幸せの後先~ハズされ者の幸せ3~   作:鶉野千歳

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鳳翔の母親が呉にやってくると・・



母来る!

鳳翔が妊娠8か月になろうかと言う10月の下旬だった。

食後の居間で一家がくつろいでいる時だった。

 

「あなた、ちょっといいですか?」

 

ん? と思った秦だったが、

 

「実は、今日、母から連絡があったんです。」

 

「お義母さんから?」

 

「はい。」

 

「なんて?」

 

「実は・・」

 

何か言いにくいそうにするが・・

 

「母が、こっちに来るそうなんです。」

 

「え? 来るって、ここに?」

 

「ええ。 そうなんです。」

 

「な、何しに来るんだい?」

 

「詳しいことを言わないんです。 ただ、”一度妊娠した娘を見たいし、秦さんにも挨拶したいわ”って言うんです。」

 

「いやぁ、俺にとってもお義母さんだから、来てもらうのは構わないけど、いつなんだい?」

 

「そ、それが・・ 来月初旬の連休、なんだそうです。」

 

「え? すぐじゃないか。 ありゃまぁ、急なこった・・」

 

と頭を掻く秦だったが、その姿を見た榛名が、

 

「どうしたんですか、何か悪いことでも?」

 

と聞いてくるが、

 

「そうじゃないんだが・・」

 

何か言いにくそうに答える秦だった。

その秦を見て、

 

「歯切れ悪いよ、しれーかん?」

 

と聞くのは朝霜なのだが・・

 

「そうは言ってもなぁ・・」

 

煮え切らない秦に皐月が声を掛ける。

 

「何がなんだい、父さん?」

 

「まぁ、はっきり言うとだなぁ・・ 鳳翔のお義母さんには、皐月たちのことは話してあるけど、合うのは初めてだろ。 その反応がなぁ。」

 

秦の一言に睦が気づいた。

 

「あ! そうか。 そうだね。 私は前に合ってるけど、皐月ちゃん、卯月ちゃん、弥生ちゃんに朝霜ちゃんは、初めてなんだよね。」

 

「そうなんだよ。 それに・・」

 

「榛名ちゃんも居ますからね。 母が何と言うか・・」

 

とは鳳翔だった。

 

「まあ、考えても仕方がないんだが・・」

 

「そうですね。 ありのままを見てもらうしかなんじゃないでしょうか。」

 

「そうなるよ、ね。」

 

「へぇ。 じゃ、お母さんのお母さんだから、おばあちゃんになるのかな。 ボクたちのおばあちゃんになるんだね。」

 

「そうね。 みんな母に合ってもらいたいと思ってるから。」

 

「うぅぅーー、今からでも緊張するぅ。」

 

「今から緊張してどうするんだよ。 大丈夫だよ。 お義母さん、優しいから。」

 

「なら、いいけどさぁ・・」

 

「で、鳳翔? お義母さんは一人で来るのかい? それに来るにしても泊るところも必要じゃない?」

 

「えっと、母だけだと思うんですけど。 そうですね、泊るところはどうしましょう?」

 

「じゃぁ、この官舎にまだ一部屋空いてるよね? そこに泊まってもらったら?」

 

「いいんですか?」

 

「どっちかってぇと、お義母さん次第だけどさ・・」

 

鳳翔の母親が来た時には空き部屋に泊まってもらうことになった。

 

 

11月の初旬の連休のお昼過ぎ。

呉駅に降り立つ二人の姿があった。

 

「やっと着いたぁー! 結構、遠いんだね。」

 

とは娘のようだ。

 

「何言ってるの。 ずっと寝てたくせに。」

 

と言ったのは母親のようだった。

娘が舌を出して、へへへと笑っていた。

二人の手には荷物が・・。

駅前のタクシー乗り場からタクシーに乗るつもりのようだった。

1台のタクシーに乗り込み、

 

「すみません、呉鎮守府官舎までお願い。」

 

そう母親が言うと、運転手が、あいよ、と返事して車が走り出した。

 

