隷属者の喜遊曲~私が凡人から無能になるまでのお話~ 作:丸焼きどらごん
群青色の髪に翡翠色の瞳と、色合い的にはそこそこ好みな長身の男。服の上からでもわかる筋肉質な体は、なかなかよく鍛えられている。神父服をまとった十中八九アトリ教徒だろうそいつは、現在私の前に縄でぐるぐる巻きにされて転がっていた。やったの私だけどな。
……派手に登場した割に、あっさり捕まったわねこいつ。まあそれもこれも、私が準備を怠らない優秀な美少女だからだけどね。魔銃の弾に麻痺効果のあるものを補充しておいて正解だったわ。まだ【雷】を失っていない私なら魔法の方が強力ではあるけれど、こういう咄嗟の時の即効性という面では使い慣れた魔銃に勝るものはない。
それにしても結構大きな音がしたはずだけど、宿の人間が来ないってのはどういう事かしら。……金銭的に厳しいからって、スラム寄りの安宿になんかするものではないわね。こういう面倒ごとには関わらず、嵐が過ぎ去ってから対処にあたるべき。処世術としては正解だけど、客側としたらたまったものではないわ。
「その服、この近くの村か何処かの神父様かしら? いけませんわ、神父様が荒事だなんて」
「これはデザインが気に入ってるから着ているだけだ。俺が敬虔なるアトリ様の信徒であることに間違いはないが、正装は他にちゃんとある」
後ろ手に腕を縛られてケツ突き出してくの字に転がる無様な姿だってのに、妙にキリっとした顔で言う男がちょっと気持ち悪い。私は一歩後ろに下がった。
「そ、そう。ところで、乱暴して申しわけないんだけど、私は属性狩りなんてしていないわ。誤解なの」
「ほう? 言い逃れできない現行犯でよくぬけぬけとそんなことが言えたものだ。俺の目はごまかせないぞ」
「だから違うってば! これ、私の血だから! 私は被害者! 【癒し】属性持ちだから治癒魔法で直しただけ! ほら見なさいよお腹に傷跡と血痕残ってるでしょ!? それも結構生々しいやつが!」
おかしいな、今完全に私の方が立場が上よね? なんでこいつこんな偉そうなの。
私は妙に上から目線な男に苛つきながらも、証拠とばかりに腹部を見せつけてやる。そこにはまだ完全に治し切れていない、パックリと割れて肉色が覗く傷跡と乾いて赤黒く変色した血液。これを見て疑うようならこいつの目は腐っているわ。
しかし傷跡を見せた私に対して、男の反応は斜め上だった。
「ッ! ば、馬鹿者! 女がそう、簡単にだな! 肌を見せるものではない!」
「純情かよ」
不遜な態度をかなぐり捨てて赤面し慌てだした男を前に、すうっと私の中で何かが引く。苛立ちもついでに引いた。
お前……肌とかの前にもっと言う事あるだろうがよ。よくこの痛々しい純情乙女の傷を見てそんな反応返せるな。というか私の服はもともとお腹見えてるんだけど。なにこいつ、どこぞの箱入りおぼっちゃんかな? ん? 貴族のお嬢様はこんな服着ないもんね。私は実家を出た反動と趣味、機動性重視で選んでるけども。
まあいいわ。それよりも、誤解をさっさと解かねば後が面倒くさい。
「そんなことはいいから、まず私が被害者だってことを理解しなさいよ童貞」
「誰が童貞だ!」
うるっさいわね! つい出ちゃったのよ!
「お前のその反応だよ! いいから、もう一回聞きなさい。私は被害者、加害者はこの子。そして窓の修繕費は当然だけどお前が払え。ここまでは最低限理解してもらいたいわけだけど、いいかしら」
「フンッ、修繕費は当然俺が払うに決まっているだろう。俺が壊したのだからな。犯罪者にたかるほど落ちぶれていない」
「それは結構だけど一番理解してほしいところ理解してないわよね!? だ・か・ら! 被害者と加害者が逆!」
このままじゃらちが明かないわ。でもこのあと私は【雷】属性を彼に譲渡しなければならないから、誤解がとけて犯罪者確定したノンマンを連れていかれるのも困るのよね……。かといってこのまま逃げたら、思い込みが激しそうなこの男に犯罪者として手配されかねない。ああ、もう! 面倒くさいわねー!
