残された睦たちは・・
呉。
残された睦たちは、朝から鎮守府内学校に登校していた。
「今日は、父さんとお母さんたちは泊りなんだよね?」
「うん、そうだよ。 大石大佐さんも五十鈴さんも一緒だって、はるちゃんが言ってたよ。」
いつの間にか、”榛名お姉さん”が”はるちゃん”になっていた。
当の榛名本人も気にしていないようなので、皆”はるちゃん”と呼んでいた。
「じゃぁ、執務室には、はるちゃん一人だよね?」
と皐月が言えば、
「そうだぴょん。」
と卯月が答え、
「それじゃあ、放課後ははるちゃんとこ行く?」
と睦が誘えば、
「「お、いいねぇ。 行く行く。」」
と答える皆であった。
◇
そして、放課後。
「はるちゃーーん! 遊びに来たよ!」
と執務室の扉をノックもせずに入ってきたのは朝霜だった。
そのあとを睦と皐月が続く。
「もう、朝霜ちゃんってば! ノックもしないで入っちゃダメでしょ!」
「いいじゃん、いいじゃん。 減るもんじゃなし。」
バカッ。
「いってぇ! あんだよ? 睦ちゃんかい? いってぇじゃん!」
「まったく。 そういう問題じゃないでしょ!」
言い合う朝霜たちを秘書艦席から見ていた榛名が、笑いながら声をかけてきた。
「フフフ。 皆元気ねぇ。 睦ちゃんも、目くじらを立てないで。 私なら大丈夫だから。 ね?」
そう言われた睦だったが、
「ダメだよ、はるちゃん! 叱るときには、ちゃんと叱らないと。 特に朝霜ちゃんはすぐ、ずるするんだから。」
と榛名に注意を促した。
「え、そうなの?」
ちょっと驚いた榛名だった。
「そうだよ、はるちゃん。 すぐにずるするし、横着して手を抜こうとするから、気をつけてね。」
「わ、わかったわ。」
「あ! 睦ちゃん、その言い方、酷くない? あたいがいけない子みたいじゃん!」
という朝霜の苦情に、皐月が即答する。
「そうだよ。」
その言葉に、ぶっ倒れる!朝霜だった。
「あ、あのねぇ・・ あたいは、一体何したってんだよぉ・・ 皆酷いよ?」
うふふふ。
榛名が、睦たちを見て笑っていた。
「皆、仲いいわねぇ。 それに元気があっていいわよぉ。 お姉さんとしては頼もしいかな。」
そういう榛名に、卯月が近づいて行った。
「ん? どうしたの?」
「あ、あのね・・」
卯月が榛名の耳元でささやいた。
「あら、いいわよ?」
と榛名が応えると、
「やった!」
と笑う卯月。
そして、榛名の膝の上に座った。
「へへへへ。 はるちゃんのお膝だぴょん!」
それを見た皐月が、
「あ! 卯月ちゃん、ずっこいよ!」
「へへへ、いいでしょ。」
と榛名の膝の上で得意気に笑っていた。
「ああぁぁあ。 まったくもう。 隙もあったもんじゃないね。」
と皆呆れていた。
◇
1600になっていた。
くだらない話をしあっているところへ、気象予報が入ってきた。
”今晩の気象予報をお知らせします。 今晩は、晴天なれども、夕方から東寄りの風が強く、瀬戸内では・・・太平洋上では・・・、接近中の低気圧は明日午後に九州に・・・大雨、強風に警戒を・・”
と。 今日は天気がいいようだが、明日以降は低気圧の影響が出る予報だ。
「それだと、今日中に荒天対策をしておきましょうか。 皆もいい?」
「うん、了解だよ。」
榛名が館内放送で、荒天対策をとるよう、通知した。
「秘書艦榛名より全員に達します。 明日の低気圧接近に備え、各艦荒天対策をとるよう指示します。 遠征、出撃も今晩以降の天候を考慮しますので、各自注意のこと。」
と。
放送を聞いた艦娘たちが急ぎ各艦に向かっていった。
更に、各基地航空隊にも荒天対策を取っておくよう連絡をした。
朝霜たちも荒天対策は一緒だった。
「あたいたちも行くよ!」
榛名も自身の艦に向かっていった。
係留ロープやアンカーの調整をし、飛ばされるものが無いように甲板上を整理などをして戻ってきた。
「そういや、はるちゃんの引っ越しはまだなの?」
