こうして、京都で二人は付き合い始める   作:的当 二角

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こうして、京都で二人は付き合い始める 1 -雪ノ下雪乃の場合-

 京都の町を一人と一人で歩く。

 

 二人で歩くのではなく、彼と私、少し離れて別々に歩いている。

 最初は考えられなかったことだけれど、夜道を異性と歩く。

 目の前には彼の後ろ姿。猫背でお世辞にも格好良いとはいえない姿。

 彼は私の歩くペースを気にしながら、ゆっくりと歩いている。

 その気遣いに、少し体が熱をもちそうになる。

────────

 初めて部室で彼を見たときは、その姿勢も態度も考え方も、相容れないものだと思っていた。

 変わろうとしないこと、逃げを正当化すること、そんな考えが嫌だった。

 

 由比ヶ浜さんからの依頼。恩人にクッキーを作る手伝い。

 彼のことを考えるようになった最初のこと。

 上手にクッキーを作ることに固執していた私が、本質に気付かされたこと。

 悔しかった。

 今でも高められることは高めたほうがいいと思っている。

 それでも目的と手段を履き違えることなく、考え方だけであっさりと依頼が終わったことで、私は比企谷八幡という個人にやっと目を向けたんだと思う。

 ……由比ヶ浜さんの料理は、依頼に関係なく高めたほうがいいと思っているのだけれど。

 

 戸塚くんからの依頼。テニス部を盛り上げるための技術向上。

 彼は意外と運動神経が良かった。

 テニスコートへの乱入、そして試合。

 彼へ言ったことを思い出すと顔が熱くなる。

 彼が試合を決めるだなんて、なぜ言ってしまったのか。どうしてそんなことを言ったのか。

 今ならわかる。うっすらと、些細ではあるけれど、彼へと信頼を寄せ始めていたことがわかる。

 あんなことを、意識せずにあの場で言ってしまったことが恥ずかしい。

 そ、そういえば彼には着替えを、の、覗かれていたわね。これは改めて償ってもらわないといけないんじゃないかしら。

 

「雪ノ下?」

「ッ!……なんでもないわ」

 

 足を止めてしまっていた私を、振り返った彼が不思議そうに見ていた。

 不思議そうに、そして、どこか心配そうに。

 この視線には覚えがある。川崎さんのアルバイトに関わる依頼。

 エンジェル・ラダーの店内で川崎さんに言われたことに動揺したとき、彼は少しだけこんな目をしていた。

 由比ヶ浜さんは必死にかばおうとしてくれたけれど、あのときの彼の、その場からただ引き離す対応がありがたかった。

 結局この依頼も、正面から話して辞めさせようとした私ではなく、彼の話しで依頼が終わった。

 彼の気遣いと、問題への対処法。

 異性としてではなく、人として気になり始めたのは、きっとここだった。

 そうでなければ、買い物の手伝いなんて頼もうと考えなかったのだから。

 

 千葉村でのキャンプ、鶴見さんへの視線もこんな感じだったように思う。

 気怠げで、でもどこか心配そうな、そんな温かい視線。

 あの夜も二人だった。

 

「あー、すまんが少し疲れた。飲み物買って休みたい」

 自動販売機の隣にあるベンチを指差しながら、目をそらして彼が言う。

「そうね。少し休みましょう」

「悪いな」

「気にしないで…………ありがとう」

「……おう」

 別に彼が疲れていないことなんてわかっている。遠回しで、わかりにくいけれど、そっと寄り添ってくれるような優しさ。

 足を止めてしまった私への気遣い。

 相手に気付かれなくてもいいのだと、彼自身を理由にした、くすぐったい捻くれた優しさ。

 でも、それが心地良い。

 

 鶴見さんの問題への対処方法は、それまでのグループをバラバラにしてしまうものだった。

 相変わらずな手段で、でも真っ当なやり方では無理な、最低な解消の仕方。

 報われるかわからない。むしろ報われることなんて考えていないやり方。

 でもそれは、私のような強がりを、弱さを包んでくれる。

 

 彼と少し離れてベンチに座る。離れているような、近いような曖昧な距離。

 横目で缶コーヒーを飲んでいる彼を見る。

「なんかあったか?」

「いえ、今までのことを思い出していたの」

「今までの?」

「ええ。あなたが入部してからのこと」

「いろいろあったな」

 

 夏休み、彼が私を入学式の事故の関係者だと知った。

 二学期、彼の私を見る目が変わっていた。

 言えなかった。

 言い出せなかった。

 何を言えばいいかわからなかった。

 文化祭後の、彼とのやり取り。

 彼に伝わったと思う。

 