【混沌】属性捨てたんだからもっと反動で平穏な日々が訪れてくれてもいいと思うのだけど、なぜこうも試練が立ちふさがるのか。
「う……」
「そこでお前はここで起きるわけ!? もう、空気読みなさいよ!」
どう立ち回るのが最適解か。そう考えあぐねてるときに、気絶していた見た目だけなら超絶好みなノンマンの少年がうめき声をあげて目を覚ました。
治したとはいえ死んでもおかしくない重傷を負っていた私だってのに、どうにもアトリ様は私に厳しいようね。属性嫌いとか心の中でしか言ってないんだし、もう少し属性を有する者に祝福とか恩恵ってものを与えたらどうなのよ。
神父服の男を手持ちの縄で縛るので精いっぱいだったため、少年にはなんの拘束処理もできていない。武器は取り上げたけど、もう一度飛び掛かってこられたら厄介ね……。この狭い宿屋の一室で取っ組み合いなんてごめんだわ。規模大きめの魔法を使ったら私までダメージを受けてしまうし……使えそうな魔弾はさっき使ったので最後。どうしたものかしら。
「…………! ごめんなさい!!」
身構えて幾通りかの対策を巡らせていた私。だけど予想外なことに少年は再度私に襲い掛かることなく床に這いつくばって、床の木目に頭を擦りつけるようにして謝罪をしてきた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。あなたは助けてくれたのに、僕は……! 僕はあなたを殺そうと……!」
薄い体を惨めに震わせながら謝罪するその姿に不覚にもときめきを覚えながら、私は軽く息を吐き出すと神父服の男を半眼で見た。私と少年を戸惑った表情で見ていた男は、私の視線から逃げるようにわずかに身じろぐ。
「ふふんっ、見なさいな。加害者からの自白よ。これで私が被害者だって分かっていただけたかしら?」
「…………詳しく話を聞こう」
「その前に謝罪をしなさいよ、謝罪を」
「…………疑って申し訳なかった」
あら、なかなか素直じゃないの。
う~ん、でも困ったわね。誤解が解けたのは歓迎すべきことだけど、犯罪者としてこの子を連れていかれたら属性の譲渡が出来ない。
(いえ、でもここは見送るべきだわ。この子は諦めて、別のノンマンを探しましょう)
旅の資金的な問題で少々痛いが、仕方がない。ここでアトリ教の人間と変にもめるより、大人しくこの子は引き渡しておこう。なにもこの子しか属性を渡す相手がいないというわけではないし、また指針の導きに従って探すのが吉ね。
そうと決まれば話は早いと、私は営業用の笑顔を張り付けて神父服の男の拘束を解くべく身をかがめた。誤解が解けたならこれ以上心象を悪くするのはよろしくないもの。今更かもしれないけど、結構暴言も吐いちゃったしね。
もちろん未だ床に頭をこすりつけて謝罪を続ける少年に注意を向けることは怠らない。また何かされたらたまったものではないわ。
「いえ、こちらこそ失礼しました。ところで所属とお名前を伺っても?」
こちらは探られて痛い腹しかもっていないからさっさと離れたいけど、冤罪をかぶせられかけたという強みがあるうちに一応相手の情報だけは有しておきたい。情報っていうものは、いつどこで役に立つか分からないのだ。これはある意味癖というか、職業病よね。
でも男の身元を聞いた私はすぐに「余計なことを聞かなければよかった」と後悔した。
拘束が解かれ赤く跡のついた手首を擦りながら体を起こした男は、神父服の埃を払いながら存外素直に名乗る。
