人はどうして【属性】に縛られるのだろう。そんな疑問を最初に抱いたのは、一体いつのことだっただろうか。
私は騎士の家系に生を受けた。父は師団長に任ぜられるほどの傑物で、母は深窓の令嬢を地で行く箱入り娘。既に嫁いだ姉が一人とまだ十二歳の弟が一人。
家柄としては貴族と遜色ないほどの名家であり、もちろん相応の教育というものを姉も弟も受けている。私も当然、立派な令嬢となるべく教育を施されてきた。
―――ただし、私が進んだのは父と同じ騎士の道だ。
私が淑女とは縁遠いお転婆娘だった、という訳ではない。むしろ落ち着きのある方だと自認しているし、作法や習い事も人並み以上に嗜んでいる。ならば何が原因なのかというと、私の【属性】こそが問題だった。
その名は直球もド直球、ずばり【騎士】。【属性】の遺伝が否定されている以上全くの偶然なのだろうが、どうせなら家を継ぐ弟に宿ってくれれば良かったのにと思わないでもない。
そんな思いとは裏腹に、私の騎士としての才能は順調に開花していった。私の持つもう一つの【属性】も相まって、八歳で剣を取って以来同年代では負けなし。師である父相手にも、十五になる頃には対等に渡り合えるようになった。今となっては完全に私の方が強いだろう。
無論そのために女を捨てるつもりもなく、剣や魔法の稽古の合間に礼儀作法や教養を身につけた。幸いにもそれらを両立させられるだけの
騎士として、女として、誰に訊ねても順風満帆と答えるであろう私の人生。
だが、時折ふと思うのだ。【属性】によって定められた私の進む先は、本当に一本道だったのだろうかと。よく見れば道は分岐していて、その先にこそ私の求めるものがあったのではないだろうかと。
考えたところで、今更この道を引き返せるはずもないのだが。
「属性
「ああ。ここ最近数を増している」
私がその不可解な事件について耳にしたのは、騎士団での訓練を終えて帰りがけに寄った食事処でのことだった。
同席しているのは同僚の騎士、ではない。そもそも私はこういった場に同僚と訪れることはほとんどなかった。
ただでさえ女性の騎士は数少なく、まして良家の子女、それも師団長の娘ともなれば尚更だ。
私にも人並みに結婚願望はある。結婚、そして出産となれば騎士との両立は難しくなるが、それでもやり遂げられる自信はあるし覚悟も決めている。しかし、だからといって同僚たちのアプローチに応える気にはなれなかった。
別に心に決めた相手がいるとか、彼らに全く魅力を感じないとかいうことはない。何かもっと漠然とした、形容しがたい不安感のようなものが私を押しとどめているのだ。
はぁ、と小さな溜息が零れた。
こんな時ばかりは、あの何もかもが平凡な旧友が羨ましくなる。あのくらい吹っ切れて自分の在り方を受け入れられればどれだけ良いか。本人が聞けば、きっと贅沢な悩みだと苦笑するだろうが。
何だか無性に彼女に会いたくなった。もう何年も顔を見ていないが、今も元気にしているだろうか。
「……どうした?」
「あ……いえ、ごめんなさい。何でもないわ」
向かいの席に腰掛ける男―――情報屋ラジュマ・ウェルタの怪訝そうな問いかけに、私の意識は現実へと引き戻された。同時に彼が同席しているということの意味を思い出し、話を聴き漏らすことのないよう気を引き締める。
ラジュマは情報屋としてはかなり特殊な人物だ。まず第一に客を選ぶ。それも身分や経済力などではなく、彼の琴線に触れた人物にのみ情報を売るらしい。
そして第二に、彼は求められた情報を調べて売ることはしない。顧客の前にふらりと現れては、何の脈絡もなく情報を落としていく。その代わりなのか、代金はその場で適当な食事を奢らせるだけという破格の安さなのも特徴の一つだ。
つまり、今の私の状況がまさにそれなのだった。
「それで、属性替え……だったかしら。確かに不可解ではあるけれど、どうしてそれを私に?」
「いずれ必要になる」
理由を尋ねるも、彼の常套句で返されるだけに終わる。
ラジュマが唐突に持ち込んだ情報は、その相手にとっていずれ何らかの形で重要になってくる。だが渡された時点では全くの意味不明のものが大半であり、そのうえラジュマは情報以外のことを何も語らない。それでも将来的にほぼ確実に役立つという信頼度と、格安の代金から彼の人気は高いのだが。
「貴方がそう言うのならそうなのでしょうね。わかったわ、ここは好きなものを頼んで」
「ああ」
頷くと、ラジュマは店員を呼び注文を申し付けていく。その量は成人男性としてもかなりの大食らいではあるが、この程度で私の懐が痛むことはない。
次々と運ばれてきては消えていく料理を尻目に、自分の分のパスタを口に運びながら先程の話について考えを巡らせる。
属性替え。【属性】を奪い取るだけでなく、新たに与えていくという不可解極まりない事件。
有用な【属性】を抜き取り、不要なものを捨てているというのならまだわかる。だがラジュマによれば、交換は無作為に行われているとしか思えないような適当ぶりらしい。
ある被害者は【不運】を抜き取られ【傍観者】を押し付けられた。また別の被害者は【癒し】【光】から【貫通】へと入れ替えられた。彼の言った通り滅茶苦茶で、どうしてもそこから規則性を見て取ることはできなかった。
パスタを食べ終えるまでの間に考えて出した結論は、現時点では何もわからないという身も蓋もないものだった。
程なくしてラジュマも料理を完食し、私たちは店を後にした。ラジュマは軽く見積もっても私の十倍は食べたはずだが、特に苦しそうな様子は見せていない。
