隷属者の喜遊曲~私が凡人から無能になるまでのお話~   作:丸焼きどらごん

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08:トリリア・アルフレインズは覚悟を決める

 目の前に置かれた可憐な花びらのように優雅で薄い白磁の茶器。そこに満たされた透き通る紅の液体に、浮かない顔をした私が映し出されている。

 いい紅茶だわ。色も美しいし、香りも実家で飲んでいたものに引けを取らない。実家を出てからはお茶よりお酒を嗜むことが多かったから、久しぶりにこの香りを嗅いだ。

 きっと淹れ方も上手いのでしょうね。紅茶の品質を損なわず余すことなく、良い部分を引き出している。添えられた茶菓子も相性の良いもので、茶器のセンスも含めて感心できる素敵なお持て成しと言ってもよいものだわ。

 

 対面に座っている相手が魔族でなければ。

 

「いかがかな? 私の淹れた紅茶は」

「とても美味しいですわ。ふふっ」

「それはよかった。貴女みたいに美しいお嬢さんに褒めていただくのは嬉しいものだね。ふふっ」

 

 お前が淹れてたんかい、と突っ込まなかった私偉いわよね。ああ、今すぐ魔族が用意したお茶なんて吐き出してしまいたいわ。せめてお茶くらいとっ捕まえてるらしいセルカの妹とかに淹れさせないよ! さっき「用意させよう」とか言ってたでしょうが! なに自分で用意してるのよ言葉の使い方が紛らわしい!

 

 

 あれよあれよと達成直前だった目標が遠ざかり、それどころか窮地に陥って現在に至るまで驚くほど早かった。本当なら今日の夜は無事命の危機を完全脱出した祝杯をあげるはずだったのに……。

 属性を植え付ける予定だったセルカを賭博場で助け、治療し、それを仇で返され殺されかけ、張り倒して、デュフォンが乱入してきて疑われ、誤解が解け、セルカの事情を聞き、デュフォンの出世欲に巻き込まれここまで来て、魔物が出て、魔物が殺され、魔族が出てきて、魔物を殺したデュフォンが捕まり、私は魔族にお茶に招待されてそれを受けてここに居る……と。

 ……は? 我ながらちょっと意味わからない。思い返すに私に落ち度はなかったはずよ。だというのになぜ私はこんな状況に居るのかしら。私は確かに平凡に押し込められた人生が嫌で家を飛び出したけど、自分が選んだ選択肢の中でならこういった危険も享受できるのであってここまで理不尽に遭遇したいわけじゃないのよ。本当にあの変態に属性植え付けられてから急激に運がすり減っている。あの世でも死んでればいいのに。繰り返し死ね。

 

 ちなみに魔族に捕まったデュフォンは、なにやら殺されないまま糸でぐるぐる巻きにされて天上から吊るされていた。もうあいつは当てにしない。なにがサルバシオンよ、あいつものすっごい味噌っかすじゃないの。一瞬で捕まってんじゃないわよ。

 

 

 見回す周囲は苔むした遺跡の石壁。この遺跡群は過去この辺りに住んでいた部族のものらしいが、詳しいことは知らない。魔族はその朽ちた遺跡の内部に高級そうな家具を持ち込んで住居にしているようだ。

 魔族のくせに随分と人間臭い奴だわ。そこそこセンスが良くて一つ一つの品も良い物そろえているのが癪に障る。

 

 何故だか言葉のお通り私は魔族にお茶でもてなされているわけだけど、流石にこのまま素直に帰してもらえるだなんて思ってないわ。今のところ穏やかに会話しているけれど、さてさて、いつこいつの気まぐれに殺されることか……。

 会話が通じる相手というのはありがたい反面、その高い知性は厄介でしかないのだ。強力な魔獣を使役する事と丈夫な粘糸を使う事しかわかっていないものの、強いとみて間違いは無いだろう。

 ああ、いやだ。魔族になんて一生お会いしたくなかったわ。

 

「ところで私がここで何をしているか、興味はないか?」

「……何をしているか、ですか?」

「ああ。私のような魔族が【属性】を集めている理由、知りたくはないかね?」

 

 悟った。

 こいつ自分がしていることを自慢したいんだ。いるいる~こういう奴ー。しかたがない、乗っておくか。

 

「……そうですね、とても興味があります。もしかして、教えてくださるのですか?」

 

 にっこりと微笑みながら肯定すれば、魔族は人間だったなら端正だと思える顔で上機嫌そうに頷いた。ここは用済みになって何かされる前に、ご機嫌取りして時間を稼いでおこう。

 

