その1
ガツン!!
頭にものすごい衝撃を受けて、ぼ~っと歩いていたクマはその場にうずくまりました。
あぁ、痛い!
何をぼ~っと考えていたんだろう。いまいましい、くだらない物思いのせいで酷い目に遭ってしまったなぁ。でも今の衝撃で何を考えていたのか忘れてしまった。何を考えていたんだろう?
目の前がチカチカして何も見えなくなってしまったクマは、心の中で悪態をつきながら治るのを待っていました。
すると・・・・
「てっめ、この野郎!」
頭の上のほうから声がするのに気がつきました。
上どころか、耳元で怒鳴られているのかと思うほど近くで、声の主は大声を張り上げてクマに向かって怒鳴り散らしはじめました。
「ひとさまにブツかっておいて挨拶も無しか、こら!謝ったって許しゃしねェが謝らねェのはもっとムカつくぜ!さっさと謝れ!さぁ謝れ!やれ謝れ!」
ずいぶんと口の悪い被害者ですが、どうやらクマはぼ~っと歩いていて誰かにぶつかってしまったようです。
ようやく目が見えるようになったクマはあたりを見回します。
ちょっとした斜面になっている、日当たりの良い栗林。あれ、日なたぼっこしようとしていたんだっけ?あぁ、いや栗を探しに来たんだった。毎年秋になるとやってくるお気に入りの林だったんだっけ。
綺麗な夕焼けがあたりを照らす、見通しの良い森。でもそこには誰もいませんでした。それでも誰かが怒鳴っているのは確かです。それもものすごい怒りよう。
あぁ、ごめんよ。多分このへんの栗の木の場所を思い出しながら歩いていたんだ。ぼ~っとしていて悪かったね。痛かった?
クマは慌てて謝罪と言い訳の言葉を並べ立て・・・たつもりだったのですが。
(あれ、僕声出てなくない?)
大変、クマはショックで口がきけなくなってしまったのでしょうか。慌てて、大声で謝ったつもりなのに自分の声が聞こえてきません。なんだか口がうまく動かないような気がしてならないのです。
(で・・・・でもとりあえず頭だけでも下げなくちゃ!)
ひとまず自分の事は後回しにして、クマは姿の見えない被害者を探しました。
まずは前を見ました。もうすぐ秋も終わる山の森。色とりどりの木の葉がじゅうたんのように地面に敷き詰められています。でも誰もいません。右は山の斜面になっています。クマは山くだりが苦手なので、このあたりでつまづいて転ぶ事は良くあるのですが・・・。そして反対側、しばらく平坦な地面ですが、その先は急な上り坂になっています。この先にお気に入りの栗の集め場所があるんだけどなぁ。さらに後ろ。来た道にはずーっとクマの足跡がついています。他の誰の足跡もないのは何故だろう?
(・・・・あれ?僕後ろまで見えたっけ?)
ちょっとニブいクマは、自分の身体がまっすぐ前を向いたままである事にいまさら気がつきました。ぶつかった拍子に首がどうかしてしまったのでしょうか。
とはいえ、ぶつかってしまった相手がまわりのどこを見回しても見つからないので、クマは慌てて、口がきけなくなっているのも忘れて謝りました。
(ごめんよ、ごめんよ。あぁまた声が出てないじゃないか。謝りたいんだけど聞こえなきゃ謝った事にならないよね、ごめんよ・・・・ってこれも聞こえないんだったっけ)
必死に声を出そうとするのですがやっぱり出ません。
ところが。
「あぁ、もういいもういい。そんなに謝らなくっても聞こえてる。どこにいるか見えんのだが。どうも首の回りが良くないが頭の痛みは治ったみたいだ。まぁ今回は特別に許してやろう。ところでお前、声が出ないとか何とかぬかしてたが一応聞こえてるぜ。今の衝撃で耳が聞こえなくなったってんなら気の毒だが自業自得だな」
不思議な事に、頭の上で怒鳴っていた彼にはクマの声にならない心の言葉が通じたようです。クマ自身は耳が聞こえなくなったのではなく、言葉を言おうとしたのに口が動かなかったのですが。
クマが不思議がっていると、それに同調するように姿の見えない彼もまた首をかしげるような声をあげました。
「ってあれ?お前耳が聴こえなくなってるって事は最初の俺の怒鳴り声も聞こえてなかったって事だよな。なのに何で俺の叫びに答えて謝ったんだ?お前ホントは聴こえてんだろ?っていうかお前どこだ?どこにいるんだ?」
(聞こえているの?僕は声出てないはずなんだけど。よく分からないけど伝わっているんだね。・・・・君こそどこにいるの?)
