村を出ると、外はちょっぴり冷えた空気が吹いていた。
「わ・・・・ちょーっと寒いかな。厚めのチョッキにすればよかったなぁ」
スフレが風邪をひかないように、マカが背中から腕に移動させてしっかりと抱きなおしていると、ユタは子供らしく、寒さなど感じてもいないかのように跳び回っていた。
「そぅ?もうちょっと強く吹いてくれないと暑いくらいだよ、僕」
相変わらず元気に、ルックを頭上にかかげたり、上へ放り投げたりしている。
(・・・・寒さよりも、このルックが問題なのよ、ユタちゃん)
マカがこっそり心の中で舌を出す。
それもそのはず。
オバケなのだ。白オウルベアのルック。ユタにぽんぽん投げられているが、たまに空中でぴたりと止まり、ふよふよとゆっくり降りてくる。しかしオバケとはいえ、綺麗な毛、顔、さらに真昼間ということもあり全く怖くない。むしろユタがほとんどこのルックを友人扱いして一緒に遊んでいるので、マカにとってはオバケ扱いしてしまっている事が申し訳ないくらいだ。
「う、うん。そうね。ルックも気持よさそうに浮いてるし。いい遠足日和かもね」
なるべくルックにも声をかけてあげられるように気をつけながら、マカも元気よく歩きだした。
「あ、でもスフレちゃんには寒い?出かけるの明日にする?」
ユタは相変わらず赤ん坊のスフレを溺愛している。村から出て2、3歩も歩かないうちに戻ってきて、マカの腕の中を覗き込んできた。ユタの気遣いは嬉しいが、せっかく弁当まで準備したのにここから引き返すのはなんだかもったいない。それに仮にもオウルベアであるスフレがこの程度でまいるわけはない。
「大丈夫、なんてったって私の娘なんだから。このくらいで風邪ひいたりなんかしないわよ。何があっても私がスフレを守っちゃうんだから」
マカがそう言って胸を張ると、何故かユタはうらやましそうにマカを見た。
「そうだね。マカは良いお母さんだなー」
スフレの頬をちょこんとつつくと、再びルックを持ち上げて歩きだした。
「ルックは大丈夫?そういえば昼間に歩き回ったりして良いのかな。気分悪くなったりしたらすぐ言いなよ?」
昼間かどうかはともかく、オバケに気分悪いも何もあるのかな・・・・とは声に出さず、マカもスフレを抱いて一緒に歩き出した。
風はあるが、空には雲一つなく、木の少ない山にある村からは綺麗な景色が広がっていた。
「良い天気ねー。遠くがよく見えるわ」
高い山がいくつも連なる険しい土地だが、遠目に見渡すと小さな丘がぽこぽこ生えている箱庭のように見えて面白い。
「ルックはその入江の家で生まれたの?ほとんどのオウルベアは私たちの村で生まれ育って、外に出るのはほとんどいないのに」
「あんまり・・・・覚えてない・・・・ずっと独りだった気が・・・・する」
ルックは一人で浮きながら動けるはずだが、ユタが持ち上げていないとしゃべれないためずっとユタが背負っている。
「あ、スフレ起きたね。おはよ」
「ルク、ルーックー」
「あ、ルック。スフレちゃんに気に入られたみたいだよ。良かったじゃん」
「こんなに近くに・・・・人が何人も居るなんて初めて・・・・嬉しいな・・・・」
ユタの背中で、透明な身体を嬉しそうに震わせてルック。心なしか言葉も明瞭になってきている。
そんな風に、3人でいろいろ話しながら一つ、山を越えた時だった。
ズシン!
下の方からすさまじい音が聞こえた。
ズシン! ズシン!