「お客さん、官舎までってことは、提督のお知り合いかい?」

 

「ええ。 そんなとこです。」

 

「そうかい。 あそこの家族は仲が良くていいよね。 時々見るけど、微笑ましいよ。」

 

なんて運転手が話してくる。

母親も娘も、顔を見合わせて、ふふふっと笑っていた。

車は数分で鎮守府の入り口へとやってきた。

 

「あれ? あれは・・」

 

 

呉鎮守府の入り口には、門番が居て、小さいながらも詰所がある。

1300過ぎになって、睦が門までやってきていた。

 

「門番さん、こんにちは。」

 

「やあ、こんにちは。 今日は誰か来るのかい?」

 

「うん、お客さん。 私のおばあちゃんなの。」

 

「そうなの。 ん、あれじゃないかい?」

 

門に向かって1台の車がやってきた。

そして門番の前に止まった。

門番が後部座席に座る二人を確認する。 と、睦が声を掛けた。

 

「こんにちは、おばあちゃん! あれ? 尚子お姉ちゃん?」

 

「やっぱり、睦ちゃんじゃない! 久しぶりぃ!!」

 

と後部ドアを開けて出てきたのは尚子だった。

ムギュ!

尚子がいきなり睦の頬を掴んだ。

 

「ふにゅー!」

 

「これ! 何してるの? 睦ちゃんがしゃべれないでしょ?」

 

「あ、ごめんごめん。」

 

「もう! いきなり何するかなぁ。 せっかく案内に来たのにぃ。」

 

「ごめんね。 つい。」

 

手を合わせて謝る尚子だが、見るからに心からの謝罪とは見えなかった、が。

 

「もう、いいよ。 それより、案内するから乗って。 あ、おばあちゃん、こんにちは。 お久しぶりです。」

 

「こんにちは。 睦ちゃん、元気そうね。」

 

短い挨拶を交わす睦だった。

助手席に睦が乗り込んで再び車が動き出した。

 

「もうちょっとで着くから。」

 

と言って、ものの数分で玄関前に到着した。

 

「へぇー、ここなんだあ。」

 

「なんとまぁ、大きいわね。」

 

と官舎をみて驚いた母親と尚子。

 

(うん、最初見たときは、驚くよね・・)

 

睦は声に出さなかったが、心の中で、大きく同意するのだった。

 

 

「ただいまー! 戻ったよ!」

 

睦が先頭になって、大声を上げながら入ってきた。

 

「おかえりー。」

 

玄関で待っていたのは皐月だった。

 

「皐月ちゃん、おばあちゃんと尚子お姉ちゃんだよ。」

 

「あ、皐月です。 父さんとお母さんの娘です。 よろしくお願いします。」

 

「あら、こんにちは。 初めまして、かしらね。」

 

「こんちは。 尚子です。 鳳翔お姉の妹になります! よろしくね!」

 

玄関でのあいさつはそこそこに、皆が揃う居間へとやってきた。

 

「到着で~す!」

 

と言いながら睦が扉を開けて入ってきた。

後ろにお義母さん、尚子と続き、荷物を持つ皐月が入ってきた。

 

「お母さん、尚子ちゃん、いらっしゃい。 ようこそ呉へ。」

 

「鳳翔や、久しぶりね。」

 

「鳳翔お姉、おひさ!」

 

立ち上がろうとする鳳翔を母が止めた。

 

「あらあら。 いいわよ。 座ったままで。」

 

「ごめんなさい。 そうそう。 私たちの娘を紹介するわね。 皐月ちゃん、弥生ちゃん、卯月ちゃん、朝霜ちゃんよ。」

 

「「「こんにちは。」」」

 

「あら。 こんにちは。 フフフ、初めまして。 鳳翔の母です。 みんなのおばあちゃんになるわね。 私からすると、みんな孫になるのね。」

 

「あたしは鳳翔お姉の妹の尚子。 よろしくね。 あ、”お姉ちゃん”って呼んでね。」

 