実はクマも怒鳴り声の主をいまだに見つけられずにいました。なんだか目の焦点がいまだに合わず、首が妙な角度にまで回るようになってしまって、怪我が心配ですが。それでも人の良いクマは相手が怪我してないかと心配で、ぐるぐるぐるぐるとあたりを見回しました。
「ホントにどこにいんだよ、お前。栗を探してたってことはクマか?どんな小さなクマなんだよお前。フクロウの俺様の目を逃れるなんざそうそうできるこっちゃないぜ。天才か?このやろう」
どうやらクマと正面衝突した相手はフクロウのようです。道理で足跡で見つからないわけです。お互いにとても近くにいることはわかっているのですが、どうも見つけられないでいるようです。
(見つからないわけはないよ。君の声は頭に直接響いてるかと思うくらい大きいんだもん。あっ、そうか。もしかしたら君は僕の上に乗っかってるんじゃないの?)
そういえば、相手がフクロウと知らなかったので、今まで上の方は見ませんでした。クマが心の中で呼びかけると、フクロウは馬鹿にしたような声をあげました。
「ハッ!そんな足元にいましたーなんて頭の上のメガネ探すような真似を俺がするかってんだ。メガネって知ってるか?お前。博識な俺様に、栗の木の場所も覚えてられないようなのが意見しようなんて百万年早いぜ」
(いいから見てみなよ。どう考えても君は僕の頭の上にいるよ。僕は自分の頭の上を見ることなんてできないんだから、君が退くか下を見るかしないとわからないじゃないか。)
さっきと同じように、クマが心の中で語りかけると、頭の上(だとクマが思っている)のフクロウはしぶしぶ下を覗く気になったようです。
「よりによって俺がそんな馬鹿なことをするわけが・・・・ってあれ?」
何故かクマもつられて下を向いていると、またしてもやけに近くからフクロウの間の抜けた声が聞こえてきました。自分が馬鹿なことだと思っている事を自らやってしまった・・・・というわけではないようです。
「お前・・・・クマだよな。なんでこんなんなってんだ?それよか俺・・・・どう・・・・なってんだ?これ・・・・」
フクロウは予想外の展開に我を忘れて自分の身体に見入っていました。
(・・・・?どうしたの。ちゃんと下に僕いたでしょ。)
クマのほうは不思議そうにフクロウに呼びかけます。何に戸惑っているのか理解ができていない様子。
それもそのはず。
ぶつかったはずみに、二人は身体が合体してしまっていたのです。フクロウの頭にクマの耳が生え、身体はクマ。実は爪だけフクロウになっていたのですが。
つまりクマは口がクチバシになってしまって言葉を発する事ができず、フクロウは自分の身体そのものがクマだったのでそれに気が付かず。そして身体が一緒になっているのでクマの心の声がフクロウに通じたのです。
(あぁ・・・・なるほど。これのせいで僕しゃべれなかったんだね。・・・・コレどうやって動かすの?こんなんで物食べれるの?)