「ああ、そうか…………。なあ、雪ノ下」

「なにかしら?」

「すまなかった」

 唐突な謝罪に驚きながら彼を見る。

「入学式の事故だよ。巻き込んで、すまなかった」

 こんな彼の表情は始めて見た。

 彼が頭を下げる。

「お前が気にしていたのに、放置してすまなかった」

 彼は悪くなんてない。

「俺がいろいろ余計なことを考え過ぎた」

 彼の顔が見えた。

「変に気にさせたみたいで、すまなかった」

 まっすぐにこちらを見てくる彼。

「これまでのことを思い出してたって聞いてな。そもそもの最初を考えたら、巻き込んだ俺が謝ってないのに気付いた」

 恥ずかしそうに目をそらす彼。

「すまなかったな」

 きっと、彼も私も、求めるものがある。

 言葉でもなく、曖昧模糊とした何か。

 それでも言葉にしてくれた。

 それが全てでなくとも、伝えてくれた。

「比企谷くん」

「あん?」

 こんな簡単なことで良かったんだ。

「入学式でのこと、ごめんなさい」

「ゆ、雪ノ下!?」

 頭を下げる。

「あなたのことを知らなかった」

 下げ続ける。

「知ったのに言えなくて、ごめんなさい」

 頭を下げたまま、謝る。

「何て言えばいいかわからなくて」

 きつく目を閉じる。

「せっかくの入学式だったのに、ごめんなさい」

 涙が溢れそうになる。

「あなたから言わせてしまって、ごめんなさい」

 彼の優しさに、精一杯の感謝を込めて。

 下げた頭を戻し、彼の顔を見て伝えよう。

「言ってくれて、ありがとう」

 笑顔を添えて。

 

 彼のポカンとした表情が少し面白かった。

 ベンチに座る距離は変わっていないのに、近づいたような気がする。

 

「言葉にしてしまえば、簡単なことだったんだよな」

「そうね」

「ごめんなさい、ありがとう。小学生でもわかることだ」

「つまり私達は小学生以下だったのかしら?」

「認めたくねえけどな。それに本来は雪ノ下が謝ることでもない。気付いた時点で率先して謝らなきゃいけなかったのは、俺だろ」

「そうなのかしら」

「さっきも言ったが、雪ノ下は車に乗っていただけで、むしろ事故に巻き込んだのが俺だしな。急ブレーキで首痛めたりしなかったか?」

「大丈夫だったわ」

「なら良かった。……さすがにさっきまで小学生以下だったのは落ち込むな。やっと気付けたけどよ」

「それでいいんだと思うわ」

「ん?」

「気付かないままより、気付いたほうがいいもの」

「確かにな」

 

 文化祭に思いを馳せる。

 彼が気付かせてくれた。

 私は私のままでもいい。

 彼に教えてもらったこと。

 そのままでいいという肯定。

 相模さんは背伸びしすぎた。承認欲求が強すぎた。

 でも、これは私にも言えることだった。

 自分をありのまま受け止めること、今の自分を認めること。

 出来ないことを否定しない。

 出来ないことを認めたうえで、磨けばいい。

 

 もうひとつ、分かったこと。

 少しずつ、ゆっくりと気付いたこと。

 

 今までのことが走馬灯のように流れていく。

 笑った彼の顔。嫌そうな顔。気怠げな顔。嬉しそうな顔。真剣な顔。心配している顔。

 エプロンが似合うと言ってくれた彼。お見舞いに来てくれた彼。紅茶を飲んでいる彼。

 彼が言ってくれたこと。

 

『お前と顔が似てるのに、笑った顔が全然違うだろ』

『……ならなくていいだろ。そのままで』

 

 私は……私は彼が……。

 この感情は…………。

 

「そろそろ行こうぜ」

「……」

 思わず立ち上がろうとする彼の袖を掴む。

「なんだ?」

「……」

 この時間を終わらせたくない。

「雪ノ下?」

「……」

「何かあったのか?」

 彼がベンチに座り直して私を見る。

「……比企谷くん」

「おう」

 

「私は比企谷くんが好き」

 

 絶句している彼を見つめる。

「あなたの捻くれたところも、隠れた優しさも、好きです」

 驚いて目を見開く彼。

「そのままでいいと言ってくれるあなたが好き」

「お、おい」

「責任も何もかも奪ってしまうところは嫌いよ」

「……」

「でも、あなたが好きなの」

「……」

 彼は何も言ってくれない。

「ねえ、比企谷くん。去年あなたに出会ったけれど、知らなかった」

「……」

「4月にあなたを知り始めた」

「……」

「今はあなたを知っている」

「……」

「あなたを、比企谷くんのことを、もっと知りたい」

「……!」

 

 握りしめた彼の袖は離さない。

 いま離してしまったら、きっと彼は何も答えてくれないと思うから。

 無言で見つめ合う。

 どのくらい時間が経ったのかわからない。

 