「関係性は”おばち・・” ふぐぅ・・」

 

「”お ね え ちゃ ん”って言ったでしょ?」

 

そう言って朝霜の口を塞ぐ尚子だ。

 

「あはははっ 尚子お姉ちゃんに掛かれば、朝霜ちゃんも形無しだね!」

 

そう言ったのは皐月だったが、皆笑っていた。

 

「ふぐぅ・・ ヒドイよ! いきなり口を塞ぐことないじゃん!!」

 

「一応、みんなあたしの”妹”なんだからね!」

 

とあくまでも”お姉ちゃん”呼びをさせようとする尚子だった。

そこへ・・

 

「賑やかだなぁ。 何をやってんだ?」

 

と本日の勤務を終えて秦がやってきた。

 

「あ、あなた。 お帰りなさい。」

 

「「お帰り。 父さん。」」

 

鳳翔とこども達からお帰りなさいと言われた秦だが、来客に気が付いた。

 

「あ、お義母さん、いらっしゃい。 尚子ちゃんも。」

 

ニッコリ微笑んで挨拶する。

 

「あら。 秦さん、お帰りなさい。 ふふふ。 お邪魔してますね。」

 

「義兄さん、お帰りなさい。 お邪魔してまーす!」

 

ああ、と言いながら尚子の頭を撫でる秦だった。

尚子が驚いたが、すぐに顔が朱くなった。

 

「榛名ちゃんもお帰りなさい。」

 

「鳳翔姉さん、只今帰りました!」

 

「榛名ちゃん、紹介するわね。 私の母と妹よ。 よろしくね。」

 

「「こんにちは。」」

 

「お母さん、尚子ちゃん、提督の妹で、私の義理の妹になる榛名ちゃんよ。」

 

「榛名です。 初めまして。」

 

互いに会釈しあっていたが、榛名をマジマジとみていた母親が一言。

 

「まぁ。 美人さんねぇ。 榛名ちゃん、だったわね。 何ていうのかしら、綺麗な美人さんね。 そう言えばあなた達”孫”たちもそれぞれに可愛いわね。 ふふふ。 お父さんにも見せたいわ。 何ていうかしらね。」

 

「綺麗な美人さんだなんて、榛名、は、恥ずかしいです。」

 

そういって身体をくねらせていた。

 

「義兄さんも隅に置けないね。 ハーレム状態じゃん!」

 

「はは。 そうかもしれないけど、これはこれで大変なんだぞ?」

 

そう言って見せた秦だ。

 

「鳳翔、体調はどう? お腹は?」

 

「体調は問題ないですよ。 ふふふ。」

 

秦と鳳翔はそう言って、互いに目を細めて見つめあっていた。

その二人を見ていた母親が、

 

「あらあ・・ あんた達、いつもそうなの?」

 

と言う。

 

「ん? 父さんとお母さん?」

 

と聞き返したのは卯月だった。

 

「そう。」

 

「いつもの事ぴょん。 いつまでもラブラブ~だぴょん。」

 

「ありゃあ・・ 以前はそんなことなかったんじゃないの?」

 

と言うのは尚子だ。

確かに、鳳翔の実家に赴いたときは、ここまでのことはなかった。

だから睦が、

 

「うん、ここ1年くらいの事だよね。 もう、私たちの忠告は利かないからねぇ。」

 

と言い、ウンウン、と黙って頷くこども達であった。

 

 

「そうそう。 大事なことを忘れてたわ。 本来の目的!」

 

そう言って母親が荷物を開けだした。

 

「「本来の目的ぃ?」」

 

「確か、こっちに・・・ あった、あった。」

 

と取り出したのは、白い小さな服?だった。

 

「えぇ! 何それ。 可愛いぃ!」

 

「ちっちゃ!」

 

「これは産着よ。 これを鳳翔に、と思って持ってきたのよ。」

 

「うぶぎ?」

 

「そうよ。 産まれたての赤ちゃんに着せるのよ。」

 

