隷属者の喜遊曲~私が凡人から無能になるまでのお話~ 作:丸焼きどらごん
魔族。その存在自体の名前は聞いたことがあっても、大抵の人間はその姿を目にすることなく一生を終える。しかし物語上で悪役として扱うのに非常に都合のよい存在のため、寝物語に聞かされてそれらがどんな存在なのかは子供でも理解していることだろう。
物語だけでなく、事実奴らは悪役なのだ。
人類に害を成す異形のモノたち。
「なんっで……! 肝心なことを言わないのよあんたは!!」
認識すると同時に魔族に背を向けて逃げの体勢をとった私は、怒りに任せてセルカの胸倉を掴んでそのまま引きずって怒鳴り散らした。……セルカが軽いってのもあるんでしょうけど、なんだか旅に出てから腕力がついた気がするわ。
「ご、ごごごごごごごごごごめんなさい! 言ったら、助けては、もらえないとッ」
「バッカ!! もう、あんた馬鹿!! 魔族なんて教会が一番目の敵にしてる怨敵よ! 逆に喜んで相手してくれるわ! というか、そうと知っていればさすがにあっちの馬鹿もこんな単独行動したりは……」
「魔族……だと!? フ……ククッ、ふはは……アーッハハハハハハハハハ!! 願ってもない! いよいよ運が向いてきた! これもアトリ様の思し召しか! この討伐に成功すれば、俺も名誉あるサルバシオン番号持ちに……」
「あ、駄目だ本当の馬鹿だわ」
チラッと振り返れば、血まみれ神父服の男デュフォンは恍惚とした表情で魔族を凝視していた。相変わらず魔物を倒した武器は目視できないが、ブツブツと自分が魔族を倒してのし上がる未来を妄信する言葉を呟き、瞳は獣のようにぎらついている。
妄信っつーか猛進っつーか……。ともかくこいつはもし最初から魔族が相手だと知っていても、単独行動していただろうなって事は分かった。
よし、存分に戦いなさい。そして立派に囮となって死ぬがいいわ。
巻き込まれるのはごめんだもの。せめてもの償いに、私が生き延びるための礎となる名誉を贈呈させていただこうかしら。
私がデュフォンを囮にして魔族から逃げる算段をつけていると、すぐ近くから狼狽した弱弱しい声が聞こえた。ああ、まだセルカを掴んだままだったわね。
「ま、待ってください! 放して、妹があそこに……!」
「ああ、ごめんなさいね」
「ぶふぅ!?」
とてもか弱い抵抗であったものの、もがく人間をわざわざ捕まえたままにして体力消耗するのは馬鹿らしい。ので、素直に服から手を放してやる。すると急の事で対応できず、鼻から地面にぶつけたようだ。
まあ強く生きなさい。つい怒りに任せて掴んでしまったけれど、連れて行ってあげる義理は無いもの。運が良ければあのサルバシオンのデュフォンが、魔族を倒して妹さんを助けてくれるかもしれないわね。私は逃げるけど。
個人的な見解では魔族の強さがどうであれ、あの思慮の足りない脳筋が勝てるとは思えない。
だが、デュフォンはただの馬鹿ではなかった。
厄介な馬鹿だった。
「おっと貴様にも逃げてもらっては困る! 属性移植の容疑者だからなぁ!」
「!?」
デュフォンが腕を振り上げると、その腕に嵌められていた鉄の腕輪から鱗のような魔法光が発生し、それらが連結してあっという間に私のもとまで宙を走って到達する。達した場所は私の右手首で……そこには腹部の傷を抑えたときについたと思っていた、固まった血液。しかしそれは間違いだったようだ。血液は不自然にうねり魔法紋を形成したのち、さらに変容、厚みを増して具現化、デュフォンの身に着けている物と同じ鉄の腕輪になった。
いつの間にこんな仕掛けを! ちょっと、馬鹿なら馬鹿らしくそこら辺は抜けてるのが愛嬌ってものよ!? なんでこんなところだけ用意周到なの!
