京都の町を一人と一人で歩く。
二人で歩くのではなく、俺と雪ノ下、離れて別々に歩く。
最初は想像もできなかったが、夜道を異性と歩いている。
後ろには遅れて歩いている雪ノ下。普段は凛としているのに、どこか自信なさげな歩き姿。
俺はペースを気にしながら、ゆっくりと歩いている。
俺が気にしていることに気付かれていないか、少し恥ずかしい。
────────
最初に雪ノ下を部室で見たときは、まるで絵画の中から具現化したような、その姿に見惚れてしまった。
すぐに毒舌で印象がだいぶ変わってしまったが。
『世界を変える』
こんなことを大真面目に言っている姿に、正直すごいと思ってしまった。呆れた部分も大いにあったけどな。
同じ一人でもここまで違うことに、心が動いていた。
友達申請は儚く消えたわけだが。
由比ヶ浜の依頼。手作りクッキーを渡すこと。
自分のことでも無いのに、物事に正面から取り組む姿勢は眩しかった。
際限が無さそうで、目的と手段がごちゃごちゃしていたのを指摘させて終わらせた。
だがその後の、高められるものは最大まで高めるというところに憧れた。
同時に、敵を作りやすそうな性格が不安でもあった。
……由比ヶ浜の料理はもっと指導して欲しいかもしれない。
戸塚の依頼。
死ぬまで素振りとか普通に言うのは、引いた。
同時に誰に対しても、自分に対してもそんな調子なのだろうと何か安心した。
俺が人から思いっきり距離を離すように、雪ノ下は攻撃的な言動で離しているかもしれないと思った。
葉山たちの乱入、そして試合。
体力のなさに、人間らしさを感じてしまった。
この男が試合を決める、そんな言葉だけで、柄でもないのに張り切った気がする。
着替えは、うん、役得だったな。眼福でした。事故だったけども、ね。
ちらりと雪ノ下に目を向けると、なぜか足を止めていた。
「雪ノ下?」
「ッ!……なんでもないわ」
疲れだろうか。それともラーメンの暴力的な旨味がバックアタックでも決めたか。
さっきから自信の無さそうな歩き方をしていたことも相まって、大丈夫か気になってしまう。
ああ、川崎に関わる依頼のときを思い出す。
普段から予防線を張りまくっている俺が、とっさに心配して、動いてしまったんだ。
雪ノ下の弱さを直視した、それまでのイメージを崩しそうな出来事だった。
その後の買い物の手伝いも含めて、雪ノ下の人間性を意識した。
プレゼント探しで服の耐久力を吟味するやつなんて、他にいないだろう。
陽乃さんには出会いたくなかった、まじでそう思う。
だが、エンジェル・ラダーの件も含めて雪ノ下の弱さに触れられたのは、……良かったかもしれない。
千葉村でもそうだった。
留美のイジメ。
どこか過去の自分を重ねるような、雪ノ下の表情。
出会ってから、どこか雪ノ下に抱いていた神聖視のような感情が、少しずつ綻んでいた。
そういえば、あの夜も二人だった。
自販の隣にあるベンチを見つける。
調子悪そうだし、体力ないしな。素直に言うのも恥ずかしい。
断られてもダメージが少なく、だ。
「あー、すまんが少し疲れた。飲み物買って休みたい」
ベンチを指差しながら、言ってみる。
「そうね。少し休みましょう」
「悪いな」
「気にしないで…………ありがとう」
「……おう」
感謝の言葉に思わず固まった。
バレバレだよなあ、これは。わざとらしかったもんね、仕方ない。……顔があっつぅい!