「もちろんだ。ふふっ、君は肝が据わっているな。時間を稼ごうという健気な行動だとは理解できるのだが、顔色を変えずに落ち着いて私と話せるとはたいしたものだ。大抵は恐怖に震えるか攻撃してくるかで、君のような人間は貴重だよ」

 

 ばれてーら。いや、そりゃあわかるでしょうけども。

 

「そ、それは光栄ですわ。ほほっ」

「まったく嬉しい誤算だ。せいぜい今日はボロボロになって帰ってきたセルカを愛でるくらいしか楽しみが無いと思っていたのに、彼は素晴らしい話し相手を連れてきてくれた。これは後で褒美をくれてやらねばな」

 

 その言葉にすくみ上ったのは壁に首輪と鎖でつながれているセルカだ。結局この子、妹が捕まったままだったから逃げられもせずにしおしおとしょぼくれながらついてきたのよね。でもってこの魔族に意味深な目で見られたあと、自分で首輪をつけてあの場に繋がれた。きっとあの子のいつもの場所なんでしょう。いい趣味してるわこの魔族。

 言葉ぶりを見るにセルカが傷ついて帰ってくるのは想定済みのようだし、最低限死なないように何かしらの加護魔法でもかけていたのかしら。本当にいい趣味してるわね。私とは合わなさそうだけど。

 

「ところで君は、【属性】のことをどう思う?」

 

 手持無沙汰なものだから開き直って再度お茶菓子にも手を出して食べていると、何をしていたか説明してくれるらしい魔族は逆に私に質問をしてきた。ええ、なによ面倒くさい……。これで答え方間違って殺されるとか嫌よ。

 でも話し相手として価値を見出されているようだし、答えなくてもきっと機嫌をそこねる。しょうがない、ここは大人しく答えておくか。

 

「神の恩恵とか、そういった言葉を聞きたいのではないと受け取って答えさせて頂きますが……。私にとって【属性】とは使うべき道具であり、飼いならす家畜です」

「ほう」

「なんだと貴様ぁァ!! アトリ様のご慈悲と祝福をなんだと……!」

「お前はだーまーれー」

 

 口も塞がれていたはずなのに無理やり粘糸を食いちぎって私に怒鳴ってきたデュフォン。あいつ馬鹿だけど信仰心だけは本物ね……。でも鬱陶しいことこのうえないので、役立たずは黙れとばかりに焼き菓子を口いっぱいに詰めて黙らせた。せいぜい口の水分全部もってかれて乾きにあえぐがいいわ。

 

「どうしてそう思うか聞いても?」

「そう思わなければやっていられないからですわ。私は呑まれる気などないけれど、生き物は属性に翻弄されすぎる」

「なるほど、なるほど。それについては私も同意見だ。しかし、私からは君のようなか弱い人の子が【属性】を飼いならすのは正直に言って難しいと言わせていただくよ。【属性】とはいうなれば因果律、運命と言い換えてもよいものだからな」

 

 言うと、魔族は折りたたんでいた蝶のような翅を広げた。…………鱗粉のような金の光が舞って、見た目だけなら綺麗ね。標本にしたら高く売れそうだわ。

 

「私はこの通り魔族だが、【鑑定】と【探求】と【観察】、そして【吸収】【変質】という五つの属性を持っている。君たちの間ではクインテッドと呼ぶのだったかね? フフッ。……だからこそ……というべきか、昔から好奇心が強くてな。色々知ることが好きだし、それを追求していく作業も好きだ。その過程で人間臭くなったと昔言われたりもしたな。……とにかく私は、眺めて調べて探って定めて明かしたくてしょうがない。それにとても欲しがりだ。フフッ……実に【属性】に影響を受けた性格だろう?」

「まあ、確かに……」

 

 【属性】が性格に影響を及ぼすのは当たり前のことだ。更に言うならそうなるようにできていると……私はこれまでを振り返って考える。それこそ少々大げさに感じるものの、属性そのものが運命であるかのように。

 デュフォンなんて性格に属性の影響を受けた、まさに見本ね。【直進】にふさわしく猪突猛進極まりない。まああそこまで極端なのは、アトリ教の敬虔な信者だからってのもあるかもしれないけど。おそらくずっと、自分の属性を肯定して素直に受け入れてきたんだわ。

 私みたいにひねくれてなくて、実におかわいそうですこと。素直に受け入れたらこっちが馬鹿みんのよ、バーカバーカ! 属性のうんこ!

