少々遅くなったが、みんなで出かけることに。
9月のある日の官舎での出来事だった。
秦が鳳翔に、
「そう言えば、安産祈願ってしてなかったよな。 今日しておこうか?」
と提案したのがきっかけだった。
「安産祈願ですか?」
「うん。 ま、神頼みなんだけど、どう?」
「あ、いいですね。 最近はもう悪阻も酷くありませんし、体調もいいですしね。 フフフ。」
「ん?」
「いえ、ほんとに妊婦さんなんだなぁって、思ったんです。 フフフ。」
口に手をあてて、笑う鳳翔だ。
「ここの近くじゃ、亀山神社?が安産祈願の祈祷をやってるらしいんだって。 行ってみる?」
「はい。 行ってみたいですね。」
そう言う二人に割り込んできたヤツがいた。
「へぇ・・ 安産祈願って、なんなの?」
そう聞いてきたのは皐月だった。
「昔から妊娠5ヶ月の戌の日に、無事に赤ちゃんが生まれますようにって祈願をするんだよ。」
と簡単な説明をした秦だ。
「戌の日? ってなに?」
「戌の日ってね、大雑把に言うとだな・・ 干支の十二支は判るよね? あれは”年”だけど、”日”にもあってね。 それで、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の順番で回ってくるんだけど、犬はお産が軽く、子だくさんになる処から戌が選ばれているって事になってるんだ。」
「へぇー。」
「だから、12日に1回、必ず戌の日が巡ってくるんだ。 その日にお参りして、妊婦さんに腹帯をして祈願するんだよ。 まあ、こういうのはよく大安が選ばれるんだけどね。」
「でも、お母さんってもう妊娠六か月すぎてるんじゃなかったっけ?」
「うん、そうなんだけど、なかなか忙しかったしね。 行きそびれちゃったんだよね。 まあ、誰かに代わりに行ってもらっても良かったんだどね。」
と頭を掻く秦だ。
「そう言えば、今月の戌の日って今日じゃありません? しかも大安ですよね?」
カレンダーを見てそう言ったのは、榛名だった。
「そうなの? じゃあ、今からみんなで行こうよ! ね!」
と急に乗り気になったのは朝霜だ。
「うーちゃんも行ってみたい、それ!」
「「行きたい、行きたい!!」」
と大合唱になってしまった。
「わ、分かったから。 じゃあ、みんなで行こう、ね?」
「わ、私も行っていいですか?」
とは榛名だった。
「OKだよ。 ね? 鳳翔?」
「私は何人でもいいですよ。 フフフ。 大所帯になっちゃいましたね。」
「それじゃあ、昼一で行くか。 いいね、みんな?」
◇
その日の午後。
昼食後の休憩の後、楠木家8人全員で、鎮守府から車2台で出かけることにした。
仕事は大石大佐と五十鈴に頼み込んで変わってもらっていた。
何しろ、秘書艦の榛名までもが一緒に行くのだから。
鳳翔はいつもの薄紅色の着物に紺の袴姿だが、手には日傘を持ち、襷はしていなかった。
秦の手には、腹帯があった。
「父さん、それなに? サラシ?」
睦の目には、サラシに見えていた。
「これ? サラシだよ。 腹帯に使うんだけどね。」
「腹帯って何?」
「腹帯って、妊婦さんのお腹を支える帯のことよ。 大きくなるお腹を下から支えるの。 見ての通り、サラシなんだけど、お祓いを受けるから、ただのサラシ、ではないわね。」
「ふぅーん、そうなんだぁ。」
鎮守府からホンの10分ほどで神社に到着。
祈祷をしてもらうのに受付へ。
初穂料を払って、8人全員が拝殿に上って祈祷を受けるのだ。
「よいしょ」
とお腹を抱えながら拝殿へ上る鳳翔を、秦が手を差しだして支えていた。
「大丈夫?」
「ええ。 ありがとうございます。」
「ゆっくりでいいからね。」
「はい。」
ゆっくりとした動作で拝殿に上った。
そして、妊婦の鳳翔を真ん中にして、皆が正座していた。
睦も皐月も、神妙な面持ちをしていた。
みんな一緒に神主さんからお祓いを受けた。
その際、腹帯にもお祓いをしてもらったのだった。
祈祷が終わって、正座から足を崩した途端、
「ひぃ―っ」
と言う声が上がった。
後ろに倒れこむ朝霜と、前に転がる卯月がいた。
「あ、足が、足がぁあああ。」
「ありゃあ。 痺れたのかい? あんなにちょっとだけだったのに、まったくもう。」
弥生、皐月と睦は大丈夫なようだ。
榛名も痺れは無かった。
「朝霜ちゃん、卯月ちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫ぴょん・・」
と言うものの、痺れはなかなか取れなかった。