留美は元気にしてるんだろうか。グループごとバラバラにするように行動して、それでも留美は最後に他の子を助けようと動いた。
あの場にいたのが当時の俺だったら、どうしていただろう。
同じように助けていたのだろうか。
きっと、雪ノ下は動いただろう。むしろ速攻で通報してそうでもある。森に響く防犯ブザー、遠くから聞こえる先生方の声、通報する雪ノ下の冷酷な声、怯えて泣き出す他の小学生たち。控えめに言って地獄だ。おまけで合気道で投げられる高校生もいたかもしれん。
留美のフラッシュで怯ませるとか、勇気ある可愛い抵抗だったんだな。
俺と少し離れて、雪ノ下がベンチに座る。曖昧な距離。今の俺と雪ノ下を象徴するような、そんな距離。
横目で遠くを見ているような表情の雪ノ下を見る。
「なんかあったか?」
「いえ、今までのことを思い出していたの」
「今までの?」
「ええ。あなたが入部してからのこと」
同じように思い出していたことに、少し驚く。
「いろいろあったな」
千葉村からの帰り、雪ノ下の乗る車に気付いた。
憶測だったが、衝撃を受けたと思う。
違うと思いたい、だが現実はどうだったのか。
そして、陽乃さんの言葉。
俺はイメージを押し付けていた。また勝手に期待して、勝手に裏切られたと思ってしまった。
どうして雪ノ下は何も言わなかったのか。
俺のことを知らないと言ったのか。
雪ノ下でも嘘をつく。こんな簡単なことをどうして受け入れられなかったのか。
拗ねていたんだろう。
どうしようもなく、子供のように拗ねていた。
だから二学期が始まって、何か言おうとしていた雪ノ下を遮った。
雪ノ下は言い訳なんてしないだろうと、勝手な期待をしている自分が、嫌だった。
……言い訳なんかされたら、さらに裏切られたと思ってしまうだろう自分が、気持ち悪かった。
だから、雪ノ下が何か言おうとしていたのに、無理やり話しを変えてしまった。
文化祭の後に話したことで、やっと俺は雪ノ下という個人を、普通の少女として受け入れられたんだと思う。
勝ち気で、方向音痴で、パンさんが好きで、猫が好きで、毒舌で、強がりな、そんな弱いところのある少女として。
後から思い出せば、きっかけはいくつも転がっていた。
『……あんなに必死だったからよ』
『ちゃんと始めることだってできるわ。……あなたたちは』
うろ覚えではあるが、そう言っていたはずだ。
雪ノ下は、最初から言っていた。言いにくいことでも、聞き取れないような声だとしても、確かに言葉にしていた。
『あなたのことなんて知らなかったもの。でも、今はあなたを知っている。』
こんなことすらも、言葉にしてくれた。
始まりの事故、俺が飛び込んだことで起きた事故。
それなのに拗ねて、雪ノ下が伸ばそうとした手を、話題を変えることで振り切った。
跳ねられたから被害者だ?
自分から飛び込んで巻き込んだのに。
俺が加害者じゃないか。
そして俺は、何も、何も言っていない。一言も、言っていない。
「ああ、そうか…………。なあ、雪ノ下」
緊張する。
「なにかしら?」
口の中が乾く。
「すまなかった」
それでも言葉にしよう。
「入学式の事故だよ。巻き込んで、すまなかった」
頭を下げよう。
すべてが伝わらなくとも、せめて言葉にしよう。
心を込めて、精一杯伝えよう。
「お前が気にしていたのに、放置してすまなかった」
下げていた頭を恐る恐る戻しながら、雪ノ下を見る。
「俺がいろいろ余計なことを考え過ぎた」
せめて、今だけでもまっすぐに。
「変に気にさせたみたいで、すまなかった」
きっと、そうじゃなければ、辿り着けないものがある。
「これまでのことを思い出してたって聞いてな。そもそもの最初を考えたら、巻き込んだ俺が謝ってないのに気付いた」
真っ先に謝らなきゃいけなかった。
「すまなかったな」
恐らくではあるが、雪ノ下も、俺のように欲しいものがある。
言葉だけでは無理で、言葉がなくては無理な何か。
人は言葉にしなくてはわからない。だが言葉が欲しいだけじゃない。
言葉にしなくとも分かりたい。だが言葉がないと分からない。
自分を飾らずに、誤魔化さずに、上っ面ではない、そのままでの関係性。
周りから離れていたから、離されていたから、より強くそんな何かを求めるのかもしれない。
でもそんな何かは、時間も、言葉も、心も必要で、そう簡単には手に入らないのだろう。