だんだん近づいてくる。足音のようだ。
とてつもなく重い、何かが近づいてくる・・・・。
「あーこの足音はもしかして・・・・」
が、マカは慌てない。ユタもむしろ嬉しそうに岩で隔たれた坂の向こうを見ようと背伸びしている。
「そうだね。こんな大きな足音立てられるのはあの子しかいないよ!」
果たして岩の向こうから出てきたのは、2人の予想通りの人物だった。
「ヴィックスさん!」
「マカさん?ユタちゃんも!」
「やっぱりヴィックスちゃん!」
2人の顔なじみ、ヴィックスであった。青のメスオウルベアだ。
青い毛並は山道をしばらく歩きとおしていたとは思えないほど綺麗に整えられ、耳はちょっぴりギザギザにオシャレなカットが施されている。そしてこれまた山道には似つかわしくないほど綺麗な白い服を着ている。
村一番のオシャレ好きとして知られるヴィックスは、同時に村一番の剛力の持ち主でもあった。
彼女のオシャレは自分の身だしなみだけではない。庭は常に適度な長さに刈り込まれた芝生に覆われ、美しく実ったリンゴの木や花に囲まれた噴水、可愛いダックスフントなどを飼ったりしている。家の中には確かパイプオルガンがあったはずだ。
当然、オウルベアらしくそれらすべてをどこかから持ってくるのだ。どうやるのか噴水すらも。
今日も涼しい顔をしながら、なんと金剛石の巨大な塊をかついでいる。巨大な種族であるオウルベアと、同じくらいの大きさの鉱石塊。しかもところどころクリスタルのようなものも突き出ている。とても美しい姿であるが、重量はどう少なく見積もってもkgでは表せない。
「わ!何それユタちゃん!?」
そんな超重量の身でありながら、ユタが背負っているルックを見るや否や瞬時に迫ってきた。金剛石を持ちながら、である。
「ふふん、どう?ヴィックスさん。ルックっていうんだ」
誇らしげにユタが紹介する。世界中を旅して、金剛石だけでなく珍しいモノを集めて回るヴィックスでも、さすがにオバケは見た事がないらしい。
「しかしヴィックスさんが持ってるのもすごいね。綺麗だなー・・・・。金剛石?よくこんなの持ってられるね」
「うん。こんな大きなのが手に入るとは思わなかったよ。でも、ルック?うわーすごいね。初めて見たよ」
お互いの腕の中を興味津津で覗きあう2人。こうなるとしばらく動かないので、マカは草地に座りスフレにミルクをあげはじめた。
(2人とも、あれだけ珍しい物揃えてるのに。お互いの見つけてきたモノを素直にすごいと言えるのって。なんか良いなぁ)
不意に、まだルックを「モノ」として見てしまっている事に気付き、マカは一人猛烈に顔を赤くした。こっそり反省しているところを、タイミング悪くスフレを見に来たヴィックスに見られてしまった。
「あれ?マカさん何赤くなってるの?やほースフレちゃん!」
「ちょ・・・!ヴィックスさん、やめてよ金剛石持ちながらスフレちゃんに近づくの、危ないでしょ!」
後ろから慌ててユタがひきはがしに来た。
「あはは、ごめんごめん。これからルックの家に遊びに行くんだよね?ちょっとこの金剛石家に置いてくるよ。あたしも行っていいでしょ?」
特に悪びれもせず謝ると、ゆっくり歩いててーと2人に頼み、ヴィックスは来た時と同じすさまじい足音を立てながら村へ向かっていった。ダッシュで。
「いやぁ・・・・相変わらずすごいわねぇ、ヴィックスちゃん」
「ヴィク、ツヨー」
「欲しいなー僕もあの綺麗なの」
「・・・・うらやましい・・・・な・・・・」
それぞれ勝手な感想をつぶやくと、言われた通り足取りをのんびりなものに変え、再び歩き出した。
(それにしても、ヴィックスちゃんもあっさりルックを友達として見てたわね。家に遊びに行く、だって)
またしても自分が恥ずかしくなるマカ。なんで私だけルックを認めてあげられないのかな・・・・。
そんな事を考えながら、ルックを背負ったユタの方をちらと見ると・・・・
(ぇ・・・・!?なんでユタちゃん汗だく!?)
すさまじい量の汗がしたたっていた。表情はいつもの通り、微笑の絶えない楽しそうな顔だったが、時折口の端から犬歯が覗く。やや苦しそうだ。
「ユ、ユタちゃん?どこか調子悪いの?」
慌てるマカに対して、ユタは不思議そうな顔を向けた。
「ん?どうしたのマカ。調子って?」
どうやらユタは自身の身体の異常に気がついていないようだ。猛烈な汗をかきながら、暑さのせいと思っているのだろうか。チョッキをぱたぱたさせて緑の毛の奥へ風を送り込んでいる。
「ちょ、ちょっと待って!ほら、ここもう村から結構歩いてきちゃったから、ヴィックスちゃん追い付くの大変よ。少し休憩して待ちましょう」
説明するよりもまずユタの状態を確認するのが先と、マカはひとまず休憩を宣言し、息をつかせた。
「大丈夫、ユタちゃん?すごい汗」
タオルで顔を拭いてやると、熱があるわけではないらしい。汗のかき方も異常というほどではなく、ちょっとした運動をした後という感じだ。息も正常だし、どうやら単に疲れただけのようだ。
(ユタちゃんが山1個越えたくらいでこんなに汗かいてるなんて不思議・・・・ルックが重いわけはないし・・・・)
ユタの隣でのんきにふよふよ浮いているルックにそんな重量があるとは思えない。しかし、人間の街はもう少し先、ルックの言う入江の家まではさらに歩かなければならない。
(ヴィックスちゃん、まだかなぁ・・・・)
さすがのマカも、この遠足の行く先が少し不安になってきていた。