のんきなクマは、こんなとてつもない事件の真っ只中でもマイペース。
クチバシをぺたぺたと触りながらフクロウに聞きます。
「こんなんとは何だこんなんとは。それよかお前のこの手足なんてどうなんだよ。飛べなくなったじゃないかどうしてくれんだよ!」
フクロウは逆にずんぐりむっくりとした手足をうまく使えず、わたわたとしながら悪態をついていました。
(飛べないって・・・・そりゃそうだよ。僕クマだもん)
「ま、変な形した手足だけど動かせるだけマシかねぇ。しかしお前の意思で手を動かされてもまったく違和感ねぇな。ひとつの身体なのに、俺が動かそうとしてもお前が動かそうとしても動くのか。よくわからんなぁ」
このフクロウも意外と楽天家なのでしょうか。自分がもはや鳥ではなくなっているというのに案外冷静です。
二人の波長が合っているのか、お互いが違和感なくひとつの身体を動かせるようで、興味深げにクチバシを触ったり慣れない足で飛び跳ねたり、二人はひとしきり新しい身体を試していました。
「なぁ、これどうするんだ?このままずっと同じ身体だったらやばくないか?」
不意に、フクロウが語りかけてきました。耳の形が変わっていないか確かめていたクマは、クチバシでもしゃべれるようにならなきゃなと思いながら
(うーん・・・・僕らフクロウでもクマでもなくなっちゃってるんだよね?どうやって生活していけばいいのか分からないよ。)
と素直に答えました。
「うーん・・・・」
クマとまったく同じように、フクロウも悩みます。いくら自称博識な彼でもこんな事件は初めてです。
ふと、クマは自分の頭が上を向いているのに気がつきました。フクロウが回りの林を見回しているようです。首はフクロウになっているようで、180度ぐるりと回る視界に若干酔いながら、クマも今いる場所を再確認しました。クマのお気に入りの栗の木のある場所。陽の光がよく通り、クマはよくここでひなたぼっこもしていました。フクロウも、おそらくこのあたりを狩場にしているのでしょう。
「ふーむ。なぁ、お前何を食ってるんだ?栗って言ってたよな。木の実だけか?」
(魚も食べるよ。もうじきシャケが川のぼってくるはずなんだ。結構おいしいよ)
「木の実を食うってのは恐ろしいが。シャケならいけそうだな。悪くないぞ、よしよし」
好奇心の強いフクロウは案外乗り気なようです。クマのおかげで珍しい食材にありつけると思ったのでしょうか、急に上機嫌になってしまいました。
「お前もヘビとか試してみるといいぞ。このドン臭そうな手足じゃあウサギとかは無理かもしれんが」
(ヘビは気持ち悪そうだなぁ・・・・。一応栗も食べてみなよ。絶対おいしいからさ)
すっかり暗くなった森の中を、二人はずっと食べ物談義をしながら互いの食事場目指してうろつきはじめました。
「へー。ここか?なんか無駄に広いな」
いっつもどこか否定的な言葉を付けずには居られないフクロウなようです。あれから数時間後。すでに真っ暗な闇の中を、ひとつの身体のふたりは歩いていました。
夜行性のフクロウに夜中まで引っ張りまわされるようにしてゲテモノを食べさせられ続けたクマはへとへとになって自分のねぐらへ帰ってきたのでした。フクロウはいつも木の上で寝ているので、ねぐらというより自分の木。木登りは上手じゃあないし、ウロに入る大きさの身体でもなくなってしまったので、今夜はクマの洞窟の家です。
天然のものに、手も加えたのでしょうか。奥のほうが天井が高く、広くなっており、寝床だけはぽっかりと小さな穴が穿ってあります。壁の一部には器用にも採光用の窓らしきものまで。
ずいぶんと広いほら穴の中を、クマはフクロウを案内しながら、ふらふらと寝床へと向かっていました。
(ヘビは悪くなかったけれど、ネズミは駄目だね。そもそも捕まらないからますますお腹すいちゃった気がしたよ)
フクロウに負けず好奇心の強いクマ。慣れない狩りに疲れはしたようですが活き活きとしています。
「まぁネズミは食いどころが少ないからな。今度はもちっと難しいがウサギもやってみろよ」
(ウサギかぁ。そっちのほうがおいしいかもなぁ。・・・・でもさすがに疲れたよ。僕はこんな夜中まで動く事ないんだよね。寝させてもらうよ・・・・)
そのまま丸いゆりかごのような形になった寝床に沈み込むようにうずくまり、クマは寝始めました。当然同じ身体に同居しているフクロウも同じ体勢で寝るわけですが・・・・
「ちょ、わ・・・っ!ヘイヘイヘイヘイ、待てよこのまま寝る気か!?」
突然フクロウが騒ぎはじめました。
(な、何さ?眠いんだからカンベンしてよ、どうしたの?)