「比企谷くん」
「あん?」
考え事に沈んでいて、思わずぶっきらぼうな返しになってしまった。
「入学式でのこと、ごめんなさい」
「ゆ、雪ノ下!?」
雪ノ下が何をしているか、一瞬わからなかった。
「あなたのことを知らなかった」
雪ノ下が謝っている。
「知ったのに言えなくて、ごめんなさい」
頭を下げている。
「何て言えばいいかわからなくて」
震えた声で、謝っている。
「せっかくの入学式だったのに、ごめんなさい」
ああ。
「あなたから言わせてしまって、ごめんなさい」
この少女はこんなにも優しい。自分にも周りにも厳しく、だがその根底にはきっと、優しさがある。
「言ってくれて、ありがとう」
雪ノ下の笑顔に驚いた。
あまりに綺麗で、時間が止まったような錯覚すらある。
今までに見たことのない柔らかな雰囲気を持った雪ノ下は、必死に勘違いしないようにしていた俺の予防線をことごとく突き抜けた気がした。
思わず口を開けたまま固まっていた俺を見て、雪ノ下がくすりと笑う。
恥ずかしさを何とか抑え、考える。
何かを求めるあまり、言葉を蔑ろにしてはいなかっただろうか。
勝手な誤解や裏切りを恐れることで、言葉にすれば良かったことを切り捨ててはいなかっただろうか。
「言葉にしてしまえば、簡単なことだったんだよな」
「そうね」
「ごめんなさい、ありがとう。小学生でもわかることだ」
そんなことが分からなかった高校生がここにいる。
「つまり私達は小学生以下だったのかしら?」
「認めたくねえけどな。それに本来は雪ノ下が謝ることでもない。気付いた時点で率先して謝らなきゃいけなかったのは、俺だろ」
「そうなのかしら」
「さっきも言ったが、雪ノ下は車に乗っていただけで、むしろ事故に巻き込んだのが俺だしな。急ブレーキで首痛めたりしなかったか?」
「大丈夫だったわ」
「なら良かった。……さすがにさっきまで小学生以下だったのは落ち込むな。やっと気付けたけどよ」
割とへこむ。巻き込んだ上に謝らないで拗ねていたとかね。しかもああだこうだごちゃごちゃと考えている始末。
「それでいいんだと思うわ」
「ん?」
「気付かないままより、気付いたほうがいいもの」
「確かにな」
気付かないより気付いたほうがいい。
シンプルな答えに、少し笑ってしまった。
心地良い沈黙に身を任せながら考える。
俺は雪ノ下のことをどう思っているのか。
もう答えは出ていて、気付いてしまった。
それでも今までの臆病さが顔を出す。
中学生の頃の、恋を勘違いした空回りを思い出す。少し優しくされたことが嬉しくて、それを恋だと騒いでいた。
小学生の頃の、誰かに見て欲しかった感情を思い出す。構って欲しくて、認めて欲しくて、ひたすらに動いていた。
文化祭の相模のように、誰かが見つけてくれることもなかった。
結局、それらが叶うことはなかったんだ。
それでも、抑えきれない。答えに気付いてしまったからか、溢れそうになる。
雪ノ下なら……、そんな勝手な押し付けをしてしまう。
彼女が紅茶をそっと振る舞ってくれた、エプロンが似合っていた、笑顔、真剣な表情、楽しそうな声。
だめだ。ここにいちゃいけない。
答えは出ているが、少し落ち着きたい。伝えるとしても、今告白すれば支離滅裂に、自分でも意味不明なことになる。
振られてしまうのは分かっているが、それでも落ち着いて、しっかりと伝えたい。
付き合えるから告白するんじゃない。振られてもいいから伝えたい。
気まずくなるかもしれないが、それで離れるような付き合いだとも思わない。……むしろ振られたら離れたほうがいいのかね。振られる前提の告白って迷惑だよな。
あー、今は考えるの止めとこう。とりあえずホテルに戻って落ち着こう。
「そろそろ行こうぜ」
「……」
立ち上がろうと腰を浮かせたところで、袖を掴まれる。
「なんだ?」
「……」
「雪ノ下?」
「……」
雪ノ下は袖を離さない。
「何かあったのか?」
ベンチに座り直して雪ノ下を見る。
「……比企谷くん」
「おう」
「私は比企谷くんが好き」
言葉が出てこなかった。
「あなたの捻くれたところも、隠れた優しさも、好きです」
雪ノ下が、俺にそんな感情を向けているとは思わなかった。
「そのままでいいと言ってくれるあなたが好き」
「お、おい」