母親が持ってきたのは、秦と鳳翔の赤ちゃんに着せる産着だ。

それも双子なので2着。

タオル地の、肌触りが物凄く気持ちいい、可愛らしい産着だ。

 

「みんな、生まれたときは産着を着せられたはずよ。 忘れちゃってるかなぁ。 みんな、最初はこーんなに小さいのに、あっという間に大きくなって・・」

 

今、この居間にいるメンツの中で”親”になったことのあるのは、鳳翔の母親だけだったから、睦たちも興味深々で聞き入っていた。

 

「産着を着せられた赤ちゃんは、世の中の事なんかまったく分からないのに、数年も経つと、ほら、あんた達みたいにわがまま言い放題なんだから。」

 

微笑みながら話す母親であった。

 

「え? あたしはそんなことないし! ね、鳳翔お姉?」

 

「フフフ。 それはどうかしら。 私は結構、わがまま娘だったわね。」

 

「そうね。 鳳翔もわがままだったかしらね。」

 

「ええ。 わがままですね。 勝手に艦娘になって、勝手にケッコンして。 でも、今はそれで良かったと思ってますよ、お母さん。 そのおかげでこの人に出合えたんですから。 それに・・」

 

両手で膨らんだ下腹部を擦って、

 

「ここに、二人の、希望がいるんですから。」

 

と微笑みながら話していた。

 

「そうね。 そのおかげで私も孫の顔が見れるんだから、大目に見ないといけないわね。」

 

と母親も微笑んでいた。

 

「でも、産着って、病院に持っていくの?」

 

そう問うのは皐月だ。

 

「そうよ。 お産の時に一緒に持って行って、看護師さんに預けておくのよ。 生まれたら産湯で洗って、産着を着せて、母親に抱かせるのよ。」

 

ふーん、て聞き入る皐月たち。

 

「その時の感動は、涙が溢れるくらいに嬉しいものよ。 それを、鳳翔、あなたももうすぐ体験するのよ?」

 

「ええ。 分かってるわよ。」

 

「ホントかしらね。 フフフ。 鳳翔が生まれる時のお父さんと言えば、分娩室の前で落ち着かなくてウロウロしてたらしいし、生まれたら、涙いっぱい流して大泣きしていたわね。 秦さんはどうかしらね。」

 

ギクっとする秦。

 

「私は・・ 多分、泣きますね。 いや、多分じゃないな・・ 絶対泣いちゃうと思いますよ。 嬉し泣きでしょうけど。」

 

「え~、そうなの、父さん?」

 

「睦ちゃん、見ておきなさい。 お父さん、きっとわんわん泣いてるから。」

 

「うん、そうする。 へへへ。 楽しみぃ。」

 

「あのなぁ、楽しいことじゃないんだぞ? 嬉しいことなんだぞ。 分かってる?」

 

「分かってるって。 大丈夫だからさ。 ね?」

 

「なにが大丈夫だよ、ったく。 でも涙の前に、鳳翔のお産があるからね。 その方が心配なんだけど。」

 

「そうね。 皆はまだ立ち会ったこともないでしょうけど、お産は大変よー、って詳細は今、言わない方がいいかしらね。 鳳翔や、そこは覚悟してなさい。 それがあるから、”母”になれるのよ。」

 

「お母さん、今から脅かさないで。 ホラ。 皆の目が怖がってるじゃない。」

 

「あらあら。 ごめんなさい。 でも、秦さんは、立ち会うんでしょ?」

 

「え~、出来れば、そうしようと思ってますけど。」

 

「そうね。 旦那さんは立ち会うくらいしか出来ないからね。 出産は女の役目だしね。 鳳翔? 見ておきなさい。 その時の秦さんの行動を。 後で虐める材料になるから。」

 

「え、そんなぁ。」

 

最後には秦が揶揄われてしまうのだった。

 

「じゃぁ、そうします。 フフフ、あなたを見ていますからね。」

 

お腹を抱えたままでニコリと秦を見ていた。

 

