隷属者の喜遊曲~私が凡人から無能になるまでのお話~ 作:丸焼きどらごん
殺人未遂と属性剥奪の冤罪は無事に晴れた。しかし現在の私の状況はというと、目標達成を目前に浮かれていた数時間前の自分をあざ笑うかのように芳しくない。
最後の不要な属性を押し付ける相手は見つけた。その相手に恩も売った。だけど相手は私を殺す勢いで属性を剥ごうとしてくるわ、妙にタイミングよく表れたアトリ教の特殊部隊に連行されるのが決定してて属性植え付けられないわ、しかもとてつもない厄ネタかかえてそうだわで……面倒なことこの上ない。しかもそばでギラリとした目でこちらを見張っている男が私の逃走も許さないときている。
アトリ教特殊部隊サルバシオン所属、デュフォン・ラグレイル。
サルバシオンというにしては弱く、融通がきかず頭もあまりよくなさそうだというのが現在私たちを見張る男への印象だ。
そう、なんと冤罪が晴れたというのに私まで見張られている。
この男馬鹿そうだし気づかれてないつもりなんだろうけど、疑いが晴れたあとだってのに私へ向ける目に猜疑心とこちらを探るものをビシビシと感じるのよ。今こうして並んで歩く私と厄介なノンマンの少年……セルカと名乗った子の後ろに陣どってるのがいい証拠ね。逃がさないぞって視線が刺さって痛いのよ! もう!
ここで何故、ノンマンにも手を差し伸べそれを仇で返された優しくかよわい聖女もかくやと言わんばかりの美少女たる私が疑われているのか考えてみる。
思い当たったのは私がここ最近つねにばれやしないかとビクついていた、私の旅の目的である【属性付与】。アトリ教にとっては奪おうが与えようが、属性をいじった時点で大罪だ。
……思えば結構前にアノマン様のもとに【混沌】を与えてやった男を送ったのに、受け取り通知がきていないのよね。もしかすると輸送途中に見つかって、属性付与がバレたのかもしれない。単品で【混沌】を植え付けたんだもの。道中、どんなトラブルがあってもおかしくはないわ。
しかもここでちょっと思い当たってしまったのだけど、私の運の悪さって奪われた【凡】属性も関わってるかもしれないのよね。【混沌】を取った反動で平穏になりなさいよと思ってたけど、私が生まれてからこれまで付き合ってきた腐れ縁は【凡】と【傍観者】。新参者の属性を失った影響より、生まれたときから結び付けられていた属性を失った反動の方が大きいとするならば、私はもろにその影響下にある可能性がある。奪われた時から、ずっと。
こうして平凡とは程遠い面倒ごとばかりに巻き込まれ、傍観しようにも現在その面倒ごとの渦中にいるのだからそういう考えにも至るってものよ。
まったく、無くなったら無くなったで足引っ張ってくれるんだから最悪ね!! 失った属性が恋しいなんて死んでも思わないけど、私にとって属性なんて飼いならすための家畜にすぎない。属性に感情なんて無いのは承知だけど、最低限ご主人様に迷惑かけない心がけをしてほしいもんだわ。
(と、そうじゃなくて。とにかく、混沌野郎がどこかでアトリ教につかまって私の行いがバレた、もしくはもともとの闇商人業の件で疑われているとみておいた方がよさそうね。都合よく属性剥奪の場面に現れたのも、もともと私がマークされていたと考えれば辻褄もあうか。闇商人業についてはバレていない自負があるもの。前者の可能性を考えるのが妥当ね)
ちらっと後ろを見れば翡翠色の瞳と目が合って、そしてすぐにそらされる。うわ、分かりやすい。
私はついつい呆れた顔になりながらも、現状を打破すべく手始めに当然の疑問をデュフォンに投げかけた。
「あの~、デュフォンさん? 少し質問よろしいかしら」
「なんだ」
「何故教会に向かわず、私たちは街道を歩いているの?」
「こちらに教会があるのだ」
嘘つけ!! ここいらの地理もばっちり優秀なトリリアちゃんの頭脳には記録されているわよ!! こっちに教会なんてないっつーの!
そう思ったけど、口には出さない。私はひくつく顔の筋肉をなんとか笑顔に保つことに成功すると、再度問いかけた。
「ええとですね? 私の勘違いでなければ、この道はさっきこの子に聞いた、黒幕さんとやらが居る遺跡群に向かっている気がするのですけど……」
「気のせいだ」
ぶっとばされたいのかな? ん?