俺が一方的に思っているだけで、振られるものとばかり考えていた。
「責任も何もかも奪ってしまうところは嫌いよ」
必死に抑えようとしていたのに。
「でも、あなたが好きなの」
俺が応えたらどうなる。周りから雪ノ下はどう思われる。
「ねえ、比企谷くん。去年あなたに出会ったけれど、知らなかった」
俺だって雪ノ下を知らなかった。
「4月にあなたを知り始めた」
知り始めてしまった。
「今はあなたを知っている」
知ってしまった。
「あなたを、比企谷くんのことを、もっと知りたい」
「……!」
何を言えばいいのかわからない。
嬉しいのに、言葉がでてこない。俺でいいのか。周りの反応は。ぐるぐると頭の中で回り続ける。
雪ノ下が握ったままの袖。
これが雪ノ下の必死な思いに見えて仕方がない。
評判が最悪なのも、最低な考えをすることも、雪ノ下は知ったうえで告白してくれた。周りにどう思われるか、どんなことを言われるかなんて、言っても無駄だろう。雪ノ下らしい言葉で一刀両断されるだけだ。
……怖い。
言い訳も虚飾も何もかも、全て投げ捨ててしまうのが怖い。
曝け出すのが怖い。
だが、雪ノ下は言葉にしてくれた。
伝えてくれた。
俺のように、支離滅裂になるだの落ち着きたいだのと逃げることも、どうせ振られるだのと諦めることもせず、ただそのまま伝えてくれた。
今も、答えを待って、離さないでいてくれる。
「俺は……」
答えよう。
「俺は、怖い」
怯えながらでも、伝えよう。
「分からないことが、知らないことが、何よりも恐ろしい」
言葉にしよう。
「ずっと欲しかったものがあったんだ」
曝けだそう。
「浅ましくておぞましいかもしれない。自分でも気持ち悪いと思ってしまう」
醜くとも、気色悪くとも、最低でも、傲慢でも。
「分かり合うとか、仲良くするとか、そういうのじゃない」
例えこれで離れていったとしても。
「安心したいんだ。……分からない事は、怖いから」
誤魔化さずに伝えよう。
「理解した気になって、押し付けたいんじゃない」
おかしな理想を振りかざしたいんじゃない。ありのままの姿を分かりたい。
「勝手に期待して、勝手に裏切られたと思ってしまう自分が嫌いなんだ」
自分が想像で押し付けるイメージが気持ち悪い。そんな妄想と過ごしたいんじゃない。
「絶対に出来ないのは分かってる。だけど分かりたい、知っていたいんだ。完全に、完膚なきまでに……理解したい」
それが本当の『その人』だと思うから。そんな人が隣にいるのは、とても安らぐことだと思うから。
「知ることだって本当は怖い。分かることで傷つくこともある。誤解してしまうかもしれない。無遠慮に踏み込むかもしれない。でもそれ以上に、知らないことが怖い」
傷つきたいわけじゃない。傷つけたいわけでもない。でも、分からないままでは、本当の意味で傷つけてしまうだろうから。傷ついてしまうだろうから。
それは、とても怖いことだから。
「言葉にしないと伝わらないのかもしれない。でも言葉が欲しいわけじゃない。それでも……もしも、お互いがそう思えるのなら、こんな醜い願いを許容できるのなら」
どんなに時間をかけてでも、お互いが心の底から知ろうとできるならば。
「俺も……俺も雪ノ下のことを、もっと知りたい」
こんな願いが、許されるのだろうか。
「比企谷くん」
優しい声が聞こえた。
「誤解するかもしれない。間違うかもしれない」
俺の手を、雪ノ下の温かい手が包む。
「傷つくかもしれない。涙を流すかもしれない」
ゆっくりと、まるで力を入れたら壊れてしまうかのように、抱きしめられる。
「それでも、あなたを知ろうとすることだけは、絶対に止めない」
「好きよ。一生かけてあなたを理解させて」
抱きしめられたまま、キスされる。
「俺も、一生をかけてでも、雪ノ下を分かりたい」
そっと抱き返す。
「好きだ」
そして、ゆっくりとキスをした。
ベンチに二人で距離を空けずに座っている。
お互い顔が真っ赤で、今すぐにでも走りだしたい気分だ。
「言ったことは本当なんだが、なんだが……ひたすら恥ずかしい。叫びたい」
きっと布団に入ったらバタバタする。
「私もよ」
雪ノ下もバタバタするんだろうか。なにそれすっごい見てみたい。
「唐突にすごい積極的じゃありませんでしたかね?」
俺がヘタレなのはわかっているが、それ以上に、こう、グイグイとこなかった?
