当然、二人にとっては初めての家、官舎。
新しい生活が始まります。
鳳翔が出産してから3日が過ぎた。
病院での検査結果は、母子ともに異状なく健康、とのことだった。
それだけでも秦は安堵した。
そして、今日は鳳翔と赤ちゃんの退院日だった。
荷物を纏めて、病室を出る秦と鳳翔。
大きな荷物は運送屋さんに依頼して別便で送ってもらうことになっていた。
病院の玄関で、担当の女医と看護師に挨拶をしていた。
二人は籠を持っていた。
鳳翔が翔子が眠る籠を、秦が千翔が眠る籠を持って病院を出た。
病院から車で官舎まで帰ってきた。
官舎の玄関では、睦や榛名達が待っていた。
【お帰りなさい!】
と二人、いや四人を出迎えてくれたのだった。
早速、居間に上がり込んで、赤ちゃん二人を寝かせることにした。
居間には、榛名が用意した布団が敷いてあった。
「鳳翔姉さん、ここに寝かせてくださいね。」
布団に二人を寝かせると、睦や皐月たちが赤ちゃんを覗き込んだ。
「ちっちゃくて、かわいいね!」
「あたいたちの妹かぁ。」
「どうしたの、朝霜ちゃん?」
「たいしたことはないんだけどさぁ。 あたいたちって、姉妹艦としての姉妹はいるけどさ、こんなに小さい妹は初めてじゃん。」
「そうね。 択捉ちゃんや松輪ちゃんたちもいるけど、あの子たちよりも小さいわね。」
「そうだよねぇ。 今よりもっとお姉ちゃんってしなきゃなって思ってさ。」
「はは。 そうだぞ。 みんな、お姉ちゃんになるんだから、しっかりと頼むぞ。 それに、皆には、鳳翔を手伝ってもらうことは、そのまま継続するからね。 いいね。」
「うん。 私はいいよ。 ね、皐月ちゃん?」
「うん。 ボクも問題なぁーし! てか、皆問題ないよ。」
「ふふふ。 じゃぁ、みんな、よろしくね。」
二人の赤ちゃんを中心に、これから先、楠木家が動くのだった。
◇
帰り着いてからは、鳳翔は赤ちゃん二人に付きっきりになった。
産後で、赤子二人の首が座っていないこともあって、抱き上げるより、ベビーベッドに寝かせたままの時間が多かった。
昼夜関係なく数時間ごとに母乳をあげることや、おむつの交換に始まり、冬であるので、寒くないように掛け布団を掛けたり、暑そうになれば布団をどけたり・・
これが二人分なのだ。
いくら家事の類は難なくこなす鳳翔でも、初めての子育ては、大変だった。
時々、実家の母親に連絡して、聞くこともあった。 やはり、一番身近の子育ての先輩は母親だ。
”母乳をあげる間隔は・・・”から始まり、”ベッドに寝かせる時は・・・”などのアドバイス的なことや、”鳳翔の時は・・”という昔話も時々混じってくる。
「もう、お母さんてば・・ 私のことはいいから、この時はどうするのよ?」
なんていうやりとりもあった。
母親からは、”一度、そっちに行くから。”と言われてもいた。
普段の家事は、秦や睦たちが手伝うこともあり、一人で子育てと家事、にはならなかった分だけ、余裕があった。
最初のうちは、気力、体力ともに満ち満ちているが、毎日続くのだ。
当然、疲労が溜まってくる。
帰ってきてから二週間ほど経ってくると、だんだんと慣れてくる。
◇
この日は朝から洗濯を弥生と二人でしていた。
「ふぅ。 こんなものかしら。 赤ちゃんも入れると10人分になるのね。 これは、皆に悪いかしら。」
「そんなことないよ。 人数が増えて、量は増えるけど、時間はそんなに変わんないから、大丈夫。」
「ふふふ。 そうだといいんだけど。」
「終わったね。 じゃ、学校に行ってくるね。」
冷たい朝の空気の中、洗濯物を干し終えて、冷たくなった手に息を吹きかけつつ、弥生は皆と学校に向かった。
秦も榛名も執務室に出掛けていて、官舎にはいない。
残るは鳳翔と二人の赤ちゃんだけ。
居間にベビーベッドを置いていて、普段はそこで三人で過ごすのだった。
「は~い、お母さんが帰ってきましたよ~。」
と言ってベッドを覗き込む。
二人の赤ちゃんは、まだ眠っている時間の方が長いのだが、時折、起きていて、鳳翔を見ると、手足を動かしてくる。
