」

「いやぁね……ノンマンに加えて野蛮な方が多いわ。身分証はちゃんとお持ちなのかしら?」

「おいおいよせ。誰でもノンマンなんか見ちゃあ、立場ある人間でも暴言の一つも飛び出すだろうさ」

 

 誰も痛めつけられる少年を擁護せず、共通する意思は早くここから消えてほしいというもの。

 しかし少年も簡単には引き下がれない。この遊技都市キュベテスの中でもある程度の身分がある者しか入れないホワイトエリア……すでにノンマンであることが周知である自分が足を踏み入れれば、グリーンエリアの比ではない顰蹙(ひんしゅく)を買うことなどわかっていた。しかし彼にはどうしても今日、ここに来なければいけない理由があった。

 

「すみ……ませ……! すぐ、すぐ……消え、ます……。でも、その、前に……」

 

 言い終わる前に首元の服を掴まれて体が浮く。凶悪な男の顔に引き上げられた体は、否応なく恐怖に震えた。

 

「口を開くな、喋るな、息を吐くなノンマン。反吐が出る。お客様方にご迷惑だ」

 

 まるで鈍器で殴られたような衝撃が頬を襲った。吹き飛びながら遠ざかる視界の中でそれが男の拳だと気づいたが、華奢な少年にとってそれは鉄の鈍器とほぼ同義。なすすべなく少年の体は紙のように宙を舞う。

 

 おそらく頬骨が砕けた。そして体が地面に打ち付けられたとき、果たして自分の体は持つのだろうかと少年は刹那の思考の中考える。

 

(ごめん、レシル……)

 

 もう体が限界だった。諦めたくない……諦めたくないのに、それを体が許してくれそうにないのだ。

 約束を果たせないまま、今度こそ死んでしまうかもしれない。そう思った時だった。

 

 ふわりと温かく柔らかい何かに体が受け止められる。次いで鼻をくすぐったのは、きつい香水ではなく甘やかな花のような香り。

 

 

「あなた、だいじょうぶ?」

 

 

 向けられた笑顔は、まるで春妖精のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃー確保! いいわいいわ、順調よー!」

 

 私は宿屋のベッドに寝かしつけた少年を前に、高くつき上げた拳を握った。

 年齢は十四、五ってところかしら? 薄汚れてるしガリガリだし、殴られたせいで顔も腫れあがってる。とても見れたもんじゃないし、これは寝ている間にちゃちゃっと治療した方がいいわね。なんたって大事な私の「属性の譲渡相手」なわけだし! 喜びなさい、少年! 今日からあなたもソロデビューよ!

 

 

 

 

 数か月前、私はカースドの趣味人共の都合で残り一年の命だってのにノンマン探しの大冒険に送り出された。目的は私の体をむしばむ過剰な【属性】を、見つけ出したノンマンに植え付けること。そうすれば私の命は助かるわ。

 ……でも厄介な条件を出されたものよ。

 ただでさえノンマン……ノンヒューマンってのは、先天性の者で全人口の五%ほどという希少種。それもノンマンだと知られたら酷い差別を受けるって知ってるから、誰も大っぴらに言いふらしたりしない。下手したらノンマンだからって理由だけで虫みたいに殺されるからね。今助けたこの子がいい例よ。

 たったひとつ。【属性】を持たないというだけで、呼び名の通り彼らは人間であるとみなされない。見下すべき存在であるというのが、一般的な認識だ。

 というかこの子、カジノの客の会話を聞く限り周りにノンマンだって結構知れ渡ってたっぽいのに、今までよく生き延びてこれたわね。まあみすぼらしい恰好だし体は細っこくてガリガリだし、どういう人生を送ってきたかなんて一目瞭然だけど。あーあ、運の悪いこと。

 

 でもってそんなノンマンを見つけ出すことがまず大変だってのに、呪術結社カースドのアノマン様がつけてきた条件よ条件。自分が呪術を施した道具が導いだ先に居るノンマンじゃなきゃヤダってさ。ふざけんなっつーの! まあ、ある意味助かったけどね。もらった呪具は隠れてるノンマンを見つけ出す指標にはなったから……。

 いや、でも! 私の伝手を駆使すれば、手近なところでノンマン三人くらいすぐ用意できたわよ! トリリアちゃんの情報網をなめないでいただきたいわ。だってのに、呪具の導きのせいで南へ北へ東へ西への大移動! ああー! やっぱり腹立つぅぅ!