「くっ……! 属性移植って、いったい今度はなんの言いがかりをつけるおつもりかしら。負傷した乙女をこんなことに巻き込んで、聖職者として恥ずかしくないわけ?」
そうよ。教会行くよー、傷の手当とかそこでするよーって言われたから、私まだ自分の怪我を治しきれていないし服も血まみれなのよ。そんな状態の私をよくもこんな場所に連れてきてくれたわね。その容疑自体は想像ついてたし実際大当たりだけど。
馬鹿は馬鹿でも直感で行動して当たりを引き当てる馬鹿は嫌いだわ……!
「フン、せいぜい喚いているがいい。俺はこいつの相手をするから、終わるまで大人しく隅で待っていろ」
聞く耳持たないクソ男を相手にしてもらちがあかないと、おそらく拘束魔法の類だろうそれの解除を試みた。……が、強力な守護がかかっていて、魔法学校を並の成績で卒業した程度の私では解除出来そうにない。
ああ、もう……! 前だったらどんな窮地がきても、傍観者として余波を受けず最後まで安全でいる自信があったのに! 今の私じゃこの近距離で無事に済む未来が見えないわ!
「ッ、しょうがないわね!」
「……? どうした、隅で待っていろと言っただろう」
眉間にぎゅうっと皺を寄せて考えた結果、私は踵を返してデュフォンの隣に戻ってきた。ちなみに足手まといにしかならないだろうノンマンのセルカはその途中で蹴り飛ばして隅に寄せてある。はーっ、私って優しいわよねー。
「あんた一人で勝てると思えないのよ。どうせ逃げられないなら一緒に戦ってさっさとケリをつけるわ。そして失礼極まりない奇妙で不名誉な冤罪は解いてもらおうじゃないの」
「な、何ぃ!? 無礼な!」
「どこがよ! さっき私にあっさり捕まってらっしゃった弱者は何処の誰様かしら? サルバシオンが聞いて呆れるわね。組織の名を自分の行動で貶めて、恥ずかしくないのかしら。恥ずかしいと思うような感情があればこんなことしてないでしょうけど」
「ぐっ、それは……!」
言葉に詰まったデュフォンを無視し、こちらの様子を観察するように眺めている魔族を見据える。今のところなんの挙動も見られないが、それは余裕あってのことだろう。……先ほどあいつは、私とデュフォンの【属性】を当ててみせた。少なくとも【鑑定】属性持ちであることは間違いない。
魔族には属性を持つ者と持たない者がいるが、それに影響されない身体能力と魔法能力、はたまた種族固有の特殊能力を持つなど噂も様々。だから戦いに向かない属性であったとしても素直に喜ぶことは出来ないし、そもそも強いだろう相手に戦う前から自分の属性がバレているのは結構致命的だ。
……私、生きて帰れるのかしら。
紫の文様、青い肌、黒い白目に金目、蝶のような翅。脳内の情報をさらうが、物語で題材にされるような分かりやすい種族ではなさそうだ。いかにも強そうな魔物を使役していたから、他にも使役獣が居ることを考慮してその警戒もしなければならない。正直たった二人でなんて相手したくないし、戦いなんて専門外のか弱い私がここに立っているのは間違っている。でも生き延びるためにはどうしたってやらねばならないのだ。忌々しいわね、まったく。
私は闇商人になってからすっかり板についた舌打ちをすると、昆虫のような翅をもつなら手始めに火であぶってやろうかと火炎魔法の弾丸を魔銃に込め構える。威力は大したことないけど、牽制くらいにはなるでしょ。本当ならデュフォンに使った麻痺効果のあるものが良かったのだけど……。今のところ、いい魔弾は尽きて粗悪品しか手元にないのよね。
デュフォンは文句を言いたそうな顔でこちらを見ていたが(文句を言いたいのはこちらだ)、奴も油断などできない手合いということくらい理解できているのか同じく構えた。相変わらず得物は確認できない。
そういえば魔族が言うことが本当なら、デュフォンの属性は【直進】だったかしら。とっても分かりやすいし納得できるわね! 性格的にも!