鳳翔は秦に支えられて拝殿を降りて行っていた。
「はい、ゆっくり、ゆっくり。」
「はい。」
と言いながら。
その時、朝霜が聞いてきた。
「なんで、痺れてないのよぉ。」
そう言われてもなぁ、と思う二人であった。
そして、お参りが終わると、腹帯を撒くのであるが、儀式の一環なので、着物の上からお腹に巻くのだ。
鳳翔と秦の二人で、腹帯を巻いた。
「ん、と。 こんなもんかな。」
「はい、いい感じですね。」
着物の上からだと、ちょっとおかしな格好ではある。
「なんか、変だよ?」
とは朝霜だったが、みなが、そうだね、って言ってる。
「まぁ、儀式だからね。 ずっとしているわけではないし。」
「私も、この格好は・・ この格好でいるのは、恥ずかしいですよ、やっぱり。 腹帯を巻くのは着物の下になるんでしょうね・・」
と顔を赤める鳳翔だった。
「まあ、そうだね。 今の時代じゃ、マタニティーガードル?ってかいう商品もあるらしいじゃないか。 腹帯の方が珍しかったりするんじゃないの?」
「そうですね、そうかもしれませんね。」
一通り、お参りが終わったのだった。
◇
一行が帰るために境内を歩いていた。
鳳翔はだんだんとお腹が大きくなってきてから、徐々に足の運びがガニ股になってきていた。
それにつれ徐々に体の重心が後ろになってきていた。
「やっぱり、妊婦さんだね。 少しづつだけど、歩き方が変わってきたみたいだね。」
と秦が言うと、
「私自身は、変わってない、と思っているんですけど、たまに鏡を見ると、ちょっと・・」
と恥ずかしそうに答える鳳翔だった。
「それに、走るっていう事も、ちょっと無理ですね。」
「まぁ、そうだろうねぇ。 そのお腹じゃ無理だよね。 ま、走ることはさせないからね。」
「ええ。 それはわかってます。」
とフフフと微笑んでいた。
そんな会話をしていたが、
「こんな行事もあるんだね。」
と睦が聞いてきた。
「睦は、知らなかったか?」
「うん。 初めてだよ。 でも、いい経験になったよ、父さん、お母さん。」
「そうね、睦ちゃんも、好きな人の赤ちゃんが出来たら、安産祈願しましょうね。」
「えぇ~、私の赤ちゃんかあ。」
頬を赤めて、微笑む睦だ。
「私にも出来たんだから、睦ちゃんも出来るわよ。 ね、あなた?」
「そうだな。 睦に限らず、皐月や弥生たちも、将来は、だな。」
そう言われて、顔を見合わせて、
「そうだと、いいねぇ。」
だって。
「じゃあ、私も希望はあるわけですね。」
と言うのは榛名だった。
「そうだよね。 次ははるちゃんなのかな?」
そう皐月が言った。
「うふふ。 私はやっぱり、提督との赤ちゃんが欲しいなぁ。 ダメですか?」
ウっ
秦が言葉に詰まっていた。
「あらあら、あなた、人気者ですねぇ。」
と鳳翔が笑っていた。
「鳳翔! お前さん、分かって言ってるだろう? ったく!」
「私はいつで・も・か・・」
ゴツン!
秦が榛名の頭を小突いた音だった。
「いったぁ! 何するんですか!」
両手を小突かれた頭の上に置いて、秦を涙目で見る榛名だ。
「余計なことを言うんじゃない! ホレ! 見てみ! 睦たちの目を!」
睦や皐月たちの目が、ヤラシイ目つきの目が秦を見ていた。
「ったく。 榛名は俺の妹なんだから、妹らしくしなさい! いいかい?」
「えぇぇ~、残念だなぁ・・」
と思いっきりワザとらしく残念がる榛名。
その姿を見て鳳翔が笑っていた。
「フフフフ。 今回は榛名ちゃんの負けですよ? でも、あなたも暴力はいけませんよ? でも、”兄妹”らしくていいですね。」
「ああ! 鳳翔姉さん、そういう事言いますか! むぅ。」
ちょっとむくれる榛名だったが、
「じゃあ、こうします! えい!!」
そう言って鳳翔に抱き着いてきた。
「きゃっ」
「へへへ。 お姉さぁぁぁん! ムフフフ。 鳳翔姉さん・・いい匂いです・・」
「まぁ、甘えたさんね。」
抱き着いた榛名が、鳳翔にすり寄っていた。
「まったく、お前さんたち、なにやってんだよ?」
と呆れる秦だったが、
「女子二人の愛を確かめ合っているんです! 邪魔はさせませんよ?」
そう榛名に言われて呆気に取られていた。
それを見た皐月が
「あちゃー。 イチャイチャするのが一組増えちゃったよ・・」
と嘆いていた。
「あーん、はるちゃんとイチャイチャするのは、うーちゃんなの!!」
って卯月が怒っていた。
「お前らぁ・・ こんなとこで騒がないでくれよ・・ 騒ぐんなら帰ってからにしてくれ。」
【はあぁぁい!!】
秦の言葉に、みんなが返事をして、神社を後にするのだった。