「俺は……」

 彼が口を開き始める。

「俺は、怖い」

 何かに怯えるように。

「分からないことが、知らないことが、何よりも恐ろしい」

 少しづつ、口に出す。

「ずっと欲しかったものがあったんだ」

 声が震えている。

「浅ましくておぞましいかもしれない。自分でも気持ち悪いと思ってしまう」

 今まで聞くことのなかった、彼の本音。

「分かり合うとか、仲良くするとか、そういうのじゃない」

 優しさの本質。

「安心したいんだ。……分からない事は、怖いから」

 周りを怖がりながらも、分かりたいという願い。

「理解した気になって、押し付けたいんじゃない」

 レッテルを貼られてきた彼だから。

「勝手に期待して、勝手に裏切られたと思ってしまう自分が嫌いなんだ」

 期待し続けてきた彼だから。

「絶対に出来ないのは分かってる。だけど分かりたい、知っていたいんだ。完全に、完膚なきまでに……理解したい」

 届かないものに、必死に手を伸ばし続けている彼。

「知ることだって本当は怖い。分かることで傷つくこともある。誤解してしまうかもしれない。無遠慮に踏み込むかもしれない。でもそれ以上に、知らないことが怖い」

 手を伸ばし続けて傷ついた彼。

「言葉にしないと伝わらないのかもしれない。でも言葉が欲しいわけじゃない。それでも……もしも、お互いがそう思えるのなら、こんな醜い願いを許容できるのなら」

 人によっては、これを怖いと感じるのかもしれない。

「俺も……俺も雪ノ下のことを、もっと知りたい」

 

 初めて見る彼の涙は、この世のどんなものよりも純粋に見えた。

 

「比企谷くん」

 そっと彼の手を握る。

「誤解するかもしれない。間違うかもしれない」

 労るように、癒やすように。

「傷つくかもしれない。涙を流すかもしれない」

 手を離し、ゆっくりと抱きしめる。

「それでも、あなたを知ろうとすることだけは、絶対に止めない」

 

「好きよ。一生かけてあなたを理解させて」

 抱きしめたまま、彼にキスをする。

「俺も、一生をかけてでも、雪ノ下を分かりたい」

 彼がそっと抱き返してくれる。

「好きだ」

 そして、彼がゆっくりとキスしてくれた。

 

 ベンチに二人。私と彼。距離を空けずに座っている。

 お互い顔が真っ赤で、冷える夜のはずなのに、とても顔が熱い。

「言ったことは本当なんだが、なんだが……ひたすら恥ずかしい。叫びたい」

「私もよ」

「唐突にすごい積極的じゃありませんでしたかね?」

「今までのことを思い返していたら」

「いたら?」

「その、抑えられなくなってしまったの」

「……嬉しかった」

「……ありがとう」

 体温がさらに上がる。

 繋いだ手が嬉しくて、隣に座る彼の存在が幸せで、昨日までの私とは明確に違う私が喜んでいる。

「そ、そろそろ行くか。名残惜しいけどな」

「ええ、これからよろしくね」

「俺の方こそ、よろしくだ」

 

────────

 京都の町を二人で歩く。

 

 一人で歩くのではなく、彼と私、手を繋いで歩いている。

 最初は考えられなかったことだけれど、夜道を恋人と歩く。

 横には彼の姿。猫背でお世辞にも格好良いとはいえない、けれども愛おしい姿。

 彼は私の歩くペースを気にしながら、ゆっくりと歩いている。

 その気遣いが嬉しくて、思わず笑顔になる。

 

 これからもずっと、私達は二人で歩く。

 

──────── End

……

………

 

「あー」

「どうかしたのかしら?」

 

 

─Bonus─────

「せっかくの修学旅行で、その、つ、付き合い始めただろ?依頼がなきゃもっと楽しめるのになあ、と」

「こう言ってはなんだけれど、もう依頼は終わったようなものだと思うわ。これ以上に出来ることって、告白に良さそうな場所を探すくらいじゃないかしら」

「……どうだろうな」

「気になることでもあるの?」

「戸部の後に海老名さんが来ただろ」

「良くわからない話しをしていったわね」

「妙に引っかかるというか、気になる」

「…………戻りましょう」

「ん?」

「さっきのベンチよ。時間も時間だしホテルに着いてしまったら詳しく話せないわ」

「時間は大丈夫か?」

「大丈夫よ。見咎められたら正直に答えるだけ」

「嫌な予感がするが、何て答えるんだよ」

「一世一代の告白をしてきただけです。祝福してもらえれば幸いですが、私達が規則を守らずに外出していたのは申し訳ありませんでした」

「おい」

「だめかしら?」

「はずかしくないのか?」

「比企谷くん」

「おう」

 

「私、虚言は吐かないもの」

 きょとんとした後、彼は苦笑しながらこう言ってくれた。

「別に嘘ついてもいいぞ。俺もよくついている」

 これは文化祭後のやり直し。

「今はあなたを知っている。でも、もっとあなたを知りたいから」

「……そうですか」

 

 きっと、人生で一番の笑顔で私は彼に告げる。

 

「ええ。そうよ。やっぱりあなたと友達になることなんて、有り得なかったわね」




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