鳳翔の・・
病院に救急搬送された鳳翔。
運ばれた当初は意識が無かったが、治療のお陰か、意識を取り戻し、集中治療室から一般病棟の個室へと移されていた。
ベッドに寝ている鳳翔を取り囲み、心配そうに見守っている秦とこども達が居た。
意識を取り戻した鳳翔を、安堵の表情で取り囲んでいた時、担当の女医が、今回の検査結果を持ってきたのだが・・
「では、症状について説明をしますね。」
と医師から鳳翔の身体について説明を始めた。
「まず、先にも言いましたが、外傷性の傷はありませんでした。 また、断層画像による診断でも異常は見当たりませんでした。 その点で言えば、健康体そのモノですね。 ただ・・」
「ただ?」
秦が聞き返す。
「血液等の検査結果、今回の体調不良の原因が分かりました。」
「そうですか! で、その原因とは?」
と秦が再び聞き返す。
医師の顔が・・ ニコリと微笑んだ。
そのことに、なんだ、と思った秦だが、続けて医師が話す内容に、驚いたのだった。
「鳳翔さん、奥様は・・ 妊娠されていますね。」
という。
「「え?」」
二人は固まった。
「す、すみません、もう一度・・」
と聞き返すのは秦だった。
何か聞きなれない言葉が並んだからだった。
「ですから、奥様は妊娠されてます。 検査結果の数値からすると、妊娠20週を過ぎたくらいでしょうかね。 お二人にはそう言う記憶はありますか?」
妊娠と聞いて、二人は驚いたような顔をする。
「え、あ、はい、そう言う記憶は・・ あります、が・・」
顔を赤めながら秦が応える。
鳳翔の目が秦に向かう。
秦の目も鳳翔に向かった。
互いの視線が重なって、頬を赤めるが・・ 次第に、目から涙がこぼれ落ちてきた。
「あ、あなた・・」「鳳翔・・」
秦が鳳翔の手を握り、鳳翔も握り返してきた。
秦は、何事もなく良かった、と思うと同時に、
「おめでとう、鳳翔。」
と。
鳳翔も、
「あなたとの、赤ちゃんが、出来たのですね・・ 嬉しい・・」
と。
二人の頬には途切れる事の無い涙があった。
それでも二人の顔は、微笑んでいた。
今ここに、一つの幸せがあることを思いながら。
「コホン! あー、続きを話してもいいかしら?」
と医師が、わざとらしく言ってきた。
「す、すみません、つい・・」
「いえ、まぁ、良くあることですから。」
と笑っていた。
「で、一応、今回の症状は、悪阻という事になろうかと思います。 定期的に検査に来ていただきますので、そのつもりで。」
「「はい。」」
「それから、もう退院していただいて結構ですから。」
そう言い残すと病室から出て行った。
残った二人は、涙を流しながら、抱き合っていた。
「鳳翔・・」「あなた・・」
と、お互いを呼びながら。
そこへ睦たちが戻ってきた。
「父さん、お母さん、って、またぁ?」
「え、なになに?」
睦の指摘にも係わらず、今この時ばかりは、二人はお構いなしだった。
睦たちがベッドサイドまで来たとき、二人は手を握り合っていた。
「そうそう、で、結局はどうだったの?」
と皐月が聞く。
「そうだな、ちゃんと話さないとな。」
「ええ。」
秦と鳳翔が五人に向かって、
「お前たちに話しておくよ。 実はな・・ そうだな・・うん。 あと半年もすれば、お前たちの妹か弟が産まれるぞ。」
【え?】
「それって・・」
「ああ。 鳳翔のお腹の中に、赤ちゃんがいるんだよ。」
【え?】
一瞬の沈黙ののち、
「「「おめでとう!」」」
と、みんなで叫んでいた。
「父さん、お母さん・・ よかったぁ。 ホントによかったよー。」
そう言うのは睦だった。
秦の母親からは、”まだまだ先やな”と言われていたので、この日が来るとは思ってもみなかった。
睦の目からも涙がこぼれ落ちていた。
「へへへっ、おめでとう。」