こめかみがぴくぴくするのを感じつつも、隣の美少年を眺めてなんとかこらえる。
このセルカって子、面倒ごとの元凶ではあるけど見た目だけは本当に目の保養だわ~。こんなことにならなければ、私が大事に猫可愛がりで飼ってあげたのに。
にしても、本当にこいつ馬鹿か。私に事情聴取のために教会へ同行を願いながら、その実セルカがもたらした属性剥奪事件の黒幕のアジトへと向かっている。私を確保しながらもいち早く、どでかい手柄を一人で立てたいってところかしら? 馬鹿め。
もし私がこいつの立場なら、まず私を教会へ事情聴取を名目に引き留めて確保しつつ、その間に仲間に連絡して複数人で属性剥奪事件の対処にあたる。……だってのに、こいつは仲間に連絡もせず一人でいいとこどりしようって腹が見え見えよ。サルバシオン所属といったって、私に一回捕まる程度の実力のくせにいい度胸ね。こいつが下っ端だってのもよ~く理解できるわ。
まあ、私としてはありがたい。これは目的地到着直前にでも、どさくさに紛れて途中で逃げてしまっていいわね。
私がこいつ、デュフォンに対して恐ろしく感じるのはサルバシオンとしての伝手のみ。黒幕さんとやらと戦ってデュフォンが死ねば私が逃げたことへの嫌疑も発生しないし、生き延びたなら待ち伏せて消耗したところをとどめ刺して証拠隠滅。
デュフォンが仲間にあらかじめ私への嫌疑を伝えていれば話は別だけど、この感じだとその可能性は低そうだわ。しばらくは念のため、もう一度偽名を変えて変装して行動すれば十分でしょう。
にしても、この馬鹿の自信ってどこから来るのかしらね。黒幕を相手取りながら、私が逃げるのを阻止できる気でいるのかしら。属性【愚】とかでも驚かないわよ。
「あの……」
「ん?」
私が着々と今後の方針について考えていると、セルカが遠慮がちに声をかけてきた。今にもまた十数回と繰り返された謝罪を口にしそうだったから、私は面倒くさくてその前に上辺だけの同情セリフで遮ることにする。
「ああ、もう謝らなくていいわ。あなたも大変だったのね。妹さんが人質にとられているなんて」
そう、このセルカの事情は単純といえば単純だ。最愛の妹を人質にとられ、属性剥奪の駒として働かされていたらしい。
指示は「キュベテスのホワイトエリアに居る人間から属性を奪うこと」。私が襲われたのは、私自身がホワイトエリアに居た人間だから。目が覚めた時すでにエリアからは出ていたし、このままだと指示を実行できないと焦ったんでしょうね。もう一度ホワイトエリアに入るリスクを考えたら、そりゃ目の前の獲物に飛びつくわよ。
でも奪いたい属性の指定もないし、随分とざっくりした指示よね。ブラックエリアなら貴族をはじめとした身分の高い人間のみしか出入りできないから、上流階級そのものに恨みがあるとかだったら細かい指定がないのもわかるけど。ホワイトの方は身分証明が必要とはいえ正直玉石混合。いろんな人間が出入りしているから、特定層を狙って、というのは難しい。
(それにこの子、私が助けなきゃ普通に死んでたかもだし)
あまりにもひ弱で、人質を助けるために頑張るといっても指示を遂行する前に死んでしまっては意味が無いだろう。
相変わらず、その黒幕とやらの意図が話を聞いた今でも理解できない。
「あ……う……、その……」
謝る前に遮られて、とたんにセルカの言葉は迷子になる。そして迷った末に、彼はぽつぽつと身の上話をはじめた。少し鬱陶しいなと思ったけど、デュフォンの眼光で刺されっぱなしじゃ居心地悪いし、少しくらいいいか。
「僕は下級層の出ですから、生まれたときに洗礼を受けられなかったんです……。だから属性鑑定もせず、途中まで自分がノンマンだと知らずに生きてきました……。ノンマンと知れる以前も生活は厳しくて、早いうちから両親もなくして妹と二人で暮らす貧しい生活でした。それでも、幸せだった。妹がいたから。でも自分の属性を活かせばもっといい仕事ができて、底辺から這い出てもっと豊かになれるんじゃないかと思いあがったのがそもそもの間違いです。……貯めたお金でお布施をして教会で鑑定してもらい、自分がノンマンだと知りました。幸い妹は属性をひとつもっていたのですが……」