でもそうなると、ちょっと厳しいわ。推測するにこいつの攻撃スタイルは開けた場所でのスピード重視な初見殺し。……貴族よろしくな服を着た賢そうな魔族に一度その技を見られておいて、果たして次が通用するのかしら。
(戦うにしても、こいつはやっぱり囮ね)
そう結論付ける。
うん、それでいきましょう。こいつが特攻してあわよくば自爆しつつ魔族に隙が生じたら、最大火力の雷魔法でこいつごと殺す。単純だけど、多分それが一番スマート。幸い私を拘束するデュフォンと私を繋ぐ魔具の紐? は長いようだし、この距離なら引っ張られることは無い。共通の敵を相手にするって状況でこの男も背後からの攻撃には油断してるでしょうし。
ただし、一撃。
一撃で仕留めなければ。
もし失敗すれば前衛を失った私は、たった一人で魔族なんかを相手にするはめになる。それは絶対に避けたい。
そのためにもデュフォンが攻撃しやすい状況を作るため、まずは小手調べの魔銃攻撃を叩き込もう。
……そう思い、私は照準を魔族の額にあわせ引き金をひこうとする。
その時、初めて魔族が喋った。
「まあまあ、そう怖い顔をしないでおくれ。よければ中でお茶でもいかがかな? 美味しい茶菓子も用意させよう」
「戯言を!」
私が引き金を引くのと同時にデュフォンが消えた。速い!
だが私が懸念した通り、魔族はすでに対策していたようだ。目に見えないほどの速度で攻撃を仕掛けたと思われるデュフォンの体が、蜘蛛の吐き出す糸のようなものでぎちりと拘束されて魔族の眼前で止まっていた。
な、なんてよく捕まるしよく縛られるやつなの……! なんだか服が裂けて肌に糸が食い込むくらい締め付けられてるけど、微塵も可哀そうだとは思えないわ。「ぐ、馬鹿な……!」じゃないわよ馬鹿はあんたよ! 私あんたから先に属性剥奪呪具で【直進】抜き取っておいた方がよかった!? そしたら反動で思慮深くなってた!? ねえ!
ちなみに私の放った火炎魔法弾は片手で羽虫をはらうように蹴散らされている。分かってたけど気をそらす前にデュフォンが突っ込んでいったため、粗悪品とはいえ勿体ないことをした。まったくの無駄使いだったわ。
(私も、見通し甘かった……!)
とっさの判断の数々も、しょせん戦いの専門家でない私では穴ぼこだらけ。目で追えない速度で特攻するデュフォンの攻撃に合わせて、雷魔法の詠唱を練ろうだなんて無理な話だった。
え、どうしよう。何も思い浮かばない。
まずい、思考停止だわ。動きなさい私の頭! こんなところで私の輝かしい人生が幕を閉じていいはずがない。貴族でなんかなくていい。それでもお父様やお母様、お兄様やお姉様なんかに負けない素晴らしい人生を、凡人なりに手に入れてやろうって思ってここまできたんじゃない。
……終われない。終われないわ……!
ぎりりと唇をかみしめて、思考停止からだけはなんとか抜け出した私。
そこから焼き切れるほど脳を回転させ弾き出した起死回生の言葉。それは。
「きゃーんっ、トリリア嬉しい! 美味しいお茶とお茶菓子だ~い好きですわー! ご招待、ありがたく頂戴させてくださいな! アハッ!」
私ってこんなだからきっと凡骨って言われるのよね。人間窮地でこそ素というか、底の浅さが露呈するものなのだわ。
そう冷静に分析したもう一人の私が、脳内の思考空間で私を殴り殺した。死ね!