「ああ。 ちゃーんと鳳翔の傍にいるから。」

 

と答える秦だった。

 

 

わいわいと駄弁っていたが、時間的に既に1700を過ぎているのだった。

 

「そろそろ晩御飯の用意をしましょうか。 いい? 卯月ちゃん。」

 

今日の当番は、榛名と卯月だった。

 

「榛名ちゃん、卯月ちゃん、よろしくね。」

 

「あら、鳳翔。 あんたじゃないの?」

 

「ええ。 お腹が大きくなってからは皆が交代で料理をしてくれるんです。」

 

そう言ってふふふっと笑っていた。

 

「そうなの?」

 

ちょっと驚く母親だった。

 

「卯月ちゃん、行くわよ?」

 

「はあーーい。」

 

そう言って調理場に向かっていった二人だった。

 

「鳳翔の妊娠が分かってから、みんなで手伝おうってことになって、鳳翔に教えてもらいながら、交代でやってるんです。」

 

と説明する秦だった。

 

「そうなの。 鳳翔、あんた、いい身分じゃないの。」

 

「そんなんじゃないわ。 でも、みんなが出来るようになったから、今はホントに助かってるの。」

 

と鳳翔が、調理場の榛名と卯月を見ながら言っていた。

 

「結局、みんな、ある程度の料理が出来るようになったから、それはそれで良かったんじゃないの? ね、しれーかん?」

 

「ああ、そうだな。 料理が出来なかった朝霜も、一人前にできるようになったしな。」

 

へへへっと笑う朝霜だ。

 

「じゃぁ、料理が出来ないのは、あんただけね。 ね、尚子?」

 

と母親が言うと尚子の顔が”ヤバい!”っていう表情になった。

 

「あら、まだ出来ないの?」

 

と追い打ちを掛ける鳳翔だった。

 

「ウッ、鳳翔お姉、それ言わないで! お母さんも!」

 

「へぇ~、尚子お姉ちゃん、お姉ちゃんのくせに料理できないんだぁー。 あたい達はみんな出来るよ。 ねー!」

 

と上から目線で、いや、めっちゃ見下げる目線で朝霜が尚子をからかった。

 

「う、うわあああああーーーーん、”妹”にバカにされたぁ! うわあああああーーーーん!」

 

と泣き出してしまった。

 

「尚子ちゃん、大丈夫かい? 朝霜も悪気があるわけじゃないんだよきっと。 ね?」

 

と秦が言って尚子の頭を撫でていた。

グスン・・

 

「コラ! 朝霜! 泣かすんじゃない! 仲良くしてくれないと困るよ?」

 

「ちょっと、からかっただけじゃん・・ うん、そうだね、ごめんなさい。」

 

と謝る朝霜だった。

そこんところは素直な朝霜だ。

そんな朝霜の頭を微笑みながら撫でる秦だった。

 

「もう。 みんな仲良くしてくれよ。」

 

「でも、料理が出来ないのは、尚子、あんたが悪いのよ。 帰ったら練習よ。 いいわね?」

 

「うぇえええ・・・」

 

と意気消沈の尚子だった。

そして1時間ほどして、

 

「さあ! 出来たわよ! 食堂へどうぞ!」

 

と榛名が声を掛けてきた。

わああーーい、と言って皆が食堂へと入っていった。

食堂へ入ると、テーブル上に2つのカセットコンロが置かれていた。

 

「はいはい、みんな座って! 今日は、楽しくなるようにって、野菜たっぷりしゃぶしゃぶよ!」

 

そう言って榛名と卯月がお鍋をコンロにセットした。

座った各人の前には、つけダレ用のお皿が置かれた。

さぁさぁと言って、お肉と千切り野菜の大皿がドン!と置かれた。

お鍋の蓋を取ると、中は・・

千切りのキャベツと人参がお鍋いっぱいに入っていた。

おおーー! と歓声が上がる。

 

「じゃあ、頂こう。」

 

【いっただきまぁあーす!!】

 

