ケッコンカッコカリの指輪が。
今日はその指輪に代えて・・・
安産祈願を終えた数日後。
寝室のベッドに入って話し込む秦と鳳翔が居た。
「ねぇ、鳳翔?」
「なんですか、あなた?」
「明日なんだけど、第一対潜駆逐艦隊は修理と補給で休養日なんだけど、仕事を榛名と大石大佐、五十鈴に任せて、広島までちょっと付き合ってくれないかな?」
「え? 広島へ、ですか?」
「うん。 ダメ、かな?」
「いえ、構いませんけど。 何をするんですか?」
「ちょっとした買い物を、と思ってね。 じゃあ、よろしく。」
何を買いに行くんだろう? と思った鳳翔だったが、口には出さず、明日聞けばいいか、と思って眠ることにしたのだった。
次の日。
既に朝の支度を終え、睦らこども達は学校へと出かけていった。
「いってきまーす!!」
「ちゃんと勉強するんだよ。」
「大丈夫。 まっかせてよ!」
元気だけはいいこども達である。
0830少し前、榛名が出かける。
「それじゃ、先に行きます。 鳳翔姉さま、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
0840を過ぎたころになって、秦が執務室に出かける。
「じゃあ、行ってくるよ。 一区切りついたら迎えに来るから。」
そう言って、”行ってらっしゃい”の口づけをする秦と鳳翔。
頬を赤めて、
「はい。 待ってますよ。 行ってらっしゃい。」
と返事をする鳳翔だった。
榛名は一足先に執務室に向かっていた。
秦は執務室に入ると、大石と五十鈴、そして秘書艦の榛名の姿を確認した。
「今日の訓練と出撃だが・・」
と今日の予定を確認し、仕事の割り振りを済ませた。
空母・鳳翔を旗艦とする第一対潜駆逐艦隊は、前日の訓練の修理と補給で今日は休養日であったことから、提督代理を大石に任せ、
「すまないね大佐。 今日一日、お願いするよ。 榛名も頼むね。」
そう言って執務室を後にした。
◇
「鳳翔、居るかい?」
戻ってきて、玄関で声を掛けた。
「はーい。 居ますよー。」
少々、弾けた返事が返ってきた。
玄関付近で抱き合って、お互いを確かめていた。
鳳翔は、着替えるのも大変だったので、袴姿のままで羽織り物を持って出かける準備が出来上がっていた。
その後、秦が軍服から私服に着替えてきた。
車を手配して、港へ向かうよう、指示を出した。
「あら? 駅ではないのですか?」
「ああ。 たまには連絡船もいいかなと思ってね。」
やってきたのは呉中央桟橋だった。
ここからは四国・松山と広島・宇品へと向かう連絡船が出ていた。
切符を買って乗り込んだのは、松山発呉経由の宇品ゆきの高速船だった。
定刻よりやや早く入港して接岸して来ていた。
所要時間からすれば、呉から宇品までだと最短で20分ほど。
列車よりも速いが、中心市街地からはやや遠いのだ。
二人が乗船する時、一緒に乗り込む乗客は何人かいたが、すでに松山から乗ってきた乗客で8割ほど席が埋まっていた。
秦は二人掛けの席を見つけて、二人で座った。
座るとほぼ同時に高速船が動き出した。
「やぁ、もう動き出したか。」
「20分くらいですか? 案外、速いんですね。」
二人が座ったのは左舷の窓際だったので、出港後、すぐ左手に鎮守府前に停泊している艦船が間近に迫ってきた。
「窓の位置が低いから、駆逐艦でも大きく見えるな。 あれは陽炎か。」
「そうですね。 いつもは上から見ていますからね。 向こうは五十鈴ですね。 あっちには松輪たち海防艦ですか。」
徐々に速度を上げる高速船。
少しづつ右に舵を切っていく。
鎮守府の桟橋やドックから徐々に離れていく。
少し離れた沖合には大きな軍艦がいた。 長門と陸奥だ。
その横を抜けていくと、対岸に空母が見えてきた。
「あ! あれは”鳳翔”ですね。」
「どれ? ああ、そうだね。」
「みんな、ちゃんとやってるのかしら?」
「ははは。 心配には及ばないさ。 今日は補給と修繕をやってるだけだからね。」
「そうだといいんですけど。」
秦の腕に抱き着く鳳翔。