「今までのことを思い返していたら」
「いたら?」
「その、抑えられなくなってしまったの」
ああ、同じだったのか。
「……嬉しかった」
「……ありがとう」
感謝しかない。こっちこそありがとう。
「そ、そろそろ行くか。名残惜しいけどな」
「ええ、これからよろしくね」
「俺の方こそ、よろしくだ」
────────
京都の町を二人で歩く。
一人で歩くのではなく、俺と雪ノ下、手を繋いで歩く。
最初は想像もできなかったが、夜道を恋人と歩いている。
横には雪ノ下の幸せそうな姿。普段は凛としているのに、今は柔らかい雰囲気の歩き姿。
俺はペースを気にしながら、ゆっくりと歩いている。
笑顔の雪ノ下をもっと見ていたくて、もう少しゆっくり歩くか悩んでいる。
これからもずっと、俺たちは二人で歩く。
──────── End
…
……
………
依頼の話しを改めてするために、ベンチに戻ってきてしまった。妙な気恥ずかしさがある。雪ノ下も少し照れているようだ。
「~~とまあ、そんな感じだ」
「今までとは変わってしまいそうで、そのままが良くて、男子の雰囲気が怪しい、比企谷くんにおいしいのを期待している、と」
「これな、戸部の告白に気付いてると思うんだ。その前提で考えると、な」
「気付いているんでしょうね」
─Bonus─────
おおよそ解決策も含めて話し合えた。
たぶんこれで上手くいくだろう。
「まずは由比ヶ浜さんね」
「……おう」
「彼女の気持ちがどうだろうと、私は絶対に、一番に彼女に伝えるわ。このタラシ」
「……言われてもしょうがねえか。勘違いとか言い聞かせてたからな」
「つまり薄々気付いていたんでしょうに」
「まあな」
「二人とも思いっきり叩かれるくらいは覚悟しておきましょう」
「俺だけ叩かれそうな気がする。問題はむしろその後、由比ヶ浜が離れるかどうかだ。残ってほしいとは思うが」
「私も残って欲しいとは思うけれど、それは残酷ね。寂しいし悲しいけれど、だからといって由比ヶ浜さんに強要なんてできないわ」
「強要したところで上手くいくもんでもねえし、かえって由比ヶ浜に悪影響だろ」
「そうね」
「そんで…………ねえ、雪ノ下さん、まじでやるの?」
「もちろんよ」
「大発表ですか」
「発表はしないわ。聞かれたらそのまま教えるだけですもの」
「似たようなもんだろ」
「絶対に噂として広がるわ。そして、私達で腕を組んで海老名さんと戸部くんがいるところに行く」
「セッティングを由比ヶ浜に頼めるかわからん。葉山経由だな」
「お願いね」
「そんで雪ノ下が海老名さんに……」
「私達は付き合い始めたから、妄想の材料にするのも今後は遠慮してね。海老名さんはお付き合いを考えたりしないの?とでも言うわ」
「…………強烈だな」
「でもこうすれば、海老名さんなら」
「間違いなく気付くだろ。そんで海老名さんが、誰とも付き合う気はない、とでも言えばいい」
「可能なら海老名さんと事前に話したいところね」
「そうか?」
「あんな会話で依頼したと考えてもらっては困るのよ」
「そりゃそうだが、由比ヶ浜がいたから細かく話せなかったんだと思うぞ。じゃあそのへんも葉山経由で。葉山に頼りすぎじゃね?」
「今までいろいろと依頼を持ち込んだりしてるぶん、こき使ってあげましょう」
「ひど……いや、そうでもないな。散々使われてきたんだし、もっと頼ろう。むしろ頼りまくって俺が働かないのが理想だな」
「比企谷くん、せ、専業主夫は許さないわよ?」
「……はい。んじゃ行くか」
「ええ」
ベンチから立ち上がり、ホテルへの道を歩き始める。
この先どうなるかはわからない。
三人でいることは高望みなのだろう。
だが、二人でいることだけは……。
そうだ。告白を雪ノ下からしてくれたんだから、せめて、これぐらい。
「なあ」
「なにかしら?」
「その、あれだ。えーっとだな」
「どうかしたの?」
「ゆ、雪乃って呼んでいいか?」
きょとんとした顔。
それがとても幸せそうな微笑みになるまで、時間はかからなかった。
「もちろんよ、八幡」