と言ってから箸を伸ばすのだった。

既にグツグツいってるお鍋に、お肉をしゃぶしゃぶとやって、千切り野菜を巻いて取り皿に移すのだ。

お肉は、豚のロース肉の薄切りを用意していた。

取り皿にはつけダレが入っていて、ワンバウンドさせて口へと運ぶ。

 

「うぅーーん、つけダレがちょっとすっぱくて、いい感じ。 野菜が甘くていいよ。」

 

お鍋の出汁は、昆布だしに少々の醤油が入った出汁。

つけダレは、出汁醤油に檸檬果汁を加え、ひと煮たちさせ、煎り胡麻、芽ネギを入れたものだった。

 

「どう? つけダレは榛名と卯月ちゃんとで考えたんだけど。」

 

「うん、すっぱいけど、美味しいタレだよね。」

 

と言われて、喜ぶ二人であった。

 

「そうね、確かに、レモンの香りがするわ。 でも・・ 甘みが強いのかしら。 ひょっとして完熟レモンを使ってる?」

 

とつけダレの分析をする鳳翔だった。

 

「さすが鳳翔姉さん。 気付いちゃいましたか。 結構考えたんだよね、卯月ちゃん。」

 

「うん。 相当考えたんだけど、もう分かっちゃったの?」

 

「ふふふ。 当たっちゃたわ。」

 

とにっこりと笑った鳳翔だった。

 

「このつけダレのレモンは、完熟レモンを使ってるの。 枝に着いたまま完熟させた、本物の完熟レモンなんですよ。 たまたまお店に入ってきたのを見つけたので。」

 

「うん。 これを使うと、すっぱいけど、どこか甘く感じるぴょん。 美味しいでしょ?」

 

「ええ。 美味しいわ。 二人とも、良くできてるわよ。」

 

と鳳翔が褒めると、榛名と卯月は見合って”良かったね”って笑っていた。

暫くするとお鍋の中の千切り野菜が無くなってきた。

 

「じゃあ、第二弾ね。」

 

と榛名が言って、追加の野菜を投入する。

 

「今度はエノキ茸入りよ。」

 

そう言ってしばし蓋をして煮込むことに。

その間に、

 

「ご飯は、キノコと銀杏の炊き込みご飯だぴょん!」

 

だと。

今度は尚子がよそって貰って、一口。

 

「ん! この炊き込みご飯、具がいっぱいだね。 油揚げも味が染みてて美味しー!」

 

「ホント。 榛名ちゃん、卯月ちゃん、上出来よ。」

 

美味しく出来たようで、皆に褒められ、榛名も卯月もニッコリと笑っていた。

じゃあ、と言って朝霜も皐月も炊き込みご飯を食べ始めた。

 

「あ、おいし! これおいしいよ!」

 

「うん、ウマ! 卯月ちゃん、上出来じゃない!」

 

そんな賑やかな食事風景を見ながら秦と鳳翔は隣り合って食べていた。

お鍋の方は、第二弾に続いて、第三弾、四弾と続くほど、皆よく食べたのだった。

 

 

夕食を終えて、別れて入浴する秦たち。

今日は全員で10人もいるから順番待ちはいつもより長かった。

 

「じゃあ、最初は睦と尚子ちゃんね。」

 

「うん、じゃ、行こう、尚子お姉ちゃん!」

 

「うん、行く行く。」

 

最初に睦と尚子が入浴した。

 

「次は、あたいと皐月ちゃんだね。」

 

と順番に入っていく。

 

「おばあちゃんと入るのは・・、弥生ちゃんね。」

 

「うーちゃんははるちゃんと!」

 

最後に残ったのは秦と鳳翔だった。

 

「じゃあ、私は、あなたとですね。」

 

そう言って頬を赤めていた。

こうして、賑やかなまま夜が更けていった。

 

 

翌日の朝。

割烹着を着て朝食の準備をする秦。

その食堂へやってきたのは、母親だった。

 

「あら、秦さん、おはよう。 早いのね。」

 