見合って、二人して微笑んで窓の外を見ていた。
高速船の速度が上がって、10分もしないうちに減速に入った。
「もう、到着のようだな。」
「やっぱり、速いですね。」
エンジン音がしなくなったと思ったら、もう桟橋は目の前だった。
ゆっくりと桟橋に接岸した。
渡し板が渡されると、乗客がぞろぞろと降りていく。
秦と鳳翔は一番最後に降りることにした。
船から降りると、いくつもの連絡船が留まっていた。
「これからどうするんですか?」
「これからは、路面電車で街までね。」
改札口を抜けると、すぐ目の前に路面電車の電停があった。
同じ船で来た乗客は、ほとんどが路面電車に乗り換えていく。
先発の電車は既に満員状態だったので、秦たちは次発の電車に乗ることにした。
鳳翔のお腹の事を考えれば、急ぐことはないのだから。
ここの路面電車は10分間隔で運行されているらしく、すぐに電車が来るようだった。
少し待つと次発の電車がホームに入ってきた。
1両だけのこじんまりした可愛らしい電車だ。
二人が乗り込むと、少しの時間で折り返していく。
乗客は2,3人ほど。
「これなら呑気でいいな。」
なんて話していると、何駅か過ぎると満席になった。
街に近づくほどに立ち客が増えてきた。
「こりゃあ、予想以上だな。」
「ええ。 こんなに混むなんて、思ってもみなかったですよ。」
電車に乗って30分ほどで広島の中心市街地へとやってきた。
「ふぅ。 やっと着いた。」
「これから、何処へ行くんですか?」
「ん、まずは、熊野筆のお店だよ。」
「熊野筆のお店?」
「ああ。 鳳翔が持ってる化粧筆を扱ってるお店だよ。 そろそろ買い替えや買い足しが必要だろうと思ってさ。」
「え、そんな。 悪いですよ。」
「いいじゃないか。 毎日は無理だけど、たまになら買ってもいいんだから。」
電停から5分ほど歩いて到着した。
お店は思ったより小ぢんまりしていた。
「いいんですか、ホントに?」
「ああ。 全ッ然構わないよ。 好きなのを選んで。」
「ありがとうございます。 それじゃぁ・・」
と言って、いくつもの筆を手に取って品定めをしていた。
「このサイズの筆が欲しいんですよねぇ・・ でも、こっちの方が・・ やっぱり、こっちかなぁ・・」
選ぶ鳳翔の後ろで、細く微笑んで見ている秦だった。
品定めする事30分あまり。
「決めました。」
鳳翔の手には4本の化粧筆が握られていた。
「それでいいのかい?」
「はい!」
ニッコリと微笑んでいた。
秦が支払いを終え、お店を後にする。
「さて、と。 次は・・」
「まだ、どこかへ?」
「うん。 次が本命、かな。」
鳳翔の頭の上に”?”が浮かんでいた。
◇
熊野筆のお店からアーケード街を二人寄り添って歩いていた。
それもゆっくりと。
「さすがに、人が多いですね。」
「そうだね。 中国地方随一の繁華街だしね。」
通りの両サイドは大手の百貨店だったりする。
秦はそのうちの一つに入っていく。
そのあとに続く鳳翔だ。
「やぁ、着いたよ。 ここだよ。」
秦たちが着いたのは、ジュエリーショップだった。
「ここって・・ 何を・・」
まあまあ、と言いながらお店に入っていく。
「予約していた、楠木ですが。」
と入口付近に立っていた店員に声を掛けると、
『はい、楠木様ですね。 こちらへどうぞ。』
と案内されたのは、店の奥にある個室だった。
「あの、あなた? 何をするんです?」
お店の待遇に心配になる鳳翔だったが、
『ご依頼の商品は、こちらです。』
と店員が持ってきたのは、銀色に輝く指輪だった。
それも大小一つづつ。
「あの、これって?」
「うん。 マリッジリング。 俺と鳳翔のね。」
「あの、私、指輪してますけど・・」
「それは、ケッコンカッコカリの時の指輪でしょ。 カッコカリじゃなくて、本物のマリッジリングだよ。」
「本物・・ いいんですか?」
そう聞いてきた鳳翔だった。
表情は、最初は驚いていたが、秦の本気度を感じると、目に涙が浮かんできていた。
「ホントに、ホントに?」