同じ身体のクマにはうるさくて仕方がありません。二人一緒になって驚いています。
「お前、そうかうずくまって寝るのか?うわーちょっと待てそんな事できるのか?いや俺できないぞ。待て待て、話し合えば分かる」
慣れない手足をばたつかせ、強引に身体を立たせてフクロウ。そうでした彼はいつも小さな木のウロ、時には木に止まったまま寝るのでした。横になって寝る事のないフクロウは、クマの寝方にびっくりしたのです。
(あ~・・・・そっか。)
しかしマイペースさではクマのほうが一枚上手のようです。フクロウの受難をものともせず、再び寝にはいります。
(でも今は君の身体も大半がクマになっちゃってるんだから、ここは我慢するしかないねー)
無責任です。
「うわっちょっと待てやっぱ気持ち悪い!」
どうやらフクロウは本当に無理なようです。懇願するように身体を折りたたむと、今度はほら穴の壁のほうに向かいました。
「分かった分かった、ここは間をとって背中をもたれさせて寝るってのはどうだ?頼むから頭だけは地面と水平で居させてくれ頼む頼む!」
ほっとくと泣き出しかねないフクロウの狼狽ぶりを目の当たり(自分自身の身体なので実際に見る事は不可能ですが・・・・)にして、
ようやくクマも深刻に受け止めはじめました。
(そ、そう・・・・?結構大変なんだね、鳥っていうのも。ここの壁ちょっと硬いから、身体痛くなっちゃうかもしれないけど、それでも良い?)
フクロウは即座に承諾し、クマは安心して疲れきった身体をようやく休めることができるようになりました。
硬い壁に背中をごりごりと押し付け、収まりの良い座り方を探して、大きく息をつくとゆっくりと眼を閉じました。
(・・・・ねぇ、僕らこれで本当に大丈夫かな?)
眠りにつく少し前、クマが不安そうにフクロウに尋ねました。
(もうすぐ秋も終わるよ。こんな事故に遭ってしまって、僕ら冬を越せるかなぁ?)
真夜中、ほら穴の中に明かりなど少しもあるわけがなく、暗闇がさらに不安をかきたてます。フクロウはしばらく黙って考えてから、慎重に口を開きました。
「食料の心配はないぜ。お前にはお前の、俺には俺の獲物がある。ひとつの身体に二人分の食料があれば、大丈夫だろ」
(・・・・そうだね、ごめん。ちょっと不安になっちゃっただけなんだ)
そしてまたしばしの静寂。でも二人ともこれからの生活を考え、なかなか眠ることができませんでした。
「・・・・なぁ、やっぱりもう少し話さないか?」
今度はフクロウから先に口を開きました。
「眠いだろうが・・・。でもお互いの事もっと知っておかないとこれから苦労すると思う」
(そうだね。でも何を話そう?)
「何でもいいさ。寝ながら思いついた事をだらだら話す。案外そのほうがお題決めてまじめに話すよりもお互いの事分かるもんだぜ?」
それから二人はいろいろな事を話して夜をすごしました。楽しかった秋の思い出、辛かった親離れの時、勇ましい武勇伝もあれば思わずクスリとしてしまう失敗話も。
話は、二人同時に夢の中へ入ってしまうまで続きました。
「・・・・?」
翌朝、フクロウは今までにない、奇妙な目覚めを体験しました。
(あ、おきた?おはよう)
身体の奥の方から、クマの心の声がします。
「・・・・おう、おはよう。なんで歩いてるんだ?俺。どうせお前が歩いているんだろうけど」
どうやらフクロウが寝てる間にクマが活動を開始していたようです。なにやら大きな、重いものを抱えたまま森の斜面を登っています。
(お前って言うのやめてよ。ちゃんと昨日名前教えたでしょ?)
