天候が悪化するなか・・
日が暮れるにつれ、呉の街は暴風に見舞われていた。
「あらあら。 外はすごい風ね。」
執務室の窓が震えていた。
ガタガタと揺れる窓の外を見ながら榛名が呟いた。
当初の天気予報よりも早いペースで低気圧が接近してきたようだった。
もう、低気圧というレベルではない。 台風だ。 しかも大型。
「わぁぁ、すごい風だねぇ。」
「まだまだ酷くなるってよ?」
「そうなんだ? 父さんたち、帰ってこれるのかなぁ?」
「提督たちは、今日は横須賀に泊まるって言ってたわよ。」
「え、そうなの?」
「ええ。 だから今日も夕飯は食堂よ。」
なんだぁ、と思うこども達だった。
「じゃぁ、今日ははるちゃんと一緒にお風呂だぴょん!」
え?
と驚くみんなであった。
卯月が一人、ニシシシシと笑っていた。
◇
昨夜から出ていた川内率いる水雷戦隊は退避した佐伯湾で半日以上、足止めを食らっていた。
「ひゃー、波が高いって! こんなに荒れたんじゃ、何にもできないじゃない!」
強風によって波飛沫がすごかった。
各艦の電探が飛沫を被って、機能停止寸前だった。
いや、動いてはいるんだけど、海水の飛沫で、電波が正常に飛ばない、帰らない、感知できない、らしい。
「こりゃあ、電探はダメね。 ゴーストだらけで、何が何やらはっきりしないわね。」
と嘆く川内であった。
もっとも、一番気にしていたのは、”衝突”だった。
艦は、風を受けるだけでも流されてしまう。
尚且つ、波もあって、余計に流されるのだ。
そのため、流される方向とは逆向きに常に前進を掛けていた。
それでも流されそうだった。
今回は、艦と艦が衝突するような事態にはならなかった。
それでも各艦との間に緩衝材としてのゴムタイヤやクッションを配していたが、あんまり役には立っていないようだった。
緩衝材が潰されて艦同士が擦れあっていた。
ゴン!とぶつかる音や、ギギギ・・という擦れる音がずっとしていた。
「うぅぅ、不気味ねぇ・・」
それほど風は強く、波も高かったのだ。
◇
横須賀の家族寮では、呉に帰れない秦たちが手持無沙汰でいた。
応接室のソファーに座って、お茶を飲んでいた。
「鎮守府は、榛名さんに任せているので、我々としては、やることが無いですね、提督?」
そう聞いてくるのは大石大佐だった。
「そうだね。 おまけにここ横須賀じゃ、秋吉提督が居るし、秘書艦もしっかりしてるし、なおのことだね。」
と答えるのは秦だ。
その言葉を聞いて鳳翔が・・
「まあ。 そんな暇そうにしなくてもいいんじゃありませんか。 あなたには、普段できないことをしてもらいたいなぁって思ってるんですけど?」
と言ってきた。
「え、普段できないこと?」
「はい、普段していらっしゃらないことです。」
そう言ってフフフと不敵に笑っていた。
秦は、思い当たることがなかったため、頭の上に”?”がいくつも浮かんでいたのだった。
「い、一体何かな?」
ちょっと狼狽気味に答える秦だ。
鳳翔が大きくなったお腹を抱えながら、秦の座るソファーに割り込んできた。
「えい!」
「え? ちょ、ちょいと・・」
急におしりを割り込ませてきたことに驚く秦だが、笑っている鳳翔は、お構いなしだった。
一人用とは言え、それなりに大きなソファーに、秦と鳳翔が座る格好になった。
鳳翔が秦にもたれ掛かる格好だ。
頬を秦の胸にこすり付けている。
スリスリしていた。
しばらくそのままでいたが、では、と言って、今度は秦の膝の上に座ったのだった。
「え、あ、あの、鳳翔さん?」
「フフフ。 この格好は・・ 最近してもらっていませんよ?」
両腕を秦の首に廻している。
秦も鳳翔も顔は赤い。
大石大佐と五十鈴も居た。 目を逸らしていたが、居たたまれなくなって、居間へと出ていった。
「最近、大胆だよ?」
「ふふふ。 私もそう思います。 でも、いいじゃないですか。 それとも・・」
