隷属者の喜遊曲~私が凡人から無能になるまでのお話~ 作:丸焼きどらごん
覚悟を決めたはいいものの、魔族ゲルデンドの長々としたティータイムはその後三日続いた。
三日。続いた。
(も、もう勘弁して……!)
タイミングを見計らうために丁寧に話に付き合ったつもりだし、私自身の事も根掘り葉掘り聞かれた。あまりの耐久お茶会に最後の方は取り繕うことも忘れて、結構な個人情報を流してしまったわ…………不覚。
この魔族、本当に好奇心が強いわね。そして不躾よ! いくら見た目と話し方を取り繕ったって、礼儀というものがなければ不快なだけだわ。そういうものを求める相手ではないって分かってはいるけれど。
まあ三日と言っても、この魔族がなにか魔法で細工をしているのか体の衰えは感じない。
なにせお茶とお菓子があるとはいえ、空腹は感じないし排泄行為も催さない、そして眠くもならないのだ。時間の経過は遺跡にぽっかり空いた石窓から見える景色の中、外の日が昇って落ちる事で把握していた。
……ついでに言うと、セルカに刺された傷跡もまだ完治していない。普通なら【癒し】の恩恵ですでに治っていてもおかしくないのに、いまだ腹部には肉色が生々しく覗きじくじく痛む。腰布を巻きつけて我慢しているけど不快でしょうがない。それに加え精神的な疲労もどうしようもなく、属性を失った絶望に嘆き続けるデュフォンと壁際で妹の名を呼んですすり泣きを続けるセルカの憂鬱な音が背後にあることもあって、いい加減疲れたわ。
つーかお前らうるっさい! 少しは静かにしなさいよ!
…………ああ、そういえばセルカの妹といえば、この三日で一応姿だけは確認できたのよね。
セルカによく似た容姿の可愛い女の子で、名前はレシル。ゲルデンドが自分の話の一環で自慢するがごとく、着飾らせた彼女を見せつけてきた。年齢は多分十歳くらいかしら。わざわざ説明してくれた属性は【寛容】だとか。
ゲルデンド曰く彼女もまた【属性】に隷属させられている憐れな者で、その属性が無ければノンマンであるセルカと共に生きる道も選ばなかっただろうと、壁際でこちらの話を聞いているセルカの精神を追い込むこともご丁寧にも忘れない。ゲルデンド本人の自己申告通り、こいつはセルカの傷つく姿が好みらしいわ。
……でも、対面することによって気づいた事実をセルカが知れば、その絶望は今の比ではないでしょうね。それこそ生きていられないほどに。
ゲルデンドは私が気付いたことを察したようで、さらに上機嫌そうだった。あああ、ムカつくこいつ! 私の不幸の始まりともいえる変質者を思い出すわ。会う奴会う奴こんなのばっかりか!!
まったく、私は善人でも聖人でもないけれど、こうも偏った他人の趣味やら性癖、理解できない理想やらを
これ以上精神的に消耗して思考が鈍る前に、起死回生の一手を打たなければならないわ。もう三日も話に付き合ったんだもの。冥途の土産は十分でしょう。
もちろん、魔族の野郎のね。
それにしても、なんだってこんな特殊な相手と相まみえることになったんだか。これは傍観者を失った影響なのかしら?