「ああ。 ホントに本物の結婚指輪だよ。」
エヘヘヘっと泣き笑いの鳳翔だ。
「デザインとか、俺が選んでみたんだけど、どうかな? サイズは前に聞いていたままなんだけど?」
銀色の指輪には、唐様の花が彫り込んであった。
和彫り細工の指輪だった。
鳳翔が指輪を手に取って嵌めてみた。
カッコカリの指輪の上に。
「はい、ぴったりです。」
左手薬指に、カッコカリの指輪と本物の結婚指輪の2つがあった。
まるで2連リングのようだった。
「カッコカリの指輪は、外してもいいんだよ?」
「いえ。 これも大事なモノですから、外しません。」
左手を光にかざして反射具合を、デザインを眺める鳳翔。
それを微笑ましく見ている秦だった。
「じゃぁ、俺もそうしようかな。」
そう言って秦も指輪を嵌めた。
カッコカリの指輪と結婚指輪の2つだ。
「うん、俺もぴったりだな。 どう? お揃いだよ?」
と左手を、鳳翔の左手に重ねていた。
秦と鳳翔が、視線を重ねて見合って微笑んでいた。
「じゃあ、決まりだね。」
「はい!」
『お二人とも、よくお似合いです。』
と店員に言われて嬉しくなる二人だった。
指輪の支払いをして、寄り添って店を出た二人だった。
『ありがとうございました。』
と見送られる二人だが、互いの左手薬指には2つの指輪があった。
◇
「へへへ。 綺麗ですね。」
指輪をかざしながら鳳翔が言う。
そんな鳳翔に向かって、
「鳳翔。 その指輪、返してもらうことはしないからな。 ずっと持っていてくれよ。 死が二人を割くまで、な。」
「何言ってるんですか! 死んだって離れませんからね。 あなたも覚悟してください?」
「そうだったな。 死んでも一緒だったな。」
「そうですよ。」
そう言い合って笑っていた。
「それで、これからどこへ行くんですか?」
「うん、腹ごしらえ。」
「あ、そう言えば私、お腹ペコペコです。」
「そうか。 じゃぁ、もう少し我慢しておくれ。 行ってみたいお店があるんだ。」
「何処ですか?」
「フフフ。 着いてからのお楽しみ、さ。」
「あら? 教えてくれないんですか? 意地悪ですね。」
「ははは。 ひみつだからいいんじゃないか。」
再び路面電車に乗って30分弱。
ある電停で降りた二人の前に、一軒のお店があった。
「さあ、着いたよ。 ここだよ。」
お店の看板には”あなご”と書いてあった。
「あなご、ですか?」
「うん。 あなご飯のお店なんだ。 ここのはなかなか美味いよ。 さあ、はいった、はいった。」
秦に促されてお店に入った。
「あなた、来たことあるんですか?」
「うん。 士官学校時代に初めてきてね。 その時食べたあなご飯が美味しくてね。 まあ、それからも何度かね。」
「そうなんですね。」
そう言いつつ、二人ともあなご飯を注文した。
『あなご飯、ふたつ!』『あいよ!』
と店員の威勢のいい声が響いていた。
10分ほど待って、二人の前にお目当てのあなご飯がやってきた。
お重に入った、一口サイズに切られたあなごの蒲焼。
やや薄めのタレが掛かっていた。
「いい匂いですね、これは。」
「鰻の蒲焼と違って、脂は少ないけど、その分、身がしっかりしてるからね。」
「じゃあ、いただきます。」
と言って食べ始める二人。
あなごを一切れ食べて・・
モグモグ、ムグムグ・・
「うん、このあなご、美味しいですね。」
「久しぶりに食べても、やっぱり、美味いなあ。」
そんなことを言いながら食べていた。
「あ! そうだ! すみませーん、このあなごの蒲焼、10人前を持ち帰りでお願いできますか?」
「持ち帰り?」
「はい。 今日の晩御飯です。 こども達の。」
「なるほど。 それはいい。」
『10人前ね。 タレも一緒でいいかい?』
「はい、お願いします。」
その後も二人で美味しく頂いたのだった。
『あなご飯が2つと、蒲焼10人前持ち帰りでーーー』
と支払いを済ませ、来た時と同じく路面電車に乗って帰ることにした。
「ふぅ。 美味しかったです。 いいお店を知ってたんですね。」
「ははは。 良かった。 鳳翔に褒めてもらえたようで。」