遊んで! 構って! って言ってるんだろうが、言葉がしゃべれないうちは、なにを意味しているのか分からない。
ウー、アー、しか聞こえない。
そんな赤ちゃんを見ながら、
「お腹すいちゃったかしら? あ、お姉ちゃんたちは学校に行っちゃったわよー。 帰ってきたら遊んでもらいましょうねー。」
と声を掛けることを忘れない鳳翔だった。
昼食後、居間のこたつに入りながら赤ちゃんをあやしていたが、いつの間にか寝てしまっていた。
たまたまお昼の休憩時間に秦が官舎に戻ってきたのだが、誰もいないかのような静けさだった。
”不用心な・・”と思いながら居間に入ると、こたつで鳳翔が寝ていた。
隣で二人の赤ちゃんが、盛んに手足を動かしているのを見つけた。
(おやまぁ。 お母さんはお疲れのようだな。)
と思い、赤ちゃんには、寒くないように布団を掛けてやり、鳳翔の隣に秦がこたつに入った。
すると、鳳翔の身体が秦にもたれ掛かってきた。
秦は、起きてる? と思うほどにタイミングが良かったのだ。
鳳翔の身体が秦にもたれる・・
寝息は心地よさそうだった。
肩を抱いて、額にキスをした。
(ゆっくりお休み・・)
と。
しかし、こういう時はすぐに目が覚めるものだった。
う、うーん・・ と呟いたかと思うと、鳳翔が起きてしまった。
「へ・・ あ、あなた! ご、ごめんなさい! わ、私、寝てしまったのね!」
「おはよう。 鳳翔、よく眠れた?」
「え、あ、はい。 え、と、赤ちゃん・・ あれ、掛け布団が・・」
確か、掛け布団は無かったはず・・と思っていた。
「ああ。 掛けておいたよ。 この子達二人で何か言ってたけど・・ 何を言ってるかはわかんないんだけどね。」
「ありがとうございます、あなた。」
「いや、たいしたことはないよ。」
そう言っているうちに、玄関から、
「「「たっだいま!」」」
とこども達の声がしてきた。
どうやら、帰ってきたみたいだった。
「あら、もう、そんな時間なの?」
「お母さん、ただいま。 って、父さんもいるじゃん。」
「なになに? またイチャイチャしてたの?」
「もう! 父さんたら、イチャイチャしてないで、仕事しにゃさい!!」
「い、いや、イチャイチャしてたわけじゃないけどさ・・」
秦が反論するが、多勢に無勢である。
「そ、それより、今日の当番は・・」
「はいはーい! ボクと弥生ちゃんだよ!」
「じゃぁ、よろしくね。」
と鳳翔がニッコリとしたのだった。
◇
夕食は、相変わらず賑やかであった。
榛名を交えて、更に、である。
その賑やかな食事の音を聞きながら、鳳翔が赤ちゃんに母乳を与えていた。
んく、んく・・ と乳房に吸い付いて母乳を飲む翔子と千翔。
二人の赤ちゃんは、母乳を飲み終えると、ベビーベッドに寝かされる。
そして、食事を終えた朝霜や皐月たちが寄ってくるのだった。
「しょうちゃん、ちーちゃん♪ お姉ちゃんだよー。」
まだ首が座っていないため、抱っこする時は、皆緊張していた。
朝霜が、よっと、抱き上げるのも、身体と頭の両方を支えなければいけなかった。
「お母さん、まだ首が座らないね。」
「まだ2週間ちょっとよ。 そんなに早く首は座らないわよ?」
「朝霜ちゃん、注意してよ?」
「何をだよ?」
「朝霜ちゃんって、結構粗雑だからさぁ、危なっかしくって・・」
ぶっ
「あたいは、そんなに雑かい? なんか信用低いんだけど?」
「うぅぅん、信用してるよ。 雑いだけだから。」
ぶっ
「あ、あのねぇ・・ そんなに言わなくてもいいじゃん・・ 結構、ショックだよ・・」
「あ、いじけた? ごめんね。 悪気は、ないから。」
「あたぼうじゃん!! 悪気があったら、あたいはもっと怒ってるって! もう!!」
そのやり取りを見ていた秦と鳳翔は、笑っていた。
「はははは。」「ふふふふ。」
「あー! しれーかんもお母さんも笑ってるし! ぶー!!」
むくれる朝霜だったが、そのむくれた顔をペシペシと叩くでもなく、撫でるでもなく、小さな手が朝霜の顔にあった。
「しょうちゃん、慰めてくれるのかい? 赤ちゃんにして優しいね! 他のお姉ちゃんたち、虐めるんだよ? もっと慰めてくれるかい?」