三日間聞かされた話によればゲルデンドの目的は全ての属性持ちから属性を剥ぎ取ることらしいが、御大層な目的の割にはまだ、奴はいち属性剥奪の主犯でしかない。ここまで会話しかしてこなかったからゲルデンドがどの程度強いか具体的に把握できていないが、目標、目的に見合わず奴がしてきたことの規模はまだまだ小さいのである。
そして知識は豊富だけど、世間知らず。…………自慢したいって気持ちの方が大きいんだろうけど、同時にこうしてたっぷり時間をかけて、私から情報を抜き取ろうとしたことがいい証拠だわ。
ゲルデンド自身についての情報も、本人が開示していないものもあるだろうけど、べらべら語ってくれたおかげである程度把握できた。
ゲルデンドはこれまで属性を抜き取るための研究をしてきた。が、ある日それを人間である呪術結社カースドのリーダー……コンフーロ・ハロウズ様が成し遂げ、世間に「属性剥奪」という呪術が広がる。それがゲルデンドにとっても転機だったようだ。魔族ゲルデンドはそれにいたく感動し、自分が理想とする世界をより具体的な絵図とし描いていく。
自分では力不足であることも、研究者気質の魔族は気づいていた。そのため自身が目的を達成するため必要な力を手に入れることができ、同時に自分の理想を叶えるための一石二鳥の方法として「属性剥奪」からの「自身の魔力の変換、吸収」という答えに至りその術式を開発。現在は必要な力を貯めこんでいる最中だそうだ。
セルカのようなノンマンも、愛玩と実益のためにすでに何人も使い潰していることが話の中で伺えた。……どうやら推測するに、ノンマンを材料にした属性変換の呪具は複数の作成、所有が困難なようね。
でもって、こいつの目的を要約すると「憐れな属性の隷属者達を神から解き放ち、全部俺好みな無垢な者たちに変えちゃおう! 俺もなる!」ってことらしい。
一人でなれバーカ! 私だって属性は嫌いだけど、全部なくなったらなくなったで世間が混乱するでしょーが!
やるにしても私が生きてるうちはやめてほしいわ。もしも実現したとしたら、そんな混乱期に生きたくない。それほどにこのプロパーテ大陸では、【属性】が人々の間に根付いている。……全部なくなった時の混乱具合とか想像したくもないわね。
今は【属性】に対してそれぞれアプローチしてる勢力が互いに牽制している形で均衡を保っているけど……もしゲルデンドがコンフーロ様のように、属性を魔力に変換するという能力を固有の【属性】に頼らない呪術として確立してしまったらどうなるかしら。……面倒くさすぎて考えたくもないけど、大きな戦火の火種になる気がする。争いはよい市場になるけれど、私はそこまで求めていないわ。私の輝かしい未来に行きついたとして、その場所がぺんぺん草一本生えない荒廃した土地でしたなんて困るもの。
(運悪くも、私はこいつがこれから世間様に乗り出そうってする前に居合わせてしまったわけよね。でも今の私のためにも未来の私のためにも、出る杭は打たせてもらうわ)
まだこいつは力を蓄えてはいても、世間に出ていない見えない勢力。どうせ博打に出るのなら、叩き潰してその力私のものにしてあげようじゃない。
私は商人。己の利益こそが一番よ。そして時間は金に勝る。同情や正義感で動くつもりはないけれど、時間を無為に消費し続けるこの空間は苦痛だわ。
だから私から時間を買った代金は、無理にでも払ってもらうわよ。
そんなわけだから私は殺されるかもしれないリスクを承知で、現状を変える試みに出ることにした。
私はうまくやった方ではあるけれど、伯爵令嬢から闇商人へ転職したんですもの。凡人凡人言われてこようが、その度胸を私は自分で誇らしく思う。だからこの程度で躊躇していたら、闇商人トリリア・アルフレインズの名が廃る。……やってやろうじゃない。
「ところでゲルデンド様。私は現在三つの【属性】を持っていますが、それも貴方様の糧になさるおつもりですか?」
静かだった水面に、小石を放り投げ波紋を広げた。
さて、どう出るかしら。私の問いに対して、ゲルデンドはどう返す?
すぐに盗ろうとしてくるのかしら。それとも……。
「ああ、そういえば君をまだ開放してあげていなかったな。悪いことをした」
「いえ。私は属性があって困っていることなどございませんので、このままにしておいていただいて結構です」
「そんなわけにはいかない。それでは君がかわいそうだ。……さあセルカ、仕事をこなせ」
おっと、すぐ盗る方できたか。まあそれならそれでいいわ。
弱弱しい動きでこちらに来ようとするセルカを横目に、私はそっと手首を擦った。そこにはデュフォンが忌々しくも私を拘束するために使用した鎖型の拘束魔法が、今も効力を発揮し私の手首とデュフォンの手首を繋いでいる。
さあ、敵の正面で小細工するのはしんどかったけど、ここでやらなきゃ後がない。属性を根こそぎ盗られたあとでは、殺されなくても選択肢が恐ろしく減ってしまうわ。
その前に、終わらせる!