「俺はディフォン・ラグレイル。普段はキュベテス南の教会で働いているが、これでもサルバシオンの一員さ。下っ端だけどね」
一瞬息が止まった。
「…………あの、素人考えで申し訳ないのですが、特殊部隊の方がそう簡単に所属を名乗ってよろしいのですか?」
「君が聞いたんだろう」
「いや、そうですけど」
特殊部隊サルバシオン。誰もが名前だけは知っているだろう、アトリ教の武装集団だ。彼らは本来悪魔や魔族が討伐対象だが、奴らが滅多に出没しないこともあって犯罪者や背教者の始末屋としての認識の方が一般には浸透しているだろう。
ちなみに彼らの基準で私はがっつり犯罪者枠に入るので色々とまずい。
やっべ逃げよう。
「こ、こんなところでサルバシオンの方と会えるだなんて光栄ですわ! ところで私、このあと大事な用事がありますの。この子の引き渡しと宿の修繕に関しての事後処理もろもろ、お任せしてしまっていいかしら。とっても! とっても大事な用事なので!」
「いや、申し訳ないが教会で聴取を取りたい。ご同行願おう」
「いえ、でも……」
くっ、貧血で頭が回らないわ! うまくこの場を離れる言い訳が浮かばない。
一応旅するにあたって偽装した身分はあるけれど、もしばれたら死刑台直行の可能性が大きい。私に簡単に捕まったのを見る限り本人が言う通り下っ端なんでしょうけど、怖いのはその伝手よ。なんとかしてでも疑われる前に逃げ出さなければ。
「あの……」
冷や汗をだらだら流しながら必死に考えを巡らせている私に、か細い声がかけられる。見れば私を刺してくれさったノンマンが、顔面蒼白にして縋るように私の服を握っていた。…………被害者に縋るとはいい度胸じゃない。
……ああでも、ノンマンだってだけで教会の当たりはつらかっただろうに、属性狩り及び殺人未遂の罪でこれからサルバシオンに連行されるってなったらそりゃあ怖いわな。
でもそんなの私が知ったこっちゃない。どんな事情があるかは知らないけど、大人しく自分が犯した罪とそれに対する断罪を受け入れるのね。
え、私? 私は逃げるけど。ばれなきゃ罪は罪じゃないのよ。
……ああでも、その前にちょっと気になることはある。
「そうえいばあなた、これはどこで手に入れたの?」
そう言って示して見せるのは、見事な装飾の短剣。私から属性を引き剥がそうとした呪具だ。
しかし言ってからはたと「あ、関わるべきじゃない」と思い直した。つい好奇心で聞いてしまったけど、こんなこと私が聞くべきことじゃない。全ては目の前の……えーと、ディフォン・ラグレイル? とかいう男に丸投げしてしまうべきだ。
「あ、やっぱりいいわ言わなく……」
「僕は!」
私の言葉をさえぎって、少年が叫ぶように言う。
「僕は、属性狩りの主犯ではありません! だからといって許されないのは分かってます。でも、お願いします。僕はどうなってもいいから、アトリ様の気高き戦士であらせられるあなたにお願いしたいのです! どうか、どうか妹を、助けてください……! この短剣の事も、全部話しますから……! どうか……!」
身を投げ出すようにしてサルバシオンの男に頭を下げだ少年。その手は相変わらず私の服を握って離さないが、さっきの弱弱しさはどこへやら……無理に離すことが出来そうにないくらい、がっつり掴まれている。
(おい……おいちょっと待て……。そういうのは私がいなくなった後にやれ……!)