「お義母さん、おはようございます。 朝ごはんはもうちょっと待ってくださいね。」

 

「朝ごはんは、秦さんが?」

 

「えぇ。 妊娠が分かってからずっとですね。 ははは。 もう、慣れちゃいましたけど。」

 

「そうなのね。 じゃあ、あの子はいい待遇ね。 私とはえらい違いねぇ・・」

 

と言っているうちに、鳳翔が起きてきた。

 

「あ、お母さん、おはようございます。」

 

「あら、おはよう。」

 

「あなた、おはようございます。」

 

「ああ。 おはよう。 朝ごはん、もうちょっと待っててね。」

 

母親と鳳翔がテーブルに付いた。

 

「あなた、いい身分じゃない?」

 

「え、なんのこと?」

 

「なにって、お父さんなんて、家事は何一つ手伝ってくれたこと無いんだから。 羨ましいわぁ。 いい旦那さんで。」

 

テーブルに肩肘をついて溜息を漏らす母親。

 

「ふふふ。 そうでしょ。 いいでしょ。 でも、あげないわよ、お母さん。」

 

その母親に対抗するかの如く、満面の笑みの鳳翔だった。

 

「あら、残念ね。 まぁ、義理とは言え私の息子でもあるんだけどねぇ。」

 

そう話しているうちに朝食の用意が出来たようだった。

 

「はい。 準備できたよ。 二人で何話してたんだい?」

 

朝食の準備をしながら耳は二人の話声を拾っていたので、聞いてみたのだった。

 

「たいしたことないわよ。 いい旦那さんねって言ってたのよ。」

 

「ええ。 ホントですよ。」

 

「それなら、いいんだけどさ・・ ま、朝ごはんにしよう。」

 

二人に言われて、ちょっと恥ずかしい、と思ってしまった秦だった。

 

【いただきます。】

 

と三人揃って食べ始めた。

 

「あら? ほかの子たちは?」

 

そう聞くのは母親だったが、秦が時計を見て、

 

「もう少しでやってきますよ。 みんな順番で。」

 

と答えていた。

 

「え? 順番?」

 

頭に”?”が浮かんだ母親だったが、すぐに分かったのだった。

三人が食べ終えようか、という頃、

 

「おっはよー、父さん、お母さん。 おばあちゃんもおはようございます。」

 

とやってきたのは睦、皐月、弥生と榛名。

テーブルについて朝食を食べ始めると、遅れて・・

 

「おはようごじゃいますぅぅぅ。」

 

と卯月と朝霜がやってきた。

”ホワァァァ・・”とまだ大欠伸をしていた。

最後は尚子だった。

 

「お・はよう・・」

 

まだ眠そうだ。

目を擦りながらやってきた。

 

「まだ眠いかい、尚子ちゃん?」

 

「あ、義兄さん、おはようございまぁすぅ・・」

 

「悪いけど、これがウチのスタイルなんだ。 朝飯、食べて。」

 

「はい・・」

 

言われるままに箸をつける尚子だった。

 

「ん! このお味噌汁、美味しぃー。 お味噌が濃くもなく、薄くもなく、いい感じ!。」

 

「キシシ、父さんの朝食は薄味のようで、しっかり味がするでしょ。」

 

そう言うのは皐月だった。

 

「うん、おいしー。 こんなの毎日食べれるの、いいなぁ。」

 

「あら? そんなこと言うなら、尚子、自分で作りなさいな。」

 

ウッ

と言葉に詰まる尚子であった。

 

「ところで、お義母さん、何時ころ帰るんです? 予定は1泊2日でしたけど・・」

 

「そうね、お昼過ぎにはここを出ようかと思ってるけど。 あんまり遅いとお父さんが寂しがるし、ね。」

 

「え~、私はもっとここに居たいんだけど!」

 

と嘆くのは尚子だが、

 

「あんた、ここに居ても何の役にも立たないでしょ? 料理は出来ないわ、掃除もしないわ、そんなんじゃここに居ることは出来ないわよ?」

 