そう言って、頬を翔子に摺り寄せていた。
それを見ていた秦が、
「でも、首が座るのって、どれくらいかかるもんなんだろう?」
と鳳翔に聞いた。
鳳翔は既に母親に聞いたらしく、
「母に聞いたら2カ月は掛かるかもよ、って言ってましたけど。」
との返事だった。
「2カ月かぁ。 結構、掛かるもんなんだね。」
「ええ。 それまでは、寝てることになりますけど。」
そんな会話が交わされていく、夕食後のひと時だった。
◇
赤ちゃんの入浴は、また大変だった。
秦が先にお風呂に入った。
湯船で一通り温まるころ合いで、外から鳳翔が声を掛ける。
「あなた、いいですか?」
「あぁ、いいよ。」
その声を合図に鳳翔が裸の赤ちゃんを抱いて入ってきた。
まずは、翔子だ。
風呂桶にすっぽりとおさまる大きさなので、風呂桶に湯を張り、赤ちゃん用のボディソープを入れて、泡立てた。
そこに赤ちゃんを抱き入れて、身体を洗うのだ。
「翔子~、あわあわだぞ~。」
ニッコリと微笑みながら身体を洗った。
キャッキャと笑いながら抱きかかえている秦を見つめる翔子の目。
洗い終えると、秦が抱きかかえて湯船に入った。
赤ちゃんの肩あたりまで湯につけて、
「温かいかぁ~。」
と言いつつ、ニッコリと翔子を見つめるのだった。
その笑顔に反応するように、笑ってくるのだった。
翔子が終わると、湯から出して、バスタオルを持つ鳳翔にバトンタッチだ。
鳳翔は、バスタオルで体をくるみ、濡れたからだを拭いていくのだ。
「はーい、気持ちよかったでちゅかぁ~。」
と赤ちゃん言葉だ。
そして、次は千翔だ。
翔子と同じように風呂桶に湯を張り直し、ボディソープであわあわにした。
そこに千翔を抱き入れて体を洗った。
「千翔も、あわあわだぁ~。」
ニッコリと微笑みながら身体を洗った。
洗い終えると、秦が抱きかかえて湯船に入った。
赤ちゃんの肩あたりまで湯につけて、
「温かいかぁ~。」
と言いつつ、千翔の顔を見つめるのだった。
見つめると、ウフー、ウフーと言って笑って返してくれるのだった。
その笑顔は、心が落ち着いて、微笑ましく思えるのだった。
千翔が終わると、湯から出して、バスタオルを持つ鳳翔にバトンタッチ。
鳳翔は、バスタオルで体をくるみ、濡れたからだを拭いていく。
「はーい、気持ちよかったでちゅね~。」
と再び赤ちゃん言葉だった。
この日は、秦が先に湯船に浸かって、鳳翔から赤ちゃんを受けたが、時々、秦に続いて睦や弥生が一緒にお風呂に入ることもあった。
どうやら、睦と弥生は、秦の手伝いをしたいのだが、いっそのことお風呂に入っちゃえ! と入ってきたのだった。
当然、睦や弥生も裸、である。
最初は、秦も目のやり場に困ったが、あまりにも堂々として、タオルで隠そうとしない二人に呆れていたのだ。
「まったく・・ ちょっとは恥ずかしがってくれよ・・」
「えぇ? 減るもんじゃなし、いいじゃん! そういう父さんも娘とお風呂に入れて嬉しいくせにぃ!」
そう言われてしまうと、返す言葉が無かった。
さらに、秦と睦、弥生が入っていると、赤ちゃんの入浴を終えた鳳翔が入ってくることもあった。
「楽しそうね。 じゃぁ、私も入ろうっかな。」
って言ってやってくるのだ。
タオルで前を隠して。
それを見た秦は、慌てて、
「おい、赤ちゃんはどうしたんだよ?」
と聞くが、その問いには鳳翔の方が上手だった。
「ふふふ、大丈夫ですよ。 榛名ちゃんが面倒見てますから。 榛名ちゃんも赤ちゃんをあやすのは上手ですから。」
と言って笑っていた。
どうやら榛名に赤ちゃん二人を見てもらっているらしかった。
結果、秦、鳳翔、睦、弥生の四人が裸で湯船に浸かっているのだった。
いつものように、秦の隣に鳳翔が、その反対側に睦がきてもたれている。 そして弥生が秦の前に座るのだった。
「ふぅ。 両手に花、花だね、父さん。」
「ふふふ。 いいですねぇ。 こういうのも。」
「まったく、お前たちは・・」
と秦には、嬉しくもあり、緊張する時間だった。