 

「私はね、この属性というものが私たちを隷属させるための鎖にしか思えないのだよ」

 

 神妙な顔でそんなこという奴の前でうんことか言ってしまったわ。心の中で。

 多少の気まずさを覚えつつ、私は相手にあわせる、相手が求めるだろう言葉を探す。

 

「…………私たちは、属性の奴隷だと?」

「まさに! よい例えをする」

 

 属性の奴隷。なにもこいつだけがそう思っているわけではなく、自分たちの事をそう評するものは少なからずいる。初めて聞いたときは私も的確な表現だと思ったものだわ。

 

 生まれた時から私たちは自由でなく、【属性】という鎖につながれ、あるいは【属性】という鋳型に詰め込まれて「そうあれ」と鋳造されているようだ。その在り方は考えれば考えるほど、祝福でなく呪いに近い。……やっぱり属性って嫌いだわ。ドツボにはまるから普段そんなところまで考えないようにしてるけどね。それに、そういうのが嫌だから私は備わった属性を逆に使ってやろうって思ってるのよ。うんこだって肥料になるもの。

 

 私を少しだけ憂鬱な気分にさせながらも、魔族の言葉は続く。

 

「私たち魔族にも君たちがノンマンと呼ぶ人間たちのように、属性を持たない者がいるが…………私はそれがうらやましい」

 

 まあ、魔族なら属性に頼らなくてもそれを補える力を持っているでしょうし、そもそも人間のようにノンマンを差別する宗教形態だってないはずだし……忌まわしい鎖だと思うなら、そりゃあ無い方が気楽でしょうよ。

 

 

 でもそれなら何だって属性を、それも人間の生み出した技術である呪術を使って集めているのかしら? 使うのはいいとして、自分の属性を捨ててはい終わり! でいいじゃない。

 そんな私の疑問はほどなくして、ようやく話しの根幹に触れ始めた魔族によって明かされることとなる。

 魔族は大人しく壁際で待機していたセルカを指を動かし呼び寄せ、愛しそうにその頭をなでた。セルカの顔色は紙のように白い。

 

「そこで私は君たちよりも寿命の長いこの命をたっぷりと使って考えた。どうしたら解き放たれ、この属性の手垢のついていない愛しく無垢な者たちのようになれるのかと。……けど、人とは凄いものだな。脆弱でか弱い存在なのに、私が何百年とかけてたどり着けなかった"属性の剥奪"という技術を、その短い生の中で生み出してしまうのだから。確か開発者はコンフーロ、といったかな? 素晴らしい天才だ」

「………………」

 

 待って、こいつは今何と言った? ……何百年?

 

(冗談じゃないわ……。本格的に化け物じゃない)

 

 目撃例の少ない魔族について、私の知識は少ないわ。でも知恵ある者、力ある者が長くの時を生き永らえたらどうなるかなんて想像に難くない。

 ちょっと【繁栄】属性、あんたそろそろ役立ちなさいよ。このままだと私の明るい繁栄の未来が見えないでしょうが。私このあと、どうするのが正解なわけ。こいつの話が終わるまでが私の残り寿命なら、何もしないでじっと一年過ごしてた方がまだ長生きできたじゃない。

 

「だからその知恵に敬意を表しつつ、技術を拝借して私の研究にも組み込んだ。……セルカ、いつものをやりなさい」

「は……い……」

 

 魔族はセルカに何やら握らせる。今度は何をする気なのかと緊張しながらも見守れば、セルカが向かった先は吊るされたデュフォン。あいつどうやら私が詰め込んだお菓子は喋るために食べ切ったようだけど、なにか顔色が変だし口が自由になったのにまったく喋らない。あ、白目もむいてる。……ああ、ずっと逆さ吊りにされてるからか。……よくあの体勢で飲み込めたわね。馬鹿真面目に食べないで吐き出せばすむのに、床は奴の嘔吐物で汚れていない。

 

 セルカはデュフォンの前に立つと、手に持った何か……銀色の細い管のようなものを体の前に持ち上げる。

 

 そしてそれを、デュフォンの首に刺した。

 

「なっ!?」

「ふふ、驚くのはこれからだ。本当に……あの子は属性狩りからこれまで、すべてを一人でこなしてくれる。可愛い子だよ」

 

 自慢気に言う魔族だったが、私にはそれを気にしている余裕はなかった。……刺された首から血が流れることはなく、代わりになにか燐光のようなものが管を通ってセルカに……管のもう片方の先を口にくわえるセルカの体に向かってゆく。デュフォンの体から、セルカが何かを吸っているのだ。

 するとほどなくして、一瞬にしてセルカの体は黒い呪術文字に覆われた。白かった肌が黒く染まったような錯覚を覚えるほどにおぞましい量の呪いの術式の文字群がセルカの体を這いまわる。……あれは……!