と言いながら、涙を流す。
皐月も朝霜も弥生も、うれし涙だった。
「そっかぁ、ボクもお姉ちゃんになるのかな。」
「そうだぞ。 皆、お姉ちゃんになるんだぞ。」
「そうかぁ。 あたいにも妹が出来るんだ。 へへへ。」
以前、妹が欲しいかもって言っていた朝霜だったが、こんなにも早く妹が出来るとは思ってもいなかったのだ。
その部屋で、七人家族全員が泣き笑っていた。
◇
その日のうちに病院を退院してきた鳳翔たち。
その足で執務室にやってきていた。
「ただいま。」
と扉を開けて執務室に入ってきた秦たち。
「提督! お帰りなさい。 鳳翔さんも。 体の方は大丈夫なんですか?」
そう聞くのは大石大佐だった。
「ごめんなさい、心配を掛けてしまって。」
と鳳翔が言い、大石大佐と五十鈴に謝罪していた。
「すまなかったね。 急とは言え、君たちに任せてしまって。」
秦がそう言い終えると、自席に座った。
鳳翔は秦の傍に立っていた。
睦たちは、というと、食堂へ行ってしまっていた。
恐らく、おやつにありつくためだろうと思った秦だった。
そして、鳳翔の妊娠をしゃべるんだろうな、と思った秦だった。
「大佐、五十鈴。 鳳翔の体調不良の事なんだが、原因が分かったんだ。」
「そうなのですか。 原因が分かったのなら、良かったですね。 対処のしようも判るというもんです。」
「ははっ。 ま、そうなんだがね・・」
ちょっと歯切れの悪い言い方に、違和感を覚える大石大佐と五十鈴だった。
「どうしたの、提督?」
「実は・・ 鳳翔は・・ 妊娠しているんだ。 体調不良は、悪阻だそうだ。」
「「へ?」」
一瞬の間が空く・・
「そ、そうなんですか。 それはおめでとうございます。」
「へ、へぇ、艦娘が妊娠・・ って、マジですか?」
五十鈴が驚いた顔をしていた。
「ああ。 マジだそうだ。」
「じゃぁ、私も妊娠できる可能性があるのね・・」
そう言った五十鈴が、頬を赤めて大石大佐をみた。
大石大佐も同時に五十鈴を見たようで、視線が合った二人は、さらに顔を赤めてしまった。
「ま、まぁ、生まれるのは半年近く先だからね。」
なんか、室温が上がった気がする執務室だった。
「で、問題があるんだ。」
「問題とは?」
と大石大佐が聞き返す。
「鳳翔が妊娠したから、秘書艦の仕事を減らそうと思う。 そうすると、その代りを探さなきゃならん。 当面は、五十鈴にやってもらおうと思うんだけど。」
「私なら、大丈夫よ。 何なりと言って頂戴。」
「助かるよ。 ありがとう。 それと、艦隊の方も手を入れなきゃならんと思う。」
「そうですね。 一応、艦隊旗艦ですからね。」
「え? 私は大丈夫ですよ? 働けますから、普段通りでいいですよ?」
「だーめ。 お腹の子の事を最優先に考えておくれ。 とは言え、どうしようかねぇ。」
席で腕を組んで考え込んでしまった。
(秘書艦業務は、誰かに割り振れば済むだろうけど、艦隊の方はどうしようか、悩むなぁ。 鳳翔がいないと艦は動かないし・・ ちょっと、一晩考えてみよう。)
簡単に鳳翔の代わりに出来るヤツはいないのが現実だった。
◇
その日の夕食時。
「「ごちそうさまでした!」」
夕食を終えた七人だったが、食後のお茶を飲んで落ち着いていた時だった。
「皆に相談なんだけど、いい?」
秦が切り出した。
「なぁに?」「なんだい?」
「鳳翔が、お母さんが妊娠したのは、話したよね。 それで、鳳翔にはあまり無理をして欲しくなくてね。 そこで、この家の事を皆でやろうと思うんだけど。」
「ん、いいよ、父さん。」
「昼間にみんなで話したんだよ。 お母さんを手伝おうって。」
「そうか。 ありがとう、みんな。」
「え? 私も、動きますから、除け者にしないでください。」
泣きそうに訴える鳳翔だが、