「ふふふ。 帰ったらこども達にも食べてもらいますからね。」
「ああ。」
お腹を満たした二人は、電車の振動が眠気を誘ってきて、うつらうつらとしていたが、乗り換えがあったために寝込むことは出来なかった。
そして再び宇品港へと戻ってきた。
帰りは高速船ではなく、通常の連絡船にした。
まあ、急いで帰ることもなかったのも一つだが、高速船の本数が少なかったから、なのだが。
連絡船にのること40分あまりで、呉中央桟橋に到着した。
その船は、そのまま松山まで行くのだ。
桟橋に降り立つと、夕暮れになっていた。
船着場の前から官舎へはタクシーを使ったのだった。
こうして二人の買い物は終わった。
◇
「さあ! みんな、ご飯よ!」
官舎での夕ご飯の時間となった。
「今日は何かな?」
皐月や卯月が、ワクワクしながら食堂にやってきた。
そして、出てきたのは・・
鳳翔特性の、あなご丼だった。 しかも卵とじになって。
「鰻の蒲焼?」
「皐月ちゃん、ちょっと違うぴょん。 鰻より薄いぴょん。」
「さあて、なんの蒲焼でしょう?」
と微笑む鳳翔と秦。
「これって・・ 鳳翔姉さん、アレ、ですね? 鰻より小ぶりな。」
とは榛名だった。
どうやら榛名は知っているようだった。
「ふふふ。 そうね。 食べてみて。」
と鳳翔が言うと、
【いっただきまぁす!】
と言って皆食べ始めた。
「うん、これ美味しい!」
「鰻より身は薄いけど、身がしっかりしてるよ。」
「ムグムグ・・ お母さん、これって、あなご?」
と聞くのは皐月だった。
「正解! どう? あなご専門店の焼きあなごを丼にしてみたの。」
「卵の甘みとタレの塩加減がいいわぁ。」
「あなごかぁ。 うなぎよりあたいはこっちかな。」
そう言って丼を書き込む朝霜だった。
「朝霜ちゃんたら、そんなにかき込まなくても、まだまだあるわよ?」
「ムグ・・ おかわり!」
「もう・・ はいはい。」
呆れた表情の鳳翔だが、それでも微笑んで2杯目をよそった。
「はい、これでいい?」
「ありがと、お母さん! やっぱりお母さんのご飯は美味しいよ!」
「もう、朝霜ちゃんたら。 ありがと。」
「良かったな、鳳翔。」
「ええ。」
二人で見つめあっていた。
「あれ?」
「どうしたの、睦ちゃん?」
「父さん、お母さん。 その指輪・・ 増えてる・・」
「あら、見つかっちゃったかしら。 フフフ。」
頬を赤めて鳳翔が答えていた。
「フフフ。 今日、買ってもらったのよ。」
「「「えぇぇー、いいなぁ。」」」
「いいなぁ、じゃない。 これは、本物の結婚指輪だよ。」
「本物の?」
「ああ。 俺と鳳翔は、ちゃんとした夫婦だし。 カッコカリの指輪だけじゃぁなぁって思ってたからね。 思い切って買ったんだ。 だから、俺と鳳翔だけだよ。」
皆からへぇーっていう声がしてきた。
「それじゃあ、私は? お兄さん。」
とは榛名だったが、その言葉に、
「え? 榛名も? いや、これは俺と鳳翔のだからね。」
「えぇ? 私も欲しいです!」
「いや、榛名は妹だし、それに・・ これ一点ものなのね。 だから同じものはないの。 我慢しな?」
「ぶー! でもいつか、私用のも貰いたいんで! よろしく、お兄さん!!」
「あらあら。 あなたの負けですよ?」
「ケケケ、しれーかんの負けぇ! ケケケ」
「ったく、お前たちはぁ。 そう簡単に買わないからな!」
そうやって騒がしくも賑やかな夕食時となったのだった。
◇
秦と鳳翔は、入浴を終え、自室のベッドに腰かけていた。
「まったく、榛名のやつ・・」
「まぁまぁ、そう言わなくてもいいじゃないんですか。」
「もう。 鳳翔もそう言うし。 俺は、俺の嫁さんは鳳翔だけだからね。 分かってるだろ?」
「はい。 分かってますから、言うんです。 フフフ。 そう言ってもらえるのが嬉しくて。」
ハァっと溜息をつく秦だった。
「鳳翔・・ 楽しんでるな・・」
「フフフ。 そんな事ありま・・す よ。」
と笑っている鳳翔だった。
それでも二人は抱き合って眠りに就くのだった。