 

 だけど私頑張った。何とか面倒な【色欲】と【混沌】を優先して植え付けてカースドに送り付けてやったもの。トリリアちゃん優秀。超優秀。将来大金持ちの大商人間違いなし。

 …………まあ予想外なことはあったけど。

 

 最初に見つけ出したノンマンは女の子で、彼女には【色欲】を植え付けてアノマン様のもとに送った。「これであなたも差別されることなんてないわ。王都に知り合いがいるから、そこで働きなさい」な~んて甘言つきでね。

 

 

 

 それが何がどうなって「私たち結婚しました」なんて手紙が届くとか、誰が思うよ! ええ!?

 

 

 

 アノマンあの野郎!! いくつか知らないけど確実に二十は離れてる年下の女の子に手を出すとはどういうこと! 年の差なんていろんな例があるからそこは偏見もたないけどさぁ、こっちは命懸けで旅してんのよ!? そこに、おま、ふざけるなよ!? しかも女の子から感謝とのろけ話がたっぷり書き綴られた手紙がセットで届くとか……もうね……実験動物として悲惨なことにならなかったのは、素直におめでとうと言うけれど……うん……。

 

 ま、まあいいわそんなことはどうでも! 過ぎたことよ。無事に生還したらアノマンの野郎はお客様だろうともう容赦せず殴るけどな。

 そんなわけで【色欲】が思わぬ作用をしたのかラブラブカップルを生み出してしまったけど、これってきっと彼女が「愛されたい」って渇望してたのが影響してるのよね。

 【属性】は人の理解度や認識次第で同じ属性でも違った影響が出たりする。私の場合、裏稼業を長く続けたせいで【色欲】に対する認識がどうしても生々しいものになってしまっていたから、あんな風になったんだわ。多分。

 これが厄介なもので、ある程度は理解を深める訓練や属性に対する知識を増やすなどで、認識を自分がその属性を活かす方向でより良いものへと変えていける。だけど大きく影響をもたらすのは、やっぱり生まれ育った中で培われた深層心理なのよ。それはそう簡単に変えられるもんじゃない。そこまで他人の属性に対する認識について詳しくないから、これは経験をもとにした持論なんだけどね。

 ……その点、属性の影響をいっさい受けてこなかったノンマンってのは言い方を変えれば"無垢"なのかもね。生まれ持って【属性】を身に宿していた私たちは、どうしたってその影響下の元で育つから深層心理を変えるのはなかなか難しい。でもノンマン、彼らの心は属性なんて関係なく真に自分自身だけの心の在り方で育ってきた。だからこそ、属性への認識も私たちに比べて比較的素直に、自分への恩恵として受け入れられるのではないかしら。たとえ手に入れた属性がどんなものでも、より良くなりための方向へ。

 

 ……うらやましいとは思わないけど、この旅でちょっとだけノンマンに対する見方が変わったわ。

 

 

 

 

 女の子の次に探し出したノンマンには【混沌】を植え付けてあげた。そのノンマンは男で、盗賊をしていた。身の程知らずにも最初襲ってきたもんだから、叩きのめして属性植え付けてそのまま近くの町にいたカースドの人間にコンタクトをとってひき渡して王都に直送。こっちについては実に速やかにあとくされなく作業が完了したわね。厄介な属性も片付けられて、すっきりすっきり!

 

 こうして半年と経たずして面倒な属性を処理できたから、確認はしていないけど一年という寿命は延びたんじゃないかしら。といっても、油断はしないけどね。

 残る属性は【雷】と【繁栄】と【癒し】。でもって私はもともとデュオだから、ノンマンに植え付ける属性はあとひとつ。そしてその最後の相手も、すでに私の手の内。

 ……優秀、優秀すぎだわ私。鬼畜な条件にも屈せず期限に余裕をもって目的を遂行する手腕、惚れ惚れする。あ~、私って元凡属性とは思えないほど素敵に無敵に優秀ね。あ、もしかしてこれって凡を無くした反動的なものもあるのかしら。

 

 でも寿命の危機が無くなったと言っても、のんびりはしてらんないのよねー……。

 

 呪具を買ったり違約金を払ったりで、私が大事に貯めこんできた財産はすでにカッツカツ。本当なら安全のために護衛だって雇いたかったのに、今こうして一人旅してるのが私の懐事情を悲しく表してしまっているわ。ああ、なんてこと……。以前の私だったら、噂に名高い【離散】のサラディアだって雇えたでしょうに。今は移動用の大事な馬も手放すかどうしようかって考えるほどに余裕が無いわ。最低限必要な商売用のお金には手を付けられないしね……。バルディシュトの糞に出会わなければ、今頃順調に貯蓄できていたことを考えると悔しすぎる。

 命が助かるだけでも儲けもの。……大人しくそう考えられるほど、私はお安い女じゃないのよ。生き残る目途も立ったことだし、また商売の事を考えなきゃ。

 今回の旅の途中でいくつか販路になりそうなところは開拓したけど、それじゃまだ割に合わないっつーのよーう。

 

 

 

 

 もう、生きていくって大変ね!