私は椅子を倒しながら立ち上がると、近寄ってきていたセルカの腹に蹴りをいれて壁の方に転がす。そして魔族との会話の中に密かに文言を紛れされ、完成に導いていた魔法の術式を完成させるべく叫んだ。
『焼き尽くせ
紡いだ魔法に名付けをする形で、集中力を上げて威力の底上げを試みる。乱れ狂った刃のように鋭い紫の電撃が遺跡を破壊しながら魔族ゲルデンドに殺到し、空間が目が潰れそうなほどの光で満たされた。遺跡の屋根は吹き飛ばされ、ついでになにか弾けた感覚も伝わってきた。おそらく魔族の結界ごとふきとばしたのだろう。
その衝撃で古びた遺跡全体の崩落も始まり、吊り下げられていたデュフォンも地べたに落ちる。セルカは痛みに腹を抑えながらも、遺跡が崩れていることに対してひどく狼狽したようだった。
「レシル! あああああ! これじゃあ、レシルが!!」
「死んでる!」
「!?」
「あなたの妹、もう死んでいたわ。あれはあなたの妹を材料にして作られた、ただの人形よ!」
「ああ、バラしてしまうだなんて酷いな」
案の定というか、私の攻撃ごときではゲルデンドはビクともしなかった。余裕の表情のまま椅子に腰かけ、その陰からがいつの間にかうぞうぞと魔物が湧き出てきている。
ゲルデンドは魔物たちを愛しそうに撫でたあと、私の方に人差し指をむけた。すると私の左腕が根元から千切れ飛び、激痛が走った。
「ぐ!?」
「ほう、耐えるか。なかなか剛毅なお嬢さんだ」
「お褒めにあずかり光栄だわ! なにせ私、四肢と首をもがれたこともあったものでしてね! 腕一本程度屁でもない!」
「それは興味深い!」
「興味持たなくて結構! それをしてくさった変態は死んだしお前もこれから死ぬのよ!」
炎魔法で腕の付け根を焼き切り出血を止めると、落ちた自分の腕を蹴ってセルカに受け取らせる。
……ううう~! 見栄は張ってみたけどやっぱり痛い。でもこの興奮状態がきれたらもっと痛いし、今は構ってられないわ。今は我慢、我慢! こんなところで変態バルディシュトにされた所業が経験として活きるのとか嫌すぎるけど! なんで私こんなに体張ってるの!?
「ひ!?」
「喚くな叫ぶな怖がるな! あんた、それ預かってなさい。あんたの妹の仇は取ってあげるからそれが代金よ! 持って外へ走れ!」
【癒し】を過信しすぎるのは良くないけど、腕の現物があればくっつけられる可能性はある。セルカは妹がすでに死んでいたことを信じたくない気持ちと混乱の狭間で完全に意識が飛んでいたようだけど、命令に従うように躾けられた体に強く言葉を叩きつけるとのろのろと動き出した。
……派手に建物壊しておいてなんだけど、外に出る前に瓦礫に押しつぶされたりしないでしょうね。
「ああ……もう本当に、最悪よ! ストーカーに体弄られるわ好みの美少年に腹刺されるわ魔族に遭遇して苦痛の耐久お茶会した後に腕飛ばされるわ! 私みたいな世界の宝といってもいい美少女に失礼にもほどがあるわ!!」
「? きみ、少女というほど若くないだろう?」
「黙れ死ね」
今までの鬱憤を吐き出すと魔族が余計なことを言い腐ったので、さらに簡易ではあるものの魔法を叩き込む。が、当然防がれた。
でもいいのよ。さっきのも今のも、目晦ましみたいなものだもの。
私は簡易魔法で強化した右腕の筋力でデュフォンを引き寄せると、腰布で隠されていた太もものホルダーに収められていた長い針を抜き放つ。それはセルカに属性を吸われた時のものに似ていたからか、デュフォンは顔を青ざめさせながらもがいた。糸でぐるぐる巻きにされているから、私に縛られた時以上に無様である。滑稽極まりない。…………私は少しだけこの賭けに出たことを後悔した。
(今からこいつと運命共同体か……選択ミスったかな……)
でも、今更後には引けない。
「これで使い物にならなかったら、死んでも祟るから!」
私はデュフォンの腹のあたりに背中から倒れこむと、針を治りきっていない自分の腹部の傷を通すようにして貫通させデュフォンの腹に刺した。長くしなやかな針はうまい具合にたわんで私とデュフォンを串刺しにする形になる。
瞬間、針に仕込まれた"属性剥奪"の呪術と"属性付与"の呪術が同時に発動した。
針を中心に螺旋を描くように呪いの文字が私の腹からデュフォンに向かって通過していき、それに連れられて私の中から光球という形で抜け出ていった【属性】。生まれる喪失感。
現在【直進】の属性を失ってノンマンと化したとはいえ、巨大な魔物を一瞬で殺した実力は本物だった。敵はもともと目の仇にする種族である上に、死ぬほど大事な【属性】を奪われた恨みもある相手。だったら私が自分で戦うよりも、この男に任せた方がまだ勝てる! 鎖は健在、逃げられないなら一蓮托生。だったら!