と朝霜が聞いた。
「ええ。 まだ荷物の整理ができてないのよ。 明日にはって思ってはいるんだけど、天気がねぇ・・」
と苦笑いをする榛名だった。
榛名が秦の”妹”になることになったので、寮から官舎へと引っ越しをすることにしたのだった。
官舎自体には、空き部屋もあったため、一人増えたくらいでは何ともなかったのだが・・
本当のところはちょっと違っていた。
問題は、択捉と松輪たちであった。
金剛と榛名が相部屋だったのだが、あの”ママ事件”以来、金剛に択捉と松輪が纏わりついて離れなかったのだ。
食堂でも、待機室でも、”金剛ママ”にすり寄る松輪たちだったのだ。
更には、隠岐と対馬がそれに輪をかけていた。
結果的に、金剛を”ママ”と呼ぶのは四人になっていた。
二人部屋に、さらに四人の幼子が入るとさすがに部屋が狭い・・
さすがの榛名も根を上げてしまい、官舎に入ることにしたのだった。
「はぁー。 金剛お姉さまと離れるのは、寂しいですねぇ。 でも、笑って、楽しそうなお姉さまを見てると、榛名が出た方が良さそうなので、出ることにしたけど、いざ、出るとなると、やっぱり、ねぇ・・」
「そうだよね。 急に離れるのもねぇ。」
同情してくれたのは睦だった。
「でも! 次に向かって行く、と思えば、悲しんでもいられないから。」
と笑って見せた榛名だった。
そうしているうちに、”グゥゥゥーー”って音が聞こえた。
【なに? 今の?】
小さく手が上がった。
「あ、あたい。 あたいのお腹の虫ぃ・・」
どうやら朝霜の腹の虫のようだった。
「朝霜ちゃん、そんなにお腹空いたの?」
「え、うん・・ お昼がちょっと少なかったんだよねぇ・・ へへへ」
お腹を擦りながら笑っている朝霜だった。
「そういや、もうこんな時間なんだね。 じゃあ、みんなで食堂に行こうか。」
「「うん、行こう行こう!」」
「今日は久しぶりに、食堂で晩御飯だね。」
皆で駄弁りながら食堂へと向かっていったのだった。
◇
夕食を食堂で摂ることが少ない睦たちだが、今日は皆と一緒に食堂に居た。
「あら、睦ちゃんじゃん? なに、今日はこっちなの?」
と声をかけてきたのは青葉だった。
「うん。 父さんとお母さんが出張中だし。」
「あ、そっか。 司令官は鳳翔さんと一緒に出掛けてるんだったわね。」
当の青葉は既に食べ終えていたため、
「私は食べちゃったから、お先に。 ごゆっくり。」
と言って食堂を出ていった。
食事中、窓の外は、風が強くなってきていた。
それに気づいた榛名が、
「あら? 急に風が強くなってきたわね。」
と。
窓がカタカタと揺れていた。
「荒天対策しておいてよかったんじゃない?」
「そうね。 でも、夜間偵察に出ている川内さんたちは大丈夫かしら。」
窓の外を見ながら心配になる榛名であったが・・
低気圧が思いのほか、早く北上し、急速に勢力を強めていたのだった。
◇
川内を旗艦とする水雷戦隊は波が高まる太平洋上にいた。
洋上の波は、思った以上に高かった。
波高は10メートルはあろうか、と思うほどだった。
「ひゃぁ! 段々波が高くなってきたわね。 ちょっとこれ以上は危険になるわね。」
そう思った。
そして、
「各艦に次ぐ! 荒天のため、これ以上の夜間偵察は中止し、帰投する!」
と中止を決断して、帰投することにした。
そうは言うものの、荒れている海では航行するだけでもかなり危険だ。
川内は呉鎮守府に打電して、呉を目指して進路を北に向けたのだった。
◇
遅めの食事中の榛名に、川内からの電文が届けられた。
受け取った榛名が眉を顰めた。
「何かあったの?」
そう聞くのは皐月だった。
「ええ。 夜間哨戒中の川内さんからよ。 ”波が高くなってきたから、帰投する”って。」
「太平洋ってそんなに荒れてんだ。」
「そうみたいね。」
そう言って、川内の電文に返信することにした。