 

 

 

 

「う……」

「あら、お目覚め? ごめんごめん、まだ治してなかったわ」

 

 あれこれ考えていたら気絶していた少年がうめき声をあげた。薄っすら開いた彼の瞳は、なかなか美しい菫色。ひしゃげた顔面で台無しだけどね。

 私は【癒し】持ちになってから格段に効力が増した治癒の魔法を展開するべく、少年の顔と胸に手を当てがった。少年はそれに体を震わせたが、振り払うほどの体力もないのかそれ以上動く気配はない。

 ふっふーん。喜びなさい、少年。私がこの後あなたに贈る属性は【雷】よ。きっとさっきみたいなチンピラなんて、一発でぶっ倒せるような力を手に入れられる。役に立ちそうなら実験動物から構成員にランクアップして、カースドでも生き残れるかもしれないしね! 少なくとも今よりマシな生活があなたを待っているわ。

 

 と、治療治療。魔力の循環は十分ね。

 

『静謐の棺よ。その身の内を光風で満たし、か弱き命に祝賀の春が奏でし恩恵を与えよ』

 

 魔力を形成し、少年の体を包み込む青く発光する立方体を作り出す。その中には徐々に蛍のような光で満たされていき、最終的には薄桃色と淡い緑の光でいっぱいになった。

 

 そして数秒後。

 

「よっし! これで少しはましな顔に……」

 

 言いかけて、止まる。

 

 …………私の治癒魔法は確実に属性の影響を受けて強くなった。この力はとても素晴らしく、【繁栄】と共に残すことを迷わず決めた。【雷】だって魔法の事を考えれば、確かに強い属性よ。でも【癒し】の魅力に勝るものは、私には感じられなかった。

 だってこの治癒魔法、治療するだけに留まらず体の不調まで整えてくれるんだもの! 食べ物にあたってお腹を壊しても薬いらず、旅の途中体が洗えず不快になれば体の垢も落としてくれる。なんて便利なの! まさに癒し……最高だわ。そうよ。私が求めている癒しはこれよ!

 

 まあ要するに、私が不快と思うことを取り除いて【癒し】てくれるわけだけど……。

 

「あ、ああ……!」

 

 

 私の理想が、そこにいた。

 

 

 透き通るような白い肌。細く柔らかな、わずかに金色を帯びた白雪のような髪。長い睫毛が影を落とす麗しい菫色の瞳は、角度によって深い藍色が混じる。まるで純度の高いフィオレソル魔鉱石のような美しい色。

 背はそれなりにあるのに、肉付きがほとんどなく薄い体は少女と少年の中間にいるような儚さを宿していた。

 

 

 文句なしの美少年ですありがとうございます。

 

 

 

「あなた!」

「はいぃ!?」

 

 体を起こして困惑しきりの顔で私を見ていた少年に、私はついつい勢いよく詰め寄ってしまった。あらやだ私ったらはしたない! 落ち着け、落ち着くのよ……。助けてあげた上に治療までしてあげた私はきっと、今この子にとってまるで女神のような存在のはず。そのイメージを壊してはいけないわ……!

 

「お、驚かせてごめんなさい。ところで体は大丈夫? 痛いところがあったらすぐに言ってちょうだい。すぐに治してあげるから」

「え……。あの、」

 

 言葉がつっかえて出てこないのか少年が言いよどむ。その姿がまるで小動物のように可愛くて、落ち着いた大人の女を装いながらも私は内心大いに滾っていた。

 やだ~! かーわい~い! なによ、もう! まさかの不意打ち! 汚れた野良犬を洗ったらとんだ高級血統種みたいの出てきちゃって、もう! これも日ごろの行いが良いおかげかしら! なんたって一組の幸せ夫婦を誕生させた恋の女神トリリアちゃんですからね! ええ~、どうしようこの子欲しい。アノマン様に掛け合ってこの子だけ私が引き取っちゃおうかしら。散々迷惑こうむってるわけだし、もう二人は提供したわけだし、一人くらいいいわよね? ふふふふふー!