「ふむ、なるほどな。鑑定関連を少々見直した方がよいかもしれんとは、つくづく思っていたのだ。でなければ神聖なる属性持ちの中に何食わぬ顔のノンマンが紛れたままなってしまう。属性鑑定の無料化を進言してみるか……」
「デュフォンさんうるさい」
「な!?」
「どうぞ、続けて?」
アトリ様万歳野郎の虫唾が走る属性話を聞くより、まだありふれた悲劇の話の方がましだわ。
「僕がノンマンだという話は、あっという間に広がりました。教会にはいろいろな人間が出入りするし、地元だから僕を知ってる人も多かったから……。今まで優しくしてくれた人も、変わってしまった。変わらず僕を慕ってくれたのは、妹だけでした」
「なんと寛容な妹だ。ノンマンの家族を認めるとは」
「だからうるさい」
「むぐ!?」
いちいちつっこむデュフォンが鬱陶しいので棒付き飴を口にねじ込んでやった。……入れといてなんだけど、そのまま舐めるんかい。おい、それでいいのかサルバシオン。警戒してる割に無防備過ぎない? こいつの上司、こいつは誰か頭いい奴と組ませたほうがいいんじゃないの。
「はい、続けて続けて。あ、あんたも飴ちゃん舐める?」
「いいんですか!? そんな高級品を!?」
「え、ええ。どうぞ」
思った以上に食いつかれて驚いた。ま、まあ砂糖を煮詰めて作ったお菓子なんてスラム出の子にとっては高級品か。この飴なんか特にバターとか果物の汁まで使ってるし。
「美味しい……! あなたから属性を奪って殺そうとした僕に、こんなに良くしてくれるなんて……」
はー、ちょろいちょろい。飴一つで私の評価爆あがりね。上がったところで特に意味ないけど。
……とかなんとかやってたら、デュフォンの目的地である黒幕在住の遺跡群までついてしまったわ。
「あ、あれ? 教会に行くのでは……」
あんたも騙されてたんかい! ちょっと、情報喋ってこの中で一番ここまでの道知ってるだろうあんたが騙されてどうすんのよ。
でもそうとなれば私もそろそろ逃げ出す算段を……。
「ほう、出迎えか?」
「え?」
周囲を見回していた私は、デュフォンの声に前方を見る。そこには私たちの四倍ほどの大きさの、獣を象った石の巨像。無機物相手になにかっこつけているのかと訝しむが、異変が起きたのはすぐだった。
突如として響き渡る獣の方向に、巨像から剥がれ落ちる石の表皮。
「冗談でしょう!?」
下から現れたのはオオカミの体にタコのような触手を生やしたような魔物。だけど問題はそれが馬鹿みたいに大きいってこと! 毛が逆立って帯電しているところをみるに、雷属性を有する可能性が高い。そうなると現在私の最高火力である雷魔法がきく可能性は低いわ。これは勝てない。さっさと逃げさせてもら……
「アトリ様、この
開いた口がふさがらなかった。気づいたときには魔物は正面の顔部分から尻の穴まで貫通するように体をえぐられていて、その向こう側には血まみれの神父服を纏ったデュフォンの背中。瞬殺って……嘘でしょ……。こいつ縛られて無様に床に転がってたやつよ……。
というか、おいおい。聖職者は血を流す武器を禁じられているのではなかったの? なにを使ったか知らないけど、これじゃ意味ないんじゃ……えぐいわ……うえっ、気持ち悪い。
逃げることも忘れて、魔物の巨体が横転するのを見守りながら私とセルカは呆然と突っ立っていた。
するとそこに、第三者の声が響く。
「なるほど、なるほど。【直進】か。それにしては、大した威力だ。魔法を併用しているのかな? そしらのお嬢さんは、ほう……【雷】に【繁栄】、【癒し】と。ずいぶん恵まれている」
「!?」
私とデュフォンは同時に声のした方向を見る。そしてそこにいたモノを見て、私の体温は急速に下がっていった。
黒地に金糸の高貴な服を纏う、若い男だった。だけど決定的に私たちと違う姿をしている。
青白い肌に、その体を這う植物のような紫の文様。白目の部分は黒く、縦長の瞳孔が収まる金色の瞳が不気味に浮かんでいる。
そして背中からまるで揚羽蝶のように広がる、黒い縁取りに七色の膜を有した翅。
理性を宿すその口調もあって、そっち方面の知識に乏しい私にだってわかる。
「魔族……!」
ちょっとだけ、【凡】と【傍観者】が恋しくなった。
トリリア は にげようと した
しかし まわり こまれて しまった !!