「大丈夫だよ。お母さん。 妊婦さんとは言え、動いた方がいいんでしょ。 だからみんなでサポートしようって決めたの。」
「そうだよ。 掃除、洗濯から始めようってね。 料理は、一緒にやって覚えようってことにしたの。」
「あ、もちろん、しれーかんも手伝うんだよ?」
「了解だ。」
「みんな・・ ありがとう。」
鳳翔の目に涙が浮かんでいた。
家事の分担を決めて、一息入れた時、徐に睦が言ってきた。
「ねぇ、父さん。」
「どうした、睦。」
「お母さんの艦はどうするの? 秘書艦のお仕事を制限するっていう事は、出撃とかも、無しってことだよね。」
「ああ。 そうなるな。」
「そこでね、お願いなんだけど・・」
「お願い?」
「うん・・ あのね、私、考えたんだ。 艦娘を辞めてからも妖精さんは見えるしって。」
「それが、どうしたの?」
鳳翔も秦も頭の上に”?”が浮かんでいた。
「もう一度、艦娘になれないかな?」
一瞬何か言われた気がしたが・・
【えぇぇぇぇ!!】
「睦、何言ってんだ! もう一度って、お前、何考えてるんだ!」
強く反応したのは秦だった。
「睦ちゃん・・」
鳳翔は、睦のいっている意味がわかったようだった。
「だって、お母さんが、艦を動かせないんなら、艦娘を探す必要があるんでしょ? 艦があっても動かす艦娘がいないんでしょ。 鎮守府の誰かが動かすにしても、みんなそれぞれ艦があるわけだし。 ここで艦をもってないのは、私しかいないじゃない。」
「だからって、お前が名乗り出る事はない。 第一、お前は、一度解体したんだぞ。 分かっているのか?」
「分かってるよ。 でも、解体してからも、妖精さんは見えてるし。 何を言ってるか分かるし。 ねぇ、だめ?」
「睦、お前・・」
秦は、怒ってはいたが、睦のいう事も理解できていた。
睦の言うとおり、鳳翔が動けないとなると、他の艦娘を探さなければならない。
そうなった時、見つかる保証もないし、見つかっても、空母・鳳翔が動くとも限らない。
ただ、睦は一度解体した身だ。
せっかく解体したのに、再び艦娘になる、なんて・・
親としての秦の気持ちは、やってほしくなかった。
だが、提督としての秦は、戦力の低下を招かない方法が他にないのなら、睦を復帰させるしかない。
「睦ちゃん、本気で言ってる?」
「また艦娘に戻るって、そんなに簡単じゃないよ?」
朝霜や皐月が睦に質問を投げかける。
「みんな、私は本気だよ。 解体しても、私は元・艦娘だもん。」
睦の目は、本気だった。
「父さん、だめ、かな?」
・・・・
「睦・・ 悪い、考えさせてくれ・・」
秦はそう言って席を立った。
無言のまま自室へと戻っていた。
「睦ちゃん。 本気なのね?」
「お母さん・・ うん。 本気だよ。」
「そう。 ごめんなさい。 私が妊娠なんかしなければ、あなたに・・」
鳳翔の目に涙が溢れて来ていた。
「違うよ! お母さん、違う。」
睦が鳳翔の前に来て、目を見つめて言う。
「私は、どこまで行っても、父さんとお母さんの娘だよ。 二人の愛情は分かってる。 私の事を思ってくれてることも。 だから、私は、艦娘に戻るの。 生まれてくる赤ちゃんの為にも、私は戻るの。」
「睦ちゃん・・」
鳳翔の涙は・・ 止めどなく流れ落ちている。
皐月も朝霜も、驚いていた。
「それに、どこかへ行くわけじゃないし。 ね、みんな?」
「そう・・ 分かったわ。 でも、あの人が、提督が判断するのを待つしかないわね。」
「分かったよ。 ボクは睦ちゃんの気持ちを尊重するよ。」
「そうだね。 あたいらがとやかく言っても、最後は睦ちゃんが判断することだし、ね。」
鳳翔が妊娠した事に沸いたが、今度は、重苦しい空気に包まれた楠木家だった。
ただ・・ 睦は本気だったし、他は、睦の意見に賛成したのだった。