「それとも?」
「お、重いですか?」
そう鳳翔が聞くが、
「ああ、重い。」
「もう、重いなんて、酷いですね。」
頬をぷっくりと膨らませる鳳翔・・ またその顔が可愛い、と思う秦だった。
「重いよ。 だって、3人分だからね。」
「あら、その言い方だと、”私が重い”んですか、それとも”この子たちが重い”んですか?」
といたずらっぽく聞いてきた。
「ん、三人とも重いよ。 鳳翔は軽いけど、俺への愛情は重いし、この子たちの命も重いからね。」
そう聞いた鳳翔が、もう、と言って、秦の唇を塞いだ。
「離しませんよ?」
「ああ。 鳳翔にされるなら、いいよ。」
そう言い合って、抱きしめあっていた。
◇
しばらくして、夕食時となった。
「今日は食堂へ行こうか?」
「あら、食事の用意なら致しますのに。」
「たまには、こっちの食堂に行くのもいいだろう。 久しぶりに皆の顔も見たいし。」
そう言って、居間に逃げていた大石大佐と五十鈴にも声をかけて、四人は食堂で今日の夕食を摂ることにした。
「大石大佐と五十鈴は、ここの間宮食堂は初めてかな?」
「ええ。 初めてですね。」
そう答えていた。
ガラっと扉を掛けると、五十鈴が、
「あら、この食堂、呉よりも大きいわね。」
「そうだね。 ひと回りは大きいかな?」
確かに、呉よりも大きい部屋ではあった。
ただ・・ 現時点で横須賀に在籍している艦娘の数だけは、呉の方が多かったのだが。
「あら? 鳳翔さん? お久しぶりですねぇ。」
そう声をかけてきたのは、厨房にいた間宮だった。
「間宮さんも、お久しぶりです。 フフ。 お元気でした?」
「ええ。 元気ですよ。」
そう言って厨房から出てきた。
「あら、楠木提督も。 お久しぶりです。」
「ええ。 ご無沙汰していますね。 間宮さんもお元気そうで。」
そして、間宮が気が付いた。
「まあ。 鳳翔さん、お腹が。 何か月?」
「まだ7か月になるくらいよ。」
両手でお腹を抱えていた。
「そうなんですか。 おめでとうございます。 ウフフフ。 艦娘初の赤ちゃんになるのですね。 楽しみですね。」
ニコリと微笑んで間宮が話しているが・・
「あ、ごめんなさい。 夕ご飯ですよね? 四人分ですね? ちょっと待っててくださいね。 すぐ用意しますから。」
自分の役目に気が付いたようで、すぐ厨房の中に入っていった。
今晩のご飯は、塩サバ定食だった。
大きめのサバの半身を使った焼き魚だ。
「うん、塩加減がいいねぇ。」
「身もほくほくで、美味しいですね。」
付け合わせは、だし巻き卵とほうれん草のお浸しだった。
だし巻き卵は、塩サバと反対に、だしが効いたほんのり甘さのある卵焼きだった。
四人が間宮の食事に舌鼓を打った。
食べ終えた四人は満足な顔をしていた。
その時、食堂に何人かの艦娘が入ってきた。
「えっ?」
と声を上げたのは、霞だった。
「あら、霞ちゃん?」
霞が鳳翔の傍までやってきて、敬礼をした。
「お久しぶりです! 鳳翔さん!」
「ふふふ。 ”お母さん”でしょ? 霞ちゃんは元気だった?」
鳳翔が霞に向いて、微笑んだ。
頬を赤めながら、
「は、はい! 元気いっぱいです! お、お母さんもお、お元気そうで何よりです!」
「あらあら、そんなに固くならなくても大丈夫よ。」
「霞、久しぶりだな。」
と秦が言うと、
「あ、あんたに言われたくないわ!」
と返してきた。
「な、なんで俺には冷たいんだよ?」
「ふん! 自分の胸に聞きなさいな。」
と、冷たい・・
霞をはじめ、駆逐艦娘たちは鳳翔に寄り添っていく。
「司令官、邪魔よ!」
とまで言って、秦と鳳翔との間に割り込むヤツもいた。
「あーーん、会いたかったよー、お母さん!」
「えへへへ、お母さん・・」
だって。
隣に座って頬をすり寄せる者、座る鳳翔の後ろに立って抱きつく者、様々だった。