「では、川内さんに返電を。 内容は”帰投了解。 緊急時は佐伯湾に向かうことを許可する。”と。」
勤務時間外であっても、緊急電は提督に届けられる。
なにせ、急を要する事案の判断は、どうあっても急がれるから。
今、提督たる秦は出張中だ。
副提督の大石も一緒に行っている。
したがって、残っているのは留守居役の榛名しかいなかった。
ある意味、榛名の責任は重大であった。
榛名からの返電を受け取った川内は、
「さっすが、秘書艦様だね。 緊急時は佐伯湾ね。 助かるわぁ。」
そう言って、艦隊の進路を佐伯湾に向けるよう指示を出した。
そこで波が収まるのを待つ、と言うのであった。
「急ぐよ! みんな、付いてきて!」
◇
夜間、寝入っていた秦に榛名から連絡が入っていた。
「どうしたんですか、あなた?」
「ああ。 榛名からだよ。 天候が悪く、今夜の哨戒は中断したと。」
「そうですか。 え? そんなに天候が悪いんですか?」
「らしいね。 確かに、下り坂だったけど、早まっているようだよ。」
「そうなんですね。 じゃあ、明日以降はもっと危険かも?」
「そうだね。 要注意だね。」
そこまで言って、またまた抱き合って眠りに就くのだった。
翌朝。
東京は朝から曇りだった。
やや風が強いようだ。
秦と鳳翔はいつもの時間で起きだしていた。
いつものごとく、朝の口付から。
身支度を終え、朝食も済ませて、0800にはチェックアウトした。
既に秋吉と赤城はチェックアウトしてロビーで待っていた。
「おはようございます、秋吉提督。」
「おう、おはようさん。 朝から熱いのお。」
手を繋いで現れたものだから、秋吉はそう呟いていた。
少し遅れて、大石と五十鈴が現れた。
「おはようございます。」と。
「お前さんたちは、よく眠れたかの?」
との秋吉の質問に、顔を赤めて大石が応える。
「はぁ、それなりに、休ませていただきました。」
「ガハハハ。 ”それなり”か。 まぁいい。 では、横須賀まで送ってくれるかの?」
「はい。 構いません。 では、行きましょうか。」
六人は、飛行艇で東京から横須賀鎮守府まで移動することにしたのだった。
飛行時間は20分となかった。
それこそ、”あっ”と言うまだ。
ただ、よく揺れた。
短いフライトにも関わらず、右、左、と。
横須賀の海に飛行艇が着水した。
秦にとっては久しぶりの横須賀鎮守府だった。
ただ、感傷に浸る間もなく、秋吉の執務室へと入っていった。
提督席に秋吉、秘書艦席に赤城が座り、ソファーに秦、鳳翔、大石、五十鈴と秘書艦代理だった加賀が座った。
秋吉は、計画書と編成表は加賀にも見せた。
その上で、口を開いた。
「さて、と。 昨日の今日で悪いが、続きだ。 計画書によれば、南洋に呉の出先となる泊地を整備する、とある。 既に、トラック、パラオに泊地が作られているが、トラックが妥当だろう。
あそこは横須賀の管轄下じゃが、今計画に基づいて呉と横須賀の合同管轄に移管する。 呉からの司令官も必要となる。 いいな?」
「日本から離れること、3000キロか・・ 遠いですね。」
「ああ。 環礁だから、大小で200程の島があったか。」
「で、だ。 誰かを司令官として送らねばならんが・・ 大石君、君に行ってもらう。」
「は? 私、ですか?」
「ああ。 楠木の手法は見てきたろ? その実践の場と思えばよい。」
「はぁ・・」
「なんじゃ、歯切れが悪いのぉ。」
「いえ、そう言う訳ではありませんが・・ その、秘書艦は、どうなりますか?」
「それは、今のままじゃよ。」
「え?」
「今のまま、五十鈴に秘書艦をやってもらう。 聞くところによれば、お前さんらはケッコン間近らしいじゃないか。 わしからの配慮だ。」
互いを見やって、顔を赤める大石と五十鈴だった。
「年内には、行ってもらうから、そのつもりでな。」
「「はい。」」