「死ぬ気で補助してあげるから死ぬ気で勝ちなさい!」
「任された!!」
得たばかりの【雷】属性を、早くも自身の魔力と練り合わせ放電させている男の群青色の髪が逆立つ。予定外なことになってしまったけど、サルバシオンのデュフォンに私はセルカに植え付けるはずだった【雷】を譲渡した。
色々予定を狂わせて、私をこんなことに巻き込んだんだもの。これで勝てませんでしたは許さないわよ!
…………にしても、ずいぶんといい返事というか、突然のことだったでしょうに嬉しそうな声で答えてくれたわね。もう一度神との繋がり、【属性】を得られたのがそんなに嬉しかったのかしら。属性をいじること自体を罪とするくせに自分の番となったら現金なものねー…………………と…………思ってたんだけど…………。
次々に湧き出てくる多くの魔物と一度負けた魔族を前に臆することなく立ちふさがる背中は、まあそこそこ頼もしい。けど背後に居る私を振り返ったデュフォンの目が、異様にキラキラ輝いて見えて嫌な予感におぞけが立つ。
え、なによその目……気持ち悪……。
「確かお前……いや、貴女の名前はトリリアと言ったな! ご両親は良い名前をつけられた。並び替えれば一字多いがアトリ様と一緒だ! そんな貴女に俺は再び属性を与えられた。これはアトリ様のお導きとご加護に違いない!」
「都合のいい解釈をよくもまあ恥ずかしげもなく!?」
「何が都合の良いものか! 俺は決めた。アトリ様のお導きとあらば、これから俺は再び属性を与えてくれた貴女に一生ついていく! そうしろと、きっとアトリ様はおっしゃっているのだ!」
「なんて!? ちょっと待て、待ちなさい!」
「そのためにもまずこの害獣を滅せねばな! さあ見ていてくれトリリア殿! あなたのデュフォンの初陣だ!」
待って待って待って。なんか変な方向に話が進んでいる!? ちょっとあんた、【直進】が無くなったくせになんでそんな突っ走り思考に……!?
「雷のように鮮烈に輝き、稲妻のように真っすぐ生きようではないか!!」
【雷】の解釈ぅぅぅぅぅぅ!! 思い込み一つですぐに自分に反映する属性の狗具合ときたら、もういっそ尊敬するわ! 直進って属性に培われたこいつの性格に【雷】もしかして相性ばっちりだった!?
ああもう、どうとでもなれ!
「命預けたわよ、【雷】のデュフォン・ラグレイル! その腐れ野郎をさっさとぶっ飛ばしなさい!」
私とデュフォンを繋ぐ長い魔法の鎖が、雷光を反射して魔法光と入り混じり光を乱舞させる。
どこまでも忌々しい属性に繋がれた私たちを奴隷であると、憐れむのなら憐れむがいい。だけど鎖があろうがなかろうが、私は自分の足で人生という舞台で優雅に踊るつもりだわ。
隷属者の喜遊曲。生きて帰ったら、吟遊詩人にそんなタイトルで一曲作らせてもいいかもね。
++++++++
その日、遊技都市キュベテス郊外の古の遺跡群が姿を消した。
そこで何があったかは、誰も知らない。
あと一話、エピローグです。