「あれ、お母さん、そ、そのお腹!」
気づいたのは五月雨だった。
「フフフ。 赤ちゃんが居るのよ。」
「「えぇぇ~!」」
両手で膨らんだお腹を擦っている鳳翔だが、鳳翔の手の上から、五月雨の手が重なる。
「わぁ、おっきいい。」
へぇー、赤ちゃんかぁっていう声が多かった。
秦はそんな鳳翔達を目を細めて見ていた。
そこへ・・
「提督さん、お久しぶりですね。」
と声をかけられた。
声の方に顔を向けると、そこには由良と阿武隈が立っていた。
「やぁ、由良に阿武隈。 久しぶりだね。」
「はい。 提督さんも。」
由良がそこまで言って、ジッと秦を睨みつけた。
「え? あ、あの、由良? ・・由良さん?」
ハァっと大きなため息のあと、
「もう。 急にいなくなるんですから。 心配したんですよ? みんなショックだったんですから。 一時期は、置いていかれた! なんて声もあったくらいですからね。」
「い、いや、悪かった。 ごめん。」
頭を掻きながら謝る秦だった。
「まぁ、秋吉提督から、ワシの指示だら怒るな、と言われて納得はしましたけど。 せめて私には言ってほしかったですよ?」
「ああ、ごめん。」
「でも、お元気そうで良かったです。」
「ありがとう。 今は大丈夫だし。 で、晩御飯かい?」
「はい。 提督さんはいつまでこちらに?」
「うん、呉の天候が回復次第、帰る予定だよ。 今日はもう遅いから泊まるんだけどね。」
「そうですか。 でも、こちらも低気圧の影響を受けそうですよ? 大丈夫ですか?」
「まぁ、低気圧の予想進路からは、ここは外れているから、明日のお昼頃までには、大丈夫、だと思うんだけどね。」
そんな話をしながら時間が過ぎていく。
しばらく食堂で皆と話していたが、時間も遅くなってきたので、家族寮に戻っていった。
夜、ベッドに腰かけている秦と鳳翔。
「ははは。 皆元気そうだったね。」
「ええ。」
鳳翔を抱き寄せている秦。
顔を秦の胸に埋めている鳳翔。
「鳳翔は、大変だったろ? いっぱい”こども達”がいて。」
「ええ。 それは大変でしたよ。 あんなに沢山に寄ってこられるとは思いませんでしたし。」
そう言って、ふふふ、と笑った。
「ははは。 傍から見てると、一人の保母さんに群がるこどもたち、とでしか見えなかったね。」
もうっと言って、秦にさらに抱き着く鳳翔だった。
二人はいつものごとく、抱き合って眠るのだった。
◇
翌朝。
ここ横須賀では、やることのない二人は、0630に起きだしてきた。
「おはようございます、あなた。」
「ん、おはよう、鳳翔。」
いつものように口付から一日が始まる。
窓の外は、曇天だった。
低気圧の直接の影響は、無かった。
天気情報では、低気圧の中心は昼前には日本海側へと抜けるだろう、とのことだった。
支度を終え、秦たち四人は横須賀鎮守府提督・秋吉の執務室へとやってきた。
「おはようございます、秋吉提督。」
「おぅ。 おはようさん。 向こうの天候は回復に向かっているらしいな。」
「はい、そのようです。 現時刻をもって、我ら呉に戻ります。 いろいろとお世話になりました。」
「戻るか。 では、元気でな。 例の作戦もよろしくな。」
「はい。 では。」
お互い敬礼をして別れの挨拶を交わした。
低気圧の直撃は無かったものの、まだ波はあった。
秦たち四人は、帰るために飛行艇に乗り込んだ。
桟橋で、何人かの艦娘たちの見送りを受けていた。
【お母さん、お元気で!】
そう。 鳳翔を見送りに。
「皆も元気でね!」
とお互い手を振っていた。
由良と阿武隈は、姉である五十鈴の見送りに来ていた。
「五十鈴姉さんも元気でね。」
「ええ。 由良も、阿武隈もね。」
秦と大石は・・
(俺たちじゃないのかよ・・)
と、寂しく思っていた。
飛行艇は、横須賀港の海を滑走し、港を出たところで離水、西へと進路をとった。