「まぁ、細かいことは、お前さんたちに任せるからな。 わしらも忙しくなるわい。 赤城、加賀、頼むぞ。」
「「はい。 心得ました。」」
その後、七人は計画書の内容について議論し、昼頃に終わった。
秦たちは帰ろうとしたのだが、”西日本方面は、天候が悪く、着水は難しい”との話を聞いた。
急ぎ帰ることにしたかった秦だが、鳳翔や大石たちも居るので、無理に帰ることを諦めた。
「秋吉提督、申し訳ありませんが、呉の天候が回復するまで、我々はこちらで待機させていただきたいのですが?」
「ん? 構わんよ。 部屋は例の家族寮も空いているぞ?」
「え? 空いているんですか? てっきり、提督と赤城さんが使っているものと思っていましたが。」
秦の言葉に、頬がちょっと赤くなった秋吉と赤城・・。
「いや、今まで通りじゃ。 ワシはあの官舎を使っておらん。」
「掃除も手入れも出来ていますから、今からでも、昔のように使えますよ、お母様。」
「あら、そうなの? じゃぁ、使わせてもらいましょうか、あなた?」
「ああ。」
秦たち四人は官舎までやってきて、とりあえず、呉に連絡することにした。
官舎の執務室からは、ネットワークは繋がっていた。
繋がると画面に榛名が現れた。
「やぁ、榛名。 そっちはどうだい?」
「あ、提督! いま、どちらですか?」
「まだ横須賀だよ。 すぐには呉に帰れそうにないんだろ?」
「はい、こちらは、雨風共に強くなっています。 雨は何とかなりますが、風が予想以上に強くて、結構大変です。 既に呉の街でも暴風警報が出てて、避難命令も出ています。」
「そうなんだ。」
まだ、低気圧が直接上陸ではないのに、影響が大きいようだった。
「天候が回復するまでこちらに居ることにするよ。 そっちは任せてもいいかな?」
「はい、榛名は大丈夫です! お任せを!」
とガッツポーズをして見せる榛名であったが、
「まあ、何かありましたら連絡いたします。」
と敬礼して応えてくれた。
「じゃぁ、よろしく。」
そこまで言って、秦も返礼して通信を終えた。
「さて、と。 昼飯はまだだったね。 何か食べようか?」
と言って席を立とうとした時、そこへ、鳳翔と五十鈴がお盆をもってやってきた。
「お腹空いたわよね? 鳳翔さんと焼きそばを作ったから、食べましょ。」
ソースのいい匂いが部屋に充満してきた。
そういや、すでに1330を過ぎている。
「あぁ、ありがと。 大佐も食べよう。」
四人がソファーに座って、焼きそばが盛られたお皿を受け取る。
「うぅぅーん、ソースの匂い、すきっ腹にこたえるねぇ。」
では、【いただきます。】と。
焼きそばは、具の種類はシンプルだったが、量は多かった。
キャベツ、豚肉、エビ。
そばには削り節らしき粉末がのっていた。
「これ、削り節? でも、香りは違うなぁ・・」
「やっぱ、わかんないかぁ。」
そう言ってケラケラと五十鈴が笑った。
「フフフ。 それは”だし粉”です。」
と鳳翔が付けたした。
「だし粉?」
「はい。 香りがいいですから。 それに、味に深みが出ますからね。」
へぇーっと秦と大石大佐。
それでは、と麺を口に運ぶ。
麺は中太麺だった。
「ソースがちょっと辛めだけれど、これは、美味い!」
「美味しいですねぇ。」
キャベツは歯ごたえが良かった。
エビは、茹でエビだったが、キャベツと違ってプリっとした食感だった。
「二人で作ったのかい?」
と秦が聞くと、鳳翔が笑いながら、
「いいえ。 五十鈴ちゃんが一人で作ったんですよ。 私は横から見てただけです。」
「そうなんだ。 やるじゃないか、五十鈴。 美味しいよ。」
と大石大佐が褒めた。
へへへっと笑って、五十鈴が頬を赤めていた。
秦が鳳翔を見ると、秦にしか見えないようにウインクして見せた。
(鳳翔め。 横から見てただけなんて言ってるけど、口も出したな。)
と秦は心の中で思った。
お茶を啜りながら食後のひと時をまったりと過ごすのだった。