私の心の嘆きは、ひきつった営業笑顔の影に飲み込まれた。
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男は目の前の女の完ぺきを装った笑顔を冷めた目で見ながらも、これは思いがけぬ好機であるとほくそ笑んだ。
ディフォン・ラグレイル。その名を持つ青年は数年前に特殊部隊サルバシオンに所属を許されたものの、思慮の浅さなどを理由になかなか思うような仕事を任せてもらえず燻っていた。
しかしある日、ディフォンに転機が訪れる。
発見したのは魔物に襲われる馬車。すぐに助けに入ったが、乗っていたものの半数はすでに死に絶えていた。
馬車が襲われた地域は普段は平穏そのもので、魔物の被害などほぼ聞いたこともない場所。それをいぶかしんだディフォンが生き残りを調べてみれば、転がり出てきたのは「呪術結社カースド」と「呪術で属性を植え付けられたノンマン」。後者についてはディフォンが聞くまでもなく、元ノンマンの男が恨み節でたっぷりと語ってくれた。ノンマンが属性持ちになれたのだから幸運ではなかったのかと問えば、植え付けられた属性が【混沌】だというから笑ってしまった。なるほどこの惨事はそのせいかと。
属性狩りについては近年増加傾向にある犯罪のため聞き及んでいたが、その逆とは珍しい。しかし傾向的に扱いが難しくマイナスに傾く者がほとんどである【混沌】のような属性ならば、それは人に押し付けたくもなるだろうとは理解できた。
(まあアトリ様から授かった属性は、どんなものであれ尊きもの。それを弄んだ時点で許されるべきことではないが)
ディフォンはそのおぞましい行為に激情し思わず殺しかけたカースド員と元ノンマンを教会に引き渡してから、わずかな手掛かりを頼りに属性を植え付けた犯人を追うことを決めた。
マイナス属性が嫌なら、呪術で抜けばすむだけの事。アトリ教としては呪術を扱った時点で犯罪者とみなすため使用者に救いなどないが、それでも罪の度合いでいえばまだ軽い。……しかしそれをわざわざ人に植え付け、尊き【属性】をノンマン相手とはいえ運命を弄ぶ「道具」にしたとあれば重罪だ。人は全てアトリ様とその恩恵である【属性】に従順であらねばならないというのに。
想像するに犯人は、唾棄すべきカリュオンのリーダーのように属性を装飾品かなにかと勘違いしている輩にちがいない。役に立たない属性を面白半分に植え付けた、といったところだろうか。
許されざる行為だ。
(属性移植の犯人、そして最近多発している属性狩りの犯人を捕まえれば、俺はもっと上へ行ける……! アトリ様へ信仰を示せる……!)
いずれは歴史に名を遺すサルバシオンの番号持ちへ。それがデュフォンの目標だ。
(ああ、アトリ様見ていてください! 敬虔なる貴方様の使徒、デュフォンめが必ずや不届き者に制裁を下します!)
デュフォンは顔に出そうになる笑みを引っ込めると、属性移植の犯人の有力候補である「黒髪の女」とまだ裏で糸を引いている黒幕がいるらしい「属性剥奪の現行犯」を見つめる。
最初に無力化されたのは予想外だったが、女の手慣れた身のこなしから疑惑は深まり、自身が名乗った時の反応で黒に近い灰色へと傾いた。少年の方は予想外だったが、これを機にもろもろ一網打尽にすることが出来れば自分の評価はぐんと上がる。逃すべきではない。
ディフォンは笑顔のまま固まる女と身を震わせながら頭をさげるノンマンの少年に向き合い、穏やかな声を紡いだ。
「ほう、何か事情があるようだ。詳しく話を聞かせてはくれないか?」
属性に踊らされる者たちが紡ぐ曲は、軽やかに跳ねて譜を進む。
【挿絵表示】
ようぐそうとほうとふさんからトリリアのイメージイラストを頂きました!嬉しい!
可愛いうえに美人、でも誇らしそうな顔から滲む二つ名と達筆な文字に恥じない凡骨感がたまらなく好きです……!タグ遊びの延長で半ばねだるような形になってしまいましたが、描いてもらえて嬉しかったです。
ようぐそうとほうとふさん、素敵なイラストをありがとうございました!