「……もう一つ、言っておく」
「え?」
別れ際、不意にラジュマが私を呼び止めた。彼はほんの一瞬話すのを躊躇ったように見えたが、結局すぐに続く言葉を口にした。
「『旅行鳩』を追え」
いつにも増して端的な一言。
それだけ告げると、ラジュマは今度こそ踵を返して去っていった。
「『旅行鳩』……」
聞き覚えがあった。確か、最近名を上げてきた傭兵の二つ名だったはずだ。本名は……生憎と思い当たらなかったが。
だがラジュマが追えと言った以上、そうした方が未来の私のためになるのだろう。あの風変わりな情報屋と知り合って以来何度か助言を受けたが、毎回絶妙なタイミングでそれが生きて助けられてきた。よくわからないがやってみるかと思えるくらいには、私は彼のことを信用している。
まず手始めに、『旅行鳩』について知る者がいないか家族や同僚をあたってみた。残念ながら本名などの情報は得られなかったが、傭兵としての評判はいくらか耳に入ってきた。
まず、正確には傭兵ではなく便利屋であるということ。ただ本人の実力の高さから戦闘目的で雇う者が多く、そのため傭兵と並んで名を挙げられることが多いのだという。
次に、戦闘スタイルは後衛寄りの魔法使いであるということ。特に展開の速さに長けており、中規模魔法を高速で連射する戦法を好んで取るそうだ。
そして、二つ名の由来でもある神出鬼没さ。特定の
私が引っかかったのもそこだった。【占】や【追跡】の持ち主ならば居場所を特定することが可能だが、それらの【属性】持ちも魔法使いも知り合いの中にはいない。街角にいるような占い師は信用ならないし、この段階で家に頼るのも気が引ける。
仕方がないので、私は発想を切り換えることにした。
私の持つもう一つの【属性】、名を【練達】。これによって鍛錬に勉学、その他教養の習熟に大幅な補正が加わったからこそ、私は騎士の道と淑女の在り方を両立させられている。
家の書庫から適当な魔道書を数冊見繕い、速読で暗記するのに六時間。その中から探知系の魔法を選出し習得するのに三時間。それらに妨害対策を施す改造に半日。精度の確認にさらに半日かけ、そこから探知の触媒探しに三日を費やした。
居場所の特定までにかかった日数は五日。魔法の会得自体は二日足らずで済んでいたことを考えると、我ながら驚きの吸収速度だ。
ともあれ居所がわかったのなら、次は実際にそこへ向かわなければ始まらない。普段使わずに溜まっている休暇をここぞとばかりに放出し、両親に小旅行に出る旨を伝えて早々に馬車へ飛び乗った。騎士が長期間街を離れるのはあまり褒められた行いではないが、そこはたまの息抜きということで目を瞑ってもらうとしよう。
目的地への到着には、順調に進んで四日といったところ。その間に『旅行鳩』が宿を移していなければ楽でいいのだが。
道中はこれといった異常もなく、予定通りに目的地へと辿り着けそうだった。せいぜい魔物が数回現れた程度で、それも私があっさり蹴散らし馬車の進行に何ら支障はきたさなかった―――しかし、目当ての宿まであと数刻というところでその様相は一変した。
「急にどうしたというの……?」
魔物の襲撃回数の激増。頻繁に襲い来る野盗。馬車の車輪は外れ落ち、直した矢先に今度は馬が足を挫いた。
明らかに
そんなことを考えている間にも、さらなる異変は到来する。
魔物の大群。その数はざっと見積もっても百はくだらないと思われ、遠くに控えている応援を加えれば数百にも及ぶだろう。
「流石にこれは骨が折れそうね……」
単体としての強さは取るに足らずとも、流石にここまで数が揃えば多少は厄介だ。負けはしないが、だいぶ時間をロスする羽目になりかねない。
私が最も得意とするのは近接戦であり、広域殲滅を行えるような大火力は比較的不得手だ。できなくはないしすぐに上達するだろうが、今すぐ使えるほどの余裕は流石にない。
これは長丁場になるか、と覚悟を決めようとしたその時だった。
ふわり、と。
今しがたこの世界に浮き出てきたかのように、私の眼前に一人の女が現れていた。
「ごめんなさいね、旅の人。この辺りに来てから急にトラブルが頻発したでしょ?それたぶん私のせい」
その姿を見て、私は真っ先に猛禽を連想した。
だが次の瞬間にはそのイメージを否定する。
「お詫びといっては何だけど、ここは私も加勢するから」
そう告げるや彼女は魔物の方へ向き直り、瞬きも終わらぬうちに魔法の構築を完了させた。規模からして中位魔法。学園で習うようなスタンダードなものではなく、自分専用に改造を重ねたオリジナルだ。
その数、実に数百。魔物一体一体を覆うように同数の風球が展開され、それらは徐々に圧縮されていき檻の中の虜囚に一切の抵抗を許さず押し潰していく。
時間にしてほんの数秒。たったそれだけの間に、私でも手を焼いたであろう魔物の大群は全滅していた。
「こんなところかな。あなた強そうだし、もしかしたらお節介だったかもしれないけど」
軽い調子で宣う女に、私は言葉を返せなかった。
彼女の実力に目を奪われていたからではない。勝手な言い分に腹が立った訳でもない。ただその姿にとある面影が見え隠れして、絶対に違うはずなのにどうしてもそれが拭い去れなくて、考えれば考えるほど確信は深まっていった。
容姿は似ている。声も記憶の中とそう変わらない。だが纏う雰囲気が致命的にずれていて、受ける印象が決定的に異なっていた。
それでも、間違いない。間違えるはずがない。
一つの名が、私の口から勝手に零れ落ちた。
「……………エルメア?」
だってそれは確かに、五年ぶりに見る旧友の姿だったのだから。