昨夜の談話で二人はお互いの事を話し、ずいぶんと仲良くなっていました。それでもフクロウは相変わらず辛口。
「どうでもいいだろ。どーせ俺たち元のままの身体じゃないんだ。クマですらないヤツの名前なんていまさら何の意味も無いぜ」
クマの言い分をあっさり却下してしまいました。自分の名前はどうでもいいのでしょうか。
(そ、そこまで言うかな。でも考えてみればそうだね。クマでもフクロウでも無い僕らって何なんだろう。名前とか・・・・)
斜面を登りきったところで、腕の中の物を抱えなおしクマ。こういう事になると急に張り切るらしく、何を運んでいるのか気にもしないで、フクロウは上機嫌で口を開きました。
「よぅし、ここはひとつ博識な俺が名前を考えてやろう」
よく回る首であたりを見回しながら、ひとしきり考えをめぐらした後、彼はまた無駄な知識をひけらかしはじめました。
「お前、英語って知ってるか?」
(エーゴ?なにそれ)
「もうひとつの言葉だ」
(もうひとつ?なにそれ。意味わからないよ?」
理解のできないクマに、優越感を覚えたフクロウはふふんと鼻を鳴らし、さらに機嫌よく英語の解説を続けました。
「まぁお前には分からないだろうがな。全てのモノにはもうひとつ名前がついてるんだよ。それが英語ってんだ」
フクロウの微妙に間違った説明にも、クマはまじめに、そしてマイペースに答えます。
(二つ名前?)
「あぁ」
(同じモノに?)
「その通り」
(・・・・馬鹿じゃない?)
「馬鹿じゃないわっ!」
「外人が使ってる言葉で、そいつらには逆に普通の言葉が分からないらしいぜ!」
(ガイジン?ふーん・・・)
重いものを運びながら、いつの間にかほら穴の前まで来ていました。クマのマイペースに多少乱されながらも、フクロウは気を取り直して
「・・・・でな、その英語っていう言葉では、フクロウはオウルっていうんだよ。そんでクマはベアー」
「オウルベアってのはどうだ?俺たちの名前」
(オウルベア・・・ふーん)
フクロウの提案を、クマは反芻するように繰り返し繰り返しぶつぶつぶつぶつしばらく続けていました。
「なんだ、ノリが悪いな。ところでコレ何だ?何を運んでるんだ?」
切り替えが早いのか名前に対するこだわりがまったく無いのか。クマが乗り気でない事には特に腹を立てる事無く、フクロウはようやく気になりだした腕の中のモノを、しげしげと見つめはじめました。
クマが朝から探して持ってきたのは、大きな木の切り株でした。落雷で折れたのでしょうか、太い幹の中ほどまで斜めに鋭く割れ、そこから水平に折れています。大きなクマ、改めオウルベアの腕でもギリギリ抱えられるほどの大きさで、地面に置いてみるとまるで豪華な椅子のよう・・・・
「椅子?そうか、椅子なんだな?」
フクロウもピンときたようです。ほら穴の前で一度切り株を置き、大きさを確認するように周りを回って観察しています。
一応座ってみました。形としてはぴったりなのですが、多少ゴツゴツしてて心地はよくありません。
(うーん。ここまでぴったりな形の切り株はそうそう無いと思ったんだけど。これは枯れ草でも持ってこないといけないね)
ゴロゴロと切り株のいろんな場所にお尻を押し付けて確かめましたが、やはりクッションが必要なようです。
「あぁ、形としては最高だが。しかし一体どうすんだこれ?お前こんなの必要だったのか?」
フクロウはいまだに用途が理解できないようです。広いとはいえほら穴のスペースにモノを入れる事にも納得ができない様子。
(僕が必要なんじゃないよ。君が頭を水平にしてないと眠れないっていうからさ。寝心地の良さそうな背もたれを偶然見つけたもんだから)
クマにとってはついでのお遊び程度だったようですが・・・・
切り株を再び持ち上げようと近づいた時、クマは自分の顔が熱くなってる事に気がつきました。
(?あれ、僕顔赤くなってない?)