 

「貴女が助けてくれたんですか……?」

「まあね。貴方みたいな子供が虐げられているのなんて、見てられなかったもの。そうだ、お腹はすいてない? あなた体がガリガリよ。もし食べられそうならスープでも……」

 

 そう言って、少年に背を向けた時だ。

 

 

「ごめんなさい……!」

「え?」

 

 ドンっと。背中に衝撃が来て、視線を下に落とせば何やら私の腹から何かが生えている。ぬらぬらと赤い液体を纏って鈍く光るのは、多分短剣。しかもその先っぽには、光り輝く宝玉がくっついてきてるときた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 少年は謝り続けながらもぐりぐりと私の腹をえぐってくる。

 ちょ、待、もう出てる出てる! 目的はなんかもう分かったけどもう出てる!! 属性の玉、出てるってば! 気づけや!!

 

「やめろこの恩知らずのクソガキがぁ!!」

 

 たまりかねて、私は魔法で強化した拳をクソガキめがけて振り下ろした。すると少年は容易く昏倒し、無様に床に転がる。私は荒くなる息を整えながらも、なんとか短剣を引き抜き治療魔法で腹部の怪我を塞いだ。ちなみに属性剥奪の呪具であろう短剣で引き抜かれた属性は、すでに私の体に戻っている。私のこの忌々しい移植属性は、そう簡単に抜き出せるものではないのだ。

 

(あ、危ない……危なかった……。このトリリアともあろうものが、ちょっと好みの美少年だからって油断した……なんてこと……)

 

 相手が弱っていて、圧倒的弱者の立場だと思い込んだのもまずかった。これはいけない。

 

「でも、この短剣はどこで……」

 

 私の血で濡れた短剣をしげしげと眺めてみる。それは私が持つ品とは比べ物にならないが、なかなかの高級品だった。施された呪術は大したものではなさそうだが、短剣そのものが持つ価値が高そうである。見事な金細工と宝石だわ……。

 

「この子の物ではなさそうね。もし単に幸運で手に入れたものなら、使わないで売り払ってるでしょうし。……となると、ノンマンのこの子を利用した誰かが、カジノの客から属性を奪おうとしていた……?」

 

 裏で何者かが手を引いているのは間違いないだろう。でもこの子は私が助けなきゃ死んでいてもおかしくなかったし、あまりにもお粗末な作戦だ。ホワイトエリアに居た特定の誰かを狙っていたとしたら、目を覚ましてすぐ近くにいた手ごろなお人よし(わたし)を襲うのもおかしいし……。ううん?

 

「まあ、どうでもいいわ。属性植え付けてからすぐに搬送しちゃいましょう」

 

 いくら好みでも、流石に自分を刺してくる相手となれば興味も冷めた。面倒ごとに巻き込まれるのもごめんだし、縁を切るためにもさっさとカースドに押し付けちゃおっと。

 

 

 でも、私。

 あなた、さっき「生きていくのって大変ね」って考えたばかりよね。

 

 

 

 そう。生きていくのって、大変なの!

 

 

 

「!?」

 

 突然派手な音と共に宿屋の窓をぶち割って侵入してきた相手を見て、私の思考が停止する。

 

 暴挙を行ったのは神父服の男。

 男は私と、私の手に握られた(私の血で)血塗られた短剣を見比べ、そして床に倒れた少年で視線を止めた。

 

「………………………………………………………………………………」

 

 冷や汗が止まらない。

 

 男が口を開く。

 

 

 

「最近頻出している属性狩りは貴様だな。アトリ様の名のもとに、この俺が粛清してくれる!」

 

「ちっがぁーーーーーーーう!!!!」

 

 

 

 

 特に親愛でも何でもないお父様、お母様、お姉様、お兄様、お元気ですか。

 トリリアは元気です。

 

 でも、生きていくって大変ですね。

 捕まる気はないけど、もし私の正体がバレて伯爵家令嬢が属性狩り! だなんて噂がたったらごめんなさいね。

 

 頑張れ! てへっ!!

 

 

 

 

 

 それもこれも全部、属性が悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※【離散】のサラディアさんは家葉テイクさんのアトスレ作品である「解放奴隷は祈らない」の主人公です。お名前だけお借りしました。
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