「ウッ、そうだった・・」

 

母親の一言で、完全に黙ってしまった尚子だった。

 

「ははは。 尚子ちゃん、またおいでよ。 今度も皆で歓迎するからさ。」

 

「そうだよ。 今度来るときには、赤ちゃんが居るかもね。」

 

「そうしなさい、尚子。 あんたには家事全般をみっちり叩き込む必要があるから。 帰ったら早速練習よ。 まったく、同じ私の娘なのに、鳳翔は出来るのに、なんであんたは出来ないんだろうねぇ。」

 

「うへぇー・・」

 

しょげた表情の尚子を見て、皆で笑ったのだった。

 

 

その日は朝から秦、鳳翔、榛名とこども達、母親と尚子らでおしゃべりしながら過ごした。

 

「そう言えば、タクシーの運転手さんも、秦さんのこと知ってるのね。 車の中で”いい人ですよ”って言ってたわね。」

 

「お恥ずかしい・・ 結構使うんですよ、タクシーを。 軍差し回しの車を使えばいいんでしょうが、個人的に何か気が引けましてね。 まぁ、費用もそうたいしたこと無いですから、業者さんを使ってますね。」

 

「そうなんだ。」

 

そう言ったのは尚子だった。

 

「なんだかんだと言って、病院に行くのとかでも使いますから、ウチの家族のことは知られていますね。 まぁ、堅苦しい提督って言われるよりかは、いいと思ってるんですけどね。」

 

そう言って、はははっと笑っていた。

 

「いいじゃないの。 堅苦しいとか、いけ好かないとか、言われるより。 私としても、良く言われる義理の息子の方がいいわ。」

 

「でも、いいなぁ、鳳翔お姉。 義兄さん優しいし、料理も完璧だし。 私も彼氏、欲しいかも・・」

 

「あら。 そんな事言って大丈夫なの?」

 

「出来たら、料理も出来て、家事もやってくれて、私をお姫様のように思ってくれる彼氏って、居ないかなぁ・・」

 

そう言う尚子を見て、皆閉口した。

 

((そんな彼氏、居ないって・・))

 

そう思ったのだった。

 

「そんな事言ってるうちは、無理ね。」

 

「そうだなぁ、”やってもらう”より”一緒にやろう”っていう彼氏を探さないと。 いい、尚子ちゃん?」

 

「えぇ~、義兄さんもそういう事言うし・・ うぅぅ・・分かったわよ。 ちゃんとやるから・・」

 

皆に弄られる尚子だった。

しょげる尚子をみて、皆で笑っていた。

 

 

昼過ぎになって、母親と尚子が帰ることになった。

玄関までタクシーを呼び、乗り込む二人。

 

「お邪魔したわね。 秦さん、鳳翔をよろしくお願いいたしますね。 鳳翔や。 元気な赤ちゃんを産むのよ。」

 

「ええ。 分かっているわ。 産まれたら連絡するわ。」

 

「それでは、お元気で。」

 

「じゃぁ、皆、バイバイ! またね!」

 

「バイバイ、尚子お姉ちゃん! おばあちゃんも。」

 

お互いを、元気でね、と言いあって別れを惜しんだ。

車が去った後、

 

「なんか、台風みたいだったね。」

 

と言うのは朝霜だった。

 

「ホント。 慌ただしいったら。 ま、でも、いい人で良かったよ。 やっぱり、お母さんの家族だよね。」

 

「そう? その家族に、あなたも入るのよ? 分かってる、皐月ちゃん。」

 

「うん、分かってる。 ボクたちもいい印象だったかな?」

 

「それは大丈夫じゃない? 変なこともなかったし、皆笑顔だったし。」

 

結局、母親と尚子が居た2日間は、笑い声?が絶えなかった。

 

「確かに、賑やかだったよな。 でも、あんだけ賑やかなのが毎日続くと思うと、疲れるけどさ・・」

 

フフフやハハハという笑い声が響くのであった。

 


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