 

「本人はわけも分からないまま、私に言われるがままにやっている。そんな赤子のように素直なところも私が彼を気に入る理由の一つでね。それに彼はとても綺麗だろう? 傷ついているところなんて特に。妹のため、妹のためと、助けると約束した肉親のために健気なものだ。……だから壊れてしまった他の呪具(ノンマン)と違って、ちゃんと壊れないように念入りに加護を施してある。それもいつまでもつか分からないが……。やれやれ、無垢で美しいものとは、儚いな。それを含めて愛しいが」

「まさか人間を、呪具に……!?」

「ん? 君たち人間の属性持ちはノンマンを人間として扱わないんじゃなかったか? 君は優しいのだなぁ、フフッ」

 

 いつの間にか向かい側から隣に移動していた魔族に、先ほどのセルカと同じように頭をなでられた。ぞわりと悪寒が這い上がるが、体が硬直し振り払うことも出来ない。

 

「……!? やめ、やめろ、ヤメロォォォォォ!! やめてくれ! 俺からアトリ様との絆を奪うなぁぁぁぁぁ!!」

 

 何をされているのか気づいたデュフォンが意識を取り戻し絶叫する。……そりゃあ、敬虔なアトリ教の、しかも特殊部隊に所属してるような奴が【属性】を奪われたら発狂ものよね。

 そう、あの光は見たことがある。あれは【属性】が光球となった時の輝きに似ているのだ。だからきっと、あれは……。

 

「属性の奴隷を無垢なるものへ。私のささやかな希望は、短くまとめればそんなところかな? それに身分ある者が属性を失ったらどう行動するのかも興味があってね。手始めにそれなりに身分がある者が集うと噂のキュベテスホワイトエリアから狙わせていただいた」

「解き放たれたいなら、あなた一人でやればいいじゃない……」

「私だけじゃ不公平だろう? 私は魔族の中でも特別人に親切なんだ。ひとくくりに魔族だという事で、人類の敵だなんて言われるのは心外だな」

 

 クスクスと耳元で笑う声が気持ち悪い。何が親切よ、身分ある人間が属性を失ったらどうなるかという興味本位からの行動には悪意しか感じられないわ。

 

「それに私は単純に無垢なものが大好きなのだ。ああ、これも教えてあげよう。なんといったって、私は親切なのだから。……あの無垢なる器を使った呪具は、剥ぎ取った属性を体内に収めてどうなると思う?」

「教えてあげると言いながら、疑問形なのね。……奪った属性を体に宿す?」

「いいや? それではせっかくの無垢な体が汚れてしまう。正解は……」

 

 魔族が広げた掌に美しい光が収束していく。その出どころは呪具と化したセルカの体。

 

「こうして純粋な魔力に濾過と変換がされ、私の糧となる。私は属性を体から引き剥がすという神業を生み出すに至らなかったが……取り出された運命、因果律のごとき強大な因子を純粋な力へと還元するすべを見つけ出した。ま、私が忌まわしく思う属性の恩恵とやらのおかげなのだがね。今は私しか使えない限定的なものだ。……だが蓄えた力で、私はこれより救世の魔族となろう」

 

 

 

 魔族は朗々と語る。

 

 

 

 

 

 

 

「私の名はゲルデンド。属性からの解放を謡う、救世主。全ては白へ、全ては無垢へ。自身は鎖で縛られようとも、私は最後まで慈悲の心でもって君たちを属性から救ってあげよう。私は一番最後でいい。……そしてみんな私の好きな色に染まるとよいのだ。汚れなき純白の世界は、きっと綺麗だ」

 

 

 

 

 

 

 

 なんかよくわかんない理想に燃えるやっべぇ夢想家に出会っちまったわ。

 魔族のご高説に、私はまず初めにドン引いた。

 

(そしてこいつにヘレシィあたりに接触されたら、とてもまずい気がする)

 

 

 

 私はさっきあてにしないと誓ったばかりのデュフォンも、どうにか再利用出来ないか考え始める。

 なんか、重い。私一人で受け止めるの、重い。

 全部お前のせいだけどこんな場に居合わせた者同士、一緒に乗り越えてあわよくば私の代わりに死んでよブラザー。崇高なる使命のために死んだって、サルバシオンには伝えておいてあげるから。

 

 ……いや、いや。駄目だ。使い捨てる程度では、この場は多分どうにもならない。私も躊躇していないで、身を切る覚悟をしなければ。

 

 私は詰まった息を吐き出すと、ゆったりとスカートのように垂れ下がる腰布に隠れた太ももを探る。指先に触れるのは冷たい金属の感触。

 

(よし)

 

 闇商人トリリア、文字通り命をかけた大博打の始まりである。

 

 

 

 

 縛られてようが、そうあれという運命が決められていようが、その中で私は華麗に優雅に面白おかしく楽しく笑って生きてやる。他の誰かの理想の肥やしになる気はないわ。

 

 覚悟を決めた女のあがきに、喉笛掻っ切られて死になさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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