念のため手で触れてみると、やはり軽い運動をした後のように上気しています。切り株、案外重かったのかな?とも思いましたが。
「や!いやー別にそんな事ない。無いと思うぞ。いつもどうりだ!」
慌てたようにフクロウが口を開きました。
と同時にさらに顔の温度が上がったような気がします。
ははーん・・・
クマは、フクロウに伝わらないように心の底の方でこっそり思いました。
照れているんだ。
切り株、うれしかったのかな。
僕、役に立てたみたいだな。
クマはうれしくなってきました。そのせいでさらに顔も赤くなっていったようですが。その事自体もうれしい事のようにクマは思いました。同じ身体、同じ赤い顔で同じうれしさを味わっているんだ。クマは顔を真っ赤にさせたまま、鼻歌を歌いながら切り株をほら穴へ運び、枯れ草のクッションをどっさりとかけました。
(よし、完成。見た目もなかなか悪くないんじゃないかな?)
「ん・・・・そうだな。せっかくだし、試してみていいか?」
ちょっと遠慮気味にフクロウが言いました。クマの返事も待たずに、クッションの具合をなでまわすように確かめて、ゆっくりと座りました。さっきよりも格段にすわり心地が良くなってます。
「疲れずに頭を立てたまま眠れるな」
言葉少なめにフクロウ。やっぱりまだ照れているようです。すっかり気に入ってしまったようで、椅子から一歩も動かなくなってしまいました。
ふふ・・・・こんなに無理に照れ隠ししなくても良いのに。
クマはフクロウの事がどんどん好きになってきました。
神経質に枯れ草をちょんちょんつついてるふりをしているフクロウに語りかけました。
(ね、このまま寝ていいかな?昨日も遅かったし疲れがまだ残ってるみたいでさ)
もちろんこれは嘘。寝てみたくてたまらないフクロウをクマが後押ししたのです。
「お、おぅ仕方ねぇな。これから狩りだってのに。まぁ疲れてるなら寝るのが一番だな。うん、無理はしないほうがいい」
言うが早いか、本格的に寝る姿勢に入りました。頭の納まり、背もたれの具合、クッションの柔らかさ。全部を堪能するように身体をもぞもぞさせています。
そんなフクロウを微笑ましい気持ちで見ていたクマは、椅子の気持ちよさに本当に眠くなってきました。疲れが残っていたのはどうやら本当だったようです。
急激に襲ってくる眠気に逆らわず、クマは気持ちのいい眠りに落ちていきました。
夢の中に入る最後の瞬間、「ありがとう」というフクロウの小さな声が聞こえたような気が。少しだけ、しました。
次にクマが眼を覚ました時は、とっくに一日が過ぎ、次の日の早朝でした。外は小雨が降っているようで、しとしとと小気味の良い音が聞こえてきます。
クマはこんな雨が好きでした。水に濡れるのも好きだし、この音をただ聞いているだけでも気分が良い。なにより虹が見れるかもしれないという、この期待感が好きでした。
(もうすぐやみそうだなぁ、この雨。虹出るかなー)
クマがふらふらと寝起きのまま、ほら穴の出口へ向かうと。
ざぽん!
「うわ、何だ冷てっ!?」
ほら穴の出口にあった、水溜りに足を突っ込んでしまったクマ。冷たい水に驚いてフクロウもおきてしまいました。
(あれ?ごめん起こしちゃったね。なーんでこんな所に水溜りができてるんだろ。ほら穴は雨が降っても水が入ってこないようにしてあるのに)
不思議そうにクマが水溜りをかき回してみると、どうやら水溜りの底には小石が敷き詰めてあるようです。
(・・・・?なんだろこのミゾ)
さらに、水溜りからは細い水路が飛び出ていて、外まで続いているようです。ほら穴の出口は小さな段差があり、そのおかげで雨水が入ってくる事はないのですが、その段差も丁寧に一部削られて水路になっています。
(この水路にも小石が・・・・妙に細かいなぁ)
感心しながら水溜りと水路を見つめていたクマですが、ふと何かに気付いたように急に目つきが険しくなりました。
(・・・・君の仕業だね?こんな手の込んだイタズラしてどうしたのさ?)
にらまれて(自分をにらむ事など出来ないので本当の意味でにらまれてはいないのですが)フクロウは慌てて弁解しはじめました。
「ちょ!・・・・っと、待てよ。イタズラなんかじゃないって。ちゃんと意味があって作ったんだよ」
イタズラだと思われる事が心外だったようです。そういえば水溜りはほら穴出口の端っこに作ってあり、普通に出入りする分には邪魔にはならなさそう。
「やんだな、雨。もうすぐ日も照ってくるだろうから。よく見てみろよ」
言われて、クマは素直に水溜りを覗き込みました。
雨上がりの太陽が出て、ほら穴の中が明るくなってくると・・・・
(あ、これ今の僕の顔か。うわー面白い顔してるなぁ)
水路の小石にろ過されて、澄んだ水溜りが映し出したのは、クマとフクロウの、オウルベアの顔でした。頭も目もまんまる、クチバシは鋭くとがってはいますが綺麗な弧を描いて曲がっており、丸い目とのバランスからなんだか可愛くも見えます。耳も丸く頭の両脇についています。クマはちょっと太り気味だったので、全身まんまるな大きな生き物が水溜りにくっきりと映っていました。
(で・・・・これをどうするの?)
新しい自分の顔に感心しはしたものの、水溜りの意味は理解できずにクマはもう一度フクロウに聞きました。
「それだよ。お前いつまでそうやって頭ん中で会話してるつもりだ?」
そう、クマはクチバシを使うことができないので言葉が話せなくなってしまっているのでした。同じ身体を使っているフクロウにはクマの心の声は通じるのですが、他の動物に話しかける事は出来ません。
「これを使えば自分のクチバシが見えるだろ。いろいろ動かしてみて練習してみろよ」
言うなり、フクロウはクマに見せるように自分でクチバシをぱくぱく動かし始めました。
(・・・そう、だね。うわー・・・・ありがとう。本当に)
クマは半分呆然としながらお礼を言いました。自分自身よりもフクロウの方が自分の事を考えてくれていたようで、昨日のフクロウへのプレゼントが小さな恥ずかしい事のように思えました。
すっかり雨はやみ、綺麗な虹も水溜りに映りはじめました。しかし、クマはそんな事気付きもせずに一生懸命クチバシを動かす練習をし、フクロウは見本を見せています。
クチバシを動かす練習中、二人はずっと笑顔でした。助け合っていけば、この冬を越えるなんて簡単な事。春までどころか一生このままでも悪くないんじゃないか、二人は半ば本気でそんな事を考えていました。
「なぁ」
フクロウが、発声の見本ついでに語り掛けました。
(なぁに?)
「なんか、楽しくなってきたな」
(僕も)
楽しい未来を想い、二人が幸せを感じ始めた。
その時でした。
ガツン!!
どこかで聞いたような音がほら穴の外で響きました。
それまで水溜りに向かって発声練習を見せていたフクロウは思わず顔を上げました。
(・・・・?)
クマもなんだか思い当たるフシがあるような気がして、疑問符を浮かべています。
そっとほら穴から出て、あたりをうかがっていると、またしてもどこかで聞いたような言葉が飛んできました。
「痛たたた・・・・何ぼ~っとしてるのよ!」
威勢の良いメスのフクロウの声です。
と、同時に
(わー、ごめんなさい。虹が綺麗なもんだから見とれてたの。怪我はない?)
どこからか声にならない声が、頭に直接伝わってきました。これもまた、どこかで聞いたような・・・・
(あっら~・・・・)
ほら穴のふちからちょこっと顔をのぞかせたクマは、どうやら状況が飲み込めてきたようです。
「あるもんなんだなぁ・・・・」
フクロウも、あまりの偶然にぽかんとしています。
なんにしろ。
オウルベアの春は、案外近くまで来ていたようです。